チフネの日記
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2009年03月05日(木) 世界の枝葉 3 跡リョ スローモーションシリーズ


夢の中で、あの人の声が聞こえた。

『越前』

良かった。やっと悪い夢から覚めたんだ。

目を開けたら、まず手を掴んで。
そしたら、もう二度と離したりしない。


ぱっちりと、リョーマは目を覚ました。

「よお。起きたか」
「跡部、さん?えっと、ここは」
自分の部屋のベッドだ。
いつの間にか移動している。
跡部はそのすぐ隣に椅子を持って来て、腰掛けている。

「覚えていないのかよ。俺と話をしていた途中にぶっ倒れただろうが」
「あー、うん。あの続き、ね」
ということは、まだ元の世界にもどっていないようだ。
がっかりして目を閉じるリョーマに、跡部は「大丈夫か?」と心配そうに顔を覗き込んで来た。

「いきなりぶっ倒れたから驚いたぜ。自主トレのし過ぎかよ?」
「そういう訳じゃないっす」

この二日の間、身の上に起こったことで悩んでいるとはとても言えない。
どうせ信じてもらえないだろう。

「それよりなんでここに跡部さんがいるの?もしかして、俺のことわざわざ送ってくれたとか」
話題を変える為に、リョーマは再び目を開けて跡部に問い掛けた。
「そうだ。感謝しろよ」
「家とかよくわかったね」
交流も無いのにと思ったが、疑問はすぐに解消する。
「桃城に聞いた。倒れたお前をコートに連れて行ったら、すっ飛んで来たぞ。
送って行くと言ったんだが、自転車に乗れる状態でも無かったからな。
俺は車で来ていたから、ついでに送ってやると奴に言ったんだ。
ああ、そうだ荷物はそこに置いといてやったぜ」
「はあ、なんかすみません」
「気にするな」
跡部は軽く肩を竦めた。

「それよりお前の父親はどうなっているんだ?」
「親父が?会ったの?」
「ああ。インターフォン押したら出て来たんだがな。
寝せておけば治るとか言って、いい加減過ぎるぞ。
おい、あんまり辛かったらちゃんと病院に行けよ」
南次郎なら、適当に対応しそうだ。
リョーマは気にすることなく答えた。
「大丈夫っすよ。それにうちの親父はいつもあんなもんだから、気にしなくていいよ」
「ふーん。サムライ南次郎がどんな人物か興味があったけど、
家では割とおおざっぱな人なのか」
「加えてスケベ野郎っす」
「……そうなのか」

こくんと頷いた後、リョーマは「ありがと」と小声で礼を言った。
「送ってくれて助かった。今度改めてお礼をするから」
「おいおい、本当にどうしちまったんだ」
くくっ、と跡部は目を細めて笑った。
「越前リョーマとあろう者がずいぶんしおらしいじゃねえか。
まさかお前、また記憶を失ってるなんて言うなよ」

全国大会でのことを持ち出されて、リョーマは「違うよ」と眉を寄せた。
「何度も記憶を失ったりしないって」
「だよな」
「だから感謝しているだけだって。
ほとんど……面識も無いのに、ここまで送ってもらってさ」

ここでの跡部とは、試合会場以外では会っていない。
他人も同然だ。
わかっていても言うのが辛くて、少し掠れた声になってしまった。

具合が悪いと思ってくれているようで、特に跡部は不審に思っていないようだ。
椅子にふんぞり返って、腕を組んで答える。

「別に。今日はお前と打つつもりだったからな。時間に空きがあっただけだ。
それに目の前で倒れた奴を放っておけなかったからな」

そう言って跡部は、視線を逸らしてしまう。
柄にも無く親切なことをして、照れているのだろうか。

リョーマは元の世界にいた跡部のことを思い出した。
威張っているくせに優しい所があって、それを指摘すると「別に大したことじゃない」と横を向いてしまう。
面と向かって感謝されることに、抵抗があるらしい。
本当におかしな人だ。

もしかしたら、目の前に居る跡部も同じかもしれない。

だからリョーマはわざと、言ってみることにした。
「跡部さんって、優しいね」
「はあ?お前、何言ってるんだ」
「だって、本当のことじゃん。わざわざ俺のこと送って、目が覚めるまでついていてくれたんだから」
「違うっ。俺は暇だったからだけで、そうだ!これはただの時間つぶしだ。
感謝される程のもんじゃねえよ」

何を必死に言い訳しているんだか。
この反応は変わらないんだなと、リョーマはひっそり笑った。
それを咎めるかのように、じろっと睨まれてしまう。

「全く、なんなんだお前は。
こっちの調子が狂わされる……」
「そういうつもりは無いけど、あんたが一々面白いこと言うからね」
「面白がるなよ」
一瞬溜息をついた後、跡部は真面目な顔になった。

「なあ、越前」
「何すか」
「お前、何か俺に言いたいことがあるんじゃないか」
「言いたいことって……」

ぎくっとリョーマは体を硬くする。
こちらの跡部は妙に勘が鋭い。
いや、本来知っている跡部が落ち着き無いだけかもしれない。

「別に何も無いけど。なんで?なんでそんなことを言うんすか」
誤魔化すように言うと、跡部は少し首を傾げた。

「そうかあ?昨日からなんかやけに引っ掛かっているんだよな。
今まで何の音沙汰も無かったお前が、急に現れて。
偶然とは思えねえ。
なあ、隠してることがあるならさっさと言えよ。
しばらくしたら俺はいなくなるんだからな。早く言った方がいいぞ」
「……」

リョーマはぎゅっと目を閉じた。
そんなことはわかっている。

『実は両親から卒業したら、留学しろって話が出ている』

跡部は両親からの話を断れない。
期待を裏切るような、そんな事……出来る訳が無い。

「あー、そう」
つい言葉も投げやりになってしまう。
「留学の準備で忙しいんでしょ?だったらもう帰れば?」
「おい、急にどうした」
「もう俺なら大丈夫だから!あんたは新生活のことだけ考えていればいいんだよ!」

まただ。
留学の話を聞かされて、ぶち切れた時と少しも変わっていない。
こんな返し方しか出来なくて嫌になるけど、止めることが出来ない。
本当は留学なんてしたくないと思っているのに。

跡部を追い返すことしか、出来ない。

「お前、いきなりどうした」
「いいから、もう行ってよ」

出て行かないのなら力ずくで、とリョーマは布団から這い出した。
そのまま跡部を部屋から出そうとしたのだが、急に起き上がった為くらっと眩暈を起こす。

「おい、無理するなって言ったばっかりだろうが」
ふtらついた所を、跡部が片腕で支えてくれた。

「いいから寝てろ。出て行けって言うのなら、俺は行くから。
てめえはじっとしてろ」
「……」

布団に押し戻されて、リョーマは黙って横になった。

ここにいる跡部は、自分の知っている彼と違うのに。
錯覚してしまいそうな優しさに、ぎゅっと唇を噛む。
今更、こんなことされてもどうしようも無いのに。


「おい、越前」
「何……」
布団に顔半分を潜らせたまま答えると、
跡部は黙ったまま下に置いてあったらしい自分の鞄から何か取り出した。

「お前が怒っている理由はさっぱりわからないが、
これだけは言っておく。
負けっぱなしで俺は終わらせたりしないからな。
元気になったら連絡しろ。ここに携帯番号書いておくから、絶対掛けて来いよ。
とにかく体を休めることだな。
本調子になったら、決着つけようぜ」

ぽすっと、布団の上に紙が置かれる気配がする。

「じゃあな」
「……」

跡部はあっさりと部屋を出て行ってしまった。

残されたリョーマはその場から動くことなく、じっと体を丸くしていた。


「決着なんて、出来るはずないじゃん……」

そんな今生のお別れみたいなこと。
勝っても負けても、遠くに行ってしまうくせに。
絶対、やりたくない。

(それに、俺は元の場所に帰るんだ。
あの人に構っている場合じゃない)

折角、連絡先をもらったけど。
無視しよう。

どうせなら、勝ち逃げしてやって。
忘れないままでいればいいんだ。


チフネ