チフネの日記
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| 2009年03月04日(水) |
世界の枝葉 2 跡リョ スローモーションシリーズ |
窓から漏れた光に、リョーマは目を覚ました。
「6時、15分……?」
ベッドの中でも握り締めていた携帯で時間を確認する。 これなら朝練に余裕で間に合う。 もう少しゆっくりしていても、と思った所でがばっと起き上がる。 その動きに、一緒に布団に潜っていたカルピンがもそもそと動き始める。 構ってやる余裕すらなく、リョーマはもう一度携帯を確認してみた。
やはり着信もメールも無い。
どうしようかと迷った所で、ここは思い切って跡部に電話を掛けてみることにした。 彼のことだ。この時間はもう起きているはず。 引退した後も、跡部はトレーニングを欠かしたことは無いと聞いている。 掛けても怒られることは無いだろうと、リョーマはアドレスから跡部の名前を探して着信のボタンを押した。
しかし、 『お掛けになった番号は現在使われておりません』 機械的な音声が流れるだけ。
気が抜けて、またベッドに腰を下ろす。
いくら怒ったとしても、自分に黙って携帯を解約するだろうか。 いや、跡部はそんなことをしない。 「いいか、本当に解約するぞ。するったらするんだからな!」と駄々を捏ねることならしそうだが……。
とすると、考えられる理由はもう一つある。 荒唐無稽で、とても信じられないようなことだけど。
『俺は、跡部さんとの接点が無い世界に迷い込んだみたいだ』
悪夢はまだまだ続いているらしい。
パラレルワールドなんて、と忍足の話を馬鹿にしてたけれど笑えない状態に陥ってしまった。 今いる世界は、自分が過ごしていた場所と微妙に違っている。
「……おはよう」 「おはようございます、リョーマさん」 「あら、リョーマ。今日は早いのね」 「こりゃ雨じゃなくて、雪が降るぞー」 「うるさい、親父」 家族に違いは無い。同居している従姉もいる。 少し変更点があるとしたら、洋食ではなく和食を作ってくれる所だろうか。 ご飯にお味噌汁の朝食って素晴らしい、とリョーマは手を合わせて頂いた。
「おーっす、越前。早いな」 「ちーっす」 朝練へ行くと、早速桃城が挨拶をしてくれる。 それを横で聞いていた海堂がフシュウと息を吐く。 「ふん、この程度の早起きなんて当たり前のことだろうが」 「なんだと、マムシ。俺の言うことにケチつけんのかよ」 「いちいちうるせえって言ってるだけだ」 「ああ?やんのか!?」 学校では現部長と副部長になった海堂と桃城がいつも通りのじゃれ合いをしている。 これも変わらない。
「二人の仲の悪さはいつになったらマシになるんだろう」 「仲が良いからこそケンカしてるんじゃないかな」 「そうだぜ。二人がケンカしていないと、何かあったかって心配になるし」 「うーん、そうかも」 一年のトリオも同様。
(となると、大きな変化は……跡部さん関連だけか)
いつも通りのメニューをしながら、何か変化は無いかと探してみたが、 結局特に目立ったものは見付からない。 跡部とのことだけが消去されてるって、そんなのあるだろうか。
大会以来だな、とハッキリ言われたことを思い出してリョーマは溜息をついた。
この世界では大会後に跡部が声を掛けて来た出来事が消えているらしい。
『おい、越前リョーマ』 今でもはっきり覚えている。 偉そうな顔でしかしどこか落ち着きの無い様子で、跡部が声を掛けて来たこと。 『なあ。またどこかで打たないか?お前ともっとテニスがしたいと、思ってな。 これで終わりなんてなんか勿体無い気がする、だから、その、連絡先を教えてくれ!』
最後は頼み込むような勢いで言われて、 思わず『いいよ』と返事をしてしまった。
あれがきっと分岐点だったと思う。
その出来事が消えれば、跡部との接点は無くなってしまう。
(どうやったら、元に戻れるんだろう)
大体、一日前に戻りたいとは思ったが、 その願いは聞き入られず余計悪い方に転がるってどうなんだ。 これも神様の悪戯ってやつか?
跡部にあんな他人を見るような目をされて……。 動揺する方がおかしい。
(俺のことなんて、どうでも良さそうだった)
これ以上、こちらの世界の跡部と関わるべきじゃないかもしれない。 どうしたって、見知った跡部を重ねてしまうし、違う反応にいちいち傷付いていたら身が持たない。 考えるのは、元の場所へ帰ることだけでいい。 跡部の所へ。 今度こそ、きちんと話をする為に。
そうしようと決めたリョーマだったが、悪いことに真逆の展開が訪れることになる。
放課後の練習が始まる少し前。
「よお、越前。俺様が直々に来てやったぞ」
やって来た客に、テニス部の面々がざわめく。 氷帝の跡部景吾。ここに彼を知らない者はいない。 何故、どうしてと周囲が囁く中、堂々と跡部は唖然としているリョーマの元へと近付いて来る。
「今からちょっと打たないか」 「……えっと」
絶句するリョーマに、跡部は「ああ、そうか。今から練習があるんだったな」と頷いて、 こちらをチラチラ見ている桃城に声を掛ける。
「ちょっとこいつ、借りるぜ。いいよな? 練習相手になってやるって言うんだから、これも部活の延長みたいなもんだろ」 「あ、はい、いいっすよ」
雰囲気にすっかり飲み込まれた桃城は、思わず頷いてしまう。 海堂がこの場にいたらきっと何か言い返すだろうが、 あいにくと委員会とかで来るのが遅れている。
「という訳だ。来いよ、越前」
腕を引っ張られて、リョーマは抵抗することなくコートを出た。
もしかしたらやっぱり昨日のは悪い冗談で、携帯も何かの間違いで、 世界は正しいままなのかもしれない。 だからこそ、跡部が会いに来てくれたと一瞬期待してしまった。
しかし現実はそんなに甘くなかった。
「昨日、俺を挑発して来た威勢はどうした。 テニスがしたいんだろ?だったらもっとしゃきっとしやがれ」
呆れるように言われて、リョーマは目を見開いた。 昨日の態度と少しも変わっていない。 恐る恐る、聞いてみる。
「……テニスの誘いに来ただけっすか?」 「他に何がある」 跡部は怪訝な顔をした。 「忙しい中、わざわざ来てやったことを感謝するんだな。 もう一度お前と打ってもいいと、気が向いただけだがな」 「……」
跡部の言葉に、リョーマは肩を落とした。 聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。
「もう、いいよ」 「あん?」 リョーマは腕を掴む跡部の手を振り払った。
自分の知っている跡部じゃないんだったら、 一緒にいても、意味が無い。
あの人じゃなきゃ、嫌だ。
「わざわざ来てもらって悪かったね。 でも、もうあんたとは打たない」 「どういうことだよ。俺と打つ為に昨日わざわざ氷帝に来たんじゃないのか?」 不機嫌そうに跡部は言った。 「どうせお前にもあの話が耳に入っているんだろ? 次はいつ打てるかわからないから、焦って来たってことはお見通しだ。 俺もお前にきっちり勝ってから、留学に弾みをつけたい所だな」 「やっぱり……こっちでも留学の話が出てるんだ」 「はあ?何言ってるんだ。そう言ってるだろ」 「そうだよね。そうだと思った」
顔を伏せるリョーマに、跡部は不審げに顔を覗きこんで来る。
「一体どうしたんだ。お前、本当に越前かよ。 やけに元気が無いみたいだが、調子でも悪いのか」 「そう、かも」
調子も何も全てが最悪だと、心の中で呟く。
「マジかよ」 リョーマの返事を真に受けた跡部は、困ったなというように前髪をかき上げた。 「さすがに病人を相手に勝っても面白くねえ。全く間の悪い奴だな」 「勝手に押し掛けて来たくせに何言ってんの。 あんたはいつだってそうだよ。人のことなんておかまいなしで。 そうやって入り込んで来て……」 「おい、越前?おい!」
ふっと、リョーマの意識が遠くなって行く。 色々考え過ぎた所為で頭が痛い。
遠くで跡部と同じ顔をしているけれど、違う彼が何か叫んでいるけれどはっきりと聞こえない。
ぼんやりしたまま、リョーマは今度目が覚めたら元の場所に帰っていないかなと考えた。
リョーマがよく知っている、跡部の元へだ。
(もし、あの時跡部さんが声を掛けて来ることがなかったら。 俺達は何の接点も無いまま、別々に過ごしていたのかな)
多分、そうだろう。 一度試合をしただけの相手。跡部との間に他に何も無い。 偶然でも無い限り会うことも無く、別々に過ごしている人生。
それはなんて寂しいんだろう。
鬱陶しいくらい勝手にジタバタしていて、 笑ったり顔を赤くしたり、時に泣きそうにしている彼を知らないままなんて。
そんな人生は、きっとつまらない。
だって彼の笑顔を見ると、リョーマも幸せになれるのだから。 やっぱり側にいて欲しい。
(それだけじゃない……)
誰かに失望されるのが怖いと跡部は言っていた。
そんな彼に失敗したり格好悪い所を見せたとしても、 失望なんかしない、そのままでも受け入れる人がここにいると言って安心させたかった。
チフネ

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