チフネの日記
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2009年03月03日(火) 世界の枝葉 1 跡リョ スローモーションシリーズ

酷いことを言ってしまった。

その瞬間の跡部の顔を思い出し、リョーマはひどい後悔に襲われた。
いくら腹が立ったとはいえ、ちょっと今回は言い過ぎたかもしれない。
もっとよく話を聞いてあげるべきだった。
跡部にだって言い分はあったはずだ。

なのに一方的に遮って、挙句に「跡部さんの顔なんて見たくない」と、
そっぽを向いて走ってその場から逃げた。
追って来るかと思ったが、その気配も無い。
ショックを受けて立ち竦んでいる可能性が高い。

(あーあ、やっちゃった)

小石を蹴飛ばして、リョーマは項垂れた。
陽が落ちて暗くなって行く周囲と同様に、心が落ち込んで行く。
いっそのことさっきの話を聞く前に戻れたら、と思ってしまう。
そうしたら今度は冷静に対応……出来るかもしれない。
このまま何も無かったように一日前に時間を巻き戻しすることが出来たら。

(無理だってわかっているけどね)

馬鹿みたい、と自分を笑う。
こんな所で立ち止まっている位なら、振り返って跡部のところに戻ればいい。
そしてちゃんと話を聞くって言えば、すぐに跡部はさっきのことは気にしなくていいと笑って迎えてくれるはずだ。

出来ないのは高過ぎるプライドと、意地の所為だ。
大体、跡部とはまだ恋人として付き合っている訳じゃないとリョーマは思っている。
誰よりも一緒に過ごす時間が長いとはいえ、まだ友人の範囲は超えていない。
跡部が「好きだ」と言わないのなら、このまま生殺しにしてやると変な意地を張っていた。
どうせ先に折れるのは跡部の方に決まっている。
そんな風にリョーマは気楽に構えていた。

しかし、そこへまさかの話。

「実は両親から卒業したら、留学しろって話が出ている」

頭に石をぶつけられたような衝撃が走った。

あんたそんな事、一言も言わなかったじゃん。
卒業をすぐ前に控えていきなり爆弾発言出すか?
パニックになりながらも、リョーマはそう言えば……と考える。
思えば予兆はあった。
ここの所、学校でも家でも忙しそうにしていたのはその所為だったらしい。
裏で準備を進めていて、何食わぬ顔をして会っていたかと思うと悔しくて、腹が立って。

つい、感情のままに跡部のことを罵ってしまった。


(どうするんだろ、これから)

跡部は自分から離れたら禁断症状を起こして生きて行けないんじゃないかと思っていたが、
錯覚だったようだ。
留学の話を口に出した時も、取り乱すことなく冷静で。
案外離れても平気かもしれない。
向こうで新しい出会いを探して、幸せになることだって考えられる。

(最悪)

そんなの想像したくないと、リョーマは首を振った。

(戻りたい、一日前に。
そうしたら今度はちゃんと話を聞いて、今後どうしたいのか、もう会えなくなるのかって聞けるのに)

そんなことを考えているくせに、跡部のところへは戻らない。
ふらふらと家へと向かう。
つい、期待してしまうからだ。
涙を溜めた跡部が「悪かった、さっきの話は無しだ」と追って来るかもしれない。
そんな都合の良いことを考えている。

夕陽が落ちて、夜のとばりが周囲を覆い始める。
誰もいない道のりは、異次元への空間がぽっかりと口を開けていそうな雰囲気で。
なんだか心細くなって来て、リョーマは少し早足で通りを駆け抜けて行った。



「ただいま」

家に到着したが、そこに跡部はいなかった。

当たり前だ。
あれだけ怒ってみせたのだから、愛想を尽かされてもおかしくない。

(どうしよう)

絶望感に重くなる足を動かして、リョーマは口を脱ぎ玄関から居間へ移動した。

「おかえりなさい、リョーマさん」
「ただいま、菜々子さん」
先に帰っていた従姉が振り返って、迎えてくれる。
「あれ?今日は和食なの」
「ええ、そうですよ」
テーブルに並んだ夕飯を見て、リョーマは目を丸くした。
「珍しいね」
「何が珍しいんですか?」
「何がって、その、メニューが」
鯖の味噌煮にれんこんのきんぴら、ほうれん草としめじ・にんじんの白和えに。
味噌汁からはふわっとあさりの香りがした。
育ち盛りのリョーマに物足りないようにと、豚肉とキムチと春雨を炒めたものも添えられている。
いつもは洋食メニュー中心なのに、変だなと首を傾げる。

「何か足りないものでも、あるんでしょうか」
「そうじゃ、なくって。和食なんて久し振りだから」
かみ合わない会話にじれったくなって、リョーマは思ったことを口に出した。
すると菜々子は目を丸くした後、くすりと笑う。
「あら、昨日も和食だったのに、もう忘れたんですか?」
「え?」
「からかっているんですね。もう、リョーマさんったら冗談が下手ですよ。
さあ、制服を着替えに行って下さい。その間に支度を終えておきますから」
「……」

そうじゃないんだけど、と言おうとした言葉を飲み込む。
従姉は本気で昨日の夕飯のメニューが和食だと思っているようだ。
たしか、カレーだった気がするが忘れてしまったのだろうか。

(それとも、俺の記憶の方が間違っている?)

段々自信が無くなって来て、リョーマは黙ったまま自室に向かった。
要は美味しいご飯が食べられればそれでいい。
この件について言及するのは止めようと、思考を閉じた。





そして、翌日。

「もう、朝か……」

大あくびして、リョーマはベッドから降りた。
眠いはずなのに、早く目が覚めてしまった。
跡部からの電話かメールがあるかとずっと携帯を握り締めて布団に潜っていたのだが、
ついに連絡が来ることは無かった。
待っている間に、いつの間にか眠っていた。
だが携帯には着信もメールも入った形跡は無い。

「行って来ます……」

朝食も和食メニューだったが、何も言わずに平らげた。
そしてすぐに朝練へ向かう為家を出る。

歩きながら、リョーマはまた跡部のことを考えた。

授業が終わったらすぐ氷帝へ向かおう。
幸い今日は自主練習の日だ。どこで何しようが咎められることは無い。
とにかく今やるべき事は跡部と会って話をする、それが最優先だと思う。
長引かせた分、また顔を合わせ辛くなる。
留学してしまうのなら、尚のこと残された時間が惜しい。
もう一度、話をちゃんと聞こうとリョーマは決意をした。


そうなったら、早く時間が過ぎて放課後になるのを待つだけだ。

そわそわしたままのリョーマは朝練でもイージーミスをして注意され、
授業中もまるでうわの空だった為何度も当てられてとんちんかんな回答をしてしまった。
これだけ散々な目に合うのも、昨日跡部の話をちゃんと聞かなかった罰だろうか。
我慢我慢と言い聞かせて、なんとかリョーマは学校での一日を乗り切った。

そして最後のHRの時間が終わるや否や、鞄を引っ掴んで教室を飛び出す。
一秒が惜しい位だ。
もし氷帝で捉まえることが出来なかったら、自宅に行くしかない。
敷居は高いが、この際構っていられない。


何度も足を運んだことのある氷帝の門の前に辿り着く。
下校時刻を過ぎた後も、何人かの生徒達が出て来て他校の制服を着たリョーマにちらちらと視線を向けて来る。

ここにいれば、跡部と会えるだろうかと思ってハッと気付く。
待ち合わせをしている時は決して跡部は車を使わなかった。
だが、今日は一人だ。
車に乗って帰ってしまうんじゃないだろうか。

(うわ、俺の馬鹿)

駐車場ってどこだったっけど、焦ってしまう。
どうしようと校内を覗き込んで、リョーマは遠くに見知った人物を見付けて声を出す。
「向日さん!」
これぞ天の助けだと思った。
向日にお願いして、跡部を呼び出してもらおう。
そうするのが一番いい。彼ならきっと助けてくれるはず。

名前を呼ばれた向日は、怪訝な顔をしてこちらを向いた。
そしてなんだか驚いたように目を見開いて、じっと見詰めてくる。

(どうしだんだろう)

反応が鈍い向日に、リョーマはもう一度声を掛けてみることにした。

「ねえ、向日さん!ちょっと、お願いがあるんだけど!」

向日はやっと小走りで近付いて来た。
一体、どうしたというのだろう。いつもなら先に声を掛けてくれるはずなのに、何だか立場が逆になった気がする。
そんなことを考えているリョーマに、真正面に立った向日が恐る恐るというように声を掛けて来る。

「お前、……青学のルーキーだよな。俺に何の用だよ」
「え?何言ってんの」
「いや、こっちの台詞だけど」
「あの、冗談止めてよ。全然笑えないよ」
「冗談でもないし、なんでお前がそんなに親しげなのか教えて欲しい位だ。何かの仕掛けかよ?」
「違う、けど……」

段々とリョーマの声が小さくなっていく。
向日の真面目な表情に、どう応えたらよいかわからない。
まるで初対面かのような対応。誰かどうなっているのか、説明して欲しい。

「おい、岳人じゃねえか。何やってるんだ」

聞こえて来た声に、リョーマは顔を上げた。
間違いなくさっきまでは、この人と会う為にここに来たはずだ。
だから本来の目的を果たそうと頭ではわかっているのに……。

「当てつけっすか」
「はあ?」

跡部は数人の女子を連れて歩いている。
何か事情があるにしても、昨日の今日でこれは無いだろう。
ムカついたまま、リョーマは棘のある言葉をぶつけてしまう。

「そういうこと?だったら気兼ねなく言ってくれれば良かったのに。
遠回しじゃなく、縁を切りたいってそう言えば」
「おいおい、何の話だ」

跡部は肩を竦めて、リョーマに近付いた。

「久し振りに会ったと思えば、いちゃもんつけてケンカしようって訳か。
相変わらずだな、越前リョーマ」
「久し振りって……」
「たしか大会以来だろ。違ったか?」
「大会って、だって昨日も」

混乱するリョーマの頭に、つい最近聞いた言葉がふっと浮かぶ。



『世界はいくつもの枝に分かれているんやで』



違うこれは悪い夢だ。
きっとそうに違いない。

「あ」
「おい、越前!?」

向日と跡部の言葉を無視して、リョーマは走り出した。
早くベッドに入って、こんな悪夢から覚める為に。



もしも。
逃げ出したいと思って、別の世界へ行けたとして。
その世界が今より優しくない場所だったとしたら。
あなたは、どうしますか?


チフネ