チフネの日記
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| 2009年03月02日(月) |
例えば、こんな話 跡リョ スローモーションシリーズ |
「世界はいくつもの枝に分かれているんやで」
真面目に言う忍足の手には新しいフィギュアが握られている。
「また買ったんすか」 「ほっとけ、越前。侑士のはもう病気だ、病気。あれは治らないって」 呆れるような顔をするリョーマに、隣にいた向日はぽんと肩を叩く。
跡部が帰りと遅くなるというので、リョーマは気まぐれで氷帝に迎えに行くとメールした。 校門の付近で待つことにしたのだが、そこを通り掛った向日と忍足に見付かって、引き摺られるようにしてベンチまで連れて行かれた。 最初は跡部が来るまで他愛の無い雑談をしていたのだが、その内に忍足が段々と暴走して、 いつものようにフィギュアを持ち出した。 というよりも、これを見せびらかしたくて仕方なかったのだろう。
「お前ら、俺のことを馬鹿にしとるけどなあ。 もしかしたらこの美少女達が自由に喋って歩き回って俺と生活いている世界がすぐそこにあるかもしれへんで」 「また深夜に何か怪しげなアニメを見ていたのかよ」 うんざりするよう呟く向日に、忍足は「そうや」と頷いた。 「主人公が朝起きると、この子の名前レインちゃん言うんやけど、起こしに来てな。 『学校行こうー』言うんや。けど、主人公はそんな子知らへん。 『誰?』言うと、レインちゃんがばしっと頭叩いて『幼馴染を忘れたって言うの?』と怒るんや。 幼馴染なんていないと思いつつ学校へ行くと、今度は『おっはよー』ってサンって無邪気系の同級生が抱きついてくる。そこでレインちゃんとの三角関係勃発や。 勿論、もう一人の子も知らない。クラスメイトの顔も知らない人ばかり。 何かおかしな世界に紛れ込んだと主人公はそこでようやく気付くんや。 もしかしたらパラレルワールドに入ってしもうたのかもしれへん。 今までと違う道を選んで、元いた場所と出会っていなかった人々といることになったこの世界。 事態をどうしようかと悩んでいると、また新たな美少女が」 「あ、ああ…もういい」 「何か、ついていけないんだけど」
おなか一杯だという顔をして、向日とリョーマは顔を伏せた。 だが忍足は「話はこれからや!」と止めようとしない。 「様々な美少女に囲まれた素晴らしい世界に留まるか、それとも灰色だった元の世界に戻るか。 苦悩する主人公の決断は」 「随分、饒舌じゃねえか。ああ?」
不機嫌そうな声が響く。 誰かと問うまでも無い。
「待たせたな、越前。おかげでお前の耳にくだらない話を入れる結果になったな。 今のは全部忘れてくれ。頼む」 「跡部さん……」 「侘びはこいつにきっちりさせてやるからな」 さっと忍足の手からフィギュアを取り上げると、忍足が悲鳴を上げた。 「やめてぇぇえ!レインちゃん、返してな!」 「いっそんこと、いっそのことこんな人形が無くなれば!」 「人形ちゃうわ!レインちゃん達は俺の存在意義や!この世の愛の結晶や」
泣きそうな顔で喚く忍足に、向日とリョーマは顔を見合わせて溜息をつく。
「おい、跡部。その位にしてやったらどうだ。壊したら心臓発作を起こしそうな勢いだぜ」 「そうだよ。俺、早く帰りたいんだけど。いつまで忍足さんに構っているつもり?}
リョーマの言葉が決定打になったようだ。 跡部はぽいっとフィギュアを忍足に投げ返す。 「あああ!レインちゃん、他の男の手に触れられて可哀想に。 後で消毒してやるさかいに、堪忍な」 「そういう発想が出て来るのがキモイって理解しろよ、侑士……」 向日の言葉など聞こえないかのように、忍足は‘レインちゃん’をハンカチで拭い続けた。
二人を無視して、跡部はリョーマに向き直った。 「待たせて悪かったな、行こうぜ」 「うん」 今日は跡部の家のコートで打つことが決まっている。 待たせたお詫びに休憩時にはいつもより豪華な菓子を出そうと歩きながら考える。
「最近、何か忙しいよね」 「は?」 リョーマ会話を振られて、跡部はぽかんと口を開けてしまった。
一緒に帰る時には、ほとんど車を利用しない。 理由は少しでも長く会話をしていたい。ただそれだけだった。 コートに入ってしまえば、後はテニス、テニス、テニス……。 それも楽しいけど、今はもっと距離を縮めることに時間を掛けたい。 なんとなくだけれど、リョーマはテニスをする以外を避けていると気付いている。 デートするにはまだ照れがあるのだろうと、今は無理に誘うことはぐっと我慢中。 だからせめて移動の間位はのんびり二人で歩いて会話を楽しみたい。 といっても、ほとんど話し掛けるのは跡部の方からばかり。
それが、今日はどうだ。 リョーマから話し掛けてくれた。 突然の変化についていけず、間抜けな声を出してしまった。
跡部の反応にリョーマは首を傾げ、「三年生ってやっぱり忙しいんすかね」ともう一度尋ねて来た。 咳払い一つして、平静を装ってきちんと回答をする。 「まあ、そうだな。暇な奴もいるけど、俺は多分今が忙しい。 卒業すりゃ少しは落ち着くだろうがな」 「ふーん」 「何だよ。待たせたこと怒っているのか?」 それは無いだろうなと思いつつも、一応聞いてみる。 話題の軸をずらしていく為だ。 あまりこれ以上突っ込まれるのは困る。
リョーマは「そういう訳じゃないけど」といつものようにツンとした言葉を返してくる。予想通りだ。 「あんたの方がいつも待っているんだから」 「そうだな」 「即答かよ」 「いつものことだからな。それにしても氷帝の前で待つのは危険だとよくわかった。 忍足のくだらない話に影響されたらたまったものじゃない」 「それは無いよ。何考えてんの」 呆れた顔でリョーマが言う。 「それいあのフィギュアって高いんでしょ。そんなもの買うくらいなら、ファンタ買うって」 「たしかにお前の小遣い軽く吹っ飛びそうだな」
忍足から取り上げた特注越前リョーマフィギュアの値段を思い出して、跡部は首を振った。 あの後も「バスタオル一枚だけ巻いたバージョンとか作る気ないか?」と特注の誘いにふらふら乗りそうになったが、何とか堪えた。 危険な世界に自ら飛び込んではいけない。一体あれば十分だ。 勿論、今日も「おはよう」ときちんと挨拶をして家を出た。 返事がある訳じゃないけれど、笑顔のままのリョーマフィギュアが「行ってらっしゃい」と言っていた気がする。
「跡部さん……?」 沈黙を不審を思ったリョーマが、じっと見詰めてくる。 「あ、いや…あんな人形相手にあいつも虚しくないのか。さっぱりわからないな」 誤魔化すように言ったせいか、わずかに声が裏返った。 リョーマはまだ探るような視線を向けていたが、動揺を隠して知らん顔を決め込む。 しばらくすると諦めたらしく、「そうだね」と小さく同意した。
「でも忍足さんのあの位の意気込みがあれば、本当にフィギュアハーレムの世界に行けるかもしれないっすよ」 「何だ、それは」 「ああ、さっき聞かされた話。跡部さんは途中からしか聞いてなかったんだっけ」
忍足から聞いた話を、リョーマは全て語った。 「と、いう訳。ちょっと面白いよね」 「そうか?忍足の妄想が俺には怖く思えるけどな」 将来のこととか大丈夫かと、柄にも無く心配になる。 今度それとなく向日に確認するべきだろうか。
「そうじゃなくって、世界が枝のように分かれているって話の方」 違う、とリョーマは片手を振ってから続けた。 「忍足さんが言っていた話を考えてみると、面白いかなって。 例えば俺達が今ここにいるのも、様々な選択肢を辿って来たってことで。 もし別の道を選んだのなら、例えば違う学校に入学したり、んーっと俺が日本に来なかった可能性の世界もあるってことじゃない? そういう道を進んでいたら、どうしたかなと思って」 「どうもしねえよ」
自分でも驚くほど、はっきりと否定の声が出た。 「跡部さん?」 「結局巡り巡って、出会えていたんじゃねえか? それで今みたいに、くだらないことを会話しながら一緒に歩いている。 俺にはそんな世界しか無いと思う」 「……」 「もし、なんてありえもない話をするな。いや、忍足の所為だな。 あいつがくだらないことを言わなかったら……やっぱりあのフィギュア捨てて置くべきだった」 「そんなことしたら本気で泣くからやめておきなよ」 笑いながら、リョーマが言う。 「もういいよ、変なことは言わないから」 「ああ」 「そういうことは言うのに……」 「どうした?越前」 笑顔を消したリョーマに尋ねると、「なんでも無い」と肩を竦めて返される。
「長期戦でも構わないって決めてるんで」 「なんだよ、全然わからねえぞ」 「いいから、いいから。でもさ、こうであって欲しい世界に行きたいとは思わない? 例えば蛇口からファンタが出る世界とか、無いかな」 「それは遠慮したい」 「ええ?なんで?」 「当たり前だろ。そんな世界より、もっと……」
ちらっとリョーマの方を見て、考える。
(別に、俺はこいつが側にいれば他に何も。 ああ、もうちょっと近くに寄って欲しいとか願望はあるけど、それはいつか叶えられると決まっているからな。 どうせなら、……そうだ!越前に埋め尽くされる世界とか! 100人の越前と過ごす毎日。いいぞ、これだ。 100人とも幸せにする自信はある。どこへ行っても、越前ばかりで。 そんな世界なら、考えてやってもいい)
「あのー、跡部さん?」 「100人一緒に眠れる程のベッドが必要だな。任せな、俺に不可能は無い」 「もしもし?」 上着を引っ張る感触に、跡部は妄想から目を覚ました。
「え、越前?」 「大丈夫っすか。今どっか行きかけていたけど」 「いや、大丈夫だ。……どうやら疲れているらしい」
忍足の話に影響を受けたのは自分の方かと、落ち込む。
「そんなに疲れているなら、今日はテニスやめる?」 気遣ってくれるリョーマに、「いや、やろう」と慌てて声を上げる。 「ちょっと気合が足りないみたいだ。お前とテニスして、余計な邪念を払いたいくらいだ」 「邪念?そこまで言うのなら、いいけどさ」
ぐいっとリョーマが近付いて顔を覗きこんで来る。 「あんまり、無理しないでよ」 息が掛かるほどの距離で言われて、跡部は顔を赤くしながら頷く。
「じゃあ、今日は軽く打つ程度にしようか」
そう言ってすぐに離れてしまった。 残念に思いつつも、大人しくすぐ隣を歩く。
(やっぱり俺のいるべき世界は、ここだな)
リョーマがいる。 他にも選択はあったかもしれないけれど、 今ここにいる自分は間違っていないと、改めて認識する。
だから、この先もリョーマと一緒にいられる世界が続きますように。
チフネ

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