チフネの日記
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| 2009年03月01日(日) |
今日から、君と 跡リョ スローモーションシリーズ |
ファンタを飲んでいるリョーマの顔はふてぶてしい。 奢ってもらっているのに、そんな表情は無いだろと跡部は思ったが黙っていることにした。
自販機の前で「ファンタか?」と先に申し出たのは自分の方だ。 なのに「あ、どうも」とおざなりな感謝の言葉に物足りないと感じるのは、器が小さい気がしてそのまま流した。 それにふてぶてしいと思えるリョーマの顔も、実は内心では結構喜んでいるのかもしれない。
あまり越前リョーマが表情を変えるところを、跡部は見たことが無い。 ニヤッと挑発的に笑うか、無表情か、むっとしているか。 こっちも愛想が良い方じゃないので、この件に関して追求するのは止めにした。
しかしどうしてだろう。 最近よくリョーマのことを考えてしまう。
大会以降から、外でリョーマと会うようになって、今日もこうしてコートで一度打った後だ。 今はベンチで休憩中。一緒に並んで座っているのが、信じられない位だ。
公式で負かされた相手だからだろうか。 やたらとリョーマのことを気にしてしまう。 しかしリョーマは跡部ほど気にしていないらしく、今もファンタを飲みつつ黙ったまま空を仰いでいる。 まるで隣に跡部がいようがいまいが、関係ないように。
その平静さがイラつく。 なんでこっちばっかりお前のこと考えていないといけないんだとか、訳のわからないことを怒鳴りそうで恐ろしい。 そんな言葉を口にしたら、リョーマはきょとんとして「何で俺が怒られるわけ?」と言うい違いない。 真っ当過ぎて、心が痛くなる。 そう、リョーマは何も悪くないはず……。
なのに穏やかだったはずの、心を乱してくる。
全国大会が終わった後、跡部はすぐにリョーマのことを捕まえて、 またテニスしないかと誘った。 今思い出しても、のた打ち回るほど恥ずかしい行動だ。 『自分から』誰かに声を掛けたことなんて、なかったから。 口に出す前は若干緊張もした。 汗をうっすらかいていたのも、決して夏だったからじゃない。
なのにこいつは人が勇気を出して誘ったのにも関わらず、 「いいよ」とあっさり言いやがった。 なんだ、その軽い返事は。 断られるのもムカつくが、声を掛けてきたら誰でも承諾するのかと言いたくなる。 勿論、この時も黙っていたけど。
リョーマを誘ったのはテニスの実力もあってのことだが、 威勢のよさも生意気なところも気に入ったからだ。 普通の一年生なら跡部を見ただえで、怖気たり、羨望の目で見たりするのが普通の反応だ。
「俺と試合しようよ」
あんな真っ直ぐな目を年下のガキから向けられたのは初めてだった。 ただの怖いもの知らずなら鼻で笑うところだが、口だけじゃない所に仕方無いなと思わせてしまう。 しかしもうちょっと向こうから歩み寄ってくれてもらえないかと、跡部はそっと溜息をついた。 一人で壁打ちをしている感覚に、最近虚しさを覚えるようになったからだ。
「なあ、越前」 声を掛けると、リョーマは振り向いて跡部を見た。 愛想は悪いが、決して無視することは無い。 話もちゃんと聞いてくれる。 だからまだ救われていると、跡部は胸の中で呟いた。
「何すか」 「ええっと」
しまった。 声を掛けたのはいいが、話題を用意していない。 天気の話をしたところで、「あっ、そ」で終わってしまう。 テニスの話題、これはしょっちゅうしている。 他に何か無いだろうか。
考えて、跡部は適当に思いついたことを口にした。
「お前って、怖いものとかあるのか」 「は?」
リョーマは目を瞬かせた後、跡部を凝視した。 変なことを口走ってしまった。引いただろうか。 こんな時に限って、フォローの言葉が浮かばない。 駄目だろ、と頭を抱える跡部に、リョーマが口を開いた。
「今は特に無いっす」 「ああ、俺はどうかしてた……って、え?」 「だから今は無いって言ったんだけど、これ返事になってない?」 ちゃんと答えたのにと、リョーマがムッとする。 「いや、考えて話してくれたのが意外、だったからな」 「何それ。聞かれたから答えただけじゃん」 「あー、そうだけどよ」
初対面の印象から、人の話は聞かない、一方的に自分の言いたいことだけ言う奴だと思っていたが、 実は違うって気付き始めている。 下らない質問でもちゃんと聞いていて、今みたいに答えてくれる。 何だか嬉しくなった。
「怖いものは無いのか……。そうだな、お前ってそんな感じ」 跡部の言葉に、リョーマは表情を変えずに言った。 「今は、って言ったじゃん。これから出て来るかもしれないけよ。 まだ知らないだけかもしれない」 たしかにリョーマの言う通りだ。 生きていればこの先、傷付くことも悲しいことも恐ろしいことにも、ぶつかって行く可能性はある。
「そうか……じゃあ、そんなもん知る機会が無ければいいな」 「うん」
真面目に頷くリョーマに、なんだか微笑ましいなと思ってしまう。
「で、あんたの怖いものって?」 「何だ?」 「人に聞いておいて、自分が話さないっていうのはフェアじゃないっす」 「無いって答えておいて、よく聞けるな。まあ、いい。 俺が怖いと思うのは……」
ふっと浮かんだ光景に、跡部は顔を伏せた。 ああ、嫌だ。何でこいつといる時に思い出してしまったのだろう。 考えたくなんて、ないのに。
黙ってしまった跡部に、リョーマがそっとファンタの缶を腕に当ててきた。 「冷たっ」 「答えたくないなら、別にいいよ。気まぐれで聞いてみただけだし」 そう言って、またファンタを飲む。 何かを察知して気を使ってくれたらしい。 意外な優しさに跡部は目を見開いた後、表情を元に戻して笑った。
「別に大したこちじゃねえよ。 俺が怖いのは、そう、失望ってやつだ」 「失望?」 「ああ、特に両親からのな。見ての通り、うちは把握出来ない位の金持ちだろ。 で、普段ほったらかしにしている割に、あの二人は俺に人並み以上の期待を掛けてきやがる。 一度それに応えられなかった時があってな……」
責めるような母の目と、父からの咎めの言葉。 その時雇っていた家庭教師は有能だったのに、 跡部が一番を取れなかったのを汚点としてすぐに解雇した。 本当はテスト当日に跡部が風邪を引いたのが原因だった。 ふらふらになった体で、それでも休まず学校に行って試験を受けたのに、 無駄になったかと思うと悔しかった。 そして言い訳を一切聞かず、ただ跡部に失望している両親に。
心が冷えていったのを覚えている。
「親だけじゃない。学校の連中も、俺が一つでも失態したら許さないだろう。 出来て当たり前。失敗したら責められる。 実際、お前との試合に負けてがっかりしたと言って来る奴もいたけどな。 ま、そんな連中端から相手にしていないが」 「ふーん。じゃあ、俺はあんたに悪いことした? 謝るつもりは無いけどね」
ずれたことを言うリョーマに、跡部は笑って首を振った。
「当然だ。お前も俺も全力を尽くした。謝ることなんか、何もねえよ」 「良かった。あんたの怖いものを突きつけた原因かと、ちょっと悩んだ」 「嘘付け」
結構深刻は話をしたつもりだったえれど、リョーマは態度を変えることなく、 やっぱりふてぶてしい顔のままでいる。 急にしおらしくなっても困るから、今のままの方がらしくていいかと納得する。
それにこの無愛想な顔にも慣れて来たし、どこか安心もする。 うっかり誰にも言わなかったことを打ち明けてしまったけれど、 リョーマは他の奴に話したりする奴じゃない。 その点は、信頼出来る。
比較的近い位置にいるレギュラーの連中にもこの話はしたことは無い。 言ったところで「冗談だろ?」と笑い飛ばされるのは目に見えている。 彼らと仲が悪いというわけじゃない。 リョーマとの試合の後にも、誰も失望の目を向けては来なかった。それもわかっている。 でも、こんな時々叫びたくなるような思いを抱えていることは、わからないし思ってもみないだろう。 そうなるように努力していた自分の所為だけど、時々辛くなる。
「失望したい人には、勝手にさせておけばいいんじゃないの」 ファンタを飲み終えたのか、リョーマは空っぽになった缶をベンチに置いた。 カタン、と軽い音がする。
「そうじゃない人もあんたの周りには沢山いるんだろ。 そっちを大事にしなよ、って簡単に出来ないから苦しいんだよね……。 これ以上、どう言ったらいいか、俺にもわからないっす」
黙っている間、どう元気付けようか考えていてくれたらしい。 リョーマの横顔を見ながら、珍しく素直に、 「ありがとうな」と感謝の言葉が出た。
「お礼を言われる程のものじゃないっす」 淡々としているようで、実はきちんと人のことを考えてくれて。 言葉は少ないけど、嘘を言わず本当の気持ちを伝えてくれる。
そんなリョーマの隣は心地よいと、気が付いた。
(越前はどうなんだろう)
他校の相手の誘いにわざわざ応じて、外で打つのは自分だけだと前に確認したことがある。
何だ、そうか。 こいつも俺と一緒にいたいと思っているんじゃねえか?
どんどん跡部の思考は都合の良い方へ転がっていく。
さっき慰めるような言葉を出したのも、気を引きたいからだ。 絶対そうだ。決まっている!
問題無し、と拳を握り締める跡部に、リョーマは眉を潜めて声を出した。
「跡部さん、そろそろ休憩は終わりに」 「越前、そうか。お前の気持ちはよくわかった。俺も同じだ」 「え?じゃあ、今からすぐに打つってことでいいんだよね…」 リョーマの言葉は、跡部の耳に届いていない。 「照れ隠しかよ。そういう所も良いな」 「はあ??」 「とぼけるな。お前の気持ちはインサイトで全部見抜いた」 「違うと思う」 「ちょっと別の場所で話をしようぜ。勿論、俺達二人の将来についてだ」 「話を聞け!」
ラケットで顔面を殴られた跡部は、どうしてリョーマが怒ったのか全く見当がつかなかった。
ただ将来についてはまだ早かったかなと、反省しただけだ。
終わり。
チフネ

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