チフネの日記
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| 2009年02月06日(金) |
代わりにもならない 跡リョ |
顔はニタニタしているくせに、妙にこちらを意識している。 聞いてくれ、と言わんばかりの表情だ。
(だが、俺はスルーする)
聞いた所でろくでもない話に決まっている。 どうせ新作の人形を手に入れたとか(人形と言うと忍足は怒るが知ったこっちゃない)、 そういう自慢だと跡部は悟った。 ここは無視しておくべきだ。
通路を塞ぐように真ん中に立っている忍足を、黙って横に逸れて通り抜けようとした。
「ちょっと、待てや。跡部」
肩を掴まれてしまった。 こうなると忍足はしつこい。
投げやりに「なんだよ」と、跡部は声を発した。 「俺がこうして待っているのに、挨拶も無いのか?冷たいわあ」 「こんにちは。はい、これでいいだろ」 「元チームメイトに対するノリがそれ!?泣くで?そんでお前のシャツで拭いたる!」 「鬱陶しいからやめてくれ……。挨拶してやったのに、何が不満なんだ」 「不満?あるに決まってるやろ、ボケ。 俺のこの表情から、言いたいことわかるやろ?なっ」 「わかりたくねえよ……」 「またまたあ」
気安く肘で小突いてくる忍足に、どうしてくれようかと跡部は悩んだ。 スルーし続けるのは簡単だが、忍足は指摘するまで絡み続けてくるに違いない。 早めの開放を望んだ跡部は、嫌々ながら口を開いた。
「なにか、また新しい人形を手に入れたのかよ…」 「人形じゃなくてフィギュア、な。 よくわかったなあ、跡部。偉いで」 「褒められても嬉しくねえよ」 「これこれ!新作のエンジェルグリーンちゃん。 ピンク、ブルー、ホワイトに続く第四弾や。可愛いやろー」 言いながらポケットから取り出した人形に、忍足は頬擦りをした。
お前、学校に何を持って来てるんだという突っ込みは遥か昔に放棄している。 忍足がここに持ち込んでいるのは一体や二体じゃない。 先ほど集めていると言ったピンクとかもポケットに入っているに違いない。
「そうか。良かったな…」 知らず跡部の目はぼんやりと遠くを追ってしまう。 越前は何をしているのかなあ、と幸せな空想の世界へと逃げる。
「跡部、真剣に言ってないやろ。 さてはグリーンちゃんの可愛さに参ったようやな。 でも、お前には渡さへんで」 「どうしてそうなる。 俺に人形を愛でる趣味は無えよ。 大体、突っ立ってるだけのものに愛情掛けても応えてくれないだろうが」
途端、忍足が声を上げる。
「突っ立ってるだけやあらへん。色々とポーズがあるんやで。種類も豊富や」 「詳しく聞きたくねえよ。あっち行け」 やっぱり耐えられなくなって、しっしっと片手を振って追い払おうとしたが、 忍足はしつこく食い下がってきた。
「この子らはなあ、愛で応えてくれるんや。 心の綺麗なやつにしか聞こえない声でな。 お前にはそれがわからんのか」 「…わかるわけ無いだろ」 「なら、わかるようにしたるわ。少しの間、待ってろよ!」
捨て台詞のように叫んだかと思うと、走ってどこかに行ってしまう。
「なんなんだ、一体」 とりあえず、これ以上絡まれなかったことをよしとするか、と跡部は頭を掻いた。 しかし忍足の本領が発揮されるのはこれからだった。
三日後。 昼食を食べ終えた跡部は、のんびりと屋上で妄想に耽っていた。 何故ここを選んだかというと、リョーマもまた青学の屋上でよく日向ぼっこをしながら昼寝をしているという話を聞いたからだ。 念を飛ばせば、自分の夢を見てくれるかもしれない。 どうせなら、デートしている内容がいいな、と青学の方向に向かって一生懸命念じ続ける。 誰も邪魔させないように、出入り口には樺地を待機させている。
(越前、俺の夢を見ろ。 夢の中でお前は俺にソフトクリームを買ってもらって、 食べている途中にクリームがたれてくる。 それを俺がぺろっと舐めて、恥ずかしさに顔を赤らめる……。 あーあ、現実にならねえかなあ)
途中から、跡部の方が夢を見ているような顔つきになって来た。 そんな平和な空気を乱すかのように、ドアが開けられる音が響く。
「よーお、跡部。日向ぼっことは良いご身分やなあ」 「忍足か……。見張り役の樺地はどうした」 「後輩をこき使ったらあかんやろ。 樺地なら、担任が呼んでるからここは俺に任せて早よ行けって言うたら、素直にどいたで」 「お前、騙すようなことするなよ」 「まあまあ。誰もいないところで、見せたろうと思うたからな。 ここなら好都合や」 「何を見せる気だ」
どうせろくなもんじゃないだろ、とぼんやり忍足の手元を見ていたが、 それが何かに気付いてパッと目を見開く。
「忍足、てめえ……」 「どや、すごいやろ。この出来!色々写真を集めて、作ってもらったんや。 1/6の越前リョーマのフィギュア。思わずお前もときめく一品やろー?」
嬉しそうに、忍足は両手を差し出す。 そこにはちょこんとフィギュアのリョーマが乗っている。 体操座りして右手にはファンタ。左手は膝を抱えている。 FILAの帽子も細かく再現して、着ているのは青学のレギュラージャージだ。 フィギュアのリョーマは小さく笑っていて、 思わず跡部は見入ってしまった。
「お前、これどこで買ったんだ……普通に売ってるのか?」 フィギュアを凝視したまま、跡部は質問を口にした。 「まさか。これは特注や。 俺が師匠と仰ぐある方の所へ越前の写真を持ち込んで、 どうしてもフィギュアの道に引き込みたい奴がいる言うてお願いしてな。 3日で作ってもらった一品やで」 「そうか」 「どや、跡部。フィギュアはええやろ? この越前を、よく見てみい。こんな可愛らしい顔して、お前のこと見詰めてる。 ぐらぐらこんか?」
ああ。そりゃ、ぐらぐらさせられる。 本物の越前は滅多にこんな顔見せてくれない。 どっちかというとニヤリ、な笑顔の方が近い。 可愛らしくて抱きしめたくなるようなフィギュアを否定することは、俺には出来ない。
けど……。
「『跡部さん、好きー。こんな俺を抱きしめて下さい』」 「勝手に語るんじゃねえよ!」 「ふぐぁあ!?」 「気持ち悪い声で言うな。越前の声はもっともっと可愛い!」
忍足の頭に手刀を叩き込む。 もろに脳天に入ったらしく、忍足は呻いた後体勢を崩す。 リョーマのフィギュアが落ちないよう、跡部はさっと手を伸ばし救出に成功する。
「跡部、何するんや。痛いやないか!」 「てめえがあんまりふざけたことするからだ! 勝手にこんなもの作ってるんじゃねえ!没収だ、没収!」 「あかんて。それ、いくら掛かった思うてるんや。 簡単に渡せるか」 「うるせー!金ならいくらでも払ってやる。 これ以上、越前をお前の側に置いておけるか。だから返さねえよ。 後で請求書持って来い!」 「はあ、まあ引き取ってくれるのなら、ええわ」
あっさりと、忍足は引き下がった。 「他にも欲しいやつあるなら、作っておくでー」 「ふざけんな!……お前、越前の写真いつ撮った!? 後で回収に行くからな」 「おー、怖。さっさと退散するわ」
足早に忍足は屋上を立ち去ってしまう。 後に残されたのは、跡部とリョーマのフィギュアだけ。
「どうするんだ、これ」
フィギュアのリョーマは無邪気に笑っている。 これを壊したり捨てるなんてとてもじゃないが、出来ない。 出来る訳が無い。
ハンカチをポケットから取り出して、大切そうに包み込む。 忍足のような趣味に走ることは出来ないが、リョーマの形をしている以上粗末にすることも出来ない。
(越前、か)
ちょっとだけ気になって、もう一度ハンカチを開く。 フィギュアとはいえ、リョーマのその表情は可愛い。 たしかにこちらに笑い掛けているようで、『跡部さん、大好き』と言ってるようで……。
「だから、俺は何を考えているんだ!」
慌ててハンカチで包み直す。 忍足のバカ野郎と、何度も呟きながら。
そして、放課後。
青学にリョーマを迎えに行くと、いつものクールな表情できょろっと大きな瞳だけをこちらに向けて来た。
「何、人のことじろじろ見てんの」 「……じろじろなんて見てねえよ。気のせいだろ」
ぎくっとして、跡部は誤魔化すように答えた。 実際、いつもよりリョーマのことをじっと見ていた。 あのフィギュア、本当に良く出来ているなと考えていたなんて、とても言えないけど。
「そう?やけにねっとりした視線を感じたんだけど」 おかしいな、というようにリョーマは首を傾げる。 が、すぐにどうでもよくなったのか、「じゃあ、行こうか」と歩き出す。 跡部の方を振り返りもしない。
待ち合わせはいつもこんな感じ。 リョーマの態度はいつも素っ気無い。
フィギュアが浮かべている笑顔は、……滅多に見せてくれない。 最後に見たのは、いつだっけ?と考えてしまう。
「ねえ!何もたもたしてんの」 跡部の足取りが遅いことに苛立ったのか、少し先を歩くリョーマが声を掛けてくる。 「あ、ああ。悪い。ちょっとぼんやりしてた」 「本当に?」 「あ、ああ」 「……調子悪いんじゃないの?平気?」
さっきとは打って変わって、心配そうな表情でこちらを見ている。 そうだ。
素っ気無い言葉やクールな態度が際立っている所為で、ついうっかりこちらも忘れてしまうけど、 ちゃんと人のことと見ていてくれる。 こうして心配してくれる。
「平気だ。これからテニスするのに、なんの支障も無えよ」 「なら、いいけど……」
ほっとしたような笑顔。 思わず見惚れてしまう。
「なんか会った時から様子が変だから、心配しちゃったじゃん。 紛らわしい態度止めてよね」 そう言って先を歩くリョーマの後を追いながら、跡部は思った。
(どんなにつれなくても、愛想が無くても。 それでも俺は人形なんかより、こいつの方を選ぶぜ。 何度でもな)
可愛らしく笑い掛ける物言わぬフィギュアより、 素っ気無く棘のある言葉を吐いて、時々優しいことを言ってくれる越前の方が、ずっと可愛く映るのだから。
(悪いな、忍足。俺はそっちの道には行けそうにない)
追い付いて、隣を歩くリョーマに満足げに笑顔を向けると、 「やっぱり変……キモイし」 と、抱きしめたくなるような言葉が返って来た。
余談だが、忍足から取り上げたフィギュアは跡部の家のある一室に大切に飾られてある。 うっかり遊びに来たリョーマに見られたりしないように、 自室ではなく、わざわざ別室に隔離する徹底振り。
代わりにならないといいつつ、 フィギュアに朝は「おはよう」、夜は「おやすみ」と毎日挨拶していることは、 跡部だけの秘密だ。
(こんなに可愛いものを、見放すことは俺には出来ない。 越前じゃない、代わりにしている訳じゃない。忍足とも違う。 ただ、ちょっと癒されたいだけなんだ!) と、自分の行動を正当化して、日々過ごしている。
チフネ

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