チフネの日記
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2009年02月05日(木) ビタースウィート  真田リョ

背伸びして家の中を覗き込もうとする幸村に、柳は呆れた顔をした。

「通報される前に離れた方がいいと思うぞ。その姿は怪し過ぎる」
「放っておいてくれないかなあ」
軽く睨みならがら、くるっと幸村が振り返る。
「俺が捕まるようなヘマをすると思う?」
「わかっているが万一聞き込み等でばれたことを考えると恐ろしい。
今の内に帰った方がいいぞ」
「うるさいよ。大体、なんで柳がここにいるの。やりにくいったらないよ」
「お前が危ないことをするんじゃないかと心配して来ただけだ。
予想通りの展開だったが…」
「失礼だなあ。俺のどこが危険だって?」
「そうじゃないことを証明する方が難しい」

真田の家を正面から、裏から覗き込む行動のどこが怪しくないというのか。
しかし幸村は自分は悪くないとばかりに、胸を張って答える。

「危険なのは真田の方だろ!?
越前みたいな子供を家に連れ込んで、そっちの方が通報されてもおかしくないはずだ。
俺は犯罪を阻止しに来ただけだ!」
「連れ込むも何も……。
お前の考えているようなよからぬことは、何一つ無いと思うが。
大体、合意の上なら問題も無いはず」
「何か言った!?」
「いや」

幸村に睨まれて柳は黙った。
怖いからじゃない。
大声で反論されたら、それこそご近所から注目されて本当に通報されるかもしれない。
ここは大人しくしておく方が良いだろう。

「しかし真田の奴、どこにいるんだろう。
いやに静かなんだよね。
他に家族がいる気配も無い……。
あいつ、それを狙って連れ込んだのか?とんだ野郎だ。
越前の悲鳴も聞こえてこないようだから、まだ大丈夫だと思うけど心配だなあ。
よし。ここは偶然を装って、通り掛ったついでに遊びに来たとでも言って、家に入れてもらおう。
さ、柳。行くよ」
「……俺も、か?」
長々と喋っていたかと思えば、人まで巻き込もうとする。
幸村に驚かされることは慣れっこだが、柳は一応尋ねてみた。
「当たり前じゃないか」
幸村h当然、とい言いたげに頷く。

「俺一人だと不自然だろう。
うまいこと俺に合わせて、中の様子をしっかり探ってもらうよ」
「……そうか」
もう反論するのも面倒くさい。
それに幸村一人で中に入れるのも危険だと判断する。

データ的に無いとは思うが、万が一にも二人の仲に幸村が勘ぐっているような進展があったとしたら。
そしてそれを幸村が目撃してしまったとしたら。
(恐ろしい)
世界滅亡の始まりだ、と柳は額に手を当てる。
真田の他にも止める人物がいた方が良さそうだ。
ここまで来たのだから、付き合おう。
そう思って正面へと回ろうとする幸村の後に続いて行く。

「幸村、一つ確認していいか」
「なんだい」
「越前が今日来ると、よくわかったな。
もしかしてまた真田から聞き出したのか」
「なんでそんな責めるような顔して言う訳?
俺は休みの日は何してるの、って軽く聞いただけなのに」
「……それを探り入れてると言うんだ」
真田が気にしていないのだ問題なんだ、と柳は思った。
人が良いのはいいが、幸村に対してだけは疑いを持つべきだろう。
言っても聞かないことは想像がつく。
チームメイトに対して疑うことなど、真田の思考には存在しない。
おかげで悪戯好きな仁王に何度引っ掛けられたことか。
それでも懲りるということを知らない。
一瞬は怒るが、仕方無いなと言って仁王のことも結局許している。
だから幸村に付け込まれるんだ。
今度ゆっくり注意しよう……と柳は心に決めた。


「あれ?誰も出ない」
さっさとインターフォンを押していた幸村が、首を傾げる。
「居留守使っているのかなあ」
「相手がお前だとわかったら、普通そうするだろう」
「何か言った?」
「何も」
肩を竦めてやり過ごす。
幸村の注意は家の中に向けられているので、それ以上の追求は無い。
「なんだよ、真田の奴。早く出ないと後が怖いぞ」
「何度押すつもりなんだ、幸村」
「当然、真田が出て来るまで。
ああ、そうだ。いっその玄関叩くか。
壊れるのが先か、真田が出て来るのが先か。どっちだろうね」
「壊れてるのはお前の頭じゃないのか…」

これは止めるべきだろうと、柳は幸村の腕を掴もうとした。
器物破損の現行犯だ。
言い訳は出来なくなる。

そう思って幸村を引き読めようと手を伸ばしたまさにその時、
「幸村に、柳?」
背後から真田の声がした。

「弦一郎!」
「ああ、越前!こんな所にいたのかい」
柳は真田の名前を呼んだのだが、
幸村はすぐ隣にいる越前にのみ視線を注いでいる。
さすがというべきか。
声を掛けられた越前は、「ども」と挨拶のような声を出した。

「やあ、久し振り。元気だった?」
「……はあ」
馴れ馴れしく越前に話し掛ける幸村に、真田は怒る様子も無い。
それどころか、
「どうしたんだ。来るなら事前に連絡くれれば家を空けることも無かったんだが」と言った。
そうじゃないだろ、と柳は心の中に突っ込みを入れる。

「いや。偶然近くを通り掛っただけなんだ。
ついでに真田の顔を見ておこうかなと思って」
見たいのは越前の顔だろう。
舐めるような幸村の視線に気付いた越前は、さりげなく真田の後ろに隠れてしまった。
本能で危機を察知したらしい。

何も気付かない真田は「そうか。だったらお前達の分も買ってくるべきだったな」と呑気なことを言っている。
その手にはコンビニの袋がぶら下がっている。
「買い物の帰りか」
「ああ」
柳の指摘に、真田が頷く。
「越前がアイスを食べたいと唐突に言うものだからな。
うちにはそういう類のものは置いていないから、買いに行った所だ」
「別にわざわざ行くまでも無いって言ったのに」
真田の背中越しに、越前は照れくさそうに答える。
思いつきで言ったことに、真田が反応して買いに行こうと誘った所なのだろうと察する。
相変わらず越前に対して甘いな、と幸村も柳も同じ事を思った。

「ふーん。越前君、アイスが好きなんだね。
今度、俺と一緒にアイス食べに行かないか?美味しい所を知ってるんだ。
こんなコンビニのアイスよりずっと美味しいよ」
餌付けの要領で、幸村は顔を伸ばして越前を誘う。
良い機会だとばかりに、ぬけぬけと真田の前で誘いの言葉を口にする辺り、
さすが幸村としか言葉が出て来ない。
だが肝心の越前はぷるぷると首を振って、反対側へと逃げてしまう。

「遠慮するっす。俺はこのアイスで十分だから」
そう言って、真田の持っている袋をぎゅっと握り締める。
コンビニのアイスの方がいいと言われて、さすがに幸村も笑顔を一瞬引っ込める。
が、すぐに立ち直ってまた一生懸命越前に話し掛ける辺りはさすがだ。
「なんで?
ああ、奢ってあげるから心配ないよ。いくらでも食べていいからね」
「……本当にいらないっす」
「どうして?そこまで拒絶する意味が俺にはわからないなあ。
ねえ、真田?」
突然話を振られた真田は、困ったような顔をして隠れている越前を見る。
そして、「ああ」という顔をして幸村を見た。

「もしかしたら越前は、お前と二人きりで行きたくないのかもしれないな。
よく知らない人に付いて行ってはいけないと家での教えを守っているのだろう。
わかった、こうしよう。俺も一緒について行く。それなら、どうだ」
悪気の無い顔でややずれたことを言う真田に、越前は一瞬きょとんとする。
そして納得したように頷いた。
「真田さんが一緒だって言うのなら……考えてもいいっすよ」とまで言う。
「だ、そうだ。幸村、そういう訳で越前を誘う時は俺を通してくれ。頼むな」
「…………」

能面のような顔をした幸村は、何も答えない。
黙ったままふらふらとした足取りで、敷地内を出て行こうとする。
「おい、幸村。どうした。家に上がらないのか。
茶の一杯は出すぞ」
心配そうに声を掛ける真田に、柳はぽんと肩を叩いた。
「悪いが今日はこれで失礼する。
幸村は用事を思い出したらしい。俺も一緒について行くから心配するな」
「そうか?」
「ああ。それに早くしないとアイスが溶けてしまうぞ」
「そうだな」
「またな、弦一郎。それに越前」

片手を振って、柳は幸村の後を追った。
その後ろ姿は珍しく落ち込んでいる。

「……二人きりで行きたくないとか、はっきり言うこと無いじゃないか。
越前も真田が一緒だったらとか言うなんて、あんまりだ」
近くに寄ると、ぶつぶつと小声で不満を繰り返しているのが聞こえた。
先ほどのやり取りがよっぽど堪えたらしい。
これで懲りてくれれば良いのだが、
(きっと明日には元通りだな)と、柳は小さく溜息をついた。








「なんだか慌しい訪問だったな。
ゆっくりしていけばいいものを」
再び家の中に戻り、真田はコンビニで購入したアイスを取り出した。
縁側で足をぶらぶらさせている越前は、何も答えない。
二人が行ってしまってから、やけに無口になっている気がする。
どうかしたのかと機嫌を伺う為に、アイスを持って越前のすぐ隣へと腰掛けた。

「アイス、食べないのか」
「……食べる」
「まず最初はどっちを食べるんだ」
持っていた二つのアイスを差し出す。
越前が迷って選べないと言っていたので、「二つ買って俺と半分こしよう」と提案した。
こういうものは普段食べたりしない真田だが、越前に気を使わせたりしない為だ。
絶対甘いだろうなとわかっていても、我慢して食べようと決める。

越前の目はその二つのアイスに注がれている。
数秒考え込んだ後、「じゃあ、こっちから」とキャラメル味の棒のアイスを選んだ。
真田の手にはチョコとバニラのソフトアイスが残されている。
チョコ味か……と難しい顔をしていると、
「真田さんも一緒に食べようよ」と言われてしまい、観念して中身を取り出す。

越前はもうぺろぺろとアイスを舐め始めている。
アイスの甘さにつられてか、さっきまで強張っていた顔も少し解けているように見える。
「越前、さっきから怒っていたんじゃないのか?」
思っていたことを口にすると、越前は「違うよ」と否定する。

「ただ……」
「ただ、何だ」
「今日は俺と約束してたのに、あの人達も一緒なんだって一瞬むかついただけ。
だって学校でいつでも会えるんでしょ。
なのに、……さあ」
後半の方はもごもごとアイスを食べながら言ったので、
あまり聞き取れなかった。
それでも真田には越前の言いたいことは伝わった。
越前との約束が先だというのに、突然の来訪者を許して家にまで上げようとした。
普段の習慣でついうっかり変わらない対応をしてしまった。
いくら越前が知らない相手では無いとはいえ、了承も得ずに招くのは礼に欠けていたと思う。

「すまない。俺が少し軽率だった」
謝罪すると、越前は慌てたように「別に、気にしてないから」と言った。
「真田さんが友達を大事にしてる人だってわかってるっすよ。
でも、あの人達とすごく仲良いんだなあと思ったら、なんかね」
「なんか、か」
「そう。……なんか、ねえ」
そう言ってまた前を向いてキャラメルアイスの続きを食べる。

(よくわからないが)

越前の中で色々と葛藤があるらしい。
そしてそれは自分と友人達の仲の良さに原因があるようだ。


どうしたら良いかわからなくて、
でも越前に何か伝えたくて、
真田は口を開いた。

「あいつらとはずっとチームメイトだったからな。
たしかに顔を合わせている期間も長い。
けど知り合ってまだ短いお前とも、負けないくらい仲が良いと……俺は思っている。
その、比べる次元は違うと思うが」
「……」

沈黙するリョーマに、間違ったことを言ってしまったかなと考える。
けれどリョーマはこちらを向いて、
「そっか」と嬉しそうに笑った。

「俺と真田さんも、仲良しだよね」
「そう、だな。うむ」
「そうだよね。こうやってアイスも半分こして食べているし」
「あ、ああ」
「真田さんもそっち食べてよ。半分食べたら、交換しよう?」
「少し……待ってろ」

機嫌が良くなったことにほっとしつつ、
今度は覚悟を決めて見た目も甘そうなソフトアイスにぱくっと一口被り付いた。


想像通りの甘さに一瞬眉を潜めたけれど。

「美味しい?」
「ああ……美味いな」

何故か今の気分に、ぴったりな気がした。


チフネ