チフネの日記
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| 2009年02月03日(火) |
夢なんかより君を見ていたい 跡リョ |
彼女の肩を抱く後姿に、跡部は叫んだ。
「越前、待てよ!どういうつもりだ。 お前、その女を選ぶのか?俺のことなんて、その程度の気持ちだったのかよ!」
顔だけ振り返ったリョーマの目にはなんの感情も無く、 つまらなそうに跡部を見ている。
「その程度って、何? 大体、俺達は恋人でもなんでも無かったじゃん」 「越前っ。本気で言っているのかよ?」 「うん。でも違うってあんたも言えんの? 会った頃と距離は変わっていない。今でも」
ショックで足から力が抜けていくのがわかる。 その場にへたり込んだ跡部に、リョーマは少しばかり気の毒そうな表情になった。
「悪いけど、俺はこの子と付き合うことを決めたんだ。 やっぱり女の子の方がいいかなと思い始めたから、この機会にあんたからも離れるよ」 「待て!お前はその女なんかより絶対可愛いって! 考え直せ。誰もが間違っているって言うはずだ」 「でも、あんたと付き合ったら俺がされる側に回るんだろ。 やっぱり男として、それはちょっとね」 「わかった、お前がそう言うのなら俺も努力してみる。 絶対優しくするし、気持ちいいって言わしてみせるから、だから!」
大声を上げた所で、目が覚めた。
「……なんだ、夢か」
不機嫌そうに前髪を払って、体を起こす。 最悪な夢を見てしまった。
一体、なんだあれは。 越前が女と付き合う? で、俺が捨てられる? 「ありえないだろ」 低く唸ってから、目元を拭う。
我ながら恥ずかしい。 夢の中で涙を流していたのを覚えているが、 現実にも反映してたようだ。 情けない、とベッドから勢いよく起き上がる。
シャワーでも浴びて気分を変えるべきだ。 いつまでも暗い夢を引き摺っていたら、折角の休日が台無しになってしまう。 そうしよう、と一歩足を踏み出す。
(越前に会えば、あれは悪夢だったと笑えるはずだ)
あいつに女なんていねえし、と無理矢理笑う。 今までもそんな気配、見たこと無い。 好意は寄せられてるようだが、本人に興味は無いらしく、口を開けば「テニス、テニス」とそればかり。
いや、しかし知らない間にリョーマ好みの女が告白して来たとしたら?
突如浮かんだ考えに、跡部の動きが止まった。
その女が直接行動に出て、嫌がる越前を無理矢理押し倒して(以下自主規制)。 責任を感じた越前は泣く泣く交際を承諾する可能性はゼロじゃない。
「まさか、そんな! 越前、今すぐ俺が助けに行くから待っていろよ!」
こうしちゃいられないと、跡部は慌しく外出の用意を始める。 ただの想像なのに暴走は留まらず、 今もこの瞬間、リョーマは縛られて想像の女に弄られていると思い込んでしまった。
「俺でさえまだしていないのに……!」
向日がこの場にいたら、「ちょっと待て。冷静になってよく考えろ」と諌める所だろう。 しかし突っ込みを入れる者は無く、跡部の行動を止める者もここにはいない。
「で……、こんな早くから何の用っすか」
跡部はそれからきっかり30分後、越前家の前に立っていた。 何度も顔を合わせている家族に挨拶すると、この時間に約束をしているものだと解釈したらしく、 招き入れられた後、リョーマの自室まで案内してくれた。 後は自分が起こしておきますと言うと、笑顔で「お願いします」と任される。 普段の心掛けのおかげだなと頷いて、ドアを開ける。
案の定、リョーマは眠っていた。
「おい、越前」 恐る恐る跡部は布団を捲ってみた。 そこに想像していた女の姿は無い。 良かった、と安堵する。 リョーマの貞操は無事だったようだ。
「ん…寒い」 肩を震わせたリョーマが目をうっすらと開ける。 そして何度か瞬きした後、「あれ、跡部さん?」と眠そうな声を出した。 「おはよう、越前」 「なんであんたがここにいるの。今、何時?」 きょろきょろとしながら時計を探す。 そして「まだ7時じゃん……」と不機嫌に言われる。
「もうちょっと寝かせてよ。朝っぱらから何なの」 そう言って、また布団を奪い返し中へと潜ってしまう。 「寝るな!7時は普通に起床時間だろうが」 「俺は早起きな年寄りと違うんで。後、2時間は寝かせて下さい」 「9時まで寝るつもりかよ!俺と待ち合わせしてたんじゃないのか?」 「待ち合わせは11時でしょ……十分間に合うよ。おやすみ」 「おやすみ、じゃねーよ!」
再び布団を剥がしに掛かると、リョーマも必死で抵抗してくる。 それでも力はさすがに跡部の方が強い。 なんなくリョーマから奪うのに成功すると、体を横にしたまま軽く睨まれる。
「で……、こんな早くから何の用っすか」 「冷たい言い方だな。睡眠を邪魔したことが、そんなに気に入らないのかよ」 「うん」 「本気で怒ってる!?」 「あー、もう。どうせ眠らせてくれないんでしょ。 じゃあ、起きるからせめて急いで来た訳くらい聞かせてよね」
渋々という感じに、リョーマは起き上がる。 そしてベッドの上で胡坐をかいて、すぐ横に立っている跡部を見上げた。
(訳なんて、聞くほどのもんじゃないだろうが)
いつだって、会いたい。 約束していても、もっと早く会いたいと思うし、その分長く一緒にいられたら嬉しいと思う。 だからバカみたいに待ち合わせの1時間前から待っていて、 いつ来るかいつ来るかとわくわくしているの、お前は知らないだろうな。 遅刻ばっかり、してやがるから……。
今日はあの悪夢の所為で、どうしても約束の時間まで待ちきれなかったんだ。 たまには、こちらの気持ちを汲み取って欲しいと、 じっと見詰めているリョーマを見て、軽く眉を寄せる。
「何?言いたいことがあるなら、言えば」 睡眠を邪魔された所為か、リョーマの口調は少し刺々しい。 いや、いつものことか。
跡部は思い切ってベッドに腰掛けて、間近に座っているリョーマにそっと疑問をぶつけてみた。
「なあ。すっごくお前好みの女がいて、そいつが告白して来たら、どうする?」 「はあ?何それ」 「だから、お前にだって好みくらいあるだろ。 そういえば前に青学の新聞でポニーテールが似合う子とか答えていたな」 「ちょっと!なんで知ってるの!?」 「俺に知らないことは無い」
自慢げに言うと、「最悪……」とリョーマは項垂れる。 「別に適当に答えただけだよ。 あの質問の所為で、急に髪型変えた女子達に声を掛けられて結構うんざりしてんの。 出来ればほじくり返さないで欲しいっす」 「適当に言っただけなのか?」 「うん。何か答えなきゃいけないから、どうしようかと考えてて、 顧問のばあさんが何故か浮かんだから、髪型のところを取り上げて言った」 「あのばあさんか……。真実を知ったら、ショック受ける奴がいそうだから黙っとけよ」 「はあ」
よりによってその回答は無いだろと思いつつ、 まだリョーマはそれ程女子に感心がある訳じゃなさそうだと安心する。
「でも、なんでそんなこと聞くの。 俺の質問の答えになっていないんだけど」 「いいんだよ。お前と喋っていると、安心する」 「は?」 「頼むから、いきなり女と付き合うことになりました、なんて言い出さないでくれよ」
もし夢が現実になったら、泣く所じゃ済まされない。 ショックで100年寝込みそうだ。 しかもこの王子様に目覚めのキスは期待出来ない。 一緒になって隣でいつまでも寝ている可能性の方が高そうだ。
「それはこっちの台詞だと思うけど」 心外だ、というようにリョーマが首を振る。 「跡部さんの方がいつもファンだとかいう子達に囲まれているじゃん。 可能性としては、そっちの方が高いと思うんですけどね」 「俺はそんな気無いから、大丈夫だ」 「どうだか」 「本当だって」
なかなか信じようとしないリョーマの肩を、そっと引き寄せる。 抵抗されないことに驚きつつ、そっと両腕で自分より小さな体を抱きしめると、リョーマの体温が伝わってくる。 ああ、これできっぱり悪夢を忘れられそうだと安堵の溜息を吐く。
「俺は、どんな奴に好意を寄せられようとも靡かない。きっとこの先も」 「そんなの……」
わからないよ、と呟くリョーマの声が、やけに頼りなげに聞こえて、 跡部はもう少し力を込めて抱きしめた。 触れる所から、どれだけ彼を好きなのか伝わればいい。 そんな風に思って。
早くに起こされたと思ったら、なんなの。 大方、俺がどこぞの女子と付き合う宣言でもした夢でも見て、 慌ててすっ飛んで来た所だろうか。 折角、夢に俺が出て来たのならもっと幸せな内容を見ればいいのに。
おかげでこっちは眠いっていうのに、布団まで持って行きやがって……。 埋め合わせは、この後きっちりしてもらおう。 それにしても、わかってんのかなあ。 勝手に不安になっているようだけど、 あんたがたった一言言えばすぐ解決することだから。 まーだ、気付いてないのか。
大体、言い寄ってくる女の数なら、そっちの方が多いだろうに。 なのにいらないとかきっぱりと言ってくれて。
バカだよね、と抱き付いて来た背中を安心させるように、ぽんぽんと軽く叩く。
だけど。 好きだと言ってくれるまで待ち続ける、 そんな意地を張っているバカな俺にはお似合いかもね。
気付かれないように、肩に顔を埋めて。 そして静かに笑った。
チフネ

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