チフネの日記
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2009年02月02日(月) 君のだけ 跡リョ

2月14日、バレンタイン。
氷帝で一番多くチョコレートを貰う人物といえば、誰もが彼の名前を挙げる。

跡部景吾。
1年と2年とで数え切れない位のチョコを、
校内のみならず他校の女子生徒からも集めている。
本人はその件で「俺様が欲しいと言った訳じゃない。それでもあげたいって奴が後を絶たねえから、しょうがねえだろ」と、コメントしている。
嫌味な奴だとやっかむ人もいないことは無いが、
比べる対象があまりにも一般人と掛け離れている故に「あれは別格」と諦めているケースが多い。
周囲の人々はというと「性格に問題有り過ぎる。生まれ変わっても代わりたいとは思わない」と静かに静観しているらしい。
その跡部だが、3年生となった今年は更に貰える数は増えるだろうと皆は予測していた。
しかし、突然2月入り「誰からも受け取らない」と自ら宣言をする。
跡部の言葉にパニックになる女子生徒多数。
どうか受け取って欲しいと嘆願書も寄せられたのだが、本人である跡部はこれをきっぱりと拒否。
しかも何故か上機嫌な様子に、
「跡部様に、本命が!?」と止めを刺され彼女達は泣く泣く引き下がる羽目に。
あの跡部が受け取らないということは、ついにチャンスが回って来る?と急にそわそわし始める男子生徒達で問題の発言は様々な波紋を呼んだ。


そしてバレンタイン当日。
ご機嫌な様子で登校する跡部の鞄の中には、綺麗にラッピングしたチョコレートの包みが入っていた。




「越前の奴、喜んでくれるだろうな。
あいつの為にわざわざ用意したチョコレートだから、絶対上手く行くこと間違いない。
こう、俺が口に運んでやって、指先に溶けたチョコも越前が舐め取る展開に持っていけるはずだ。
完璧だな」
「そういうことは、越前本人に渡してから考えろよ……。お前、痛過ぎ」
「なんだと、向日この野郎。ははーん、さては越前と熱々な今日を送ろうとしている俺を僻んでるな」
「……勝手に言ってろよ、もう」
はあ、と向日が溜息をつく。
それを無視して跡部はまた妄想を続けた。
「越前。越前、チョコより甘い越前」
「……」
向日がささっと離れて行くのがわかったが、構っていられない。
本日、越前にどうやってさりげなくチョコレートを渡すか。
頭の中はそのことで一杯だ。


跡部が多数の女子達からチョコレートの受け取りを拒否したのも、
リョーマに沢山の包みを見られたく無かったからだ。
焼きもちを妬かせる作戦も一瞬考えたが、
このような小細工は効かなさそうだと判断して止めた。
下手すると『くれた中の子から、誰か選べば?』と冷たく言われる可能性がある。
ここは誠実さをアピールして方が得策だ。
誰彼構わず好意を受け取る軽い奴じゃない。
欲しいのはお前だけだ!と訴えてる……よな?

だけど、越前からチョコレートを貰えるなんて期待していない。
恥ずかしがりやな越前のことだ。
きっとチョコレートすら買うことが出来ないだろう。
ならば、俺が代わりに渡してやろうじゃないか。
どちらかが渡すなんて形式、どうでもいい。
二人が幸せなバレンタインを過ごすことが出来れば、結果オーライだ。

(待ってろよ、越前)

うふふと笑う跡部に、離れていた向日がぼそっと声を掛ける。

「越前から貰えない事実から目を逸らして、よくそこまで前向きになれるな」
「んだとぉ、向日!」
「わあ、聞いていたのかよ!」
慌てて逃げ出そうとする向日の首根っこを掴んで、制裁を加えようとした時だ。
「おい、あれ越前じゃないのか?」
「あーん?嘘をつくな、越前がこんな所にいるはずないだろ」

リョーマと会う約束をしているが、跡部が青学に迎えに行くことになっていた。
下手な言い逃れだな、と跡部は目を鋭くした。

「本当だって、外見てみろよ、外っ!」
それでも必死で騒ぐ向日に、思わずそちらを向いてしまう。
「ウソだろ」
「なっ、あれ越前本人だって!そう言ってるじゃねえか」
遠目だけど、跡部がリョーマを見間違えるはずが無い。
それに青学の制服はここではよく目立つ。
校門付近にリョーマは両手に荷物を抱えて立っている。
それだけなら別に問題では無いが、何故か周囲に宍戸とジローを背負った忍足がリョーマに話し掛けている。
リョーマが持っている荷物の中から、ラッピングされた箱を差し出した所で、
跡部は向日から手を離し駆け出した。

「越前んんんん!そいつらにチョコをやるくらいなら、俺が全部食べてやる!お前のものは全部俺のだ!」
「……廊下で大声出すの止めようぜ」

恥ずかしいといいつつ、向日もその後を追った。
跡部の暴走を止めなければという使命感もあったからかもしれない。
後、忍足達に大声で危険を知らせる必要も場合によっては必要だ。
いつも以上に速く走る跡部を見失わないよう、向日も必死で走った。




「て、てめえら……越前から何受け取っているんだ。ああ?」
少し息を切らしながら跡部が校門まで行くと、
全員が振り返った。
「あれ?なんだもう来たんだ。
今呼び出そうと思ったんだけど。俺がここにいるってよくわかったね」
感心したように呟くリョーマに、「当たり前だろ」と胸を張る。
「俺様のインサイトはいかなる時でもお前を見つけることが出来るんだ!」
「発見したのは俺だろ……」
「なんだ、いたのか向日」
つまらなそうに答える跡部とは反対に、リョーマは向日を見て嬉しそうに一歩前に踏み出す。

「向日さんも来てたんだ。ちょうど良かった」
「何が良かったんだ?」
首を傾げる向日に、リョーマは「はい」と持っていた紙袋を差し出す。
「これ、チョコレートだって」
「えっ」
「どうぞ」
そう言ってリョーマは向日に半ば無理矢理押し付ける。
その溢れる中身はどう見ても、沢山のチョコレートの箱で。
跡部は途端に不機嫌になった。

「向日、てめえ。これが目的だったのか」
「違えよ!おい、跡部。よく見ろ。
越前がこれ全部用意する訳ないだろ!ほら、見ろって」
「あーん?見苦しいぞ」
「俺以外も貰ってるのよく見ろ!見ろって」
「岳人、俺らに振るなや。まあ、ええけど」
言われて忍足や宍戸が持っている袋に気付く。
大量のチョコレートの箱たち。
ファンタでほぼ小遣いを使い果たすリョーマがこんなにも買える訳が無い。

「青学の女子達に押し付けられたんすよ。
この人達に渡して欲しいって」
疲れたように、リョーマが肩を回す。
「でも、なんでお前が?こいつらと仲良しだと思われてるんのかよ」
「知らない。跡部さんと一緒に歩いている所を見られたみたいで、
テニス繋がりで氷帝の人達と会ってると勝手に思い込まれてた。
帰ろうとしたらぐるっと囲まれて逃げられなくて困ってさ。
どうせ跡部さんと会うんだから、こっちに来たんだけど、都合悪かった?」

リョーマに問われて、さすがの跡部も文句を言えなくなってしまう。
「いや。こいつらの荷物押し付けられたのか。大変だったな。
言ってくれれば車で迎えに行ったのに」
「そんなのいいよ。頼まれたのは俺なんだから。
という訳で、ちゃんと持って帰って下さいね。そこで眠っている人にも、あの三人にも渡して下さい」
後の言葉は忍足と宍戸に言ったようだ。
ジローはこの状況でもすやすやと眠っている。
二人の荷物ははちきれそうな程だ。よくリョーマはこれだけ持って来たと感心する。

「あの三人とは?誰のことだ」
「鳳さんと樺地さんと日吉さん。練習中に渡す訳にもいかないから、お願いします」
「……長太郎の奴、困るだろうな。いや、持って来てくれた越前に悪いから受け取るけど、
俺もどうしたらいいんだ」
「樺地と日吉には渡すけど、俺の心は部屋に飾られとるプリンセス達のもんなんや。
今日も、このピーチハートちゃんを始めとする皆に囲まれてバレンタインパーティーするんや」
お返し出来へんけど堪忍な」
「…受け取るだけでいいんじゃない?とりあえず、忍足さんの意向は伝えておくよ」
「おおきに」
良かったあ、と忍足はポケットから顔を覗かせてるフィギュアに向かって話し掛けている。
全員見なかったことにして、不自然に顔を背けた。

「じゃあ、用事も終わったし。帰ろうか、跡部さん」
「お、おう」
名前を呼ばれて、跡部は頷いた。
リョーマがチョコレートをこの連中に渡すなんてあり得ない。
間違えで良かったと、今は安堵の気持ちでいっぱいだ。
気が抜けた顔を向けると、リョーマが眉を潜める。

「言っておくけど、跡部さんの分は一個も押し付けられなかったよ。
今年は不作みたいだね」
「はあ?だから、なんだ」
「だって……他に持っていないし、まさか氷帝でも貰えなかったとか?」

リョーマの言葉に、答えに迷う。
もてない奴、と思われたのならどうしよう。
やっぱり多少は必要だったのか?しまった、2、3個位は貰っておくべきだった。

後悔し始めて顔を青くする跡部に、リョーマがくすっと笑う。

「しょうがないね。
今から家に来る?昨日、菜々子さんが焼いたケーキがあるんだけど、
分けてあげてもいいよ」
「いや、俺は別にチョコが食べたいっていうんじゃなくて」
「ちなみに俺も手伝ったんだけど」
「食べたい!今ものすごく甘いものが食べたい気分だ!」
「そう……良かったね」

バイバイと向日達に手を振って歩き出すリョーマに早足で追い付いて、
並んで歩いて行く。
思いがけずリョーマからチョコを貰えることが出来そうだ。
浮き足立つ気分を隠し切れず、跡部は全開の笑顔で話し掛ける。

「家に着いたら、俺もお前に渡したいものがある。
せいぜい楽しみにしてろ」
「……はあ。まあ、大体予想はつくけどね」
「何か言ったか?」
「別に」

リョーマがチョコレートをくれることで自分はこんなにも幸せな気持ちになれるのだから、
鞄の中に入っているそれを渡した時、
同じくらい幸せだと感じてくれるといいな、と跡部は思った。






「越前はああ言ってるけどさ、跡部へのチョコレートも絶対あったと思うんだ。
跡部の受け取らないって発言が、青学まで伝わっているかどうかわからないし。
けど、越前の判断で受け取らなかったんだろうな。
一個でも跡部に渡したくないって、思ったんじゃねえの。
氷帝まで来たのも、青学に跡部が来たら女子が群がるから見たくなかったんだろ。
跡部は全然わかってないみたいだけど」

腕を組んで、向日は頷いた。
忍足は納得いかないように首を捻る。

「そうかもしれんけど、ほんまに一個も無かったかもしれんやんか。
世間の目が跡部をどういう奴かわかってきたのも考えられる」
「……だとしたらお前の趣味はまだまだ浸透してないってことになるな」
「何か言うたか」
「さあ」

自分よりずっと多い数のチョコを持つ忍足を見て、
向日は溜息をついた。
この日の為に限定フィギュアを手に入れてどうたらとか言っていた奴がモテるなんて、
絶対世の中どうかしている。
二人のやり取りを横目で見つつ、宍戸が声を掛ける。

「おーい、部室行こうぜ。樺地達の分も持ってやらなきゃならないんだからな」
「そうだな。しかし沢山あるなー。これ越前一人で持って来たって、どうなってるんだ」
「せやけど片手で軽々運んどったけどな」
「やっぱ、ただものじゃねえな」


ふと振り返ると、跡部とリョーマが喋りながら歩いているのが見える。
一方的に跡部が話し掛けているように見えるが、
リョーマも時折頷て、その横顔はどこか嬉しそうで。

どうやらこのまま楽しいバレンタインを過ごすことが出来そうだ。

(明日、越前のケーキの感想でも聞いてやるか)

きっと跡部の顔はチョコレート以上に蕩けたままに違いない。
からかってやるのも面白そうだと思いつつ、
後輩達に沢山の愛を届ける為に向日はぎっしり重い紙袋をえいっと持ち上げた。


チフネ