チフネの日記
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| 2009年01月30日(金) |
密やかな恋 後編 不二リョ |
返却日前に絶対本を返しにくると思ったのに。 「このまま返さないなんてこと、無いよな」 先輩が借りていった本が戻ってこないことを確認して、首を捻る。
返しにくるよ、と確かに言った。 不二先輩に限って、忘れてるなんて無さそうなのに。 それとも図書室に来る時間も無いくらい忙しいんだろうか。
俺にとっては理解出来ないんだけれど、 日本では卒業していく生徒のの第二ボタンを欲しがる風習っていうのがあるらしい。 人気あるテニス部の先輩達はちょっと前から色々呼び出しを受けて大変なんだぞ、 と堀尾が知った顔で教えてくれたっけ。 ボタンなんかもらってどうするんだと呆れる俺に、堀尾は「馬鹿だなあ」と言った。 「ボタン下さいって言うのは、告白したのも当然なんだぞ。 切っ掛けがつかむチャンスだろ? ま、お前みたいに言いたいこと言える奴にはわからない気持ちだろうけどな」 「……」 そうでもないんだけどね。 とは言わなかった。面倒なことになるし。
だって俺は先輩にボタン下さいなんて、気軽に言うことすら出来ない。 どうせそれも彼女にあげるんじゃないの、と最初から諦めてしまっている。
しかし諦めきれない人もやっぱりいるみたいで、 時々クラスの女子とかに不二先輩を呼び出してくれないかと頼まれることもあった。 勿論、他の三年の先輩達を含めて。 そういう件では、元部長が一番人気だったかな。 面倒くさかったから、当然全員お断りさせてもらったけど。 不二先輩に関しては私情も入ってたかもしれない。 無理、駄目ときっぱり断る俺に、冷たいだのなんだの色々言われたけど、 全部聞こえないふりをした。 大体以前はレギュラーだったからって、今は校内でもほとんど会うこと無いんだって。 そういえば桃先輩も、色んな所から頼まれて大変だったとげっそりしてた。 告白するのは勝手だけど、人を巻き込むのは本当に止めて欲しい。
俺達がこんな状態だから、当の本人はもっと大変なんだろう。 少しばかり同情するけれど、本を返しに来ない理由にはならない。
どうするんだろう……と思い悩んでいる内に、あっさりと卒業式の日を迎えた。
「越前ー!ちょっと来い」
桃先輩の呼び声に、準備の手を止めて教室から外へと出て行く。 この忙しい時に、なんなんだ。
式が終わった後、俺達はすぐに送別会の準備に走った。 部室じゃ入りきらないから、とそれぞれの部に使用する教室が割り当てられている。 卒業おめでとうございますの文字が気に入らないと 、何度も繰り返し黒板を消したりしている荒井先輩にどうでもいいよ……と言う気にもならない位の忙しさだ。 呼び出すということは、別の用事を言いつけるつもりなのかもしれない。 面倒だなと思いつつ、廊下に立っている桃先輩の所に向かう。
「何すか。桃先輩」 「いや、用事があるのは俺じゃなくてな」 「?」 「ごめんね、忙しい中に呼び出したりして」 「あ…」 曲がり角の所為で気付かなかった。 桃先輩の後ろから現れたのは、ずっと思い続けていた不二先輩だった。 こんな所で何してんだろ。 沢山の女子達に追い掛け回されてるんじゃなかったの。 驚きのあまり動けない俺に、不二先輩は「越前?」と目の前に近付いてきた。 「どうかした?ひょっとして怒ってる?」 「いえ!」 声、ちょっと裏返ったかもしれない。桃先輩が驚いたような目を向けている。 不二先輩は変わらない。 「用って、俺にっすか」 「うん」 なんとか平常に返す。ここは落ち着かないと。 折角不二先輩と会話が出来る最後の機会かもしれないんだから。
「教室に入ったら、折角準備してる所を先に見ちゃうことになるからね。悪いと思って。 それで桃に呼び出してもらったんだ」 「はあ。それで、一体どんな用すか」 「これ」 不二先輩が持っていた紙袋から、気にしていたあの本を取り出す。 「うっかり返却忘れちゃって。悪いけど、今からちょっと図書室に付き合ってくれないかな」 「はい?」 「桃、ちょっと越前を借りるよ」 「どーぞー」
借りるって、なんだ。 と思ったけれど、「行こう」と促す先輩に逆らえるはず無く一緒に歩き出す。 だって送別会の準備なんかよりも、不二先輩といられる方が何万倍も嬉しいに決まってる。 桃先輩の許可もあることだし、ここは大手を振って抜け出させてもらう。
まず図書室を開ける為に、職員室に鍵を借りへ向かった。 廊下を歩いている間も、目敏く先輩を見付けた女子達に先輩は何度も捕まったりしたけれど、 丁寧にお断りしていた。 第二ボタンじゃなくても下さいとか言う声に、すごいなと俺は素直にそう思った。 そんなことを口にする勇気が無い、俺の方がよほどうじうじしているようだ。 けど、今も何も言えないのは先輩の制服の第二ボタンが、そこだけが無くなっている所為かもしれない。 本命の彼女の為に、取ってあるのか。 卒業式より前にもう渡したのか。 そこまで彼女を大事にしているんだと思うと、もう何も言えなくなってしまう。
「越前?」
所々ぼんやりしている俺に、先輩が心配そうに声を掛けて来る。 「どうしたの。今日、なんか元気無いよね」 「そんなこと、無いっすよ……」 言いながら笑ってみせたけど、失敗したかもしれない。 さすがの俺も、ちょっと弱っているみたいだ。 大好きな人が卒業していく。 それと一緒に押さえ込んでいた想いを見送ると決めているんだから。 いつもの調子が出て来ない。
「ごめんね、調子悪いのに無理言って」 申し訳無さそうに言う先輩に、「平気っすよ」と首を振って先を急ぐ為に歩く。 「それより先輩の本、ちゃんを返しに行こう。その為に来てくれたんでしょ」 「うん…」 二人でまた図書室へと歩き始めた。
誰もいない図書室はいつも以上に静かで、それにカーテンが全部閉まっているから暗くてなんか不気味だ。 電気をパチンとつけて、俺はカウンターの中へと回る。 そして預かった本を返却済みにする為の作業をしていく。 すぐ目の前に立っている先輩がじっとこっちを見ているのでやり辛いんだけど…。 難しいものじゃないから、さっと終わらせる。
「先輩…。俺、気付いたんだけど」 「何」 「よく考えたら、俺に預けてくれるだけで良かったんじゃないっすか。 何もわざわざここに返しにくる必要は無かったと思う」 今になって、何面倒なことしているんだろうと気付く。 本を渡された時点で、受け取るだけで良かったんだ。後は俺がやっておけばいい。 先輩と一緒にいられることに舞い上がっていた所為で、疑問にも思わなかったんだけど。
「でも、おかげで二人きりになれたから僕としてはいいんだけど」 「先輩?」 さっきよりも距離を詰めて、先輩が近付いてくる。 俺は動くことも出来ずに、じっと動向を見守るだけだ。 息が触れ合う位の距離になって、それから先輩は口を開いた。
「この間、僕のことを見てないって言ってたけど。 あれ、嘘でしょ」 「……」 「僕のこと、見ていたよね?」
間近に迫った距離に、頭が沸騰しそうな程ぐらぐらする。 好きな人とここまで近付いて、平静でいられる奴っているの? 震える唇で、俺は答える。
「見てたよ……でも先輩には関係無いじゃん」 「どうして?」 「どうしてって、こっちが聞きたい。 彼女いる人が、俺のこと気にすること無いんじゃないの」 そこまで言うと、先輩は目を見開いた後、くすくすと笑った。
「何がおかしいの」 「いや、だって彼女って、越前もあの噂信じていたんだ。 それでかあ、と思ったらなんか気が抜けちゃって」 「え?どういうこと?」 「僕に彼女なんていないよ。 告白を断っている内に、勝手に噂が広まっただけ。 そのおかげで誤解して呼び出しが減ったから、放っておいたんだけど。 こういう時に困るんだって、今すごく実感した」 「……」
彼女の話が誤解だった? 先輩の話す内容に、俺は固まったまま動けなくなる。 今まで悩んでいたのはなんだったのだろう。 早く言ってくれ、と肩から力が抜けた。 しかしまだ完全に誤解が解けた訳じゃない。
「でも制服のボタン、その人に渡したんじゃないんすか?」 そうだ。告白する切っ掛けになる第二ボタン。 先輩のそこはぽっかり空いている。 大事な人にあげたんじゃないの?
すると先輩は胸ポケットに手を突っ込んで、カウンターの上へ何かを転がした。 制服の、ボタンだ。
「これ……」 「皆にくださいくださいと頼まれたけど、渡すなら好きな子にあげたいよ。 だから式が始まる前より先に隠しておいたんだ。 少々、姑息だったかな」 言いながらもう一度ボタンを摘んで、そして俺の目の前に差し出す。
「僕はこれを越前に受け取って欲しいと思ってる。 わざわざ返却日を忘れたふりして、ここに連れて来たのも君に告白する為だってわかってくれた?」 「えっと……」 「部活を引退してからちょくちょく図書室に通ったのも、越前に会えるかなと思ったからだよ。 本当は特に本が好きだって訳じゃない。 君に会いたかっただけだ。君が好きだから」 「先輩」
流れるような告白をした後、先輩は顔を赤くした後、体を後ろに引いた。 照れくさいらしい。 でも俺の方がもっと、顔が赤くなっていると思う。 だって頬がすごく熱い。目の前がくらくらしている。
彼女がいないことを、もっと早く言ってくれたら……と、不満に思ったりはしない。 だって俺が諦めたりせず、早い所告白でもしてたらこんな誤解は簡単に解けた。 自分の意気地の無さに馬鹿だなあ、と拳を額にこつんと当てる。
「それで、越前」 「はい?」 「返事、欲しいんだけど。このボタン、受けとってくれるのかな?」 先輩の手に輝く第二ボタン。 ボタン一個欲しがってどうするんだって、少し前にはそんな風に考えていたのに。 今は、違う。 俺の中で意味が変わってしまっている。 そのボタン一個に込められた気持ちを知っているから。 そして、俺は応えたいと思っている。
「先輩…」
カウンターから飛び出す。もっと距離を縮める為に。 何も言い出せなかった俺より先に行動して、 見送るはずだった気持ちを伝えるチャンスをくれた先輩に正直な気持ちを打ち明ける為に。 隠してた想いを開放する。
「俺も、先輩のこと好きです」
告げると同時に、先輩が俺のことぎゅっと抱きしめてくれた。 ありがとう、と小さく告げる声に俺も同じように返す。
そういえば、この後すぐ送別会があるんだった。 今のままじゃ遅刻するの決定だけど。 言い訳を考えるのは後でいいや。 不二先輩に上手いこと誤魔化してもらおう。 だって俺から振り解くなんてとても出来きそうにないから。
目も眩みそうなこの幸福を離したくなくて、 何も言わずに先輩の背中に腕を回した。
終わり
チフネ

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