チフネの日記
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| 2009年01月29日(木) |
密やかな恋 前編 不二リョ |
図書委員なんて面倒くさいもの、引き受けるんじゃなかった。 だって当番の日は強制的に部活に遅れることになる。 一度さぼったら同じ当番に当たっていた先輩に滅茶苦茶怒られた上、 二週続けてカウンターの仕事を回されてしまった。 そして次にさぼったら、部長に直接話を通すからとまで言われた。 こんな委員を選んだことを心底後悔したけれど、どうにもならない。 仕方なく、当番の日はテニスをやりたい気持ちを押さえ付けてカウンターに入り、与えられた仕事を淡々とこなしている。
そんなつまらない時間が、楽しみに変わったのはあの人に会えるようになったからだ。 図書委員で良かったと思える日が来るなんて、自分でも驚いている。
「こんにちは、越前」 いつものにこやかな笑顔で、不二先輩が目の前に本を差し出す。 俺には難し過ぎる内容の本だ。 不二先輩は読書家で借りるジャンルもばらばらだ。 今週は古典文学。 一生俺には縁が無い、と内心で呟く。
「こんにちは」 挨拶しながら、本を受け取る。 ここで気の利いた会話が出来れば良いのだけれど、 元々お喋りが得意じゃない俺はその先に続く言葉すら浮かばない。 先輩の笑顔に堪えることすら出来ない。 そのもどかしさから、顔を背けてしまう。 すると先輩は「じゃ、仕事頑張って」と少し寂しそうに笑って本棚の方へ行ってしまうんだ。
「……」
馬鹿だな、と今日も自分に溜息をつく。 先輩がこうして本を借りに来るのを楽しみにしてるくせに。 三年が部活を引退して、会うことがほとんど無くなって。 顔を合わせる機会があるとしたら、先輩が図書室にやって来た時位。 だから内心ではすごく喜んでいるけれど、この機会に話し掛けることも出来ず遠くから見てる。それだけ。 全く自分らしくない。
(だって、先輩には彼女がいるから……)
不二先輩に彼女がいない訳がない。 テニスが上手くて、顔も綺麗で優しくて。 女子からしたら憧れの対象になるんだろうな、と想像つく。 俺は男だけど……。 不二先輩を好きな女の子達と違う気持ちなのかって言われたら、答えられないし。 テニスしてる姿に引き付けられたっていうのは、俺じゃなくても誰か言ってそうだ。 だから、先輩の周囲できゃあきゃあ言ってる人達と、あんまり変わりないよね。 片思いだって所を含めて。
一緒に部活やっていた時にはモテるけど、そんな素振りを全く見せていなかったから、 気付かなかった。 「不二先輩って付き合っている人がいるんだって」 「だから誰の告白も受けないらしいよ」 聞こえてくる噂に、柄にもなくショックを受けた。 そうか、彼女いたんだ、って。
きっと先輩に似合うような綺麗な人なんだろうな。 そんな風に考えたら理不尽にも悲しくなって、夜にちょっとだけ泣いた。 今も先輩のことは大好きだけど、「彼女」がいる人。 そう思って、遠くから眺めるだけと決めている。 後輩として大事にしてもらっているのはわかっているから、それだけは失わないように。 気付かれないよう、こそっとカウンターの影から今日も先輩の様子を伺う。 不毛だとわかっているけど、この気持ちも後少ししたら薄れていくと思う。 先輩が卒業して、完全に会うことが無くなったら。 きっと、忘れていく。そうだと思いたい。
今はまだ好きだから、カウンターから隠れて先輩の様子をこそっと伺う。 これってストーカーか?と客観的に自分を顧みると情けなくなるけど、止められない。 もう少しだけ先輩の顔を見ておきたい。 残された時間分だけで、いいから。
先輩はいつも決まった席に腰を下ろして本を読んでいる。 大胆な女子生徒がすぐ隣に座ったりすることもあるけれど、 話し掛けることも敵わずすごすごと席と立っていく。 本を読んでいる先輩は集中していて周りを見ていない。 だから気に留めて欲しいと視界に入ろうとしても無駄だ。 おかげで俺はゆっくり先輩を鑑賞出来るのだから、ありがたいけど。
窓から差し込む光が、先輩の髪を照らしてキラキラ輝いているように見える。 美しい人。 先輩に会って、初めて他人をそう思った。 男の先輩ににそんな感想を抱くなんて変だろうか。 でもそれが正直な気持ちだから、仕方無いよね。
先輩の指がゆっくりとページを捲っていく。 今日はなんの本だろう。 読みながらちょっと笑っているように見えるから、楽しい内容なんだなと想像する。 けど、きっと本は借りていかないだろう。 卒業式まで数日だ。 借りて読んで返却しに来る余裕は無いはずだ。三年生は忙しい。 式の後でテニス部全員で送別会をする予定があるから、 次に会えるのはその時かあ……と思いながらまた先輩を眺める。
彼女と一緒に図書室に来たことは無い。 それだけは良かったと思う。 二人が連れ立って歩いている所を見たら、一気に現実を付き付けられてしばらく立ち直れなくなる。 出来れば名前の知らない彼女のことは、このまま知らずにいたい。 しかし先輩の彼女の具体的な名前は聞いたことが無いから、 別の学校の人かもしれない。 勿論、質問する勇気すらないけど。
不二先輩が選ぶ人って、どんな人だろう。 少なくとも俺とは全く違うタイプだということ位は想像つく。 綺麗で素直で、よく笑うタイプ。 そんな人が先輩に似合っているよね。
「越前、これ貸し出しお願い」 「あ」
いつの間にかぼんやりとしていたらしい。 先輩が近付いていたことすら気付かなかった。 慌てて俺は背筋を伸ばして対応する。
「貸し出しっすか?」 意外そうな声を出すと、先輩は頷いた。 「卒業するまでにちゃんと返却するか心配しているんでしょ」 「まあね」 「大丈夫。ちゃちゃっと読んで、返しにくるよ」
にこっと笑う先輩を見て、俺はそれ以上何か言うのを止めた。 黙って貸し出しの手続きをする。 頭の中では次の当番はいつだったか考える。 先輩が返却しに来てくれるかもしれない。 そのことを期待してしまう。
「どうぞ」 本を渡すと、先輩はまたにこと笑った。
「ねえ、越前」 「何すか」 「越前って、ここに座っている時僕の方をよく見てるよね。違う?」
ぎくっとして顔を上げる。 気付かれていた? 先輩が本に視線を落としているのを確認してから、見てたのに。 なんで知ってるんだろ。いや、そうじゃなくて誤魔化さないと。 だって盗み見だよ? 毎回毎回気付かれているとしたら……。かなり痛い。
「み、見てないっすよ」 目を逸らしたまま答えると、先輩は「そう?」と残念そうに言った。
「じゃ、またね」 そして本を持って図書室から去って行ってしまった。 俺は挨拶すら出来ずに固まっている。
(なんだったんだろ…今の。もし「そうだ」と答えたら、何か変わったのかな)
俺はずっと前から、好きだと言うことも出来ないまま。 椅子に座っているだけだ。
チフネ

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