チフネの日記
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| 2009年01月24日(土) |
小さな嘘 跡リョ ※跡部空回り注意 |
唐突に丸眼鏡が目の前に出現した。 なので驚いた勢いで、顔を押してみる。
「ギャー!」
眼鏡が顔に食い込んだらしく、奇声を上げた。 同情はしない。 俺様の行く先に立つ方が悪い。 腕を組んで言い放つ。
「何がしたいのかわからねえが、 あんまりふざけたことするなよ」 釘を刺して立ち去ろうとする。 これで会話は終わりだ。 しかし行かせないようにする為か、 忍足は俺様の肩をぎゅっと掴んできやがった。
「なんなんだ、お前。俺に何か用なのか」 「当たり前やろ! 人が聞こうとする前に顔面押す奴があるかい」 「俺は俺のしたいようにする」 「……まあ、ええわ。ところで、跡部」
にやっとした笑いに、ろくなことじゃないなと直感する。 この間もこいつのアドバイスとやらを聞いて、 越前との仲にあやうくひびが入る所だった。 ここは無視しよう。 掴んでいる手をかなり乱暴に払う。
「痛あああ!」 騒いでいる間に離れようとする。 が、気付いた忍足が「ちょっと待てや!」と大声を出す。 しつこい奴だ。 言っておくけど俺は相手にしないからな。 そう思っているのに、忍足の言うことに足を止めてしまう。
「越前となんも進展してへんことばれるのが、そんなに怖いんか?」 「何?お前、今なんて言った」 「うわあ、怖い顔。余裕の無い証拠や」 怖い怖いと、忍足はポケット(…!)の中から人形を取り出して愛で始める。 お前のその仕草の方がよっぽど怖い、と呟く。 一体いくつ学校に持ち込んでいるんだ。 呆れている間も演説は続く。
「あれからどうなったかって聞こう思ったけど、 お前の態度からすると一向に上手く行ってないようやな。 その分やとまだ足踏み状態かい」
可笑しそうに人形に笑い掛ける忍足に、ムカムカして来る。 こいつ、よりによって越前とのことを持ち出しやがって。 カチンと来た勢いで、思わず言い返してしまう。
「誰が足踏みしているって? てめえにだけは言われたくないな。 それにもう、俺と越前は他人が入り込む隙間も無い位の仲だぜ」 「へー、そうですか」 挑発する言い方に、つい熱くなって反論する。 「ああ、そうだ。 越前は俺無しじゃいられない位、夢中になってる。 昨日も一緒だったんだからな」 これは嘘じゃない。 ただテニスしていただけだが、一緒にいたのは事実だ。
胸を張って答えると、忍足は感心したように頷く。
「二人がそこまで進展してたんか。 俺の情報不足やったわ。 ほなら今度越前に確認させてもらうか。ええんやな、跡部」 「ふん、勝手にしろ……」
忍足は「そうするわ」と言って、再び人形をポケットに仕舞い去って行った。 残された俺は奴の姿が見えなくなるまで、余裕の表情を保っていた。 そして完全にいなくなったのを確認してから、 頭を抱える。
(なんであんな見栄を張ったんだ!? 確認するって、どうするんだ俺!)
勿論忍足に言ったことは、口から出任せだ。 越前を落とす所か、距離は未だ1ミリも縮まっていない。 そんな状態なのい、忍足が軽い口調で今の言葉を越前に伝えたら……。 どうなるのか考えただけで恐ろしい。
(怒るだろうな、間違いなく)
『何つまんないこと言ってんの?』 鼻で笑って否定した後、俺に向かって冷たい目を向ける姿が容易に浮かぶ。
だが、ここで諦める訳にもいかない。
(用は簡単なことだ。 忍足が確かめるより前に俺達の仲が本当に進展すればい。 よし、今日会う時、必ず落としてやる!)
今日も跡部は元気いっぱいだ。 根拠の無い自信から、越前を夢中にさせてやると意気込んでいる。 しかし今までの失敗から何をどうしたら良いかとか考えている訳では無く、 勝手に越前に脈ありと決め付けているだけだった。 ある意味正しいのだけれど、やり方は完全に間違えている。 しかしそれを止める者は誰もいなかった。
「越前!」 青学まで迎えに行くと、越前は壁を背にして立っていた。 どうやら早く出て来ていたらしい。 「悪い、待ったか」 「ううん、今出て来た所っす。それに待ち合わせ時間ちょうどじゃん。 謝ること無いよ」 「そうか」 にこっと向けられる笑顔を見て、可愛い……と心の中で呟く。 声に出したら最後、怒られてしまうから。 越前は可愛いと言われるのを、すごく嫌がる。 そりゃ男なのに可愛いと言われても嬉しくないだろう。 気持ちはわかるから、心の中でだけで押さえるよう俺も努力している。
「ねえ、今日は親父がいないから俺ん家のコートで打とうよ。 いいよね?」 「あ、ああ」 越前の父親はあの有名なサムライ南次郎だ。 テニスとしての腕は今でも一流。これは俺も認めてる。 だが性格にはちょっと癖があって、 俺達がコートで打ち始めるとなんのかんのとちょっかい掛けて、邪魔してくる。 それに対して越前が何度も爆発する為、練習にならない。 越前家でのコートを打つ時は、南次郎さんがいない時だけと限られている。
(家にも何度も足を運んでいる、越前の部屋にも入ったことがある)
これはほとんど付き合っているようなもんだろ、と先を歩く越前の後頭部を見て頷く。 大体、あまり人とつるむことを好まないだろう越前が、 こう頻繁に俺と会うことを許しているのが何よりの証拠だ。 に、しても今の距離は縮まらない。 どうしてだ、と首を捻る。 俺達に足りないのは、なんだろう。
「越前」 「何?」 名前を呼ぶと、少し先を歩く彼が振り返る。 向けられる大きな目に、やっぱり可愛いと本日二回目の言葉が漏れそうになった。
隣を歩きながら、俺は今思った疑問を口にしてみた。
「俺達って、結構頻繁に会ってるよな」 「そうかもね。部活の無い時はほとんど顔合わせている」 「だな。他校生でこうして会うやつって、お前は他にいるか?」 「いないけど…何なの」 「俺もいない。わざわざ会うってことは、よっぽど親しい相手だけだよな」 「はあ」
眉を寄せる越前を見ながら、思い切って言ってみることにする。
「つまり、あれだ。 お前も結構俺のこと気にしてるって訳じゃないのか」 「……」 「どうなんだ、そこの所」 そういえば越前に直接確かめたのは初めてかもしれない。 どんな答えが返って来るのだろうと、柄にも無く緊張して唾を飲み込む。
こちらを見ている越前の表情はほとんど変わらない。 だから何を考えているか俺にはわからない。 こんな厄介な相手、初めてだ。 他人の感情なんて簡単に転がして来た俺が、振り回されている。 こんな小さな子供に……。
「俺に聞く前に、もっと言うべきことがあるんじゃないの」 やっと口を開いたかと思うと越前は、それだけ言って横を向いてしまった。 「言うべきことって、おい、答えになってないぞ」 早足になる彼を追う。 しかし「自分で考えれば」と素っ気無く返される。 一体、なんなんだ。 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい、ということはわかった。 しかし理由が見えない。 言うべきことって、ヒントはそれだけかよ。
参ったなと肩を落として越前の隣を歩く。 距離が縮まる所か、悪い方向へ行っているんじゃないか。 まずい。 こんな時に、忍足と会ったら……。
「越前ー、跡部ー!」
間が悪い時に限って、出て来る奴はいるものだ。 俺にって忍足はそういう存在だと認識する。
「ちょっと待ってや。今日は越前に聞きたい…うぐっ!?」 最後まで言う前に、忍足の口を塞ぐ。 そして耳元で低い声で囁く。 「てめえ、こんな所まで何しに来たんだ。あーん?」 忍足はもごもごと口を動かす。 塞いでいる為に聞こえない。 が、外したら最後。さっきの質問を繰り返すに違いない。 ここは気絶させて、放置するべきだろう。 越前から一刻も早く離したい。
そう思って鞄を持つもう一方の手に力を込めた瞬間、 「何してんの、離してあげなよ」と越前が止めに入ってきた。 「越前っ、こいつは人類の敵なんだ、敵っ。だから今ここで始末しておかねえと」 「バカなこと言って無いで、開放してあげなよ。 人が見てるんだから、早くして」 言われてみれば歩道を歩く人が、何事かとこちらに視線を送っている。 通学路で目立つようなことするなと、越前は怒っているみたいだ。 これ以上不興を買いたくないので、黙って忍足から手を離す。
「あー、ああ苦しかった。もう、何や一体。窒息するかと思うたわ。 俺に何かあったらホワイトスノウちゃんが心配するやろ」 そう言って先程見せた人形と違うのを取り出して髪を撫で始める。 こいつ、一体いくつ持ち歩いているんだ…。 往来でそんなもの出すなよ。
「いっそのこと、そのまま気絶すれば良かったのにな。 そうしたらその人形とのいい夢見られたんじゃねえのか」 「聞いたか、ホワイトスノウちゃん。それに、越前! 酷いやろ、鬼や。冷血漢や。 なんでこんな奴と付き合うこと承諾したんや。 一体どこが夢中なのか、詳しく聞かせてや」 「あっ、こら、忍足!」
さっきの仕返しなのか、忍足は恐れていたことを早口でばらしてしまう。 質問された越前は固まったまま、動けない。 忍足の人形を見て驚いているのもあるが、それだけじゃないのはわかった。 「なあ、早く答えてや」 「忍足っ、お前はもう黙ってろ!」 焦って声を上げるが、上手くこの場を丸く収める自信は無い。 この後の越前の反応が何よりも恐ろしい。 立ち直れない程の言葉を浴びせられるんじゃないかと、身構える。
「ふーん……そういうこと」 表情を強張らせていた越前が、ゆっくり口を開く。 「俺が跡部さんに夢中、ねえ」 忍足の方を見て、そして俺の方を見る。 やっぱり、怒ってる! つまらない見栄なんか張るんじゃなかったと、また後悔した。 しかしもう遅い。
こちらへ近付いてくる越前を見て、自然と体が震える。 越前が怖いっていう意味じゃない。
嫌われたら、口も聞いてもらえなくなる。 会うことさえ拒否されるかもしれない。 そのことが、怖かった。
この後、どうなるんだ。 越前の動向をじっと見守っていると、 俺のすぐ横に立って、いきなり腕を組んで来た。
「ええ越前、!?」 あまりのことに動揺して声が裏返る。 この展開は予想外だ。 ひょっとして腕を折られるのか!?そういうことか? 動揺する俺に、越前はにこっと笑い掛けてきた。
「何?だって俺は跡部さんに夢中なんでしょ? だったらこの位のことしたって不思議じゃないよね」 「……え?」 「ええ?」
忍足と俺の声が重なる。 当たり前だ。 俺の言ったことは全くの口から出任せで。 だからこんな風に越前が俺に密着してくるなんてあり得ないんだ。 あり得ないんだけど、嬉し過ぎる。 「ねえ?跡部さん。」 越前の体温が感じられるほどのこの距離。 ああ、幸せだと喜びのあまり倒れそうになる。
やはり越前も俺と同じ気持ちだった。 よくわかった。 これからもずっと一緒だからな。 俺はお前のこと大事に大事にするから……!
覚悟を決める俺は、越前にこれ以上も無い笑顔を向ける。 すると越前はすっと表情を変えて、俺の腕をぱっと振り払った。
「越前?」 見せていた笑顔を引っ込めて、ふんと鼻で笑う。 「なんてね、冗談」 「えっ」 「俺が夢中?ありえないから」
忍足と俺を見て、越前はきっぱりと否定する。 「どういう話から知らないけど、嘘言うの止めてくれない。 次は本気で怒るから」 「……すみませんでしたああ!」
間髪入れず謝罪すると、 「わったならいいけど」と言って越前は再び歩き始める。 良かった。 とりあえず一回は見逃してくれるらしい。
「なーんや、跡部。つまらん見栄張ってたんか。 しょうもないやっちゃなあ…って、跡部?跡部?」 忍足が肩を揺さぶる。 けど、俺の耳には届いていない。
「さすがだぜ、越前! 一瞬俺に靡いたと期待させといて、直後に容赦なく落とす。 次は無いと言った冷たい目線にはぞくぞくさせられた。 それでこそ越前。俺の惚れた相手だけあるな!」 忍足がそろそろと後ろ足で距離を取っているのが目に入る。
「うわー。でかい声で何の自慢や。 スノウホワイトちゃん、見たらあかんで。さ、家に帰ろうな」 勝手に言ってろ。 奴になんて構っていられない。 俺が見ているのは越前だけだ。 可愛い笑顔を向けたかと思うと、その口から出るのは冷たい言葉。 けど、いつか夢中にさせてやるからな。絶対にだ。 待先を歩く越前に追い付く為、俺は一気に駆け出した。
「……いい加減一人芝居止めてくれないかな。恥かしい。 俺の言ってること、半分も聞こえていないんじゃないの」
跡部の叫びを聞いたリョーマは、ぶつぶつと小言を言いながら小走りで歩き続ける。 見栄を張るより前に、ちゃんと向き合う努力をすればいいのに。 そんなリョーマの声は、跡部に届かない。
お互い、微妙にすれ違ったままだ。
跡部が今日ついた嘘が本当になるまでどの位掛かるのか。
それは誰にもわからない。
チフネ

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