チフネの日記
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2008年09月20日(土) 生意気11 不二リョ (完)


3月とはいえ、まだ寒い。
吹いてきた風の冷たさに、ぶるっと首が震える。

「不二〜、おはよっ」
「あ、英二」

学校まで後少し、という所で英二に会った。
卒業式ということで気合入ってるらしく、髪がいつも以上に綺麗にセットされてるように見える。

「今日で卒業かー。ここまであっという間だったにゃあ」
英二はそう言って、大きく手を上げて伸びをした。
「引退してから特に短かった。もう三月!?って感じでピンと来ないんだよねー」
「そうだね」
頷いて、僕も笑った。
「部活が無くなったら暇になるかと思ってたのに、意外にバタバタしたからね」
「そうそう。もっとゲームの時間が増えるとか考えてたのにー」
「少しは勉強しなよ。入学したらすぐテストがあるよ」
「えー、考えたくもなーいーっ」
「まだ一ヶ月もあるから、今からちょっとずつすれば余裕だって」
「不二、一緒に勉強しない?」
「遠慮するよ」

普段とほぼ変わらない会話をしながら、校門をくぐった。
今日が終われば僕らはここの生徒じゃなくなる。卒業生という立場に変わっていく。
約三年間通ったこの場所から離れて行くなんて、やっぱりまだ実感がわかない。

(特に三年生になってからは、色々あったもんなあ……。
あの日から半年過ぎたなんて、嘘みたい)

アメリカ帰りの生意気なルーキーが僕にもたらした一連の騒動を思い出して、
ふっと笑みが零れた。
彼は再び渡米して、向こうで元気に大暴れしている。
時折やり取りしているメールからも、変わらない様子が伝わって来る。
とはいえ、越前のメールはとても短い。
一例を挙げると、
『今日テニスした。なんかムカつくやつがいたから、勝負して勝った。相手泣きそうだった。
不二先輩、今日も好きです』
こんな感じ。
最初見た時、子供の作文…?と少し固まった。
でも、越前は頑張ってメール書いているんだなとわかったので、
特にそれについて何か言ったりもせず、僕は普通にメールを返した。
そうして今も越前からの短文メールでのやり取りは続いている。
最後には絶対『不二先輩、好きです』で締め括られるメールを見る度、
おかしな告白をして来た瞬間の彼を思い出す。
半年経った今でも、忘れることは無い。

「不二、今おチビちゃんのこと考えていただろー」
そう言って、越前が肘で脇を突いてきた。
「別に。そんなこと無いよ」
「嘘だあ。不二がそーんなにやけた顔するのは、おチビちゃんのことが絡んだ時だけだよ。気付いてにゃいの?」
「にやけた顔、してた?」
「うん」
「……ちょっと気をつけるよ」
「いいんじゃない?好きな人のこと考えたら、誰だって幸せそうに蕩けるに決まってるよ」
「うーん、そうかな」
「そうだよ。でも残念だにゃ。おチビにも卒業式来て欲しかったね。不二も、ここから見送って欲しかったんじゃない?」
「そりゃ、そうだけど。しょうがないよ。越前はもう先に旅立って行っちゃったんだから」
「後輩に先越されちゃったにゃー」
「うん。だから今日は僕らの番。越前がここにいなくても、胸張って次の場所へ行こうよ」

きっと、海の向こうで『おめでとう』と言ってくれてると思う。
次のメールはそんなことが書かれてるに違いない。

「さ、もたもたしてると遅刻しちゃう。急ごう」
「あ、待ってよ。不二〜」

お喋りしていたら、いつの間にか余裕のある時間じゃ無くなっていた。
僕らは急いで教室へと向かった。








長い長い校長先生の話が終わり、卒業証書も無事全員の手に渡った。
英二はもうこの時点ですっかり疲れてしまっているみたいだ。
後ろの席に座っている僕から、半分夢の世界へと旅立っている様子が伺えた。
この後、手塚が壇上に立つのに。
見付かったら、グラウンド10週になりそうだ。
親切心から英二の背中をこっそり突くと、びくっとしたように反応する。
声を出さなかっただけ、良かった。
「サンキュ、不二」
ちらっと振り返って、小声で英二が礼を言う。
やれやれ。
どうやら間に合ったみたいだ。

「卒業生代表の言葉。手塚国光」
「はい」

真面目な顔をした手塚が、全校生徒の顔をぐるっと見渡す。
そして、中等部で最後になるだろう言葉を伝え始める。
皆、静かに聞き入っている。僕も同じだ。
悔いの無いよう、この三年間皆と一緒に過ごせて良かった、と。
静かに、感慨に浸っていた。

そして、手塚が全部言い終えた時。
何人かが拍手を始め、それが全員へ伝わろうとしていた。
けれどその空気を破るように、がらっと入り口が開かれる。

「部長。卒業する前に、俺との決着がまだなんだけど」
「「越前っ!?」」

僕と手塚の声は、ほぼ重なっていた。
以前と全く変わらない生意気そうな顔をした越前がそこに立っている。
そして手に持っていたラケットを振り上げたかと思うと、ボールを高く上げて壇上目指して放つ。

「ちょっと、待った、越前!」
手塚が悲鳴を上げる。
ボールは手塚の眼鏡すれすれに飛んで、真後ろの壁にぶつかった。
ぎりぎり衝突は避けられたようだ。
周囲から安堵のため息が漏れるのが聞こえる。

「こらー!いきなりボールを打つやつがいるか!何やってんだ、お前は!」
卒業式だということも忘れて、手塚はマイクに向けて思い切り大声を上げる。
あーあ。
さまざまな所で女子生徒達が動揺しているのが見える。
普段は冷静で落ち着いた生徒会長、と噂されているイメージが崩れるようだ。

「えー、でも部長がてっきり手でキャッチすると思っていたから、打ったのに」
「出来るかあああ!後でグラウンド50周させるぞ、絶対!」
「そんなことでカリカリしなくたって……」
「そんなことで済むか!」
彼女達は手塚の取り乱しように、びっくりしたように目を見開いている。
きっとこの一件で、後で告白しに来る女子の数は減ったなと僕は思った。

「大体、今頃なんだ。来るなら式の時間に合わせて来い!」
「ちょっと車が渋滞して遅れたんすよ。あ、部長ー。後で試合して下さいね」
「後で?」
「うん。今はそれよりも…」
越前がきょろきょろと会場を見渡す。
それを見て、僕は瞬間的に首を引っ込めて隠れた。
何かまずいことが起きそうな、そんな予感がしたからだ。
でも、結局すぐに見付かってしまう。

「不二先輩ー!いたー!」
「え、越前……」
「卒業おめでとうございます。久しぶり、元気?」
「あ、ああ」

なんだ、この普通の会話。

(越前、わかってるの?卒業式に乱入してきてこんな騒ぎ起こして、挨拶してる場合じゃないんだよ!)
心の中で叫ぶが、実際うまく言葉にならない。
動けないでいる僕に、越前はさっさと近付いて来てそして堂々と膝の上に乗ってきた。

「式が終わったら、時間くれる?部長との試合、さくっとやっちゃうんで待ってて下さい」
「あ、うん……」
「そこ!何いちゃいちゃしてるんだ。おかしいだろ!
大体、越前。俺が協力してやった恩をもう忘れたのか?」
「え?恩って?」
「打ち上げの時、不二にお前を家へ送るよう言ったのはこの俺だ!」
「へえ。でも頼んでないし」
「越前〜!」


この後、マイクを持ったまま壇上を降りる手塚とひと悶着があったのだが、
竜崎先生や他の先生達が間に入って、なんとか騒動は収まり無事に卒業式の続きが行われた。
発端となった越前は竜崎先生に首根っこを掴まれて、全部終わるまで押さえつけられていたことを付け加えておく。




「あーあ、参ったっすよ。おばさんが容赦なく耳を引っ張るから、赤くなった。ほら、見て」
「参ったのはこっちだよ…。帰国するなら一言言ってくれても良かったのに」

卒業式が終わり、クラスの皆ともそれぞれお別れの挨拶をした後、
僕は職員室に越前を迎えに行った。
先生からこってり絞られたからしょげているかと思えば、全然懲りてない。
彼らしい、というべきか。

「それで、手塚との再戦はどうするの」
「部長も色々捕まってるから、30分後にコートでってことになってる。
ねえ、終わるまで待っててくれる?」
「勿論、いいよ」
越前と手塚の試合も見たいし、いつまでここにいられるかわからない彼との時間も大事にしたい。
そう思って返事すると、越前は安心したように体から力を抜いた。
「良かった」
「何が?」
「騒ぎを起こしたから、先輩怒ってるのかと思った」
「そう考えるなら、あんなことしなきゃいいのに」
「まあ、なんかノリで」
「相変わらずだね、越前…」

背は少し伸びたかな。
でもそれ以外は全く変わらない越前に、拍子抜けと少し安心する。
大好きな彼のままで会えたこと、それが嬉しい。

「先輩」
「ん?」
「びっくりさせてごめんなさい。でも、どうしても今日先輩におめでとうって言いたかったんだ」
「それで日本に来たの?」
「うん。親父にばれないよう抜け出すの大変だった」
「ちょっと、待って」

今の言葉に、僕は手を額に置いた。
まさかとは思うが、一応確認しておかなければいけない。
「ここに来ることは、ご両親には…」
「言ってない」
「やっぱりいいい!!」

行動力があり過ぎるから困る。
よりによって海外から、突然のお泊りはまずいだろう。
気絶しそうになる僕に、越前はにっこり笑って言った。

「明日には帰るっすよ。でも今日は泊まるところないから、先輩の家に行ってもいいっすか」
「最初っからそのつもりだったんでしょ?わざとらしい…」
「泊めてくれないの?」

上目でこちらを伺う彼に、僕は白旗を上げるしか無かった。
この目にどうしても逆らうことが出来ない。反則過ぎる。

「いいけど、変なことしたら叩き出すよ」
「えー!?もう俺13歳なのに、まだ駄目ってこと?」
「そうやって焦って迫ってくる分には、まだまだだね」
「そんなあ」

不満げに越前は唇を噛む。

精神は変わらず子供のままだ。
でもそんな仕草ですら、どきっとさせるのには十分で。
もう一年したら、断ることも出来なくなるのは容易に想像出来る。

(困ったなあ……でも一年経っても、心の成長は追いついていない気がする)


「先輩、何悩んでいるんすか?」
沈黙していると、越前が顔を覗き込んで来る。
「あー、君が早く成長してくれることを望んでるだけだよ」
「そんなの!今だって十分っすよ」
「全然違う。わかっていない。
大体ねえ、僕が手を出すって決めたらどうなるかわかってる?きっと怖気づくよ。
こんなことや、あんなこと色々……」

こそっと耳打ちすると、越前の顔色がさっと変わる。
言わんこっちゃ無い。
覚悟なんて、言えるほど大人になっていないんだから。

「わかったのなら、あんまり僕を煽ることは言わないように…」
釘を刺しておく。
これでしばらく馬鹿なことはしないだろう。今夜の安全は確保された。
そう思った僕に、越前はぱっと顔を輝かせて口を開く。

「先輩!やっぱりそういうことしたいって思ってくれてたんだ。
良かった、俺と一緒だね!」
「越前??」
「ちょっとびっくりしたけど、平気平気。先輩が望むのなら、フルコースでも受ける覚悟は出来てるっす」
「ちょっと待って……あれは警告の意味で」
「今夜は頑張ろうね、先輩!」
「……」

張り切っている越前に、失敗してしまったことを悟る。
しかも事態はまずい方向へ確実に進んでいる。

「そ、その話は置いといて、そろそろコート行かないと。ね、越前?」
「えー、もう部長との勝負より先輩とあれこれすることを考えてた方が楽し」
「わー!!ちょっと、今は黙ってて。ほら、手塚も待ってるし、すっぽかすと後が怖いよ?」

一生懸命言い包めて、コートへと引っ張っていく。
とにかく手塚と試合させて、夜の間起きていられなくなる位くたくたに疲れてもらわないと。
やる気満々な越前を交わす自信なんて、無い。

(結局、ずっとこのまま越前に振り回される運命なんだろうか……)

子供のまま「好き」と叫ぶ越前に、困らされてそれでも可愛くて仕方ないから許してしまう。
距離が離れても、時間が過ぎても変わることは無い。

「先輩、ひょっとして照れてるんだ?だから二人きりでいるのが照れくさいんでしょ、そうなんだ!」
「……君のそういうポジティブな所、すごく羨ましいよ」


無茶なばっかりな行動に、生意気な言動に態度。
だけど僕には素直な所を見せてくれる。


わかっているのかな。
大事だから手を出せないってこと。
考えている以上にずっと、君のことが好きなんだって。本当だよ。

今日こそ、その辺りをじっくりゆっくり語る必要有りだ。


「先輩、なんだったら卒業記念に学校でっていうのはどう?」
「越前、ちょっとは謹んで……お願いだから」










結局その晩、手塚と試合をしたというのに元気いっぱいな越前に迫られて、
以前と同じように懇々と僕の気持ちをわかりやすく説明をする羽目になった。
越前はまた不満な顔をしたが納得してくれて、
翌朝無事アメリカへと旅立って行った。

「次は絶対だからね!」
「はいはい……」

そう言って手を振る越前に、僕も同じように手を振り返す。

次に会うとしたら。

高等部に進学したら、夏休みの間ホームステイしようと決めている。
行く先は勿論越前のいるアメリカだ。
でも今回のお返しに、行くことはしばらく黙っておこうと思う。

びっくりした後、きっと笑って今日みたいに「不二先輩ーっ」と抱きついてくるに違いない。

そんな未来を想像して、僕は自分の頬が緩んでいくのがわかった。
きっと英二の言うように、蕩けた表情をしているのだろう。

仕方ない。だって越前にこんなにもメロメロなんだから。






終わり。


チフネ