チフネの日記
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家に到着して、僕はまず母に越前が泊まっても良いかどうか、それを確認した。 あっさりと母は許可は出た。 全国大会を優勝して盛り上がった気分のまま連れて来たと思っているみたいだ。 僕の以前使っていたパジャマと布団も出してくれた。 下着はどうしようかと思ったが、意外にも越前は「持ってるから大丈夫」と言う。 最初から計画してたらしい。 僕がOKを出すのも、計算済みだったのだろうか。 ここで四の五の言っても、どうしようも無い。諦めて、越前を泊めることを受け入れよう。
それから越前の家に連絡を入れさせた。 本人は平気とか言ってるけど、帰って来なかったら普通に心配するだろう。 僕の前の前で電話をさせて、両親から承諾を得るまでじっと前に立っていた。 すぐに許可は出たから、見張る必要は無かったのだけれど。 そうして僕の家に泊まることが確定してから、にこにこしている越前に告げる。
「じゃあ、お風呂先は行って?今着てるのは洗濯機に放り込んでおいて」 言いながらお風呂場へ案内する。 到着して、扉を開けた所で越前がぎゅっと僕のシャツを引っ張ってきた。 「一緒に入んないの?」 「入らないよ。僕は一人でゆっくり入りたいから。越前もそうでしょう?」 一緒になんて、とんでも無い。 今でさえ騙し騙しな理性が、一気に弾ける危険性がある。 越前の服を脱いだ姿を想像しないように、僕は目を逸らした。
「今日は話をしに来たんだよね?変なことしたら追い出すよ」
必死で訴える。実際変な気を起こしそうなのは僕の方なのだけれど、 まだ早いからと決めている以上、越前に行動を起こされるのはまずい。 なんで僕が女の子みたいなこと言わなくちゃいけないんだと思いつつ、越前に釘を刺す。 そうじゃないと越前のことだ。ここぞとばかり行動を起こしてくるかもしれない。 予感じゃなくこれは確信だ。
「しょうがないっすね……」 越前は肩を落として、浴室へと向かう。 やっぱり先に忠告して良かった、と僕は外へ出てドアをゆっくり閉めた。
入れ違いにお風呂に入って、髪を乾かしてから僕も部屋に戻った。 「先輩、お帰り」 ベッドの上では去年のサイズとはいえぶかぶかなパジャマを着た越前が、幸せそうに寝転んでいた。 「君の布団はあっちだからね」 下に引いた布団を指差す。 「わかってるよ。ちょっとどんな感じか確認しただけ」 そう言って、越前はにこっと笑う。
(まずい、この状況はまずいよ…)
別の部屋にするのも不自然かと思い、ここに布団を引いたけれどやっぱり危険かなあとため息をつく。 それは越前という意味だけじゃない。 彼が迫ってきたら、僕の方でもうっかりそのまま流されてしまいそうだからだ。 拒絶出来る自信が無い。 部屋に二人きりという状況に加えて、越前の格好もまずい。 大きさの合わないパジャマから覗く鎖骨が妙に艶かしくて、ごくっと唾を飲み込む。 「先輩の部屋、初めて入ったけど綺麗に片付いてるね」 「そう?」 「うん。俺の部屋とは大違い」 きょろきょろ周囲を見渡す越前から、僕はさり気なく距離を取った。 ベッドにいるという格好がまずい。危険過ぎる。
(もう少し……、大人になるまで待つって決めたんだから) 早過ぎる、早過ぎるとお経のように内心で何度も繰り返す。
けれど僕の決心を崩すかのように、越前はすっとベッドから降りた。 「先輩」 「越前?」 近付いてきた気配に、どうしようかと考えている間に越前はパジャマのボタンを外し始める。 「ちょっと待って!?何してんの!」 叫びを無視して、越前はとうとう肩に掛かっていたパジャマを脱ぎ捨てる。 「ねえ。俺の体じゃそういう対象になんない?」 仁王立ちをして、そんな驚くようなことを口にする。 「……話をするんじゃなかったの。これ、どういうことかな」 越前をなるべく見ないようにして、冷静な声を必死で出す。 無防備な彼を前にして心臓がばくばく音を立てるのがわかった。
「話ならしてるよ。すごく重要なことをね」 「だったらパジャマ着てよ」 「ヤダ」 「あのねえ、変なことしたら追い出すって言ったよね」 「じゃ、追い出せば」 「越前」 真剣な目で、越前は言う。
「俺は先輩のことが好きです」 真っ直ぐに、射抜くような目をして。 ずるいと思う。 動けなくなってしまうよ。
「俺は先輩にとって手を出す対象にもなんない?全然?今日ははっきり聞きたいんだ。 でもちらっとでも、してもいいかなと思えるなら…」 少し顔を赤くして、続きを言う。 「抱いてよ。エッチなこと、俺は先輩としたいと思ってるから。 して下さい」 「越前」
いつもと雰囲気の違う彼に、戸惑ってしまう。 何か変だ。 好きだ好きだと言ってぶつかって来るけど、こんな顔はしてなかった。 どこか辛そうな、覚悟を決めたような目をしている。 やっぱり変だよ。
「今じゃなくちゃ、駄目なの?」 僕の問いに、越前はこくんと頷く。 「じゃあ、僕の考えを言うね」 「うん」 「僕はもう少し出来れば君が成長してからならいいって、考えているんだけどね」
正直に自分の気持ちを話した。 嫌じゃない。むしろ大歓迎だ。 けど越前に手を出すのには早過ぎる。 12歳、まだ子供。 大事に大事にしておきたい。 そう思ってるだけだ。
なのに何故か越前は、ぽろぽろと目から涙を零し始める。
「え、越前?」 「もういいよ……。先輩は俺を拒否したいんでしょ。 だったらハッキリ言えばいい。綺麗事で誤魔化さないで」 「言い訳に聞こえたかもしれないけど、本当にそれが理由なんだって!」 「いいよ、もう」
話し掛けてもいやいやと首を振って、越前は背を向けてしゃがみ込んでしまう。 思い通りにならなくて不貞腐れる辺り子供だなあ、と呑気に思った。 って、そんな場合じゃない!
「越前、ちゃんと聞いて」 「触んな、もうヤダ」 肩に触れようとした手を払いのけられてしまう。 床に投げ出されたパジャマを拾って、越前はそれに隠れるようにして泣き始める。 「ちょっと、待って。越前、泣かないでよ」 「うるさい」 しゃくり声を上げて、更に泣いてしまう。
(どうしよう……)
困り果てて僕は両手で顔を覆った。 わからない。 今は駄目だと言ってるだけなのに、何故待ってくれないんだろう。 もう一度、声を掛ける。
「ねえ、越前」 「……」
無視された。 でも負けていられない。 背中越しに話を続ける。 「そんなに焦ること無いじゃないか。 卒業したとしても高騰部はすぐ隣だから、いつでも会えるよ。 慌てなくても時間は沢山あるんだから、待っててよ。ね?」 「先輩にはわかんないよ」
それまで沈黙していた越前が、やっと口を開く。 「え?どういうこと?」 「絶対わかんない」 すん、と越前が鼻を啜る。 彼がここまで弱気な発言をするのは始めてで、驚かされる。 何か理由があるんだろうか。
「わかんないって思っているのなら、教えてくれないかな。 言ってくれなくちゃ、僕だってどうすることも出来ないよ」 必死で訴えてみる。 何か悩んでいる、その理由を知りたい。 「ねえ、越前。どうして今じゃなくちゃ駄目なのか、ちゃんと聞かせて? お願い。このまま帰すことなんて、出来ないよ」 「……」
何度目かの催促の後、越前はようやくこっちを向いた。 目は伏せたままで、重い口を開く。
「俺、三日後にアメリカへ戻ることが決まった」 「え?」 「だからチャンスは今日しか無いって思った。 時間なんて沢山ないんだよ、先輩」
冗談でしょ?と笑おうとして失敗する。 越前の目からまた涙が流れたのを見て、本当だとわかったからだ。
チフネ

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