チフネの日記
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打ち上げが終わる頃、僕は体にもたれたまま眠る越前を起こし始めた。 お腹がいっぱいになったから、睡魔に襲われたのだろう。 静かになったなと思った瞬間、もう寝ていた。 疲れているから、とそのままにしておいたのだが、もう帰る時間だ。 眠り続けている訳にもいかない。
「おーい、越前。起きて。もう帰る時間だよ」 「……」 ぴくりともせず、越前はぐっすり眠ってしまっている。 「あー、おチビ寝ちゃってるね」 様子を伺いに来た英二が、面白そうに越前の頬を突く。 が、反応は無い。 「英二、止めなよ」 「なんで?これで起きるかもしれないのにー」 「そういう起こし方は感心しないな」 ストップを掛けると、英二はあっさりと引いてくれる。 やれやれ。 無理矢理起こされたら、誰だって不機嫌になるだろう。 出来れば今日はこのまま気分良くお開きにしたい。 もう一度僕は根気良く越前に優しく呼び掛けてみた。
「越前、帰るよ。さあ、起きて」 「……んっ」 一瞬、薄目を開ける。 おっ、と思った瞬間、また目を閉じてしまう。 「起きないねえ、おチビ…」 「うん」 「子供って、なかなか起きないんだよなあ」 くすくす笑う英二に、笑い事じゃないんだけどと眉を寄せた。 困った。 このままじゃ帰れない。
「不二!」 「あ、手塚」 いい所に来てくれた。 手塚が越前に声を掛けたら、起きるかもしれない。 『グラウンド20周だ!』とかね。うん、いい提案だ。
「手塚、あのさ」 「お前にしか頼めない。越前のこと送ってやってくれ」 先に手塚から宣告されてしまって、僕は提案を出し損ねた。 「え?」 「起きないないんだろう?頼む。こいつはまだ小さいし、ちゃんと家まで到着するか見届けてやってくれ」 「でも、僕は越前の家も知らないし」 手塚の意外な言葉に驚きながら、もごもごと言い訳をする。
なんでいきなり越前の味方をするようなこと、言うんだろう。 今まで散々手を焼かされて、困っていたはずだ。 部活中は、僕と一緒にさせると色々面倒だからと結構メニューを被らないようにも気をつけていた。 一体、どういう心境の変化だ。 むしろ桃辺りに越前を押し付けるかと思ったのに。 なんで、僕なんだ?
「地図なら、あるぞ」 「え、地図?」 聞き返すと、手塚はノートを破ったようなものを差し出して来た。 見るとその字は乾のものだ。 わざわざ書かせたらしい。 ここから越前の家までの順路が丁寧に書かれてある。
「頼んだぞ、不二。荷物だけは後で桃城に届けるよう段取りは付けてある。 だから安心しろ」 「あ、ちょっと」
引き止める前に、手塚はそそくさと退散してしまった。 桃に荷物を預ける位なら、本人も一緒に届けるようにしてくれればいいのに。 その桃はもうこの場にいない。 先輩へ挨拶無しに先帰ったのか。なんて奴だ。
「じゃあね、不二。頑張ってねん」 「お疲れ様、不二。越前のこと頼むな」 「英二に大石…。二人共、僕のことを置いていくつもり?」 気付いたら皆帰り支度して、ほとんど残っていない。 僕は完全に出遅れてしまったようだ。 「不二だけに押し付けるのは心苦しいが、手塚が頼んだことだろう? 口出し出来ないよ」 「そういうこと。おチビのこと、最後まで面倒見るんだよ」 「ちょっと!」
薄情な二人もさっさと店から出て行く。 呆然としてる僕に、タカさんが笑って近付いて軽く肩を叩く。 「不二、大変だろうけど越前のこと送ってあげなよ。きっと喜ぶと思うんだ。 今日の試合頑張ったんだから、ご褒美だと思ってさ」 「タカさんまで…はあ、わかったよ」 しょうがない。腹を括るしか無いようだ。 「越前、帰るよ。ほら、立って」 「う、〜ん」
むにゃむにゃ言う越前を僕とタカさんと二人掛かりで立ち上がらせて、 靴を履かせる。 そして背中に抱える格好を取らせて(足はずるずると引きずることになるが、仕方ない)、 外へと出た。
「気をつけて帰ってね、不二」 「うん、今日はご馳走様でした」
タカさんに手を振って、歩き始める。
青学の優勝を決める大変な試合をして疲れているんだから、仕方ない。 頑張って越前の体重を受け止めながら、前に進む。
(途中で起きたりしないかなあ。この格好、かなり不審だよね……)
15分ほど歩いた所で、越前の体がずり落ちそうになるのに気付いて一旦立ち止まる。 体勢を立て直すにしても、どうしたものか。 もう一人誰かいればなあ、と四苦八苦していると油断した所為で越前の体が滑っていく。 落ちる!と思った瞬間、越前の手がぎゅっと僕の腕を掴む。
「越前?」 「……」 「起きているんでしょ」 「……」 「じゃあ、このまま落としちゃおうかな」 「駄目!」 腕を掴む手をはがそうとした所で、慌てて越前は声を出した。 そしてちゃんと自分の足で立つ。 背中に掛かっていた重みが、消えた。
「ごめんなさい。先輩に引っ付いていられるかと思ったら、嬉しくって起きたこと言い出せなかった」 「しょうがない子だね」 こつん、と額へ軽く拳をぶつける。 「ほら、家までは送るけどここからは自分で歩いて帰るんだよ」
背負ったりはしないが、家までは見送るつもりでいた。 手塚に言われたからだけじゃない。 僕がそうしたいと思ったからだ。 そうしないと、心配でしょうがない。 何かあるかもしれないと気を揉むよりも、家に入るのを見届ける方が楽だ。
「ううん。送らなくても平気っす」 意外なことに、越前は僕の申し出を断ってきた。 「越前?でも夜道だし、危ないよ」
中身は誰にも負けない位の強さを持っているけれど、 見掛けは可愛い越前を放って帰るなど、恐ろしくて出来ない。 今の時代、男の子だからって安全とは限らない。 なのに越前は頑なに、首を横に振る。
「あのね、越前…」 どうやって説得すればいいんだろう。 考える僕に、越前は顔を上げてきっぱりと告げる。
「家には帰らない」 「え?」 「だから先輩の家に泊めてよ。お願い!」
正面から抱きついてきて、シャツをぎゅっと握り締める。
そんなの、駄目だよ。 ちゃんと帰らなくちゃ、家族が心配する。 頭の中ではそう言うべきだとわかっていても、口が動かない。 いつになく真剣な越前の表情に、何も言えなくなってしまう。
「これを最後の我侭する。もう二度とこんなこと言ったりしない」 「越前」 「先輩の家に、泊めてよ」 越前の体を突き放すことが、どうしても出来ない。
『冗談だよ』といつもの様に笑ってくれたらいいのに、 越前はずっと切羽詰ったままの表情で、今放しちゃいけないって気分にさせられてしまう。
一分考えてから、結局僕は「いいよ」と言ってしまった。
チフネ

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