チフネの日記
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2008年09月16日(火) 生意気7 不二リョ


怒涛の全国大会が、ついに終わりを迎えた。
青学が優勝を決めたその夜、テニス部全員でタカさんの家へお邪魔させて頂いた。
一旦は断ったのだが、タカさんのお父さんが熱心に誘うものだから最後には折れる形になった。
美味しいお寿司を頂いて、皆で今日の勝利を祝い、はしゃいだ。

「やっぱりタカさんちの寿司は最高っすよ」
「そうっすねー」
「おい、桃に越前。もっとゆっくり食べないとのどに詰まるぞ」
「平気っすよ、この位。なあ、越前」
「それより全然足りないっす」
「お前らな…」

大石の注意も聞かず、二人はひたすら食べ続けている。
あそこだけ、何か別の空間が出来ているみたいだ。

(すごい食欲。でも身長に反映されないのはどうしてだろう)

離れたテーブルから僕は、次々とお寿司を口に運ぶ越前を眺めていた。
軽く30は食べているはずだ。なのに、まだお腹は満たされていないらしい。

「不二〜、また新しいお寿司出してくれたってさ」
「あ、僕はまだわさび寿司があるから」
「……あ、そう」
一言だけ言うと、英二はお寿司の奪い合いに参戦しに行った。
何故かこのわさび寿司だけは誰も欲しがらないので、ゆっくりと味わうことが出来る。
それを齧りながら、また越前に視線を向けた。

(あ、こっち見た)

僕が見てるのに気付いたのだろうか。
それまでお寿司に夢中だった越前が、顔を上げる。
そしてにこっと、可愛い笑みを浮かべる。

『不二先輩が、好きです』
何度も聞いた台詞を言う時と、同じ表情だ。

(やっぱり、全部思い出したんだろうな)

越前が記憶喪失と聞いて、もしかして僕への恋心は消えたんじゃないかと思っていた。
そうしたら、どうなってたんだろう。
二秒ほど考えて、結論を出した。
なんだ、今度は僕の方から告白すればいいんだ。
記憶を失ったとはいえ、越前は越前だ。
彼自身が失われた訳じゃない。
今度は僕から「好きだ」と告げて、再び恋をすればいい。
好きになってもらえる自信は、多分ある。
後は考えていた通り越前がもう少し成長するまで、待ってから段階を踏んで行こう。

前向きな気持ちになって、僕はS2の試合に臨んだ。
記憶をなくしたとはいえ、越前が見ている前だ。
相手が手塚や白石に変化してこようとも、負ける訳にはいかない。
『本気でやってよ』
準決勝で言われたことは、今も心に強く残っていて。
それがサーブ一つにも、ボールを打ち返す時も気を抜けない位励みになっている。

(例え記憶喪失になったとしても、諦めたりしない。そうだよね)

この時、僕はそう決意したのだったけれど、
S1の試合を前に越前の記憶は元に戻った。
拍子抜けしたけれど、やっぱりこれで良かったかなとも思う。

周囲を気にすることなく飄々として、自分の思うまま行動して、部長の言うことの半分も聞かない生意気な越前だけれど。
僕にだけは素直で「好き」と惜しみなく言ってくれる彼が帰って来た。
感謝しなくちゃね、と小さく頷く。

「不二先輩?何ぶつぶつ喋ってるんすか」
「あ、越前」
いつの間にか越前がすぐ隣に立っている。湯飲みを持って移動して来たらしい。

「ここ、座ってもいいっすか?」
「どうぞ」
言うなり、越前はささっと座布団に腰を下ろす。
そんなに慌てなくても大丈夫だよ。さっきまでそこに座ってた英二は、穴子を求めてあちこちのテーブルへ移動している。

「お寿司はもういいの?」
まだ騒いでる桃達の方を指差す。どこまで底なしなのか、桃の「足りねえよ」という声が聞こえる。
越前は小さく首を振って、僕の方へと少し距離を縮めて来た。

「もう十分食べたから。それより不二先輩と一緒にいたい気分なんだ」
「そう。お腹空いたらわさび寿司食べていいからね」
「いらない」
即答されてしまった。苦笑して「美味しいのに」と返す。
けど、越前は笑わなかった。

真面目な顔のまま「ねえ、先輩」と話しかけて来た。
「ん?」
「俺、記憶喪失になった時のことほとんど覚えていないんだ。
でも、一個だけは印象に残ってることがあるんだ」
「一個だけ?」
「うん」
お茶を一口飲んで、越前は膝に置いていた僕の手を取ったかと思うと、
皆から見えないようテーブルの下できゅっと握り締めてきた。
「何もわからない状態で連れて来られて、でも皆の試合見てる内に段々と思い出して行った。
そして先輩の試合になった時、すごくここが熱くなった」
もう片方の手で、胸を指す。
「覚えていないのに、この人は他の人と違って別格なんだって。
心がそう訴えているのを感じた。
そうしたら急に全部思い出さなきゃと焦って来て、桃先輩にテニス教えてって頼んだんだよ」
「本当に?」
「本当に本当っす」

こくん、と越前が頷く。

「思い出せて良かった。
忘れたままだったらきっと、心に穴が空いたままだったと思う」
「越前」
「一時とはいえ、先輩を忘れてごめんなさい」
「謝らなくてもいいんだよ、そんな、君の所為じゃない。ね?気にしないで」

言っても越前は首を横に振るだけだ。

「俺は何があっても忘れたくなかったんだ」
「越前…」

辛そうに呟く越前を安心させる為に、僕は重ねられた手を強く握り返した。


チフネ