チフネの日記
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2008年09月14日(日) 生意気5 不二リョ


「不二先輩、おはようございます」
「あ、おはよう越前。今日は早く来たんだね」
「はい」

ちゃんと来るかどうか手塚はずいぶん心配していたが、越前はきちんと朝練の集合時間前に登校して来た。
これならゆっくり着替えても余裕な位だ。
むしろ他の部員達が「俺、遅刻かよ!?」と慌ててしまっている。

「良かった、明日も頑張ってね」
「はい」
「…?」

越前は表情を崩さず、淡々と着替えを始める。

(やっぱり、変だ)

昨日の放課後の部活から、越前の行動は変化している。
…僕に迫ったり、抱きついたりして来ない。
これが普通というか、まともな日常なのだけれど、
いつもの勢いが無いと調子が狂うというか。
思い切って僕は越前に話し掛けてみた。

「あの、越前」
「何すか」
「どうかしたの?慣れない早起きして、具合悪いとか?」
「別に」
ウエアに着替えて帽子を被ってから、越前はラケットを取り出す。
「コートに行かないんすか」
「えっ、行くけど」
「じゃあ、お先に」
すっと僕の横をすり抜けて、越前は部室から出て行こうとする。

「あれ、なんか今日の越前静かだね」
成り行きを見守っていたタカさんが、そっと話し掛けて来た。
「どうかしたのかな」
「さあ、僕にもわからないんだ」

頭でも打ったのかなあ、と僕は真面目に心配をしてしまった。

でも、どうせ越前のことだ。
すぐにいつも通り「先輩っ!」と駆け寄って来るに違いないと、考えていた。
だってあの子は僕のことが好きで好きでしょうがないのだから。
絶対離れることは無いと、思っていたのに。


越前の不自然な行動は、それから三日も続いた。
手塚は遅刻さえしなければ文句も言わないし、それに部活中の僕に対する暴走も減ったと言って喜んでいる。
たしかに静かなんだけれど、唐突にも程がある。
越前は僕に話しかけられることさえ拒んでいるみたいで、微妙に避けている。

(嫌われちゃったのかなあ)

だとしたら、やっぱり原因はあの時の注意しか思い当たらない。

「おチビちゃん、最近不二に纏わり付かなくなったねー」
英二も気にしているようだ。
4日目になって、遠慮がちに僕へ質問して来た。
「何か理由聞いてるの?おチビのこときっぱり振ったとか」
「ううん。突然…。英二は何か彼に吹き込んだりしていない?」
「失礼だなあ。してないよ。不二に積極的に迫るように言っても、その逆のアドバイスなんてしないもん」
「そっか、じゃあ越前は自分の考えで僕を避けてるってことか」

はあああ、と大きくため息をつく。
ひょっとして英二辺りが、一旦冷たくしてみろとか言ったんじゃないかと思ったが、
見当違いだったようだ。
と、なるとやっぱり原因は前回の僕の言葉の所為だった訳で、ますます気が重たくなって来る。

「手塚が僕にあんなことを頼んだりするから」
「えっ、何々?」
興味津々で聞いてくる英二に、僕は簡単に説明をした。
越前の遅刻が多いから、僕から叱って欲しいと手塚に頼まれたこと。
言われた時、彼が傷付いていたようだったこと。
全部話し終えた時、英二は腕組をして頷いた。

「ふーん。でも不二の言ったことは間違って無いよね。
でもさあ、おチビもよりによって不二に言われてショック受けちゃったのかも」
「僕?」
「うん。好きな人に注意されて、事の重大さに気付いて落ち込んでいるんじゃないのかにゃー」
「そう、か」

越前が落ち込むなんて想像もしなかったけれど、彼もまだ12歳の子供だ。
英二の言う通りなのかもしれない。

「でも、じゃあ僕を避けているのはどうして?」
「それはー、うーんと、不二に叱られて、しばらく頑張ってみるまでは触れないでおこうと決めたとか?
なんか期限決めて頑張れたら、また抱きついてもいいとか自分の中で決めているんじゃないの?」
「まさか」
「うん、俺も思いつきで言ったんだけど」
「そうだよね」
「ハハ…そんなはずは、無いと思うんだにゃー」
「ねえ」

僕と英二は顔を見合わせて、笑った。
でも否定しきれなくて、二人ともぎこちない笑顔になってしまった。

「とにかく越前に直接聞いてみることにするよ」
「うん、不二…まあ、そのなんだ。頑張って」

はっきりとした理由はここでどんなに推測しても、越前本人に聞かなきゃ出て来ない。
今日、ちゃんと話をしようと僕は決めた。


そして放課後。
やっぱり練習の間も越前は僕を変わらず避けていて。
解散と同時に、すっと避けて片づけを始める。
予想通りの行動だったので、慌てることなくその作業を見守る。
そして一段落ついた所を見計らって、思い切って声を掛けた。

「越前」
「…不二先輩、まだ帰って無かったんすか」
帽子を深く被って目を逸らす。
やっぱり間違いなく越前は僕を避けている。
今までは過剰な程引っ付いて来たのに、触れることも無く会話すらしようとしない。

「ちょっと話がしたいんだけど、今いいかな?」
さり気なく越前の腕に触れると、びくっとなった後いきなり振り払われる。
「越前?」
「すみません。俺に触ったら先輩に風邪がうつると思ったから」
「風邪!?さっきまで元気に駆け回っていたけど、風邪引いてたの?」
「えっと、多分」
「越前…」

嘘だな、と僕はため息をついた。
そして今度は逃げられないようにと、素早く腕を取った。
「先輩放して、病気がうつったら大変」
「嘘なんでしょ。そういうのは好きじゃないなあ」
途端に越前は大人しくなる。
その隙に彼をコートから連れ出して、人目の無い所へと移動する。

「一体この間からどういうつもり?
僕に対して何か怒っているなら、はっきりと言ってくれないかな」
掴んだ腕はそのままにして問い詰めると、越前はしょんぼりと項垂れてしまう。
「先輩に怒ったりなんてしてないよ」
「じゃあ、なんで僕を避けてたりしてたの。今まであんなにべたべたして来たくせに、急に態度を変えるとどうかしたのかなって思うよ。
理由、聞かせてもらえる?」
少し屈んで越前の目線に合わせて尋ねると、仕方なさそうに頷くのが見えた。

「先輩を避けていたのは…」
「うん」
「近くに寄ったら抱きつきたくなるからっす」
「は?」

間抜けな声が出てしまった。
ぽかんとしている僕に、越前は言い辛そうに口を開いた。

「この間、遅刻するなって怒られたよね。
今までは真面目に聞いて無かったけれど、不二先輩に言われて目が覚めた。
別に罰として走っているんだからいいでしょって思っている所があった。
周囲がどう思おうと俺の勝手だって。
でもそれじゃ駄目なんだって、やっとわかったよ」
「そう」

今の話は手塚には聞かせられないと思った。
あれだけ説教してて、まるで通じていなかったらしい。
僕の言葉だけしか届かないのかと思うと、可笑しくて脱力してしまう。

「頑張って早起きするのは当たり前だけど、それだけじゃ今までの自分を悔いるには不十分な気がして。
それで罰としてしばらく先輩に触れることを禁じようと思った」
「へえ…」

英二の言ったことはほぼ当たっていたようだ。
全くこの子は。
やる事滅茶苦茶過ぎて、ついて行けない。

(でもそういう所も可愛いけどね)

口には出さずに、僕は微笑んでみせた。
越前は顔を赤くして、反対側へ逸らしてしまう。

「それでいつまで僕に触れるのを控えるつもりだった?」
「とりあえず一週間は頑張ってみようと思ってた。
でもこんな、先輩から触れられたらまた最初からやり直しじゃん」
不満そうに呟く。
それでさっき僕の手を思い切り振り払ったのかと納得する。

「これから一週間、また僕を避けて過ごすつもり?我慢出来るのかな?」
少し意地悪な気持ちで聞いてみると、越前は困ったように首を小さく横に振った。
「我慢するのは大変っす。側にいると抱きつきたくなるから、わざと避けてたんすよ」
「じゃあ、また辛い日々の始まりだね。それでも頑張るの?」
「だって」

少し泣きそうな顔をして、越前はこっちを向いた。

「先輩に叱られてやっとわかるような俺って、なんかすごく駄目な奴じゃないっすか。
だからそれ位しなきゃ、いけないんだって思った。
失望させた分頑張るから、俺のこと嫌いになんないで」
「……」

言いながらも越前はこっちに触れないよう堪えている。
前だったら抱きついて縋って訴えている所なのに。
少しずつ成長してるんだって、思い知らされた。
そして僕に対する一途な気持ちも。
失望なんてするはずない。
それよりも、むしろ…。

「嫌いになんかならないよ」
越前の帽子にもう一方の手を置いて、優しく撫でる。
「一生懸命なのはわかっているつもりだからね。
だから無理しなくても、いいんだ」
「でも」
「言ったでしょう。急に態度を変えられて、僕だって戸惑っているんだ。
だから越前の好きなようにすればいい。
我慢してる姿を僕だって見たくないよ。ほら、おいで」
「…先輩!」

頭をぐっと引き寄せると、越前は簡単に戒めを解いて僕の胸に飛び込んで来た。
「やっぱりこうしていると、落ち着く」
「ほらね。バカなことを考えたりしないで、いつも通りでいいんだよ。
勿論遅刻は駄目だけど。ちゃんとしてたら、僕だってあんな事言ったりしないから」
「うん。わかった」
うっとりしながら僕の胸に頭をこすり塚ながら、越前は頷いた。

(やれやれ。これで問題は解決か)

全く、越前はいきなり何をしでかすかわからない。
でもやっぱり僕には素直で、可愛いなと思ってしまうから仕方ない。

「先輩の匂い。このまま持って帰れたらいいのにね」
「それは、ちょっと無理かな」
「じゃあ、この汗の染み込んだシャツ貸して下さい。きっと洗って返すから」
「なんでそんなもの必要とするのか聞いてもいい?」
「それは夜に先輩のことを想う時、色々必要なんで」
「……悪いけど許可出来ないよ」

かなり振り回されているけど、やっぱりこの子のことが好きだから。
この先も何度も驚かされる覚悟はしておくべきだろうと、僕は思った。


チフネ