チフネの日記
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「不二、ちょっと来てくれ」 手塚に呼ばれて、僕は何の用だと思いつつ、足を運んだ。 「何?手塚」 「越前のことだが」 「越前?」 手塚は腕組をして、神妙に頷く。 「あいつ、また最近遅刻しているだろ。レギュラーだというのに不謹慎だと思わないか」 「そのことね」 僕は頷いた。 一時期は真面目に朝練に来ていたが、ここの所またちょくちょくと遅刻している。 やはり彼にとって早起きは苦痛なものらしい。 しかしレギュラーが遅刻というのはまずい。 実力があるからとはいえ、やるべきことを疎かにするのは他の者にも示しがつかない。 手塚もそのことを心配しているのだろう。 ただでさえ越前は二年生達辺りから反感を買っているのだから、 遅刻一つとっても文句を言われないよう行動するべきだ。
「そこでだ、不二」 手塚が僕の肩にぽんと手を置く。 嫌な予感に身を引こうとするが、ぎゅっとジャージを握られてしまって逃げられない。 「何、何なの」 「お前の出番だ。越前に遅刻しないよう、注意してやってくれ」 「どうして僕がそんなこと言わなくちゃいけないの。部長である君の仕事だろう」 身を捩ってなんとかこの場から脱出しようが、手塚は必死になってもう一方の手も使ってすがって来る。 「頼む!俺が言っても『どうせ走ればいいんでしょ』と最近じゃ罰にもなっていない。 だがお前から言われれば、かなり効き目があると思う」 「そんな無茶苦茶な」 「じゃあ、このまま放っておいていいんだな。後輩の将来が心配じゃないって言うんだな」 「そういう言い方はずるいよ…」
僕だって、彼のことを気に掛けている。 このまま遅刻し続けて、部に居辛くなったら。 最悪レギュラーから外されることだってあるかもしれない。
「はあ、わかった。一度だけ言ってみる」 「そうか。頼むぞ、不二」 嬉しそうに言う手塚に、黙って息を吐く。
(気が重いなあ)
でも手塚が僕に頼ってくるってことは、相当切羽詰まっているのかもしれない。 実際、なんであいつレギュラーなのに遅刻してくるんだよ、な空気も流れてるのも感じたこともある。 三年生はしょうがないなあって感じで見ているけれど、二年生辺り(桃と海堂は別でね)が不満を抱えている。 このままで行くのはたしかにまずい。
そして案の定。 今日の朝練習にも越前は遅刻して来た。
「不二、頼むぞ」 「わかってるよ…」 「越前!ちょっとこっちに来い」
グラウンドを走り終わった越前を、手塚が大きな声で呼ぶ。
「あっ、不二先輩!」 呼んだ手塚のことは無視して、駆け寄ってくる。 あーあ、と思ったが越前は止まらない。
「不二先輩、おはようございますっ!」 元気良く挨拶しながら突進して、そして僕の体にしがみ付いた。 この間もすぐ隣にいる手塚は無視だ。
「おはよう、越前」 言いながら僕はさりげなく腰に回している越前の腕を剥がした。 手塚のこめかみがひくひくと動いているのが見えたからだ。 これ以上怒らせない方がいい。ふざけた態度(越前は真面目なのかもしれないけれど、余計に悪い)は取るべきじゃない。
「越前。不二がお前に話があるそうだ」 手塚は前を向いたまま、不機嫌そうに声を出す。 怒っているかなんてわからない越前は、ぱっと顔を輝かせて「先輩が俺に話?何すか?」と期待に満ちた目を向けて来た。
(言い辛い…)
絶対誤解しているよこの子。 そう思いながら、僕は言うべき言葉を考える。 じれったくなったのか、手塚がこそっと僕のジャージを引っ張る。 わかったから、ちょっと待っててくれないかな。
「あのね、越前」 「うん!何?愛の告白ならいつでも受け入れOKだから」 「そう、じゃなくて…。君、今日も遅刻してたよね」 「あっ、うん。その、不二先輩のことを考えてたら、なかなか寝付けなくて…」 恥じるように越前は俯く。
(え、寝る前にも僕のこと考えていたの?)
衝撃の告白に、体が硬直する。 一体何を考えていたのだろう。 無いとは思うけれど、エッチなことだったらどうしようと、何故かこっちが動揺させれられてしまう。
「不二」 「あっ、えっと」 手塚の声に、僕は我に返った。いけない、越前に注意することを言わなければ。
「言い訳はともかく、遅刻しているのは君位だよ。ましてやレギュラーがそんな態度じゃ、他の人に失礼だと思わない?頑張って、早起きしようよ」 「………」
越前は顔を上げて僕の目を見た。 驚いたように見開かれた瞳は、どこか傷付いているようで。 今更ながらこんなことやっぱり引き受けるんじゃなかったと思った。
「これからは、気を付けます」 越前は帽子を深く被り直し表情を隠してしまう。 「そうか、不二の言うことをよく聞くんだぞ。わかったら、行ってもいい」 「っす」 満足そうに言う手塚に、ぺこっとおじぎをして越前はコートへと走って行ってしまった。
「俺の時とは態度がかなり違うな。やはり不二に頼んで正解だった」 「…そう」
確かに遅刻続きはよくないことだ。 だから注意するのは当たり前のことで、手塚に頼まれたことを言っただけで、僕は何も悪くない。
そうは自分に言い聞かせても、何故か胸が痛んだ。
(僕に言われたことが、相当ショックだったのかな)
傷付いたような越前の顔。 朝練が終わっても、昼休みになっても。 なかなか僕の頭から離れなかった。
そして。 放課後の練習になって、コートに行くと越前はもう来ていてストレッチをしている所だった。 「やあ、早いね」 「はあ…」 いつもなら、「不二先輩ー!」と抱きついて来るのだけれど、 越前は柔軟した姿勢のまま立とうとしない。
一瞬、(どういうこと?)と違和感に首を傾げる。 越前に確かめようかでもそれも変かと迷っていたら、後ろから英二に呼ばれてしまった。 「不二〜。柔軟付き合ってよ。早く〜」 「はいはい。ちょっと待ってよ」 それでその場は立ち去ったのだけれど、 本当はこの時に確認しておくべきだったのだ。 越前が何を考えて、何を密かに決意していたか。
翌日から、僕は嫌と言うほど実感することになる。
チフネ

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