チフネの日記
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2008年09月01日(月) 生意気3 不二リョ

それは放課後の部活へ行く途中。

「あの、不二先輩」
僕の名前を呼ぶ女の子の声に、足を止める。
「不二。俺、先に行ってるから」
一緒に歩いていた英二は、そう言ってスタスタ歩き出してしまう。
女の子の表情を見て、ぴんと来たようだ。
僕だって鈍感じゃない。
部室へ行く途中の、少し生徒の数が少ない場所。
そして顔を赤くしてる女の子の表情。

「あの、何かな?」
黙ったままだと話が進まない。
だからこちらから、そっと尋ねてみる。
聞いた所で返す言葉は決まっているけれど。
それでも最後まで聞くべきだろう。
勇気を振り絞って、ここで僕を待っていたこの子の為にも。
「わ、私ずっと前から先輩に憧れていて!」
「うん」
「練習とかもこっそり見学に行ったこともあります!
先輩のテニスしている姿はすごく素敵で、なんだか感動しちゃいました」
「それは、ありがとう」
にこ、と笑顔を浮かべると、女の子は更に顔を赤くする。
一瞬下を向いた後思い切ったように顔を上げて、そして言った。
「その時先輩のことを、好きになっちゃったんです。
どうしても気持ちを知って欲しくて…その、突然呼び止めてすみません」
「ううん。それは、いいけど」
恐縮している女の子に、片手を振って気にしていないということを伝える。
「良かった。やっぱり不二先輩は優しい人ですね」
「そうでも無いけど」
「え?」
「あ、いや。こっちの話」
笑って誤魔化す。
実際言われるほど優しいとは、自分のことを思っていない。
英二なんかには、好き勝手やってるとまで言われている位だ。
なのに周囲は勝手に、優しいという評価を下すから不思議だ。

(そろそろ返事しようかな)
それとも明日の方がいいかもしれない。
告白してくる子の中には、よく考えて下さいとお願いする場合もある。
考えても、返事は同じなのだけれど。
やっぱり真剣な気持ちには、こちらもある程度は応えてやりたいと思っている。
さて、どうしよう。
女の子の顔をもう一度よく確認しようとした瞬間、僕は凍りついた。

「ええええええ!?」
「不二先輩?」
僕の奇声に、女の子がびっくりしたように仰け反る。無理も無い。
「あの、ごめん。ちょっと、その…」
こちらもまだ動揺中なので、上手く言葉が出て来ない。
僕が驚いたのは、女の子の背後の壁から覗いてる顔の所為。

(…間違いない。あれは、越前だ)

出したかと思えば、引っ込んで。またこちらを伺っている。
越前リョーマ。同じ部の後輩。
ただの後輩というだけじゃなく、少し前から彼に「好き好きコール」を僕は受けている。

(まずい所見られたな)

すぐに僕は、目の前の女の子の安否を心配した。
『ここで練習してたら、手が滑ったー!』と越前がわざとらしい事を言って、ツイストサーブをぶつけくる可能性を考える。
(あの目は、それ位怖かったよ!)
恨みがましいじっとりとした目線に、体が震える。

「不二先輩?どうかしたんですか?顔色が悪いみたいですけど…」
何も知らずに、女の子は僕の心配をしてくる。
「全然平気だから!」
越前にも聞こえるように、叫ぶ。
「それより返事なんだけど、今しても構わないかな?」
「え、ええ」
気迫に飲み込まれたらしく、こくっと頷くのを確認して声を出す。
「悪いけど、今は付き合うとかそういうことを考える余裕が無いんだ。
だから君の気持ちには応えられない…ごめんね」
最後まで言うと少し泣きそうになる。
そして、
「話を聞いてくれてありがとう、ございます」
スカートを翻して、行ってしまった。

(なんとか怪我人を出さずに済んだ)

あの子の気持ちを考えて、もっとゆっくり返事するべきかもしれないが、
今はそれどころじゃない。

「越前…そこにいるんだろ。見えてるよ」
壁の向こうに呼び掛けると、バツが悪そうに越前がひょこっと顔を出した。

「なんだ、気付いてたの」
「気付かせるように、思い切りこっち見てたよね!?
もしかして、僕のことを見張っていたとか?」
「人聞きの悪い。部室行こうとしたら、たまたま通っただけです」
そう言って越前は胸を張る。
「だったら知らない振りして通り過ぎてくれればいいのに。立ち聞きはよくないよ」
「出るに出られなかったからしょうがないじゃん」
「こっちの様子を何度も見ておいて?それに視線に怨念も篭っているように感じたけど?」
「先輩に怨念なんて飛ばしていないよ。あっちの人には『さっさとどっか行け』と念じてたけどさ」
「……」
やっているんじゃないか、と僕は額に手を当てた。
でも、まあ。
「ボールをぶつけなかっただけ、マシか」
「酷い。先輩、俺のことそういう目で見てたの?」
越前はむくれた顔で、僕の袖をくいっと引っ張る。
「そういう目も何も、君はいつも好戦的じゃないか」
具体的にケンカをしたことを例に挙げると、気まずそうに目を逸らす。
ほら、だから心配だったんだ。
もし誰かを怪我なんてさせたりしたら、越前のことを悪く言う人が沢山出てくる。
それを回避する為にも、急いであの子の告白を断った…なんて言わないけど。

(まだまだ、君の気持ちに応えるには早いよ)

大体、大騒ぎしながら「好き」という段階じゃ、本気かどうかも怪しいものだ。

ため息をつく僕に、越前がぼそっと呟く。

「でも、さっきの人にボールをぶつけようなんて思わなかったよ」
「本当かな?」
「むかつくけど。先輩に告白するのは自由でしょ。
俺だけが先輩のことを好きでいればいいと思うけど、そんなの絶対無理だし」
困ったように、越前は眉を寄せる。
「なんかすごいこと言うなあ。
自分だけが好きでいればいいって…越前って結構独占欲強い方?」
「普通だよ。好きな人が誰かに告白されているのを見るのは、やっぱり辛いよ」

最後の何気ない言葉に、びっくりさせられる。
越前の中に本気を垣間見た気がした。
軽く「好き」というけれど、ちょっとずつ変わっていっているのかもしれない。

「だから世界で俺だけが先輩のこと好きでいればいいなって、たまに思う」
「そう、なんだ」
「そうだよ。他の人達なんて上辺ばっかりで。
先輩が優しいとか、格好いいとか、そんなんで告白してきてさ」

ふと浮かんだ好奇心から、僕は越前に尋ねてみた。

「じゃあ、越前は?上辺だけじゃないってこと?
僕のどこを好きになったって、そういえば聞いていなかったけど」
「俺?」
大騒ぎした告白された為、内容を今まできちんと確認していなかった。
越前は、僕のどの辺を好きなんだろう。
すごく興味がある。

「俺は、やっぱり、あの雨の日の試合が切っ掛けっすね」
「じゃあ、テニスが強いからってこと?」
「ううん、違う」
きっぱりと、越前は否定する。

「強いだけだったら、他にも…あんまり認めたくないけど、いるよね。
先輩を好きになったのは、テニスの実力とは関係ないから」
「うん」
越前の真剣な様子に、僕は頷いた。
あまり人と関わるのが面倒な子なので、テニスの強い人以外は興味無いのかと思っていた。
でもそれは勘違いだったようだ。
勝手にイメージを持って、決め付けていたことが気まずくて、越前から微妙に目を逸らした。
気付かないまま、越前は話を続ける。

「不二先輩っていっつも余裕っぽい顔をして、そつなくテニスしているけど、
あの時、少し本気になったよね。
顔もなんか、怖くて。でも真剣になっていくほど、先輩とのテニスが楽しくて。
ゲームが終わっても、先輩にあんな目を俺に向けて欲しいと思った。
この人に本気で好きになってもらえたら、他に何もいらなくなる位の人生がきっと送れるって。
そんな風に気付いたら、もう夢中になっていました」
「越前…」

いつもとは違う静かな口調に、少し感動してしまう。

(結構、真剣に考えてくれているんだな)

もっと早く、二人きりでこんな告白をしてくれていたら。
初めからOKしてたかもしれないのに。
なんで、あんなコートの真ん中で滅茶苦茶な告白してくるんだろう。
越前らしいといえば、らしいけど。

全部言ってしまって照れたのか、越前の顔が赤くなる。

それがすごく可愛くて。
思わず、肩に手を触れようとする寸前。
越前は、突如顔を上げて捲くし立てる。

「それにしたって、先輩に告白してくる人の数多過ぎ!中には他校の人もいるって聞くし!」
「…よく知ってるね」
「それもこれも先輩が格好いいから、悪いんだよ!目を離したら悪い虫がつきそうで、心配になってきた。
どうしよう。明日から登下校、休憩とお昼休みとどこに行くにも引っ付いた方がいいかな。
そうしたら告白しようって奴も減るかもしれない!」
「……」

少し大人になったかと思えばこれだ。
(やっぱり変わりないか)
登下校って、朝起きること出来ないでしょうと突っ込むことさえ面倒だ。

「先輩は俺にだけ好かれていればいいの。
これからはそう言って、断って下さい!」
「無茶苦茶だよ…越前」

やっぱりまだ恋をするには早いみたいだ。
素早く僕は結論を出した。
一年は無理でも…三年でなんとかならないだろうか。


「俺以外はいらないと断れ」と纏わりつく越前を笑って軽く流す。
「それより早く行かないと部活始まるよ」
今度こそ僕は部室へ向かって歩き出した。


チフネ