チフネの日記
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2008年08月12日(火) 生意気 2 (不二リョ)

誰もいない部室で、僕は着替えをする為にジャージを脱いだ。

(英二の奴、委員会の仕事なんて何も無かったじゃないか)

部活が終わった瞬間、英二が急に僕をフェンスの外へと追い立てた。
「さっき、教室に来てくれるように言って欲しいにって頼まれたんだにゃー。
委員会のことで話があるんだって、すぐに!」
僕と同じ委員である女子が、そう告げたんだと英二は言う。
「え、でもいつ来たの。全然気付かなかったけど」
「ふ、不二はその時コートで打ってたから。ほら、早く!待たせてたら悪いでしょ」
「うん」
釈然としなかったが、僕は教室に行くことにした。
本当にその子が待っていたら悪いと思ったからだ。

しかし実際行ってみたら、教室には誰もいなくて。
(予想通りか)
英二の悪戯に、僕はがっくりと肩を落とした。
明日会ったら、きっちり締めておこうと心に決める。

急いで部室に戻ると、そこには誰もいなかった。
余りにも早い皆の帰宅に、目を疑う。
(教室に行って、戻ってきて10分くらいしか経っていないよな)
いつもなら、だらだらと喋りながら着替えをして30分位は残っているのに。
片付けで残っているはずの1年もいないし、鍵当番の大石と日誌を書いている手塚もいないなんて変だ。

(手塚と大石は、竜崎先生に呼ばれているのかな?)

開けっ放しで帰ったとは、とても思えない。
おかしいなあと首を傾げながら、取り出したシャツを羽織る。

その瞬間、部室のドアが開かれた。

「越前?」
振り向くと、まだ着替えを終えていない越前がそこに立っていた。
なんだ、片付けをしている一年はまだ外にいたのかと僕は思った。
しかしそれは間違いだったと、すぐに気付かされる。

「不二先輩っ!」
「うわっ、え、ちょっと何?」
突然走り出した越前が、抱きついて来た。
いつもされているので、僕はもう驚いたりしない。
この行為にも大分慣れて来た。
好き好き言い続けて何度も引っ付いてくるこの一年生は、僕に恋をしているそうだ。
どこまで本気なのかは、ちょっとわかりかねる。
何しろ行動が突飛過ぎて、どうしたいのかよくわからないからだ。

「今、着替えしているんだけど?」
やんわりと笑顔を向けて拒否するが、それに挫ける越前では無い。
「わかってます!だから逆にチャンスだと思って」
「チャンス?」
「そう!」
言うなり、越前はまだボタンを留めてないシャツの下に手を差し入れてきた。
「越前?ちょっとくすぐったいんだけど、何してんの」
この時点ではまだ余裕があった。
だけど、次の言葉に体が強張る。

「何って、エッチなことっす」
「え、エッチ?」
「うん!」
明るく答える越前はふざけているようにも見えるが、本人は至って真面目らしい。
「こうしたら少しは俺のこと気にしてくれるでしょ?強行手段を取ることに決めたんです」
「あのねえ、越前」
「先輩が悪いんだから」
「え、なんで僕が」
謂れの無い非難に目を瞬かせると、越前は少し頬を膨らませて言った。
「俺がこんなにもアプローチしているのに、ちっとも振り向いてくれないじゃん。
押し倒してもくれないし」
「押し…、あのねえ、越前」
「だから俺は、先輩とキセイヒンを作ろうと決めたんです」
「キセイヒン?なんの既製品?」
なんだ、それは。
疑問を口に出すと、越前は「あれ、なんか違うかも」と唸る。
「キセイなんとかをすれば、もう絶対不二先輩は俺のものになるって、聞いたから」
「ひょっとして既成事実のこと?」
「そうそう、それ!」
明るい笑顔を向ける越前に、くらっと眩暈を起こしそうになる。

(英二か。子供相手に何吹き込んでいるんだ!?)

しかも、こんなに行動的な越前に教えなくたっていいじゃないか。
ようやく僕は自分が襲われかけているんだと気付いた。

「先輩、覚悟して下さいね」
言いながら越前は僕の服を引っ張って脱がそうとする。
「越前、ちょっと聞いてもいいかな」
「いいけど、こっちの腕伸ばしてくれるとありがたいっす」
脱がせないのに苛立っているみたいだ。
無視して、そのままの格好で越前に尋ねる。
「この状況って、君が僕を押し倒すってことになるのかな」
「えーっと、多分」
「僕に押し倒されたかったんじゃないの?これだと逆になるよ」
途端、越前の動きが止まった。
「それじゃ、俺はどうしたらいいんすか?」
「知らないよ、そんなの…」
僕に聞かれても困る。
越前は腕を組んで30秒くらい考えた後、ぱっと顔を上げる。
何か思いついたようだ。

「じゃあ、今ここで俺のこと押し倒してもいいっす」
「僕がそうしてくれないから悩んでたんじゃなかったっけ」
「え、押し倒してくれないの?」
「当たり前だよ。その気ならとっくにしてるけど」
「じゃあ、その気になって下さい!」
「越前、言ってること滅茶苦茶だよ」

はあ、と重いため息をつく。
これだから、子供は困る。
言っている意味の重さも知らずに、無謀なことばかり。

(わかっているのかなあ、かなり危険なこと宣言してるって)

越前は生意気な性格で、二年からかなり反感を買っているけど、
黙っていると(滅多に無いが)かなり可愛くて、密かにファンもついてたりする。
こんなこと他の奴にしたら、その場で間違いが起きていただろう。

僕だって、たまに手が出したくなる時だってある。内緒だけどね。
もうちょっと成長するまでは、軽々しく気持ちに応えないって決めている。
でもそれらの理性が崩れそうになったのだって、一回や二回じゃない。
無防備な越前の魅力に、ふらふらっと手を出しそうになっては止めている。
今だって、素肌に触れられた時。
その手を掴んで、床に押し倒して越前に触れたいって思ったんだよね。
いつまで持つかな…。その前に早く成長(主に精神面)してくれ、と切に願う。

「とにかく、これで悪戯は終り」
「え、ちょっと先輩!」
また抱きついてこようとする越前の体を、片手で押し返す。
「腕力は僕の方が上だよ。押し倒そうとしても、無駄だからね」
「そんなあ!」
「ほら、越前も着替えて。そろそろ鍵当番の副部長が戻ってくる頃じゃないかな?」
なんとか抱きつこうとする越前を、また止める。
悔しがってまたトライしてくるが、それも防いだ。

「あらら、作戦失敗?」

部室のドアが再び開けられる。
そっと様子を伺いながら入って来たのは、間違いなく越前にいらないことを吹き込んだ張本人の英二だった。

「作戦失敗、じゃないよ。一体何考えてんの」
咎めるように言うと、英二は「だっておチビが可哀想でー」と心にも無いことを笑いながら言う。
「実力行使した方が、不二は落とせるって思ったんだけどな。
腕力の差は考えて無かった」
「菊丸先輩、ツメが甘いっすよ」
「何おう、おチビの方こそ不二の自由を奪う位の力付けてから、言えよな」
「これから鍛えます」
「よーし、その意気だ!」
暴走する二人の会話に、不二は呆然とする。

(僕も…、ちょっと筋力鍛えた方がいいかもしれない)
越前の腕力が僕を上回っていたら。
本気で自由を奪われて、何かされていた所だろう。
真剣に危険が迫っている、と冷や汗が出た。

「部室から人を追い払ったのも、英二の仕業?」
「うん。苦労したんだぞー」
「無駄な所に力入れて…。大石と手塚はどこに追い払ったの。
まさか鍵当番を帰したって訳じゃないよね?」
僕の言葉に英二は頭を搔いて笑った。
「大石にはちょっと特訓したいから残るって鍵を借りたにゃ」
「じゃあ、明日の鍵当番は英二がするの?」
越前では無理だろう。
明日、部室の前で皆が着替える羽目になりかねない。
「うんにゃー、俺は朝御飯当番だから早く来られないんだよね。
だから手塚に任せることにする」
「手塚?帰ったんじゃないの」
「えっと、それは」
「菊丸!竜崎先生は用事など無いと言っていたぞ!」

突然の侵入者の大声に、僕ら三人とも飛び上がった。

「て、手塚…。びっくりした、なんなの一体」
「あっちゃあ、手塚早かったね」
英二の声に、僕は確信した。
ここから追い出す為に、手塚にも同じように嘘を言っていたんだ。
「会議ってもう終わったのー?一時間は掛かるって聞いてたんだけどなあ」
「たまたま遅れている先生がいらっしゃって、竜崎先生は探しに出て来たんだ。
もしあそこで会わなかったら、俺はずっと待ちぼうけを食らっていたってことか。
一体、どういう企みなんだ、これは!」
文句を言いながら、手塚は僕と越前の顔を見た。

「まさか、また越前絡みなのか?」
「えっとぉ」
「どうなんだ、菊丸!」
「部長、止めてよ。菊丸先輩は俺の為に手伝ってくれただけで」
越前が止めに入る。
でも、それは火に油を注ぐだけにしかならない。
「手伝いってなんだ。まさかまた恋の為とか言うんじゃないだろうな」
「その通りっす。だって俺、不二先輩のことが大好きなんだから!」

答えになっていない、と僕は心の中で突っ込みを入れる。

手塚はといえば、一瞬固まってそしてずれた眼鏡を直して説教モードに入った。
「越前、この際はっきり言わせてもらう。
お前は青学の未来を担う人材だ。
今は恋だの交際だのそういう私情は忘れて、テニスに集中しろ、いいな。
でないと毎日、こっちの身がもたん」
「ヤダ。青学のことより、自分の恋の方が大事っす」
「ぶ、部長に口答えする気か」
「俺は不二先輩のことを何より最優先にしたい、それだけっすよ」
「頑張れ、おチビー!」
「煽るな、菊丸!」

疲れたような顔をする手塚に、僕は初めて親近感を覚えた。
越前に言うことを聞かせるのは、大変ってもんじゃない。
規律を乱しまくっている態度を叱っても、聞きやしない。
部長として手塚は越前を指導しなきゃいけないのだろうけど、
この先も聞くかどうかは怪しいものだ。

(頑張れ、手塚)

騒動を巻き起こす一年と、なんとか止めさせようとする部長との争いを横目で見ながら、
心の中でエールを送った。



それにしても。
越前が大人になる日は、やって来るのだろうか。
なんだか永遠にあのままなんじゃないかと、僕は不安になってきた。

終り


チフネ