チフネの日記
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2008年08月11日(月) 夏風邪(跡リョ)

腕時を見て、跡部は小さく頷いた。

この時間なら、リョーマは部活中のはずだ
今から迎えにいけば、短い間だけでも一緒にいられる。
明日、会う約束をしているが我慢出来そうに無い。
もう限界だ。
家の用事等でなかなか跡部が自由になれなかったのと、
リョーマの方も合宿、終わったと思ったら法事と忙しかった所為で、ここしばらく顔を合わせていない。
メールと電話だけ。
ストレスが溜まるのも仕方ない。

(部活で疲れているだろうが、顔を見る位はいいよな…。
越前も会いたいって、昨日言ってたからな)

会えない日が続いたせいだろうか。
電話越しだがリョーマから珍しく「会いたい」と素直な言葉を言ってくれた。
なんなら今日から、リョーマに泊まりに来てもらうか?と考える。
どうせ明日と会うのだから、それが早まったとしてもなんら問題無い。

(いや、待てよ)
それだと絶対手を出してしまう。
疲れているリョーマから休息を取り上げるのは、跡部とて本意では無い。
しょうがない、やっぱり最初の予定通り家に送るだけにしようと決める。
(5分でもいい、側にいられさえすれば満足だ)
楽しみは明日に取っておこう。
今日は手を握るだけでいい。
リョーマが側にいることを確かめたかった。



部活中に来るなとは言われているので(聞いた試しは無いが)、
跡部は携帯に連絡を入れることはせず、青学へと向う。

「休みだあ!?」
コートにはリョーマの姿は無かった。
跡部は慌てて、ボール広いの為に隅に近づいた一年に声を掛けて、
無理やり事情を聞き出した。
部活を、テニスを愛するリョーマが休みを取るなんて信じられない。
今日も元気にコートを駆け回っているとばかり信じて、ここに来た。

「えええ、越前は風邪で休みを取ってます」
「風邪?」
「連絡が入ったから間違いありませんん!ほ、本当です」
裏返った声で答える一年が、嘘を言っているようには見えない。
「そうかよ、もういい」
チッと舌打ちして、跡部はコートから離れる。

三年の連中が引退した後でよかった、と思った。
菊丸や不二がいたら、「へー、おチビが休みだって知らなかったんだ」
「恋人なのにねえ、ふーん」
嫌味の一つや二つじゃ済まない所だったろう。
リョーマ不足の今、そんなことされたら切れて暴れ出してたかもしれない。
(不幸中の幸いって、このことか)
しかし事態が良くなった訳では無い。

車をぶっ飛ばして、跡部は越前家へと向かった。
途中お見舞いの品を買うのも忘れない。
風邪を引いていたのを隠していたのはムカつくが、手ぶらというのも気が引ける。
具合が悪いのなら、何か喜ぶものを持って行ってやりたい。
急だったから十分なものは用意出来ないが、好きそうなものを買い込んでまた家へと急ぐ。
(俺も、甘いな)
リョーマ相手だと、結局これだ、と車の中で苦笑した。





「リョーマさん、跡部さんがお見舞いに来てくれましたよ」

事情を知らないリョーマの従姉は、笑顔で跡部を迎えてくれた。
菜々子とは何度も会っている為に、信頼を得ている。
おかげですぐにリョーマの私室へと案内してくれた。
ありがたい、と跡部は胸の中で感謝する。先にリョーマに確認してたら、拒否されている可能性だってあり得る。
でも、これで逃げることは出来ないだろう。
さあ、きっちり理由を話してもらうかとリョーマに満面の笑みを向ける。

「な、なんであんたがここに!?」
あわてて飛び起きるリョーマに、菜々子は困った顔をしてたしなめた。
「あら、リョーマさん。そんな言い方しちゃ駄目ですよ。
跡部さんは心配してわざわざお見舞いに来てくれたんですから」
「お見舞い?」
リョーマの顔が強張ったのを、見逃さない。
やっぱり隠し通すつもりだったのかと確信する。

「リョーマさんの好きなものも沢山持って来てくれたんですから、お礼を言って下さいね」
「……」
菜々子の笑顔に、リョーマは渋々頷く。

「ありがと、跡部さん」
「ああ」
その様子を微笑ましく見守っていた菜々子は、「お茶を入れて来ますね」と部屋から出て行く。
階段を下りる音を確認してから、跡部は口を開いた。

「風邪なんだって?」
跡部がベッドに近づくと、リョーマはバツが悪そうに布団にくるまって顔を隠してしまう。
「別に大したことないよ。ちょっと熱が出ただけ」
「その割りには、辛そうだな」
「平気」
強情なリョーマに、跡部はおおげさにため息をついてみせた。
「明日もそうやって平気な振りして会うつもりだったのかよ。ああ?」
「だって治ったら言う必要ないじゃん」
「お前なあ…」
まだリョーマは認めようとしない。

風邪を引いたことを黙っていて、明日何事もなかったかのような顔をして約束の場所へと現れる。
そんなの、本気で間違っていないなんて思っているんだろうか。

いい加減にしろと口を開きかけた所で、ノックの音が響く。
ドアを開けてやると、トレイを持った菜々子が立っていた
もそもそと、リョーマも布団から顔を出す。
「お茶と頂いたお菓子を持って来ました」
「お構いなく」
「いえ。リョーマさん、今食べられるかしら?」
「食べる」
即答だった。
風邪を引いているから大して食べられないだろうと思ったが、
リョーマの食欲は健在らしい。
トレイの上に置かれたプリンを見て、目を輝かせている。
この分なら早く治るだろう。

トレイを置いて、菜々子は「ごゆっくり」と再び出て行った。
後は二人きりにさせてくれるらしい。

「さすが気が利くね、跡部さん」
プリンの容器を受け取って、リョーマはご機嫌な様子で蓋を開ける。
「他にも果物やゼリーなんかも持って来た。後で食っておけ」
「うん!」
勢い良く食べ始める姿に、跡部は笑みを浮かべた。
「それだけ食べられるなら、大丈夫そうだな」
「当然」

さっきまで大声を出して問い詰めるつもりだったのだが、
リョーマの様子にすっかり毒気を抜かれた。
菜々子の持って来てくれたお茶を飲んで、跡部も一緒にプリンを頬張る。

「おいしかったー、ありがとうね。跡部さん」
先程とは違い、嬉しそうにリョーマは礼を言う。
「まだ沢山あるけど、今度は食べ過ぎて腹壊すなよ。体は大事にしろ、いいな」
跡部の声に、リョーマはこくんと頷く。
そして少し顔を俯いてから「ごめん」と小さく謝罪の言葉を口にした。

「何がだ」
「風邪引いたの、黙っていたこと」
「越前」
珍しく素直な様子のリョーマに、跡部は目を見張った。
もしかしたらまた熱が上がったのかもしれない。
そう思って、恐る恐る額に手を当ててみる。
しかしそれ程高くはないようだ。

「何してんの」
不思議そうなリョーマに、「お前がびっくりする程素直だから、熱でも上がったかと思って」と言ってしまう。
「失礼だよ、それって!」
「だって仕方ないだろ。さっきまで頑なに平気だって言ってたくせに、どうしたんだ」
「あんたの態度を見てて、心配させたのがわかったから、ちゃんと謝らなきゃって思ったんだよ。悪い?」
なのに、何だよとむくれてしまう。
「悪い。滅多に聞けない言葉に動揺しただけだ。ごめんな、越前」
「なんか引っ掛かるけど、今回は俺の方が悪いから、もういいよ」
それ程怒ってはいないようだ。
ほっとして目を合わせると、何故かリョーマは気まずそうに逸らしてしまう。

「明日には治るって思っていたから、約束も守りたかったし…だから言いたくなかった。
これが理由」
恥ずかしくなってしまったのか、タオルケットを被ってまた顔を隠してしまう。

(なんだよ、隠して理由って俺に会いたいからってことかよ)

明日の約束が中止にしたくなくて、必死で隠そうとしてたらしい。
そんな可愛らしいことを言われたら、怒っていた自分の方が馬鹿らしくなる。

タオルケットの上から、リョーマの頭を優しく撫でて「お前の考えは、よくわかった」と話し掛ける。
「けど、やっぱり次からはちゃんと知らせろよ。
他の奴が知ってるのに、俺が知らないっていうのはムカつくからな」
「跡部さんって、やっぱり我侭だよね」
「お前には言われたくないが」
「大体なんで家に来てんの。おかげで予定が狂っちゃったじゃん」
「しょうがねえだろ。少しだけでも、お前の顔が見たかったんだ。
5分でもいいから、側にいたかったんだ。悪いか」
そこまで言うとようやっと、リョーマは顔を出してくれた。

「はあ…わかっていたけど、本当に俺様だよね」
言いながらも、笑っている。
「しょうがないなあ。こんな状態だけど折角来たんだし、見ていけば?」
「じゃあ、もっと近くで見せてもらうか」
ベッドに腰掛けて、跡部はリョーマの顎に手を添えた。
目が伏せられたのと同時に、軽くキスする。

「そうだ。風邪を治すなら、手っ取り早い方法があるぜ」
「何?」
「人に移せばいい。そうしたら早く治るんだってよ。だからその風邪、俺がもらってやるよ」
リョーマの肩を掴み、そのままゆっくりと押し倒す。
久しぶりの再会と、さっきの言葉の所為で気持ちがすっかり高ぶってしまった。
下には菜々子がいるが、まあ、なんとかなると楽天的に考える。
もっと深いキスをしようと再び顔を近づけようとするが、
「駄目!」と両腕で強く突っぱねられてしまう。

「おい、越前。こんな時に抵抗するか、普通」
「するよ!俺の所為であんたが風邪引くなんて絶対嫌だ。
寝込んでいる姿、見たくないよ。冗談でもそういうこと、言うな」
風邪のせいで弱気になっているのか、少し涙目で訴えてくる。

(なんだよ、今日はやけにしおらしくて調子狂うな)

いじらしいリョーマの姿に、鼓動が速くなっていくのがわかる。
これで手を出せないなんて辛すぎるが、泣かれたら余計に辛い。
ぐっと我慢をして、「わかった」と小さな体の上からどいた。

「風邪を貰うのは諦めてやる。その代わり、お前はこれからしっかり眠って明日には元気になってろ。
いいな」
「うん」
「明日の外出は無理だろうけど、俺の家でゆっくり過ごす位ならいいだろう。
これで手を打つか」
外出なんかしなくても、二人で過ごすことさえ叶えればいい。
リョーマも同じらしく、こくんと頷く。
「ありがとう、跡部さん」
「ほら、もう病人は大人しくしてろ」

布団を掛けなおして、リョーマをベッドに寝かせる。

「おやすみ、越前」
「おやすみなさい…」

目を閉じたリョーマに小さく手を振って外へ出る。



明日はきっと会える。
その為にも一秒でも速くリョーマの風邪が治るようにと、跡部は強く強く祈った。

終わり


チフネ