チフネの日記
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2008年08月07日(木) 夕立(跡リョ)

先程から一向に止まない雨粒に、リョーマはもう一度隣に立っている跡部に声を掛けてみた。
「ねえ、やっぱり止まないんじゃないの?」
その問いに跡部は振り返ることなく、やっぱり雨を見たまま答える。
「もう少ししたら止むだろう」
「でも」
夕立だから、そう長いこと降っている訳ないだろ」
「あ、そ…」
そう言ってさっきからずっとここで雨宿りしている訳なのだが、
一体跡部は何を考えているのか。

(車で迎えに来てもらえばいいのに)
そうしたら傘もいらないのになあ、とリョーマは思った。

跡部と付き合い始めて、今日でちょうど1週間。
切っ掛けは跡部からの告白。
それをほぼ無理やりに近い形で承諾させられた。
「俺様が振られるなんてこと、絶対無い、有り得ねえんだよ!」
必死で迫ってくる表情に、ちょっと面白いかもと思って隙を見せたのが悪かった。
油断している内に跡部はどんどん入り込んで来て、うっかり承諾してしまった。一生の不覚だ。

一体、どんな交際になるんだろ。
怯えていたリョーマだったが、意外にもいきなり手を出すとかそういうことは全く無く、平日は家に送ってもらうだけ。
休日はテニスをするのみと、拍子抜けするくらい健全なお付き合いが続いている。
本気で何かされるのかといらない心配したのが嘘みたいだ。
未だに、キス一つしていない。

(って、俺もされたいなんて思っている訳じゃないけど)
自分の思考にツッコミを入れる。
ただ、跡部が思っていた性格と違い過ぎて戸惑っている。

一番よくわからないのが、送る時はいつも徒歩だっていうこと。
青学や家に来るまでは、車を使っているくせに。
わざわざ降りる理由がわからない。
(車の方が楽なのに…)
意味ないなあ、とリョーマは呟く。

今だって、車だったら急な夕立に合うこと無く家に帰れたはずだ。
よりにもよって二人共、傘を持っていなかった。
こんな公園の休憩所で立ち往生する羽目になって、30分は無駄にしている。

(ガソリン代をケチっている訳じゃないよな)

まさか、とリョーマは首を振った。
徒歩に拘る以外は、ファンタや飲食店で奢ってもらったり、気前が良いのは知っている。
なのに車を使おうとしないなんて、変なのと呟く。

「うわっ」
さきまで遠かった雷が、すぐ近くで響き始める。
まさかと思うけど、落ちたりするんだろうか。

(近くの木とか、本気でやばいかも)

しゃれにならないよ、とリョーマは跡部のシャツを引っ張った。
「ねえ、迎えに来てもらおうよ。雷が落ちたりしたら危ないじゃん」
「すぐ通り過ぎるだろ。びびってんのか」
「そういうこと言ってるんじゃなくて……。もう、いい。あんたに期待するのは止める」
溜息をついて、リョーマは携帯を取り出した。
母親に電話して、迎えに来てもらうように頼むつもりだ。
勿論車を運転するのは、あの父親だが、母からの頼みは断れない。
文句を言いつつも、来てくれるだろう。

しかし番号を呼び出そうと操作した所で、跡部の手に遮られる。

「ちょっと、何するんだよ」

考えもしなかった妨害に、リョーマは顔を上げた。
「雷なんて黙っていればどっかに行く。もう少し待っていようぜ」
この期に及んで、まだそんなことを言う。
呆れ顔で、リョーマは冷静に口を開いた。
「もう少しもう少しって、ずっと足止めされているんだけど。いい加減、帰りたい」
瞬間、携帯を抑えていた跡部の手から力が抜けたのがわかった。
そして、突っ返されてしまう。

「そんなに早く帰りたいのかよ」
低い声で言われて、リョーマは首を傾げた。
そんなの、聞くまでも無い。
「当たり前じゃん」
「お前、俺と一緒にいるよりも家に帰りたいのか」
「えっ」

驚いた瞬間、周囲にドォンという轟音が響き渡る。
「今のっ!?」
「落ちたな。たぶん、あそこの避雷針だろ」
「はあ…」
びっくりした、と目を丸くする。
想像した以上の音だった。
つくづく公園の木に落ちなくて良かった、と胸を撫で下ろす。

と、冷静になったところで、さっき言われたことを思い出す。

(聞き間違い、じゃなかったよね)

むっ、としたような跡部の言い方。
こんな所で迎えも呼ばず(跡部が呼べば、どこでも駆けつけてくれるだろうに)、
うだうだしたままでいる理由。
つまり、それは。

(一緒にいたいって、思ってるってことか)

家に送るのがいつも徒歩なのも、少しでも長くいられるようにと考えているのだとようやく気付く。

(わかりにくいんですけど)

そう思っているのなら、口に出して言えばいい。
黙っているのに伝わるかよ、と跡部の横顔を見詰める。

「付き合え」と迫った時はあんなに強引だったくせに、
こんな時だけ遠慮するなんて彼らしくない。
それとも無理やり承諾を得た形の交際だったので、今更弱気になっているとか。
内心では意外と悩んでいるのかもしれない。

(可愛い所あるじゃん)
リョーマは口元を綻ばせた。

「どうした」
視線に気付いた跡部が、怪訝そうに振り向く。
「別に」
言って、小さなベンチに腰を下ろす。
すぐ止むからとずっと立っていた所為で疲れてしまった。
ふぅ、と一息吐いて跡部に声を掛ける。

「ねえ、雨が止むの待つんだったら座っていようよ。ちょっと疲れたし」
「……ああ」
「隣座ったら?」
空いたスペースをポンポンを手で叩くと、跡部は目を開いた後ふらふらと寄って来た。
いつも堂々とした姿勢で歩いているから、余計になんか可笑しくなる。

「座っていいのか」
「公園のベンチだよ。誰が座ってもいいでほ」
「そ、そうか」
やっぱりぎこちない動作で、跡部はちょこんと腰を下ろす。
堪え切れなくて、とうとうリョーマは声を立てて笑ってしまう。

「さっきから何がおかしいんだ」
「さあね。それよりここに足止めされていう間、何か話でもしようよ」
「話?」
「付き合っているけど、あんたの事ほとんど知らないんだよね。
だから、何か喋ってみてよ」
「唐突だな」

ぶっきらぼうな言い方だったが、跡部は嬉しそうだ。
そして、ぽつぽつと自分のことについて話し出す。
勿論それだけじゃなく、リョーマにも振って来て。

(なんか、今までの中で一番会話しているかも)

これから送ってもらう間、当分話のネタは尽きることは無いだろう。
明日も明後日も、跡部に聞いてみたいことはたくさんある。

始まりが慌しかった分、これからはこの位のペースでいいのかもしれない。
歩く位の、速度で。

もう少し雨が降っていてもいいかもと、リョーマは跡部の声に耳を傾けた。


終わり


チフネ