チフネの日記
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2008年08月06日(水) まだ恋は始まらない(真田リョ)


待ち合わせの場所へ向かうと、もうリョーマは先に来ていた。
愛用のファンタを飲んで、ベンチに腰掛けて足をぶらぶらと動かしている。
ほほえましい光景に、自然と真田の頬が緩む。
が、すぐに引き締めた。
リョーマの前で浮ついた顔を見せるべきではない。そう判断したからだ。

「すまん、待たせたな」
「真田さん」
真田に気付いたリョーマが、ぱっと顔を上げる。
「ちょっと早く着いただけ。まだ待ち合わせの時間より前だよ」
「そうか、それでファンタを飲んで待っていたのか」
「うん」
「いつもいつもファンタで飽きないのか」
会う時必ずリョーマはファンタばかり飲んでいることに、真田は気付いていた。
「飽きないよ。好きだもん」
「そうか…」
しかしスポーツ選手たるものそのような甘ったるい飲み物ではなく、相応しいものがあるだろう。
そう言おうとして、真田は口を噤んだ。
珍しいことだ。
いつも正しいと思ったことは、はっきりと相手に伝える。
出来ないのは…リョーマに限ってのことだ。

説教などしてリョーマの気分を害してしまったら。
この顔が、悲しげに歪んだりしたら。
そう考えると、中々思っていることを口に出せない。
立海の後輩達が知ったら、「贔屓だー!」と叫ぶ位に、越前リョーマに対して甘いと思う。
他校の生徒だから、言えないのか。
他の理由があるのか。今の真田にはまだわからない。

ただ、リョーマに嫌われるのはとても辛い。
友好的な関係を続けて行きたいと考えている。

「今日は何ゲームしようか。
出来るだけ長くやりたいんだけど。いい?」
伺うように小首を傾げるリョーマに、真田は反射的に頷いた。
長く、という言葉がうれしい。リョーマも自分とテニスをすることを楽しんでくれてるみたいだ。
それだけで滅多なことでは動かされない心が浮き立つ。
だからこそテニスをするのにたるんではいられない、と気持ちを入れ替える。
浮かれてばかりもいられない。
リョーマと打つためにここまで出て来たのだ。
本気を出さねば失礼に当たるだろう。

(そうだ、こいつ相手に気を緩めてなどいられない)

真田はラケットを持つ手に、力を込めた。





とりあえずアップしがてら、1ゲームをすることに決めた。
軽く打つ、と最初に言ったのに、お互いすぐ熱くなって、気付いたら1時間以上ボールを追い続けてしまっていた。

「休憩を取るべき時間から大分過ぎてしまった…俺としたことが」
「別にそれ位、区切りがついた時でいいじゃん」
「そう言って、後一ゲームと引かないのはどっちだ」
「だって自分が負けたときの状態で終わるのって何か嫌なんだよね。
あんただって、もう一勝負って何度も食い下がっていたじゃん」
「お、俺は一回しか言ってい無い」
「ううん、何回も言ってた」
「お前の聞き違いじゃないのか」
「うそうそ、言ってたって!」
軽い言い争いをした後、顔を見合わせて笑う。

一歩も引かないのはお互い様のようだ。
テニスに関しては、時間を忘れる位にのめり込んでしまう。
どっちの所為でも無いと結論を出して、水分補給の為に自販機へと向かう。

「さすがに今はファンタを飲みたいとは言わないな?」
「あ、ちょっと飲みたいかも」
「越前」
ため息交じりに言うと、「だって」とリョーマは小さく舌を出した。
「ファンタ好きだから」
「でも今は止めておけ。こっちにしろ」
お金を入れて、真田はスポーツ飲料のボタンを押した。
出て来たそれを、リョーマに「ほら」と手渡してやる。
「いいの?この間もおごってもらったのに」
「構わん。ファンタを飲むことを阻止出来ただけで、俺は十分だ」
「それ、真田さんにとって別に利益のあることじゃないと思うけど」
「難しく考えるな。とにかくそのドリンクを飲んでおけ」
「はあ…」
よくわからない理屈に、リョーマは曖昧に頷く。
真田は自分の分を買う為に、自販機へまたお金を入れる。

ファンタ云々は単なる口実に過ぎない。
何か一つでもリョーマの役に立てたらと、そんな気持ちから一本のジュースを奢った。
勿論それ位で、恩を売ろう等と考えている訳じゃない。
ただの自己満足に過ぎない行為だ。

同じ飲み物を手に持って、二人でベンチに腰掛ける。
「休憩終わったら、1セットマッチの勝負しようよ。で、終わったらご飯食べに行こ」
「そうだな」
「今日は、この間見付けたお好み屋さんがいい!ねえ、真田さんは?」
「お前がそうしたいなら、そこにすればいい。俺は構わない」
「やったあ」
嬉しそうに笑うリョーマは年相応にしか見えない。
あんなすごいテニスをする少年とは、思えない位だ。

「結構頻繁に会っているから、知ってる店も出尽くした感じっすね。
次はどうしよう」
「また歩いている間に見付ければいいだろう。そういうのは嫌か?」
「ううん」
嫌じゃない、とリョーマは首を振る。

「ただあんまり頻繁に会っているからさ、それが引っ掛かったというか」
「引っ掛かった?」
言っている意味がわからず聞き返すと、リョーマにしては歯切れが悪い様子で返される。
「こんなに俺の相手していて、立海の人に怒られたりしない?平気?」
「いや、大丈夫だが。どうしたんだ」
他校の選手と打つことが問題になるかと気にしているのか、だったら心配無用だ。
「本当に?」
「ああ。己が強くなる為にやっていることでもあるから、誰にも文句は言わせない。
それに文句を言ってくるような狭量の奴は我が立海にはいない」
「それなら、いいけど」
ほっとしたようおなりの顔から、自分の身を案じてくれたのだとわかって、
じんわりと喜びが真田を包んで行く。


実は、真田の言うことは間違っていたりする。
昨日。部活に顔を出した時に、幸村に「ねえ、真田」と呼び止められた。
「明日、青学のボーヤまたと会うんだって?いつの間にそんな仲良くなったのかなあ。俺の知らない所で」
なぜ知っているのかと思ったが、隠す必要は無い。
真田は正直に頷いた。
「ああ、越前と明日一緒にテニスをする約束をしている。
あいつと打てると思うと、今から楽しみだ」
「ふーん、他校の生徒とテニスするんだ。
来年またうちは青学相手に苦戦するかもしれないねえ。大変だ、大変だ」
にこやかな顔だが、どこか棘のある言い方だ。
笑ったままなのが余計怖い、というのが幸村に対する真田を除く部員達の評価だ。
そう。真田にはこのような嫌味は全く通じていない。
「苦戦するのなら、奴らの努力が足りなかったということになるな。
よし、今日は徹底的にしごいてやるか」
「あの、真田?そういうことじゃないんだけど」
「なんだ?何か不都合でもあるのか。トレーニングの件でアドバイスがあるのなら、聞こう」
「……いや、別に」
非常に前向きな真田の回答に、幸村は疲れたような顔をした。
「もういいよ、頑張って」
「ああ、そうする」
小さく舌打ちした幸村に気付かず、真田は張り切ってコートの中へと入る。
早速、後輩指導の開始だ。

「だから会うなって、遠回しに言ってるのが通じないのか。あの天然は!」
余計に幸村を怒らしちゃったりしたのだけど、
当の本人が気付いていないのだからどうしようも無い。
そういう訳で今の所、平和な状態が続いている。




「お前の方こそ、どうなんだ」
「俺?」
真田は逆にリョーマへ尋ねてみることにした。
「立海の生徒と会っていることが他の連中に知れたりしたら、やはりまずいのか?」
三年生である自分と違って、リョーマは一年生だ。
いかに実力が抜きん出ていても、年が上の連中に従わなければいけないこともあるだろう。
睨まれたりしていなければいいが。
心配する真田に、リョーマはあっけらかんと答える。
「あ、俺?バレてもどうってことないよ。何言われても気にしないから」
そうはいっても、リョーマの態度に反感を持ち嫌がらせをしてくる連中がいないとは限らない。
もう少し危機感を持つべきだろう。

「越前、今度からは神奈川で打たないか?」
「なんで?」
「こちらだと青学の生徒や知り合いに会う確率が高い。
その点こちらに来れば俺が通っているクラブで打てるから外部の者に見つかる可能性は低い。どうだ」
真剣に訴える。それもリョーマの身を案じてのことだ。
だが当の本人は「そんなことしなくていいよ」と、小さく欠伸をした。
「しかし、部内で問題になって先輩達との仲がこじれでもしたら…」
食い下がる真田に、リョーマは余裕たっぷりの笑顔を向けた。
「大丈夫だって。
俺が真田さんと売って、今より強くなっている所を見せれば、誰も文句言ったりしないよ。
青学のプラスになっているってね。違う?」

こんな小さな体のくせに、自分の信念をちゃんと持っていてまげようとしない、誤魔化しもしない。
越前リョーマという存在が、改めて眩しく映る。
勿論、心配なのは変わりないのだが。

「お前がそう言うのなら、仕方ない。だが何かあったらすぐ相談しろ、いいな」
「はあ、わかったよ」
真田の訴えが伝わったのか、リョーマは素直に頷いた。
「じゃあ、そろそろ休憩終わり。続きしようよ」
「そうだな」

うきうきとコートへ向かうリョーマのすぐ後ろを、真田も続いた。

(このまま何事も無く、越前とずっと会えると良いのだが…)

外部からの余計な圧力で会えなくなった場合を考えて、ふと足が止まった。
それはあまりにも、切ない想像で。

「どうかした?」
リョーマが訝しげに振り向く。
「何でもない、さあ、やるか」
「うん…?」

リョーマと会えなくなる。
そんな恐ろしい事態を防ぐ為にも、青学の連中に自分と打っているが役に立っていると知らしめなければならない。
だから、手加減は一切抜きだと、背筋を伸ばす。

(しかしどうしてここまで、俺は越前に拘るのだろうか。
テニスが上手いだけなら、他にも練習相手はいるのだが…わからんな)

この気持ちが初恋だというのに真田が気付くには、まだまだしばらく時間が掛かりそうだ。

終わり


チフネ