チフネの日記
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2007年11月11日(日) キラキラdays

三日なんて全然足りない。
そんなのはわかり切っていた。
おまけに向こうに行く準備も俺は何一つしていない。
部長に手伝ってもらって、なんとか荷物を纏めたという有様だ。

そんな限られた時間の中でも、俺達は嘆いたりしないで出来ることをしようと決めていた。
お互いのことを語ったり、二人きりになれたらキスしたり、手を握ったり。
恋人らしい時間ってやつを楽しみ続けた。

祝勝会の後で部長の家に泊まってから、俺の方では余計歯止めが利かなくなっている。
隙を見付けては部長にくっ付いて、その度に苦笑されて。
しょうがないなって言う割には、部長も嬉しそうだった。

でもそんな時間も、今夜で終わりだ。
明日の朝、俺は飛行機に乗ってアメリカへ行く。もっと、強くなる為に。
いつか部長に勝つっていう目標を見失ったりしない。
ここにいるのは居心地が良過ぎて、そんなことも忘れてしまいそうになるから。
だから、行くんだ。

もちろん、全部吹っ切れたというわけじゃない。
ふと気付くと寂しくなって、やっぱり部長の側にいたいとぎゅっと後ろから腰にしがみ付いたりしてしまう。
その度に、部長は優しい声でこう言ってくれた。
「帰って来たら、今度はもう少し長く二人きりでいられる時間を作ろう。
お前が満足出来る位に。俺の予定は丸ごとお前の為に空けておくから」
当たり前のように言う部長に、何度も救われた。
次に会った時も俺達は変わらない。
部長の言葉に揺ぎ無い自信を感じて、安心させられる。
この人が言うのなら大丈夫だと、信じられる。
うじうじ悩んでいるのがバカらしくなる位だ。

「大好き」

色々伝えたいことはあるけれど、結局上手い表現が見付からず、
俺の口から出てきたのはそんなたった一言だけ。
それでも部長は嬉しそうに目を細めて、
「俺もだ。お前のことが大好きで仕方無い」と、真面目な顔して応えてくれた。



長い長い道のりの中、俺達が離れるのはほんの少の短い間だけ。
後になって、寂しがったりして馬鹿みたいだったねと笑顔で話すことになるのだろう。
そう。もっと先の未来になったら辛いことでもなんでもなくなる。
大丈夫。
明日は笑って、行って来ますと言えるはずだ。

その前にもう少し元気を分けてもらいたくて、
今夜もその前と前の晩と同じように二人で一緒のベッドに入った。
このベッドは部長の家のものだ。
お持ち帰りされてから、ずっと部長の家に泊めてもらっている。
俺の部屋は片付けがあって眠れる環境じゃないからと理由付けて、
部長が両方の親を説得してくれたおかげだ。
意外にも部長の両親は俺のことを歓迎してくれた。
この件については、有りがたいなあと感謝している。
何をしているかは、絶対に言えないけど。
おかげで今夜もゆっくり過ごすことが出来る。

今日は日本で過ごす最後の夜だ。
ここでいちゃいちゃしなければ、どうするって言うんだ。
だけどすぐにパジャマに手を掛ける部長に、
「なんか焦ってる?」と尋ねる。
嫌とかそういうわけじゃない。
ただもうちょっと会話してもいいかなという気分だったので、咎めるような言い方になってしまった。
すると部長はボタンを外そうとしていた手を止める。
「確かに少し焦っているかもしれない。その、すまなかったな……。
側にいるとどうしても求めたくなって、つい手が勝手に動いてしまった」
気まずそうな顔をする部長に、俺は目を見開いた。
「いや、そんなに深刻に謝られると、俺も困るっていうか…」
「だったら、どうすればいい。お前の嫌がることはしたくないんだ。したくないというのなら、我慢する。
ただ、抱きしめることだけは許してくれないか」
「……」
真顔で言う部長に耐え切れなくて、とうとう俺は吹き出した。
「何を笑っている」
「だって、真剣な表情で言うから。
我慢するとか、そんなの今更何言っているのって思うんだけど」
「そうは言うが、仕方無いだろう」
笑うな、と肩を軽く叩かれる。
「好きな人に無理強いはさせたくな。そう考えるのはおかしなことか?」
「ううん……間違ってない。ごめん、俺ちょっと意地悪だったね」
そう言って部長の首に抱きつく。
ここで擦れ違っている時間すら勿体無いからだ。
正直な気持ちをさっさと白状した方がいい。
「なんか恥ずかしかったから、わざとあんなこと言っただけなんだ。
だから遠慮しなくて、いいよ」
「そうか」
だったら、とすぐ直後に唇が合わせられた。


焦っていると言ってた割りに、部長は俺の体を優しく扱ってくれる。
初めての夜からそうだった。
あんまりにも慎重な手つきに、もうやだと泣きそうになるのは今日も変わらない。
恥ずかしくて仕方無いのに、部長は絶対無理しない。
ゆっくりと俺の体を開いていく。傷つけないように、そっと。
悔しいけど、その手つきに抵抗する気が無くなってしまう。
最後の方はもう恥ずかしがっている余裕すらなくて、頭の中はぐちゃぐちゃに思考がかき乱されて、
わけもわからなくなってしまう。
離れたくないはずなのに、逃げたくなるようなそんな感じ。
声を出したくなくて唇を噛むと、それを許さないというように部長の指が触れてくる。
何度も唇をなぞられ、根負けして口を開いてしまう。
途端に漏れる声に、また泣きそうになる。
滲む涙を部長がキスで吸ってくれると、本当に幸せな気持ちになって気持ちが止まらなくなるんだ。
この二日間、同じことをしているのに、まだ慣れない。
慣れる前に、俺は部長から離れてしまう。

最後はくたくたになってベッドに沈むと、部長もすぐ横に体を横たえて労わるように髪を撫でてくる。
顔を見られるのが嫌で横を向くと、ふと机に荒れた部長の眼鏡が視界に入った。
カーテンから漏れた月の光で、それは輝いているように映った。
その所為かもしれない。
頭の中に気まぐれと言っていい閃きが走った。

「部長。俺、あの眼鏡が欲しい」
思った瞬間に、もう口に出していた。
「眼鏡?」
突拍子もない案に、部長は驚いているようだった。
構わず続ける。
「うん。向こうにいる間のお守りとして何か部長のものが一つ欲しい。
出来ればあの眼鏡がいいんだけど。駄目っすか?」
「いや。駄目というわけじゃない。だが何故、眼鏡なんだ?」
疑問は最もだ。
俺は少し考えてから、答えた。
「いつも部長が身に付けているものだから、かな。
俺にとって眼鏡掛けている姿が当たり前だったけど、今は違うよね。
素顔でいることが不思議な感じ」
振り返って答えると、部長は「そうか」と笑った。
「その位、俺達の距離が近付いたということだ。
眼鏡が必要ないくらいに、抱き合えることが出来る。
お互いが特別な存在になったからな」
「うん」
俺は頷いた。
「だからあの眼鏡を持って行きたい。
俺達がこうして抱き合っていたことをしっかりと覚えておきたいから」

本当はそんな物を持って行っても、なんの意味も無いかもしれない。
だけど、この時の俺の気持ちは真剣だった。
部長の一番近くにあるもの。
それを手に入れて部長との過ごした日々を忘れないようにと、とにかく必死だったんだ。

「わかった。お前にやろう」
部長は静かな声で言った。
「いいんすか?眼鏡が無いと困るんじゃないの?
「欲しいと言ったくせに、そんなことを聞くのか」
「そりゃ、心配するよ」
「大丈夫だ。予備があるからな。
それにお前に俺の大切なものを預けるというのも、悪くない。
持って行ってくれ」
「うん……」
もう一度、机の上に置いてある眼鏡を見る。

思えば俺と部長が過ごした日々の中にも、常にこの眼鏡も一緒にあった。
最初の切っ掛けとなった告白の時も、東京と九州とで離れた中で電話していた時も、キスした時も。
部長のイメージって何?と聞かれたら、迷わず眼鏡と答える。
それ位、馴染み深いものだ。

きっと向こうで一人になって、眼鏡に触れるたびに思い出すのだろう。
部長と過ごした眩しい日々の全てを、忘れることはない。

「俺、大事にするからね……」
貰えるとわかったら途端に安心して、瞼が重くなる。
部長が何か返事しているのをぼんやりと聞きながら、俺は眠りについた。




それが最後の晩の記憶。
翌日の見送りは俺の家族も一緒だったので、ごく普通にあっさりと分かれた。
すぐまた会えるみたいに「じゃあね」と手を振って、俺は搭乗口に向かった。



アメリカに着いてからはとにかく強くなろうと、日々夢中で過ごしていた。
気付いたら、二ヶ月も過ぎている。
部長とは、どうなったかというと、メールのやり取りだけはなんとか続いている。
くたくたになってその日の内に返せなかったりもしたけど、それでも放置したことだけは無い。
とはいえ話題はテニスのこと位しかないから、近況というよりも今日こんなトレーニングした、とそんなのばっかり。これじゃ部の日誌の提出みたいだ。
そんな内容に不満を漏らすことなく、部長は律儀に学校の様子や、自分のことをメールに書いてくれている。
他の人から見たら恋人同士のやり取りとは思わないかもしれないけど、
俺達らしくていい、そう思っている。

そして今、書くかどうか悩んでいる内容が一つある。
日本から来た手紙を前にして、俺はまた考え込んでしまった。
U−17の合宿への招待の内容。
今年は中学生からも選ぶということで、全国大会で活躍した俺にも来て欲しいと書かれてある。
しかも費用は教会持ちという破格の条件だ。
大会に優勝した青学のメンバーも呼ばれているらしい。
当然、部長も参加するんだろうな。
これに参加したら、会えるということになる。
次に会うのは一年後位か、なんて漠然と考えていたけど、早くも機会が巡ってきたということだ。

どうしようと、小さく呟く。
たった二ヶ月でのこのこ顔を出してもいいものか。
ものすごく悩んでしまう。
行くなら自分の稼いだ金、例えば大会の賞金とかで来たんだよ、と格好良く登場しようとか、
そんな計画も一応立てていたんだけど。

困ったな、と悩んで腕を組む。
最終的にどうしたいのだろう。
合宿に行くのと、ここでテニスの腕を磨くのとどちらが有益か。
実は悩んでいるのは、それじゃない。

部長がどんな顔をするのか。
気になるのはそこだった。

机の引き出しから例の眼鏡を取り出す。
迷う時、いつもこれに触れて心を落ち着かせるのが癖になっている。
眼鏡が側にあると、部長が見ていてくれるような気分になるからかもしれない。
そっと大切に手の平に乗せる。

「………」

なんでも無い無機物だけど、俺にとっては大切な宝物。
触れると部長との記憶がより鮮明に思いだせるから。

「部長」

会いたい、とその気持ちが広がっていく。
会っても、いいんだろうか。
気持ちに従うとしたら、会いたい、それしかない。
俺はやっぱりまだまだ子供で。
強くなりたいと日本から出たけれど、好きな人に会えるチャンスを無視出来るほど大人になれない。


急いで合宿の招待の手紙を読み返す。
日本に行こう、部長に会いに行こうと、気持ちが止まりそうにないから。
思うままに行動することに決めた。


こんな早くに戻って来るなんてと、彼は呆れるだろうか?
でも、それでも構わない。
「会いたくなったから、仕方無いじゃん」と返してやるんだから。

そうしたらきっと部長は呆れつつも、苦笑して言うのだろう。

「俺も、会いたかった」と。

大好きなぎこちない笑顔を向けながら。



終わり。


チフネ