チフネの日記
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| 2007年11月10日(土) |
二人は恋を守っていく |
親父から言われたことを、俺はとうとう部長に打ち明けた。 三日後にアメリカに行くこと。 そして今、部長と離れたくないと思って迷っているということ。 全部、告げた。
部長は黙って俺の話を聞いていてくれた。
「こんなに早く部長と離れると思ってなくって。 まだお互いのことも全部知らないままなのに、その前に離れたら駄目になるって思っていた。 部長に似合う女子はいっぱいいるし、昔の彼女なんて出て来るし。 だからあの時、すごく不安定になって何もしてくれない部長に八つ当たりした。 ごめんなさい……」
公園での出来事を謝罪すると、部長は「そういうことだったのか」と呟く。 「いきなりあんな所で迫って来て、驚いたぞ。なる程、ようやく事情を把握した。 離れている間に俺が他の人に目移りしたらと、心配しての行動だったのか」 「まあ、そんな所っすね。本当にバカみたいなことしたって反省しているっすよ」 「そうだな。全く、バカな心配だ」 こつん、と軽く帽子越しに拳が当たる。
「部長?」 「そんなことは有り得ない。 先程、先輩にも伝えた通り、お前は俺にとってこの先の道を歩く大切な恋人だ。 未来の俺もまるごとお前のものだ。だから安心していい」 「安心って……」 断定されて、俺は口をぱくぱくと動かす。 そんな風に言われたって、今だから言えることじゃないの。 未来なんてわからない。 部長があの人を吹っ切ったのと同じで、いつか俺のことを忘れることだってあるかもしれない。 だから、迷っている。 側に居られなくなったら、もう終わりだって。 そんな不安な目で見詰めると、部長は応えてくれるように肩を優しく抱いてくれた。
「大丈夫だ。越前」 「……」 「俺は変わらない。約束する」 「けど、約束なんかしたって」 「信用出来ない、か?」 そう言いながら、部長の顔は楽しそうだった。 なんでそんなに自信たっぷりなのか。 約束したって破った時は仕方無い、そう考えている? いや、部長に限ってそれはない。 大真面目に言っているんだ。 こんな未来のことまで、俺だけしかいないと本気で断言している。 怖い位の覚悟がそこに見えた気がした。
「こら、何故そこで後退りする」 「い、いや。ちょっと。ほら、人の目もあることだから」 僅かに体を後ろに引こうとする。 が、部長は許さないというようにもう一方の手も使い、ぎゅっと俺を抱き締めて来る。 「誰かの目なんて、どうでもいい。俺はお前を離すつもりは無いぞ。 そうだな、例え二人の間に距離があったとしても心はいつもこうして抱き締めている。 だから安心していいんだ、越前。 今すぐ離れても不安になることなんて一つも無い」 「それって、アメリカに行けって言っているんすか?」 何故か背中を押されているような気がした。 問い掛けると、部長は「そうだな」と返事する。
「俺が卒業するまで待つとか、そんな遠慮はいらない。 それに一緒でなければスタート出来ないなんて、そんな甘い世界じゃないぞ。 前に進むチャンスがあれば、今からでもすぐに踏み出すべきだ。 俺がお前なら、そうしてると思う」 「わかっているよ…」 プロの世界は甘くない。 部長と一緒にいられる間だけ、なんて伸ばし伸ばしにしている間も世界にいるライバル達は実力をつけている。 部長にだって、俺は今追い付いていない。 同じスタートを切るよりも、少しでも早く踏み出すべきなんだ。 本当はわかっていた。
「半年経てば、行く気になるのか?違うよな、越前」 優しい声で、部長は俺をまた一歩前へと押し出す。 「迷っているけど、お前にはわかっている。自分がどこへ行くべきなのか。 俺もいずれそこへ辿り着いてみせる。 しばらくの間は離れていることもあるかもしれないが、遠距離恋愛でもいいと言っていただろう。 あれは嘘だったのか?」 「……嘘じゃない」 「だったら、もう三日後からでも出来るはずだ。 例え地球の裏側に行ったとしても、どんなに遠い所に居ても、俺の気持ちは変わらない。 それだけは忘れるな」 「……どうして、あんたはそんなに自信満々なんすか?」 一欠けらも躊躇も無い部長に、尋ねてみる。 この俺ですら、先の未来なんてわからないと自信が揺らぐというのに。 なんか悔しい。 自分の気持ちに絶対的な揺ぎ無いものを持つ部長に、負けているような気になる。
「そうだな。理由があるとしたら、俺とお前の間には決定的な違いがある」 「何すか?……えーっと年の差とか?」 テニスの実力なんてとても認められないので、そう答えると、 「少し違う」と部長は首を振った。
「俺が知っているのは恋を失うことの辛さだ」 「はあ?」 何それ。大真面目に言ってんの? この人、大丈夫…?と横目で見ても、部長は臆することなく堂々と続ける。 「失恋とはかなり、辛いものだぞ。 忘れようにもその人のことばかり考えて、立ち直るのにも時間が掛かる。 次に誰かを好きになれるのかもわからなくなって、不安になる」 「それは部長だけじゃないっすか?」 「だったらお前は簡単に気持ちを切り替えることが出来るというのか?」 「それは……」
想像してみる。 部長との恋に破れた俺。 一人ぼっちだ。 他には誰もいない。 そう考えると、部長の言っていることもあながち嘘じゃないとわかる。
「俺はお前をそんな辛い目に合わせたくない」 今度こそ遠慮なくぎゅっと抱き締められる。 耳元で、部長はハッキリと言う。 「お前の恋を守りたい。 決して悲しい目に合わせたくない。 だから俺達は別れたりしない。 そう決めているのだから、揺るがないのは当然だろ」 勝手に決めるなとか、今の俺にそんな風に返す余裕なんて無かった。 だって、嬉しかったから。 俺の恋を守ってくれると断言してくれた、部長の気持ちが嬉しくて仕方なかった。 本当は俺だって、この人と一緒にいられる未来がずっと続けばいいと思っていた。 二人共、願いは同じだったんだ。
「でも、部長はそれでいいんすか?今から俺だけって決めて本当にそれでいい?」 もう一度確認する。 呆れることなく、部長は「ああ」とちゃんと返事してくれた。 「お前じゃないと、俺も駄目なんだ。 覚えているか?うっかり好きだと口に出してしまった時、一度は忘れてくれと言ったはずだ」 「あ、うん」 忘れるはずがない。 全てがあの時から始まったんだった。 「男同士だから、気持ち悪いと拒絶されると思い込んでいた。 お前に迷惑が掛かるから、忘れて欲しいと願ったんだ。 なのにお前が保留にするなんて言うから、ずるずると引き摺られて結局戻れないところまで来てしまった。 だから、」
責任取れよ、と静かに囁く。
その声に、俺は頷いていた。 迷いなんてあるはずなかった。
「わかった。取るよ、責任。 俺だって部長を辛い目なんか合わせたくない。 だからあんたの恋は俺が守る。 離れていても、俺の気持ちは変わらない。それを忘れないで」 「ああ。忘れるものか。お前が言ったことは全部覚えている。 記憶力はいい方だからな」 笑顔で答える部長に、俺は自分から目の前の体にしがみ付いた。 「部長……!」
きっとこの先も不安になることがある。 距離に負けそうになって、ケンカすることもあるだろう。 生きている限り、試練は降って来る。 どこまでお互いの恋を守れるか、それは俺達次第ってことだ。 困難が続いたとしても、諦めずに頑張るしかない。 いつまでも一緒の道を歩けるように。 夢を追い掛けて、それでいてこの恋も続けることが出来たらそれはとても幸せなことだから。 俺達は前へと進んで行く。
「出発の日は、見送りに来てくれるよね?」 「ああ」 その一言で、部長には伝わったようだ。 アメリカ行きを決めたこと。 もう、後悔はしない。
「その前に色々と準備もいるな」 「え?準備」 「そうだな。俺達にとって大事なことだ。 だから越前、今夜は」 部長が先を続ける前に、 「君達、何やっているの?」と静かな声が辺りに響く。
「わああああ、不二先輩っ!?なんで、ここにっ!」 「脅かすな、不二!」 俺達の間に入るようにしてじっと見ている不二先輩に、思わず離れる。 「何って、君達が全然戻って来ないから探しに来たんだけど。 お邪魔だったかな?」 ふふっと笑う不二先輩に、俺も部長も顔を引き攣らせる。 はい、そうです、とはとても言えないからだ。
「一応、ここが外だってことを忘れないように。 それとタカさんの家に行くこと決まったから、お知らせしようと思ってね。 二人で盛り上がっているところ悪いけど、青学優勝祝いもあるって忘れないように」 「忘れているわけないだろう」 「どうだろ」 部長の反論に、不二先輩はニヤッと笑った。 「どうやって越前をお持ち帰りするか、そればっかり考えていたんじゃないの?」 「不二っ!」 「はいはい、落ち着いて。 それじゃ、今すぐ戻って来てよね。皆、待っているんだから」 あーあ、とわざとらしく溜息をつきながら、不二先輩は先に戻って行く。 一応、俺達の邪魔はしないってことかな? 妙に気が利くのが怖いけれど、ちょっかい掛けられるよりはマシだ。
俺と部長は顔を見合わせ、同時に歩き出した。 今は皆の所に戻ろう。 青学の部員として優勝を祝う。それも大事なことの一つだから。
「河村先輩のところのお寿司、楽しみっすね。 最後に食べることが出来て嬉しいっす」 「そんなに寿司が好きだったのか?」 「っす。和食全般好きだけど、河村先輩の所のお寿司は特に好きっす」 「そうか。じゃあ、俺の分も食べたいだけ食べればいい」 「本当っすか?」 「ああ。しばらく食べられなくなるだろうから、しっかり味わっておけ」 「はいっ!」 やった、と拳を握ると、こちらを見てなんだか笑っている部長に気付く。 「何?俺、笑うようなこと言った?」 「いや、そうじゃなく……嬉しいんだ。 お前が好きなものを一つ、知ることが出来て。 そんなことでも嬉しくて、つい笑ってしまったんだ」 「あー、そう……」 恥ずかしい奴。 そう思ったけど、口には出さなかった。
そんな些細なことすら、知らないままで俺達は離れて行く。 やっぱり、それは寂しいことだ。 俺も、もっと部長のことが知りたいのに。 そう思って少し肩を落とすと、部長は声を潜めて俺に耳打ちしてきた。
「さっきの続きだが……もし、お前も俺のことをもっと知りたいと思っているのなら。 今夜、俺の家に泊まりに来ないか?」 「え、ええ!?」 「しっ、声が大きい」 慌てて部長は俺の口を塞ぐ。 そして周囲を見渡す。 どうやら、地獄耳な不二先輩のツッコミを警戒しているらしい。
「残りの三日も、こちらで過ごすといい。 時間を掛けて、俺のことを色々教えてやろう。 勿論、お前のことも教えてもらう。お互いを知るいい機会だ。 あの時、公園では答えることが出来なかったことと一緒にな」 「……部長」 「なんだ」 「さっき不二先輩が言っていたのは、本当だったんだ……お持ち帰りってやつ」 「ああ、そうだ」 「開き直り?」 「悪いか?」 「……」
今までなかなか手を出そうとしなかったくせに。 その所為でこっちは悩んだのに。 恨みがましい目で見ると、「仕方無いだろう」と苦笑する。
「三日、というタイムリミットを聞かされて、俺も少々焦っている。 だからこれまで躊躇していたことも、遠慮しないと決めたからな。 覚悟しろよ、越前」 「……俺に拒否権は無いんすか」 「さあな」
笑っている部長は、俺が嫌だと言わないことをわかっているようで。 それが悔しくって、行かないよなんて言おうと一瞬思ったけど。
意地を張るのは止めにした。 こんな時位、素直にならなくってどうするんだ。 残り時間、恋人としてべたべた引っ付いて過ごすことに、異論は無い。
だから代わりに、 「泊まりの許可の電話、部長からしといて下さいね」 と、言ってやった。
チフネ

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