チフネの日記
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あれから、色々ゴタゴタした為にすぐに大会当日となった。 遅刻しないようにと迎えに来た桃先輩の自転車に乗って、会場に無事到着した。 ギリギリまで寝ていたけれど、まだ眠い。 ぼんやりと欠伸しながら皆が集まっているところへと歩いていると、 「眠そうだね、越前」と後ろから囁かれる。
「不二先輩……」 「その顔だと、昨日は夜遅くまで起きていたのかな?一体どんなことを考えていたか知りたいなあ」 ニヤニヤしながら不二先輩は、少し離れた所にいる部長へ視線を送る。 「別に何も考えて無いけど」 「惚けなくてもいいよ。あれから進展あったんでしょ?」 バシッと肩を叩かれ、俺は溜息をついた。 不二先輩の直感は恐ろしい程よく働く。 どうやら部長と両思いになったことを見抜いているみたいだ。 「でも大会に影響出る程、激しいことしちゃ駄目だからね」 「ちょっと、何言って……!?」 「あれ?僕はテニスの練習のつもりで言ったんだけど、勘違いしていない? 何を想像したのかな」 「知りません……」 わざと言っているくせに。
ぷいっと横を向いて、不二先輩の側から離れる。付き合っていられない。 大体、部長とはキスしただけでそれ以上は進んでいない。 そうだよ。俺達には全国制覇って夢があって、それを目指して頑張っているんだから。 影響が及ぶような行為なんて今はしている場合じゃない……。
ちょっと待てよ、と俺は顔を上げた。 これじゃ大会が終わったらOKって考えているみたいだ。 別にまだ付き合い始めたばかりだから慌てて進むことなんてない。 キスだけで十分……のはず。
しかしそこで首を軽く捻った。 やっぱり違う。 キスだけじゃ足りないみたいだ。 あの日、部長とは10回以上キスをした。 途中から数えるのも面倒になって、お互い夢中になって唇を押し当てていた。 部長とのキスは想像以上に心地良かったから、もっとして欲しくて俺の方も積極的になっていたんだ。 そして唇から少し外れて、首の辺りに部長がキスして来た時、 くすぐったかったけれど、黙って受け入れた。 そこにされるのも悪くないって思ったから。 すると部長はポロシャツのボタンを外そうと手を伸ばして来た。 ここでこのまま!?鍵も掛けていないのに! 練習は休みだけど、誰かが入ってこないとも限らない。そうなったら、言い訳も出来ない。 焦る俺と反対に、部長はごく自然にうなじにもう一度口付けて離れて行った。 それ以上のことは仕掛けては来ない。 もう一回俺を抱きしめて、「これから一緒に、頑張ろうな」と言っただけだ。
多分、部長も大会のことが頭にあったのだろう。 万が一体調を崩して試合に出られなくなったとしたら、きっと自分を許せなくなる。 それに不二先輩が何て言い出すか、想像しただけで恐ろしい。 あのままで終わって、良かったと思う。
俺達は部室から手を繋いで、家へと帰った。 送ると言って聞かない部長に、俺も離れたくなかったから申し出に甘えることにした。 家までの距離がうんと長ければいいと思う位浮かれていた。 幸せな気持ちで満たされていたのは、本当だ。
でも……。 部長がいる方をちらっと見る。 乾先輩と大石先輩とで何か話している。 俺と一緒にいる時とは違う。青学の部長の顔をしていた。 笑ったり、困ったりしている時の方が絶対に可愛い。 勿論そんな表情、俺だけに見せていればいいんだけれど。
中途半端に触れ合った所為か、もどかしい熱を俺は持て余していた。 部長はキスの先のことを、考えたりしないんだろうか。 触れ合いたいとか、もっと近くで抱きしめたいと思うような衝動は無いのかな。
大会がもっと先だったらな、とバカみたいなことを考えてしまう。 終わるまでは、何も出来ない。 生まれて初めて、試合があることを疎ましく思ってしまった。
自分の変化に苦笑いしてしまう。 以前はテニス一筋で、テニスさえ出来れば他は別に気にもならなかった。 今はそれだけじゃ足りない。 部長が側にいて、手とか腕とかどこか一部でも触れていて欲しい。 そんな感情が心の隅っこにあるんだ。
自分でも驚いてしまう位、部長のことが好き、みたいだ。 勿論、部長も俺の手に触れたり、キスしてくれるから、好いてくれているってことはわかっている。 だけどここに来て、俺の好きって気持ちの方が上回っているんじゃないかって気になっているのも確かだ。 キスだけじゃ足りないと部長が一言告げたら、同じだねってことでスッキリするんだけど。
でもとりあえずは目前にした大会のことを考えなくちゃいけない。 もう止めようと、自販機を探して集合場所からそっと離れる。 まだ少し時間はある。 ファンタを飲んですっきりしよう。 そ思ってきょろきょろしながら歩いていたのがまずかった。 どんっ、と誰かにぶつかってしまう。
「ああ?なんだ、てめえ。ぼさっとしているんじゃねえよ」 「……」 ぶつかったのはどこかの学校の生徒だ。見たことのないジャージを着ている。 「こっちは今から試合前……って、青学のレギュラージャージじゃねえか」 ジロジロと見られて、眉を顰める。そんなに珍しいものか? 首を傾げると相手は「そうか、お前が噂の一年ルーキーか」と声を上げた。 「関東を制覇したからって一年がいい気になってるんじゃねえぞ」 「はあ?別になってないけど」 なんだ、こいつ。俺がいつそんな態度を取ったって言うんだろ。 こういう奴どこでもいるよなあ、と内心で呟く。 「だったら、さっきぶつかって来たことを謝罪しろよ。試合前に腕がどうにかなるところだったんだぞ」 「軽くぶつかっただけで折れる腕じゃ、この先勝ち抜けないんじゃないの」 「はあ?いいからさっさと謝れよ」 掴みかかろうとするそいつの手を、振り払ってやろうと腕を上げる。 その瞬間、後ろから誰かに止められた。
「何をしている、越前」 「部長……」 止めたのは部長の手だった。俺を後ろから抱き止める形で、相手に顔を向ける。 「て、手塚国光…」 部長に睨まれて、ごくんと息を呑んでいる。 さすがというか、やっぱり部長は全国でも名を知られているようだ。 「失礼。うちの部員が何かしたのだろうか」 「いや、その、ちょっとぶつかっただけで、大したことねえよ。 そうだ。急ぐから、俺はもう行くぜ」 そそくさと立ち去ってしまう。呼び止める間も無いって感じに。 さっきまでの勢いはどうしたんだ……。
「何あれ」 俺がチビだからケンカを売って来たんだろうか。 不快感に刺々しい声を出すと、「何あれ、じゃないだろ」と部長は溜息をついて俺の前へと回り込んだ。 「もう直ぐ開会式が始まるところだぞ。ふらふら歩き回るな。 周りから色々マークされているんだ。勝手な行動は以後取るなよ」 「大袈裟っすよ。そんなに怒らなくても」 「何かあったら遅い。以後、単独行動を禁止にする」 「えー」 「反論は却下させてもらう」 「……」
参ったなあ。 ちょっとファンタを買いに来ただけなのに、とんでもない言葉を頂いてしまった。 でも部長は頑固だから、撤回してくれないだろうな。 ちょっとだけよその試合を観に行く自由も無くなりそう、と俺は肩を落とした。
「さっさと戻るぞ、越前」 「はあ」 先を歩き出す部長の後ろについていく。 全く、誰の所為で気分転換が必要になったのか、全然わかっていないくせに。 今は色恋なんて関係ありません、なんて澄ましちゃって。 面白くない。 やっぱり俺ばっかり振り回されている気がしてきて、俯いて歩いて行く。
こっそり溜息を漏らしていると、前方で「良かった」と小さな声がした。 「部長?」 たしか今良かった、と言った。聞き違いじゃない。 慌てて部長の隣に並ぶ。 「何が、良かったんすか?」 尋ねると部長は視線を前に向けたまま答えた。 「さっきの件だ。お前がトラブルに巻き込まれなくて良かったと言ったんだ。 もし怪我をさせられるようなことになっていたら、悔やんでも悔やみきれないところだった」 「はあ」 何をそんなに心配しているんだろう。 こんなところで失格になるような真似をする選手はいないだろうに。 なんなの、と顔を顰めると「お前は全然わかっていない」と言われる。
「俺がどんなに心配していたか、思わず後を追ってしまう位だったんだぞ」 「それって、俺が歩き出した時から見ていたってこと?」 「ああ、チラチラを様子を何回も伺っていたからな」 「え……。全然普通に、乾先輩達と会話していたように見えたけど」 「実は全然会話なんて聞いていなかった。お前のことで頭が一杯だったからな」 「えーっと、つまり、俺のことを気にしてくれていたってこと?」 「そうだ。やっとわかったか」
きっぱりと答える姿に、脱力する。 なんだ。部長もこんな澄ました顔の下で、ずっと俺のことを考えていてくれたんだ。 そう思うと嬉しくなる。 でももう一度確かめてみたくなって、俺は口を開いた。
「それってテニス部の部長をして気に掛けてくれただけ、っすか?」 「そんなはずないだろう」 少し気分を害したように、部長は低い声を出す。 「恋人としてに決まっている。 だからお前は怪我とかケンカに巻き込まれないよう自分を大事にしてくれ。 その辺りをもっと自覚してくれないか」 「はい?」 「わからないのか……」 呆れた顔を向けて、部長はぐっと俺の手首を掴んで来た。
「お前に何かあったら、悲しむ位じゃ済まないだろう。 だから俺の目の届く所にいろ。いいな」 「……はい」
命令口調だったけれど、俺は素直に返事をした。 部長としてここにいるけれど、恋人としての気持ちも忘れていない。それが嬉しかったからだ。 堅物の部長がこんなことを言ってくれたことも、感動していた。
「じゃあ、俺がファンタ飲みたいって言ったら、買いに行くの付き合ってくれるんすか」 「無論だ」 「試合前にアップしたくなったら?」 「俺が相手してやる」 「他の学校の試合を観戦したくなったら?」 「一緒に行こう」 「うん、じゃあ、部長といるっす」 「そうか」
傍から見たら恥ずかしい会話だろうなと思いながら、ゆっくり歩いて俺達は集合場所へと戻って行った。
チフネ

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