チフネの日記
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部長と二人きりで、歩いている。 最後にまともに会話したのは、そうだ、留学を正式に断ったと聞いた時だっけ。 それから大会に向けてバタバタしてて、会話らしい会話もしてなかった。
久し振りに二人きり、という状況に少し緊張する。
しかも、部長は明日から九州に行くと言う。 今を逃したら、次はいつ顔を見て話を出来るかわからない。 すぐ会える距離じゃないてこと位、知っている。
色々話すことがあると思っているけれど、中々言葉は出て来ない。 そこで、ちらっと部長の様子を伺う。 さっきから俺と同じで無言のままだ。
声を掛けて来たのは部長の方なんだから、言いたいことがあるなら先に言ってくれればいいのに。 そうしたら俺も話がしやすくなるのになあ、と考える。 年上なんだから、その位察してくれればいいのに。
ぶちぶちと呟いていると、「どうかしたのか?」とやっと部長が声を掛けて来た。
「もしかして、怒っているのか」 「はあ?」 「勝手に九州行きを決めたから……そうなんだな」 「……」
困ったように眉を顰めて言う部長に、すぐ答えることは出来なかった。
怒っているというよりは、驚いている方が近い。 治療する為にしばらく大会に出られなくなるのは、予想していたから、 仕方無いと思う部分は大きい。
ただ、それが九州っていうのは戸惑っている。
この先の大会に出る時、応援席にも部長の姿はない。 これから俺達は部長抜きで戦わないといけないんだ。
試合の最中に振り返った時、部長がいないと思うと……そんな光景を思い浮かべて、苦しくなる。
たとえ試合に出なくても、部長がそこにいるってだけでも励まされたり、刺激を受けたり、支えにもなっていた。皆も俺も。
それなのに九州なんて、遠過ぎる。
「やはり、そうか」 俺の沈黙に、部長は肯定として受け取ったようだ。 「急に決まったことだからな。話す間も無かった。 早く治療してコートに戻りたいと思ったから、どうしようもなかったんだ」
必死に言葉を紡ぐ部長の姿に、なんだかこっちが困らせているみたいな気になった。 ここはつんけんしても仕方無い。 大体、怪我をして不安を抱えている部長に八つ当たりして、どうする。
気持ちよく送り出してあげなきゃ、駄目だ。 でないと治療に専念することが出来なくなるだろう。 一刻も早く治して、こっちに戻ってもらわないと困る。
「部長」 俺は顔を上げた。 「その決断は間違ってないっすよ。 だから申し訳無さそうな顔する必要は無いっす」 「越前……」 「もし部長の立場になったなら、俺も同じことを選択したと思う。 だから、絶対ちゃんと治して帰って来て下さいね」 「ああ」 部長が頷く。 「約束する。次に会う時はコートに立てる状態で戻って来る」 「絶対っすよ?」
念押しすると、部長は何故か苦笑した。
「絶対、とは言い切れないかもしれない。 二度も俺は約束を破っているからな。……三度目はどうなるか」 「二度って?」 そんなにも約束したっけ? ぽかんと口を開ける俺に、部長は言った。 「一度目は、氷帝戦との後で時間を作ると約束しただろ。結局、果たせなかった」 「だって、それは!病院に行くことが大事だから。それで、二度目は?」 「試合に、勝てなかったことだ」 「……」
部長の低い声に、何も言えなくなる。 そうか。 『俺に勝っといて負けんな』 『俺は、負けない』 あの言葉をずっと、引き摺っていたんだ……。
「情けないよな。大口叩いておいて、結局負けてしまった。 青学の部長として、これじゃ失格だ」
自嘲気味に言う部長に、俺は目を見開いた。 思っていた以上にずっと、あの試合の勝敗が堪えていたなんて。
「やっぱり棄権するべきだったな」
その言葉を聞いて、俺は「部長!」と声を上げていた。 そんなの違う、間違っているって、今伝えてないと駄目だって、思ったからだ。
シャツを引っ張ると、驚いたように部長が足を止めた。
「どうした」 「今の、取り消して下さい」 「何のことだ」 「部長失格だなんて言うな。棄権すれば良かったなんて、後悔するのも。 俺も、他の皆もそんなこと思っていないっす」 「けど、負けは負けだ」 「勝敗なんて、どうでもいいって言っているんだよ!」
大きな声を出してしまった。 部長はきょとんとした顔で、こっちを見ている。 構わず俺は続けた。
「俺は、あの試合を見て感動したんだ。 青学の為に肩や腕を犠牲にして、それでも戦おうとするあんたに……。 敵わないって思わせるほどに、心を動かされた。 だからそんな言い方、止めて欲しい。 俺の中では今でもあんたは、最強なんだから!」
言っていて、涙が零れそうになった。 あの試合での、部長を思い出したからだ。
痛みに耐えて、それでも試合を続けようとした部長の姿に心が震えた。 なのに、本人がそんな汚点のように言うなんて、許せなかった。すぐに取り消して欲しかった。 結果は負けたとしても、胸を張っていいんだって、部長は知るべきだ。
そう思って睨み上げると、 「……すまなかった」 ぼそっと、部長が声を出した。 バツが悪そうな顔をして、こっちを見ている。
「負けたから、お前に呆れられているんじゃないかと思って……嫌な言い方をした。 悪かった、な」 「わかれば、いいんす」 涙を誤魔化すように、俺は何度も瞬きを繰り返した。 「その代わり、また同じことを言ったらしょうちしないっすよ」 「ああ、わかっている」 「約束する?」 「約束しよう」 真面目に頷く部長が可笑しくって、俺は吹き出した。 しばらく笑っていると困ったかのように、部長は眼鏡を掛け直している。
「そんなに、可笑しいか」 「うん。だって真剣に言うから、面白いなって」 「真剣にもなるだろ。泣くなんて、思わなかったからな」 「……え」
バレてた!? 今度はこっちが焦る番だ。 「な、泣いてなんかいないっす」 「しかしさっき、うっすらと目に涙が」 「見間違いっす。その眼鏡、度が合ってないんじゃないっすか」 「ついこの間、レンズを交換したばかりだが」 「あー、もうごちゃごちゃうるさい。細かいこと言う男は、嫌われるっすよ」
つんと、前を向いて歩き出すと、部長は慌てて走り寄って来る。
「嫌うなんて言わないでくれ、越前」 「さあね」 「もう二度と、さっきのことに触れたりしないから、許してくれないか」 「必死っすね」 「当たり前だ。明日から九州に行くのに、最後に見たのがお前の怒った顔では、 心残りで仕方無い。頼むから、機嫌を直してくれ」
部長の言葉に、足を止めた。 そうだ。明日からしばらく会えなくなる。 俺もつまらないことで意地を張っている場合じゃなかった。
「もう、気にしていないっす」 「本当か?」 「うん。ケンカなんてしている場合じゃないって、わかっているっすよ」
くるっと振り返って、部長の正面に立つ。 そしてそっと、包帯が巻かれている二の腕の付近に触れてみる。 実際痛いのは肩なんだから、この辺りは大丈夫だろう。 部長は黙ったままで、俺のしたいようにさせてくれている。
治りますようにと願いを込めてから、手を離した。
「もう一度、改めて約束して下さい。 完治して、それからまた大会に一緒に出るって」 「ああ」
目と目を合わせて、今度はハッキリと告げる。 「約束しよう。この肩を治し、一緒に大会に出ると」 「うん。約束したからね」
今度は、手を差し出す。 部長は一瞬「?」という顔をしたが、すぐに俺の手に自分の手を重ねた。 それをぎゅっと握り返し、俺が部長を引っ張る形で歩き出す。
少しの間だけでも、こうして歩いていたかったから。 明日からいなくなる部長のことを忘れないようにと、大きな手を握り締めていた。
「ねえ、部長」 「どうした」 「この約束ちゃんと守ったら……保留にしていた返事、するから」 「越前」
部長が息を呑むのをわかった。 俺も、緊張している。頬が熱くなるのがわかる。 だから前を向いたまま、続ける。
「でも守らなかったら、また保留期間を延長するから、覚悟しておいてよ」 「それは、厳しいな」 「当たり前っすよ。俺を置いて九州に行くんだから。 でも……戻ってきたら、全部話すよ」 「そうか。励みになりそうだな」 「でしょ?」 「ああ。何が何でも戻ろうって気になった」
嬉しそうに言う部長に、俺も頬が緩んでいく。
明日からは離れ離れれになるけれど、きっと大丈夫。 同じ空の下、それぞれ頑張って行けるはず。
約束を果たすまで、待っているから。
その日が、一日でも早くなりますように。
夕陽が落ちて輝き始めた夏の星座達に、俺はそっと部長の無事と回復を祈った。
チフネ

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