チフネの日記
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2007年10月28日(日) 辛くないはずないのに

2−2。1引き分け。
氷帝戦は、ついに補欠同士の試合にまで持ち込まれた。


「高架下で言ったことを、覚えているか」

覚えている。忘れたことなんて、無い。

「なら、行って来い。越前」

俺は頷く。
青学の柱になれと言った人の為にも負けられない。

それに勝って、勝ってこの先一つも負けなければ、
その俺に勝った部長はもっと強いって証明になる。
だからこの先一つだって、負けるもんか。

そんな気持ちでコートへと向かう。

俺の手で、この試合に決着をつける為に。










―――こうして、長い一日は幕を閉じた。

部長はやっぱり、というかおばさんに連れられて、病院へと向かった。
おかげで、話一つ出来ないままだ。
約束は果たされなかった。
でも、仕方無いかなと思う。
あの状態で、一緒に帰ろうとか言われてもこっちが気になって仕方無い。

今日の部活で、会えるだろうか。
朝練は無いから、放課後の練習の後、時間を作ってもらえるといいんだけど。
それとも、今日も病院通いかもしれない。
部長の肩……、すぐに治るとは考えられない。

治療の為、大会の間ずっとテニス禁止とか出されたらどうしよう。
そんなことを考えていたら、
「越前。おいっ、聞いているのかよ!?」と、堀尾に肘を突かれた。

「何?」
「何、じゃねえよ。さっきから呼んでいるのによ」
「聞こえなかった」
「この至近距離で聞こえないわけないだろう!……はーあ。もう、いい」
堀尾のわざとらしく溜息に、なんなんだ、と眉を寄せる。
「カチローから連絡が回って来たから伝えるけどな、今日の練習は休みだってさ」
「え、なんで?」

思わず聞き返す。
それじゃ部長と会えないじゃないか。
ムッとしたのが、顔に出たのか、堀尾は「俺に言うなよ」と返してきた。
「竜崎先生が決めたことなんだからな!昨日の疲れを取れってことらしいぜ」
「ふーん」

じゃあ、やっぱり部長と会えないのか。
学校に来ているかどうかもわからない。
確認しようにも、どのクラスかも知らない。
部活を離れたら接点無いんだなと思い知らせれて、俺は落ち込んだ。

「あ、そうそう」
堀尾の呑気そうな声が続く。
「でもレギュラーは部室に集合するようにって言っていたぜ。なんか別に話があるらしい」
「それを先に言えよ」
ガバッと顔を上げる。
なんだ、まだ部長と会える可能性が無くなったわけじゃない。
良かった。

「俺は言われた通りに伝えただけだぞ。
なんで責めるような言い方、されなきゃいけないんだよ」
堀尾が何か文句言っているけれど、気にしない。

部長に会える。
今はそのことだけで、頭が一杯だった。


しかし俺の期待は、見事に裏切られることになる。


「おっチビー。今日もちっちゃいままだにゃー」
「そりゃ急に伸びたら怖いよ。それとも項垂れているから、余計小さく見えるのかな?
お目当ての人がいなくて、残念だったね」
「……………」

菊丸先輩に抱き付かれながら、大きく溜息をつく。


集合場所に、部長はいなかった。
その上3−6コンビに絡まれて、どう元気が出るって言うんだ。
もう、疲れた。

「よし、皆集まったみたいだな」
大石先輩が全体を見渡して、口を開く。

「手塚とタカさんは先に病院に行っている。俺達とは後で合流することになるな。
竜崎先生が今、迎えに行っているらしい」
「大石はー?病院行かなくて、腕は平気?」
心配そうに、菊丸先輩が声を上げる。
さすがにゴールデンペア。相方を気遣うことは忘れない。
「ああ。俺は昨日行ったから、大丈夫だ。試合には出られないけどな」
「うーん……」
「そう心配するな。長くは掛からないらしいから。
それより今日は皆をある場所に連れて行くように、竜崎先生に言われている」
「ある場所?」
その一言に、それぞれが首を傾げる。

「どこっすか?ひょっとしてどこかで秘密の特訓開始とかするんすかー?」
桃先輩が手を挙げる。
「いや。まあ、黙ってついて来てくれないか」
「……?」

全員がなんだろう、と思ったけれど、大石先輩の真剣な表情に聞き返すことも出来ず、
後に続いて行く。

ぞろぞろと皆で歩いてどれ位経っただろうか。
大石先輩はある建物の前で足を止めた。

「さあ、ついたぞ」
「ここ?」
「ここって……」
「ボウリング場?」
顔を見合わせる俺達に、「さあ、中へ入ろう」と大石先輩は先を行く。
「一体、何が始まるのかにゃー」
「でも、面白そう。なんか、わくわくするね」
ふふっ、と不二先輩が笑う。
この人が面白いって言う時は、大体ろくなことにならない。
嫌な予感に警戒しながら、俺も皆と一緒に進んで行く。

中に入ると、
「皆、こっちだよ!」と、おばさんの声がした。
つられて振り向くと、部長と河村先輩が一緒にいるのが見える。
「手塚、肩は?もう、いいのか?」
「タカさん、具合はどう?まだ腕は痛む?」

俺が話し掛けようとするより先に、先輩達が二人を囲んでしまう。
こういう時、チビって不利だ。
部長に話し掛けたくても、人と人の隙間から覗くのが精一杯。
俺の姿、部長から見えないんじゃないか?

「こら、お前達。話は後にしな!時間が勿体ないだろう」
おばさんが両手を軽く叩くと、皆の注意がそちらに向う。
しめた。チャンスだ。
そーっと俺は部長に近付こうとした。

だけど、
「こら、リョーマ!」
おばさんに見付かってしまう。
「ちゃんと人の話を聞きな。ほれ、前に出ないか」
「ここでも聞こえるけど」
「いいから、こっちに来ないか」
「……」
行くまで納得してくれなさそうだ。渋々、前に出た。

折角、部長と会話出来るかと思ったのに。
でも……この話が終わったら、すればいいや。
少なくとも会えたことだし、と俺は自分を納得させて前を向く。

するとおばさんは胸を張って、声を上げた。
「昨日はよく頑張ったね。今日はアタシの奢りだよ。
今から気分転換にボウリングでもしようじゃないか」
「はあ?」
「ちなみに発案者は大石だ。いいこと言うねえ」
「はああ?」

何故、ボウリング……。
だけど反対する人は一人もいない。むしろ、はしゃぎ始める。
勝手にペアはどうするかとか、決め始めているよ……。

「俺、パス」
逃げようとした瞬間、おばさんにぎゅっと肩を捉まれた。
「残念だけど、強制参加だ。それとも、リョーマ。自信が無いから逃げるのかい?」
「そんなわけないじゃん!」
ムキになって答えたのが運の尽き。


それから汁罰ゲーム有りの悪夢のボウリング大会が終わるまで、
部長と話す機会は無かった。







「終わった……」

くたくたになって、外に出る。
皆、げっそりとしている。楽しそうなのは大石先輩だけだ。
「また、皆で来ような!」
爽やかに言っているけれど、賛同する人はいない。
それに気付かないって、どうなんだ。性格が変わってしまったみたいだ。

おばさんは汁ショックから立ち直り、来週の大会について話し始める。
改めて皆に喝を入れた。

そして…。

「お前達ならきっと、部長の穴を埋められるはずだ」
「どういうことっすか?」
思わず反応してしまった。

だって、それじゃまるで……部長がいなくなるみたいじゃないか。
振り返って、部長の姿を確認する。
いつものポーカーフェイス。だけど否定しないってことは、おばさんの言葉を肯定しているという意味で。
「手塚は明日から、九州へ行くことになった」
「え……」
「肩の治療の為だ。専門の所へ行った方が良いからね。
大会中には戻る予定になっている」
「……」

でも、一週間やそこらでは戻って来られないだろう。
誰もがそれを理解しているみたいで、騒いだりはしない。

そんな中、部長がゆっくりと前へと出た。
「竜崎先生の話の通りだ。俺は明日から治療の為、ここを離れる。
皆、後を頼む」
そう言って頭を下げる。

静かだった空気を破ったのは、桃先輩だった。うっすらと涙を浮かべている。
「部長ーっ、俺、頑張るっす。この先の試合、精一杯やらせてもらます」
「俺も……部長の分まで一生懸命勝ちに行くっす」
海堂先輩も、声がかすれている。
この二人は部長のこと尊敬しているから、いなくなると聞いて結構堪えたんだろうな。
それから三年の先輩達が、労わりや励ましの声を部長に掛けていく。


でも、俺はまだ何も言えずにいた。
だって、言葉が出て来ないから。
治療の為、しばらく大会に出られないってことは、予測していた。
でも、九州で治療?

そんなの遠過ぎる。すぐ会える距離じゃない。
俺はまだ部長の姿を近くで見ていたい。
そうしたら、もっと強くなれると思っていたのに。

どうしよう。

俯いたまま黙っていると、目の前に影が差した。

「越前。どうした、ぼんやりして。皆、もう帰ったぞ」
「え?」

いつの間にか、他の先輩達は解散していた。おばさんの姿もない。
俺はどれだけ、ぼーっとしていたんだろ。

顔を上げると、穏やかな顔をしている部長が目に入る。
怪我のことも、これからテニスはしばらく出来なくなることも。
全部飲み込んだような表情だ。
辛くないはずないのに、もう乗り越えて治療に向うと決めたのか。
誰にも相談無く、一人で。

部長はそっと、口を開いた。

「良かったら、一緒に帰らないか?
氷帝の試合の後は、結局ろくに話も出来なったからな」

覚えていて、くれたんだ。

部長の言葉に、俺は反射的に頷いていた。



チフネ