チフネの日記
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2007年10月26日(金) 持久戦

さすがに関東大会ともなると、レベルも上がって来る。
事前の情報通り氷帝は強敵だった。

D2は大石先輩の不在というハプニングがあったものの、菊丸先輩と桃先輩の頑張りでなんとか勝利した。
しかしその後に続くD1は僅差で破れ、S3は河村先輩が腕を犠牲にしてなんとか引き分けにまで持ち込んだ。
あの樺地って奴相手に、よく諦めずに続けることが出来たと思う。
河村先輩の姿に、不二先輩もやる気が出たらしく、S2は圧倒的な勝利で幕を閉じた。

そしていよいよ、S1.部長の試合だ。
これに勝てば、氷帝との試合にピリオドを打つことが出来る。
部長ならきっと勝ってくれると、こっち(青学)側が固唾を呑む中、
何やらコールが沸き上がり始める。

「勝つのは氷帝!勝つのは氷帝!勝者は跡部!勝者は跡部!」
相変わらずな応援かと思ったら、少し違った。
あのサル山の大将がコート中央へと歩いて行くのが見える。
それに続いて氷帝側の声がより一層大きくなる。
と、思ったら、
「勝者は俺だ!」
バサッとジャージを脱ぎ捨てた。……なんだ、あれ。
演出?自分でアピールしてるの!?

あまりの出来事にぽかんとしていると、
「相変わらずだなあ」とくすくす笑う不二先輩の声が耳に届く。
思わずベンチから振り返って、「あの人、いつもあんな風なんすか?」と尋ねてしまう。
好奇心から、いつもあんなことしているのか聞きたくなったからだ。

「そうだよ」
不二先輩は真顔で頷いた。
「まずあれがあってから、跡部は試合をする。わかりやすいよねえ。
自分が目立っていないと、気が済まないらしい。ずっと前からこんな風だったよ」
「ずっと前って……」
一体どうなっているんだ。
誰も何も言わないのか。無法地帯かよ、と心の中で呟いた。

そうこうしている間に、部長もコートに入って行く。
握手する為に、サル山の大将……じゃない、跡部に近付く。

部長なら、この光景に何か言ってくれるはずと期待を込めて見詰めていると、
「もう、いいのか」と冷静な声。
さっきの光景に顔色一つ変えていない。ツッコミも入れない。
あれを普通に受け流すなんて……世界はまだまだ広いと、俺は頭を抱えた。

「越前」
「何すか?」
フェンス越しに肩を叩かれ、俺はもう一度振り返った。
「この試合、よく見た方がいい」
「え?」
「あれでも跡部は全国区の選手だ。
多分、手塚にとっても厳しい試合になる。
本気の手塚が見れる数少ない機会だ。ほら、ちゃんと前を向いて」
「はあ」

そんなこと言われても、あの派手なパフォーマンスの出来事から立ち直れていないんだって。
やたら大袈裟であ、そのくせテニスの腕はさっぱり、なんてよくある話だから、
この跡部って人もそうなんじゃないかと思った所だ。
でも、不二先輩が真面目な顔をして言っているから、俺は一応背筋をぴんと伸ばした。

少なくとも、この時は部長が負けるなんて、思ってもいなかったんだ。







「跡部の奴、長期戦に持ち込むつもりか!?」
「インサイトで弱点が見抜かれたのかにゃー!」

試合は中盤に差し掛かった。

不二先輩の言う通り、跡部は目立ちたがりなだけではなかった。
あの部長が押されている。
それだけでも俺にとっては驚くべきことだ。


長期戦に持ち込まれても、部長だったら作戦に乗らず速攻で決めることが出来るはず。
それをしないってことは、相当相手が強いってことか。
「焦って試合を終わらせようとしても、跡部につけ込まれるだけだ。
簡単に勝てる相手じゃないからね」
ほら、不二先輩もそう言っている。

でも、なんだか面白くない。
俺は眉を寄せた。

じゃあ、このまま跡部の思う壷ってこと?
そんな……持久戦を続けて、部長の肩がどうにかなったら、と思うと恐ろしい。
いくら完治しているとはいえ、酷使し続けたらまずい状態になるって部長だってわかっているはずだ。
何とか突破口を探して、早く試合を終わらせるべきだと、コートの中へと視線を送る。


けど部長は、俺や応援席にいる皆と全く逆のことを考えていたようだ。

「バカな。あえて、持久戦に挑むだと!?」
跡部の驚いた声が聞こえる。
俺も同じように驚いていた。

わざわざ相手の挑発に乗るなんて、何考えてんの。
抗議してやろうかと立ち上がり掛けて、中途半端な姿勢で止める。

そこにいた部長が、何の迷いも無い目をしていたから。
中途半端な覚悟だったら、止めるよう声を出していたかもしれない。
出来なかったのは、部長が真っ向から立ち向かって勝とうとしているのがわかったからだ。

「さあ、油断せずに行こう」
なんて、当たり前のように言うから!

だから、俺はまたベンチに腰を下ろした。
何も言えない。
ここに座って、見守っているしか出来ないんだ。

青学を勝利に導こうと、コートの中で懸命にボールを打ち返す部長の姿に、
(頑張れ)
と、エールを送り続ける。



ねえ、部長。
青学の全国制覇に掛ける気持ちは、そんなにも大きいものだったんだね。
わかったつもりでいたけれど、それ以上の覚悟があるんだって、今の姿に思い知らされたよ。

だから、このまま勝って。
あんたの手で、氷帝との試合を終わらせて。
S1で勝利して、皆で初戦を勝ち抜いたことを一緒に祝おう。
俺も、もう補欠にされたことを文句言ったりしないから。


(神様)

信じてもいないくせに、どこにいるかどうかわからない神様に、必死で祈り続ける。

こんなにも頑張っている部長を、勝たせて下さい、と。
あと少し、肩と腕が持ち堪えますように。

無意識に太股に爪を食い込ませていたみたいで、
痛みに手を離す。

あと、一球だ。
それで、この試合が決まる。

部長は今まで見たことない位に、汗を搔いている。
無理も無い。持久戦になってから、ずいぶん時間が経っている。
ここまでよく頑張った。
それも、もう終わりだ。

最後の一球で決まる。ごくんと唾を飲み込んだ。

そして、サーブを放とうとして部長がボールを高く上げた瞬間。

コートに、悲鳴が上がった。


「手塚―――っ!」
一番最初に大石先輩の声が響いて、我に返った。

さっき見た光景は、幻じゃなかった。
肩を押さえて蹲る部長の姿。

もう限界だと、呟く自分の声が、遠くから聞こえるようだった。


チフネ