チフネの日記
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関東大会が近くに迫って来た所為で、あれから部長とろくに会話する時間がが取れない。 初戦の相手が氷帝に決まったってことで、皆に異様な気合が入っている。練習時間は更に延びた。 直前にいきなり時間を増やしても仕方無いと思うけど、やらないよりはマシだと思っているらしい。 それにしても氷帝は強い、と聞かされているけど、俺はどんな程度かはわからない。 けど、毎日部長と大石先輩とおばさんとで残って話し合いをしている位だから、 相当手強い相手だなと察しがついた。 きっと話題はオーダーの件だ。
どうせなら俺はあのサル山の大将と試合してみたいけど、どうだろう。 シングルス1に抜擢してくれたなあ。 でも最終的にはおばさんが決めることだ。 なるようにしか、ならない。 割り切ってひたすら俺は練習に打ち込んでいた。 部長の全国に掛ける想いを知ったからには、尚更負けることは出来ない。 この先の試合、全て勝ってやると、柄に無く燃えていた。
これも全部、部長の影響だ。 冷静そうに見えて、全国制覇への願いを熱く語る姿に俺も引き摺られてしまったようだ。 その望みを叶えてあげたい、なんて思ってしまう。 一緒に、その夢が叶った場面を見たい。喜びを分かち合いたい。
だから話をする時間が無くなっても、平気だった。 俺達には会話が必要だとわかった今も、大会前なんだからと、ひたすらテニスに打ち込んでいた。 でも氷帝戦が終わったら、少し位話をする時間は欲しい。 初めて俺の方から誘ってみようと考えていた。 部長に聞きたいこと、ぶつけてみたいことは沢山ある。 うやむやにしないでこの際、はっきりと向き合おうと珍しく前向きな気持ちになっていたのに。
「何これ」
氷帝戦当日。 大石先輩が妊婦を助けて試合に遅れるというハプニングが起こった。 部員全体に、動揺が走る。 俺もまさかの理由に、ぽかんと口を開けた。 本当にそんなこと、あるんだ……。 これから言い訳に使っても、信じてくれそうだと考える。
「さあ、ぼやいていても仕方無い。オーダーを改めて発表するよ!」 両手を叩いておばさんは場を仕切り直す。 そして発表されたオーダーに、俺は固まった。 補欠?関東大会の大事な初戦に補欠って…何これ!?
「なあ、桃城。あの樺地とかいう二年生だが」 「とんでもないバケモンっすよ」 乾先輩と桃先輩の会話が聞こえる。 「俺のダンクをあっさりと返す…パワーだけ見てもすごいっすよ」 「あの力に対抗出来るのは桃城かタカさんだけだろう。他の奴では怪我をするだけだ」 おばさんは納得したように頷く。 「越前にはちと荷が重い。頼むぞ、河村!」 おい。俺を置いたままで結論出すな。 睨みつけるが、おばさんは全く気付いていない。
大体、シングルス3は無理でも、2か1でもいいんだけど。 サル山の大将に啖呵切っておいて、補欠……。恰好悪過ぎる。 そんなのって無い、と体から力が抜けていくのがわかった。
「おっチビ〜。、応援よろしくねん。聞こえるよう、大きな声出すんだぞー」 こんな時に明るく話し掛けて来る菊丸先輩に、がっくりと肩を落とす。 俺の置かれた状況をわかっていて楽しんでいるだろ、絶対……。 「越前の応援があればきっと頑張れるよ。 あっ、でもあんまり熱心に声を上げたりしたら、気にする奴もいるから、ほどほどにねー」 不二先輩……。前回の会話で少しはまともな人だと見直していたのに。 やっぱり不二先輩だった。
「俺っ、喉渇いたんで、自販機を探して来ます!」 二人から逃げるようにして、立ち上がる。
「あーあ。おチビったら、拗ねちゃっているよ」 「ちょっとからかっただけなのにねえ」 二人の笑い声に、俺は眉を顰めた。 あんた達は試合に出られるからご機嫌だろうけど、こっちは補欠でストレス溜まっているんだ。 そっとしてくれたっていいtろうと、ムカつきながら歩く。 ファンタを飲んで気が静まるとは思えないけれど、あのまま黙って座っているよりはマシだ。
自販機は、と数メートル程歩いてきょろきょろしていたら「どこへ行く」と突然肩を掴まれた。 「部長……」 「もうすぐ整列だ。遠くに行こうとするな」 振り返ると、眉間に皺を寄せた部長がそこに立っていた。 どうやら後を付けられていたらしい。 真っ当な意見だったが、俺はぷいっと横を向いた。 オーダーの件で腹が立っていた所為だ。
「俺が並ぶ必要は無いと思うんだけど。どうせ補欠、なんだから」 補欠、という部分を強調して言う。 すると部長は困ったように「そう、拗ねるな」と帽子越しに頭を撫でて来た。
「竜崎先生と話し合って決めたことだ。お前にダブルスをやらせるわけにもいかないからな」 「そんなこと、わかっている。でも、ムカついた。 本当はシングルス1で、あの跡部とかいう人とやりたかったのに。俺じゃ頼りないって思ってる?」 「そういうことじゃない」 部長は深く溜息をついた。 「お前の実力は誰よりも信じている。 そうでなければ柱になれなんて言ったりはしない。わかるな?」 「……」
柱の件を持ち出されて、ぐっと黙った。 わかっている。部長が俺に期待を掛けてくれていること。 あの試合で言葉はほとんど無かったけれど、ちゃんと伝わっている。 「今回の試合のオーダーは、先生と話し合って決めたことだ。 お前の実力はよくわかっている。が、これは団体戦だ。 勝率を上げる為にオーダーを考える必要がある。それをわかってもらえないだろうか」
部長の真剣な声に、俺は俯いた。 ずるいよね。こうも必死に言われたら、折れないこっちの方が悪いって気にさせられる。 実際、だだを捏ねている自覚はあるんだから。しょうがない、か。
「次も補欠、っていうのはナシっすよ」 「越前」 「もしそうだったら、ストレス溜まってどうにかなるかもしれない。 だからちゃんとオーダー考えて、俺が出られるようにして下さい」 「ああ」 パッと部長が顔を輝かせるのがわかった。 結構……この人の表情、崩れやすくなっているなと感じる。 部活の時は相変わらずお堅い‘部長’をやっているから、変わりないけど。 俺の前では、相当色んな面を見せてくれちゃっている。 勿論、悪い気分はしない。もっと見たい、と思っているから。
「次は出番が回って来るよう、ちゃんと考えよう……どうなるかはわからないが」 「ちょっと!?今、小声で出来なかった時の予防線張らなかった?」 「気のせいだ、越前」 「本当っすか?」 じろっと睨むが、涼しい顔をして微笑んでいる。 ……ここで問い詰めてやろうかと思ったが、止めた。 部長の言う通り、オーダーっていうのは個人の我侭ではどうしようもないことがある。 いや、それは建前で、あんまり部長が困らせたくないっていうのが本音か。 俺も、相当甘くなったなあ……。これも部長からの影響か。
「じゃあ、戻るか」 集合場所へ行こうと促す声に、渋々頷く。 ファンタは諦めるとするか。 氷帝戦が終わってからでもいい。 青学の勝利を見届けてから飲んだ方が美味いだろうから。
「あ、その前に」 「どうした」 歩き出そうとする部長のジャージを引っ張る。 折角久し振りに会話することが出来たんだ。 次はいつこんな機会が巡ってくるかわからない。 だから今ここで、約束を取り付けておこうと思い付いた。
「あの、試合が終わったらさ」 「終わったら?」 オウム返しに尋ねる部長を前にして、カッと頬が熱くなるのがわかる。 改めて言うとなると、抵抗というか、照れが出て来るものだ。 部長も少しは察してくれればいいのに。 こんな時に、やけに鈍感だから困る。
でも、躊躇している場合yないんだ。 そうやって擦れ違って、誤解が生まれるんだってこの間知ったばかりじゃないか。 だから会話が苦手なんて放棄しないで、自分からちゃんと口に出さなくちゃいけない。
すっと息を吐いて、俺は口を開いた。 「一緒に帰らないっすか?その、部長ともっと話がしたいっす」
言った。やっと言えた。 つい避けてしまったり、留学の件で悩んだり、大会を前に忙しくて擦れ違っていたけれど。 今日は、ちゃんと部長を話をしたい。 部長は?俺と話をしたいと思ってくれているんだろうか。 どうなの、顔を上げると驚いたまま固まっている部長と目が合った。
「あの、忙しいのなら無理にとは言わないけど」 困っているのかと思い、慌てて先を続ける俺に「いや、大丈夫だ!」と大きな声で返される。 「例え用事があっても、今回は断ろう。 約束する。一緒に帰ろう。お前も忘れるなよ」 「はあ」 捲くし立てられて、俺は頷いた。 自分で誘っておいてなんだけど、部長の勢いの方がすごい。 ただ一緒に帰るだけなのに、こんなにも反応するとは……。
「さ、さて。今度こそ集合場所へ戻るぞ」 どもりながら歩き出す部長の動きに、俺は目を疑った。 左右の手足を同時に出しているよ…! ぎこちないにも程がある。 「あれって、青学の手塚?」 「まさかな」 余所の学校の人にまで、なんか注目を浴びている。 まずいこと言ったかも、と俺は頭を抱えた。
試合前に誘うんじゃなかったのかもしれない。 終わってから声を掛けておくべきだったか。 でも、口に出してしまったものは、どうしようもない。
「越前、何している。早く来い」 「はーい……」
ロボット歩きのままの部長に追い付いて、笑うのを必死で堪える。 試合が終わったら、どんな話をしようか。 ちゃんと考えておこうと、思った。
でもこの先の試合で、とてもじゃないけれどのんびりと会話するどころじゃなくなる事が起こるなんて、 今の俺は気付きもしなかったんだ。
チフネ

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