チフネの日記
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2007年10月24日(水) 青学に掛ける気持ち

「越前、今までどこに行っていたんだ」
「えーっと……」
思い切り眉間に皺を寄せた部長を前にして、口篭る。



桃先輩を迎えに行って、氷帝の人達と会って、
これはチャンスだと閃いてサル山の大将を挑発したけど相手にされなくって、
結局それから青学に戻って来た所だ。
心配を掛けたこと、無断で部活を何日も休んだことを、桃先輩は潔く皆へ向けて謝罪をした。

勿論、謝ったからすぐに迎えてくれる程、甘くは無い。

「グラウンド100周だ」
部長の厳しい言葉に、周囲がざわめく。
100周って、……終わると何時になっているんだ。
だけど桃先輩は臆することなく「わかりました」と一礼する。覚悟を決めたようだ。
頑張れ、とその背中に無言でエールを送った。

しかし部長がもう部活に顔を出すなんて。
留学の話が長引いていると思っていたのに、予想と違っていた。どうしよう。
こっそりコートに戻るには、と俺はこそこそと隠れて様子を伺っていた。
不二先輩は上手く誤魔化してくれると言っていたけれど、部長が来たからにはどうすることも出来ないだろう。
困ったな。

コート周囲をうろうろしていたら、突然「何をしている」と低い声が響く。
やばい。見付かった。



そして今、部長に詰問されているというわけだ。

「どういうことだ、越前。集合の時には居たと、大石から聞いている。
なのに、ここで何をしている。無断で抜け出したのか」
「それは……」
「どうやらお前も100周走る必要がありそうだな」
「ちょっと、待ってよ!」
冗談じゃない。
こっちは桃先輩を迎えに行っただけなのに、同じ100周っておかしいだろ。

「言い訳するつもりか」
部長はあくまで厳しい態度を崩さない。
このっ。融通が利かない頑固者め。
「言い訳もしたくもなるっすよ」
「ほお。当然、納得がいくものなんだろうな」
その態度にムカついて、つい刺々しく答えてしまう。
「ああ、そうだよ。
大体、部長が留学するってことになったのが原因だからね!」
「俺が?」
「そうっす。それを聞いて、こっちがどんな気持ちになったか、どうせわかっていないんでしょ。
部長がいなくなったら、青学はどうなる?大会は?
そんな時に桃先輩を放っておくことなんて出来ない。皆で力を合わせないと、勝ち抜くことなんて不可能。
だから、俺は……。
なのに、全然わかってくれないんだ」

早口で言う。
その姿は多分、部長から見たらひどくみっともない風に映っただろう。
頭ではわかっていたけれど、止められなかった。
どうせ留学するんだ。
そう思ったら、この際全部ぶちまけてやろうって気になった。

「俺にグラウンド走れって言うのなら、部長も連帯責任で走るべきなんじゃないっすか」
無茶苦茶な要求だっていうのは、わかっている。
でも自分でも何を言いたいのか、どうしたいのか。頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。

額に手を当てて黙っていると、
「もう、お前の耳にまでその話が届いていたのか」と嘆くような部長の声が聞こえた。
「そうっすよ。今じゃ部内で知らない人はいないんじゃないっすか」
桃先輩を迎えに行っている間に、更に広がったことは容易に想像出来た。
部長は「そうか」と頷く。

「しかし、誤った情報が伝わっているようだ」
「え?」
顔を上げると、憎らしい位落ち着いている目とぶつかる。
ちくしょう。自分は先に進むからって、すっきりした顔してくれちゃって。何だよ。

じろっと睨むと、何故か部長は左手で口元を隠した。
笑っている、みたいだ。

「何がおかしいんすか」
「いや、悪い。
早とちりするお前の姿が、その、可愛かったから、つい」
「ふざけているんすか?」
「そういうことじゃない。しかし笑うのは失礼だったな。悪かった」
「……」
「あのな、越前」

すっと元の部長としての顔になった。
そして「とりあえず、グラウンド10周だ」と言う。

「結局、走らせるんだ」
「当たり前だろう」
腕を組んで、部長は頷いた。
「お前はレギュラーなんだ。理由があったとしても、今回の行為を見逃すことは出来ない。
他の部員に示しがつかないからな。
10周はむしろ軽い方だ。さっさと走って来い」
「……はい」
こうもきっぱり言われたら抵抗しても無駄だ。
他の部員にも、って下りは、部長の性格を考えたら絶対譲らないだろうから。

ちぇっ、と舌打ちしてグラウンドへ行こうとした。
そして一歩踏み出そうとした瞬間、「留学の話なら、断った」と言われる。
「はいっ!?」
思わず、振り返る。

今、この人、何て言ったんだ?
耳を疑う。

真面目な顔したまま、部長はもう一度繰り返した。
「まだここでやるべきことがあるからな。
ありがたい話だが、今回は辞退させてもらった」
「なんで……?折角のチャンスなのに。
あんたはもっと上を目指すべきなんだ!なのに、なんで!?」
反射的に、食って掛かっていた。

だって、俺を負かしたこの人が、今の状況に甘んじているなんて許せない。
もっと、高みを目指すべきだ。
そして、俺はさらに強くなった部長を倒す。今度、こそ。
だから留学の話も、納得しようと考えていたのに。
行かない、なんて。
どういうつもり?と睨むが、部長は冷静なままだ。

「折角のチャンス、と言うが、今で無ければいけないという理由も無い。
俺にはそれより果たしたい夢があるからな」
「夢?」
「ああ」
部長は頷く。嬉しそうに、そして誇らしげに。
「ずっと願っていた夢が、もう直ぐ叶えられる。
青学の、全国制覇。それは一年の時からの、俺の夢だった。
最高のメンバーが揃ったんだ。お前がここに入学して、そう確信した。
俺達なら成し遂げられる。そうだろう?越前」
「……」

それなら俺達で叶えるから、安心して留学していいよ、とは言えなかった。
だってずっと見ていた夢を置いて、どこかへ行けるはずなんて無い。
一年の頃から、大会制覇を目指して今日まで頑張っていたんだ。
その場に居て、自分の手で叶えたいと思うのは当然だ。
優勝した瞬間に、皆と喜びを分け合いたいのも。

そんな部長の気持ちを知らず、勝手に部長を見送る気になって、
俺達で制覇すればいいなんて考えた自分が恥ずかしい。

やっぱり俺は何もわかっていなかった。

「そう、っすね」
顔を上げる。
今度はちゃんと前を向いて。
「全国に行って、優勝しましょう。必ず」
「ああ」
嬉しそうに答える部長を見て、俺はなんだか気まずくなって帽子を深く被り直した。

この人の青学に掛ける気持ちを侮っていた。
まだまだだね、と背を向ける。

「それじゃグラウンド走って来ます。ちゃちゃっと行って、すぐ練習に戻るんで」
桃先輩を追い越す勢いで、と行こうとしたら、
何故かぎゅっと肩を掴まれる。

「俺も、一緒に行こう」
「は?なんで?」
意味不明な言葉にぽかんとする。
顔、近いし、何なの。怒ってんの?
「部長が走る必要は無いっすよ」
「しかし先程、俺も走るべきだと言っていただろう。
俺が留学すると聞いて、慌てて桃城を迎えに行こうと思い立ったというのなら、
原因はこちらにある。動揺させて悪かった。
非を認め、ここは一緒に走ろう」
「なっ、そんなこと認めなくていいから!
俺の勝手な八つ当たりっす。走らなくても、いいっす」

しかも一緒に、って何だ。
妙に部長が嬉しそうなのも、引っ掛かる。

「いや、お互いの誤解を埋める為にも、そうするべきだ。
朝の件と合わせて、ゆっくり色々話し合おう。
続きはグラウンドで聞かせてもらおうか」
「やっぱり、今朝の件、根に持ってたんだ!?」

朝練の時に避けまくっていたツケがここで回ってくるなんて。
どうしようと、顔を引き攣らせる。




その後、大石先輩が部長を呼びに来たおかげで、
俺は一人でグラウンドへ逃げ出すことに成功した。

「なーんだ、越前。お前も結局走っているのかよ?」
「まあね、10周だけど」
「くそっ、俺の10分の1かよ」
「当然じゃないの」
がっくりと肩を落とす桃先輩を見て、部長がいなくて良かったと溜息を吐いた。
もし走っていたら、桃先輩のいる所であれこれ詰問されたのは間違いないから。


そういうのは、二人きりの時で、とちゃんと釘を刺しておこう。

それだったら……構わない。
俺達には、もっと話し合うことが必要だ。


話したいこと、聞きたいことは沢山ある。
それはこれから、ゆっくりと解消していけばいい。


チフネ