チフネの日記
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部長の、長い長い話が終わった。
「これで終わりだ。説明になっているだろうか」 「はあ……。十分っすね」
話に追い付くのに必死で、何て答えたら良いかわからない。 頭の中は未だにぐちゃぐちゃだ。
一年生の時に付き合っていたっていう噂は、結局その先輩を守る為に付き合っているってことにしただけで、 実際は演技だったってこと、か。 でも、部長の気持ちの中ではそれだけじゃなかった。 結果的には振られたけれど。
ちらっと、部長の顔を見る。 こちらの反応をものすごく気にしているらしく、落ち着きが無い。 まだ何も言っていないのに……。
俺と出会う前の部長、か。 しばし考える。
例えばその先輩に好きな人がいなかったのなら、二人は上手く行っていたのかも。 その可能性は無いと言い切れない。だって部長はその人のことが好きだったんだから。 当然俺に告白する事も無く、今こうしてベンチに座って話しをすることも無かったんだ。 俺が入部して来ても部長はその人だけを見ていて、ただの部長と部員という間柄で終わるのだろう。 ふと浮かんだ光景に、ちくっと胸が痛む。
「どうした?何か質問があるのなら、受け付けるぞ。どんどん聞いてくれ」 「……」 沈黙に焦ったのか、何かやや的外れなことを言い出してる。 違うだろ。 質問どうこうの前に、こっちは混しているんだから。 もっと他に言い方とか、無いんだろか。
不貞腐れたまま、「特に無い」と答える。 「そうか。いや、無いのなら無理にとは言わないのだが」 「部長は……」 「ん?」
‘その人のこと、まだ好きなんじゃないんですか?’
つい口から出しそうになった質問を、慌てて飲み込む。 こんなこと、聞くことじゃない。 それに言ったとしても本当のことが返って来るかどうかもわからない。 隠そうとする仕草を見ただけで、余計気持ちが暗い方へと進んでしまいそうだ。 良くない。絶対、言っちゃ駄目だ。
俺は無理矢理笑顔を浮かべて、 「ええっと、その先輩って綺麗な人なんでしょ。ちょっと見てみたかったな」と心にも無いことを口にした。 「そうだな。今はわからないが、あのまま成長したら、更に綺麗になっているかもしれない」 「ふーん……」 褒め言葉をさらっと言う(意識していないだろうけど)部長が気に入らない。 つい白けた声が出た。 やっぱりまだその人のこと好きなんじゃないかという疑惑が、更に大きくなって行く。
「本当に卒業してから一度も会っていないんすか? 偶然どこかで顔を合わせることだってあるんじゃないの?」 「いや、それは無い」 きっぱりと、否定される。 「進学したと噂される学校はここから少し遠くにある。 偶然でも会うことは無いと思う。一度も擦れ違ったことも無いからな」 やたら顔を合わせていないと主張しているから、嘘ではないと思いたい。
でも……どこかで会うことを期待していたんじゃないかと、俺は考えた。 部活の先輩やその他の人達からもやっかまれても側に居たいと思った位の人を、 そう簡単に忘れられる訳無い。 再会したら、その頃の気持ちを思い出すんじゃないの? もし彼女がフリーだったら、また放っておけなくなって追い掛けたくなるかも。
何だか急にこの場に居たくなくなって、俺はベンチから勢い良く立ち上がった。 「越前?」 「話はもう終わったんでしょ。俺、もう帰るから」 「お、おい」 「ありがとうございました。よくわかったから、質問することは無いっす」 「え、ああ」 「それじゃ、さよならっす」 怯んでいる隙にバッグを掴んでさっさと逃走、するはずだった。
「……部長?」 ぎゅっとシャツを掴まれた。足が止まる。前に進めない。 そんな強く掴んだらシャツに皺が、ってそんなこと考えている場合じゃない。 くるりと、俺は振り返った。
「まだ、何か話ある?」 「いや……」 部長は何でこんなことしているのかわからないって顔をして、そっとシャツを握っている手を開いた。 少し、頬が赤い。 思わず取った行動を恥じているのか、照れているのかわからなかったけれど、 その表情は歳相応に見えた。 部長としてでもなく、生徒会長でもない、手塚国光の素の顔だと思った。
何度となく、部長のそんな場面を見て来た。 そしてその度に、俺の心が動いて行く。 その理由を今までは深く考えなかったけれど、今はなんとなくわかる気がする。
部長が一年の頃に出会った彼女は、俺よりも先に色々な面を知ってた。 この事実に、ムカついている。 先に俺が出会っていたかったと無茶なことを思う位。 それはやっぱり……否定してもし切れない感情があるんだと思う。
「怒っているのか?」 「えっ」 唐突に言われて、俺は目を泳がせた。 でもここで認めるのも悔しくて、「怒ってない」と首を振る。 「なんで、そう思うんすか」 逆に質問してやると、部長は少し困ったように眉を寄せた。 「もしかしてつまらない話をして不快にさせたんじゃないかと、急に心配になった。 本当に違うんだな?」 意外と鋭いことを言われて、ギクっとする。 すぐに平静を装って、「まさか」と笑ってみせた。
「ありのまま話しをしてくれたんだから、何も怒ること無いでしょ。 今日はちょっと疲れたから、もう帰りたくなっただけっす。行ってもいいんだよね?」 「……ああ」
ひょっとして一緒に帰りたかったかなと思ったけど、気付かない振りをした。 俺としては、今はちょっと部長と距離を開けて置きたい。 これ以上会話をしていたら、余計なことまで口から零れてしまいそうな、そんなつまらないことを恐れていた。
いつだって言いたいことはハッキリ口に出していたのに、どうしてだろう。 ケンカになっても構わないと、アメリカに居た時も日本に来ても自由に振舞っていたのに。
部長といると、色んなことを気にしてしまう。 俺らしくない行動を取ってしまう。
今日初めて、言葉を飲み込むことを覚えた。
全て吐き出して来た、誰にも遠慮したことは無い。 なのに全く逆の行動を取ってしまった。
『本当はその人のこと忘れられないんじゃないの?』 『再会したら、よりを戻したりして』 『やっぱり女の人の方が、あんたには合っているよ』
投げ付けようとした言葉。 どれも言えなかった。
でも口に出したら俺も部長も傷付く気がして、言えなかった。 どうしてだろう。
それに明日はどんな顔をして部活に出たらいい? なんて、くだらないことで悩み始めている。
馬鹿みたいだけど、でも真剣に部長のことを考えている。 部長と俺と、そしてこれからのこと。
ずっとずっと、思い続けていた。
チフネ

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