チフネの日記
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2007年10月14日(日) 一緒に走るしかないな 塚リョ

ベッドの端から端へと寝転がる。
なかなか、寝付けない。

ずっと部長のことを考えている。

テニス以外興味ありません。
そんな顔をしているくせに、実はそうじゃなかったことがショックだった。

どんな状況で、付き合うことになたんだろ。
認めるのは悔しいが、気になって仕方無い。

部長の元彼女は綺麗な人だと噂されているみたいだけど、実際はどんな人だろう。
性格は?生徒会の役員だったのなら、人望もあったのかな。
……なんか、俺と違い過ぎる気がする。

あれこれ想像している内に時間は経過していて、いつの間にか眠っていた。

しかしいつもよりも遅い時間まで起きていた為、
朝練に遅刻ぎりぎりで滑り込む羽目になったのは言うまでも無い。

息を乱して中へと駆け込む。
うん、着替える時間はありそうだ。
「越前ー、今来たのかよー」
この忙しいのに、堀尾に声を掛けられる。
「桃ちゃん先輩は?一緒じゃなかったのか?」
「うん」
頷くと、堀尾はがっくりと肩を落とした。

「ひょっとして、今日は休みかもなあ」
「なんで?」
「なんでって、昨日ジャージを置いて帰ったこと、知らないのかよ!?」
「知らない」

昨日は部長のことで頭がいっぱいだったんだ。
桃先輩には申し訳ないけれど、気付かなかった。
「お前、冷たいなあ。今朝だって家に呼びに行ってやれば良かったじゃないか」
唇を尖らせながら言われる。
「はあ?遠回りになるんだけど?」
桃先輩の家の方が、俺の家より学校から離れている。
だから自転車通学の許可が下りている。
「そうだとしても、ここは行っておけよ。あれだけ世話になっているっていうのに」
「堀尾が行けば?」
「お前、そういう人任せな発言は良くないぞ」
どっちが人任せなんだか。
呆れながら着替えを進める。

「きっと学校には来ているはずだ。昼休みに確認しに行こうぜ」
懲りない堀尾はさらにそんな提案をして来た。
「ヤダ」
即効でお断りする。
「なんでだよ!」
「その内出て来るんじゃない?放っておいたら」
「越前、お前なんてことを。この冷血漢っ。心配じゃないのかよ!?」
「……」

何といわれようと考えを変えるつもりは無い。
レギュラーから落ちて、気持ちが落ち込むのもわかる。
けど誰かが呼びに行って無理矢理コートに立たせるって、それも違うんじゃないか。
桃先輩だって、後々まで気まずいだろうし。
本人が出て来る気になれるまで、そっとしておくのが一番だと思う。

そんなことを俺が考えているのを知るはずもなく、堀尾は不服そうに頬を膨らませている。
やれやれ。まだ何か言うつもりなのか。
耳から耳へと流しておこうと、ポロシャツに袖を通す。

瞬間、部室のドアが開く。
「残っている者は、早く着替えてコートに出ろ」
部長の声だ。
「は、はい。すぐ行きます」
慌てながらこの場に居た部員達は部室から出て行く。
堀尾もその中の一人だ。
あっという間に、俺だけが残される。
何だよ。皆、そんな早く行くことないじゃないか。
ムッとしながら、ロッカーに荷物を突っ込む。

そして振り返って、初めて部長の顔を見た。
「……」
驚いた。
一晩でやつれている。
昨日までは普通だったのに、げっそりと疲れているように見えた。

「越前」
その部長が、こっちに近付いて来る。
え、なんでドア閉めるの?おかしいだろ。
今から朝練だって時に、何するつもりだ。
動揺を抑えながら、「何すか」と答える。

部長は軽く息を吐いて、そして言った。
「今日の放課後、部活が終わったら少し時間をもらえないだろうか」
頼む、と頭を下げる。
その行動に、当然びっくりさせられてしまう。

「何してんすか!?たかが話をするだけで、なんでこんな……」
「話を聞いて欲しいからだ。誤解を解きたい」
「誤解って、昨日の件?」
こくっと、部長が頷く。
「聞きたくないと拒否されたわけを考えてみたが、
どうしても思い浮かばなかった。
あの後で不二と菊丸に何したんだと散々責められて、かなり気力を消耗した。
だから今日こそはきちんとお前と話し合いたいと思った」
「ふーん」
部長の言葉に、どうでも良さそうに答える。

俺のことを考えてくれたのは嬉しいけれど、
それが不二先輩達に締められたからだって理由が気に入らない。
誰かに言われてから行動したって、そんなの本当の気持ちじゃないかもしれないじゃないか。

「でも、俺はもう興味ないんで。
パスさせて貰うから」
そう言って、部長の横を通り過ぎようとした。
「越前」
引き止めるように、部長が俺の腕を掴んだ。
今日もヘマしたら、制裁受けるから必死になっているとしか思えない。

「放して下さい。もう、朝練始まるんじゃないの?
部長が遅刻じゃ他の部員に示しがつかないっすよ」
これで解放されるはずだ。
規律に厳しい部長が、遅刻なんて許すはずが無い。
そう思ったのに、腕を掴んでいる手の力が更に強くなる。

「悪いが、承諾するまでは放すつもりはない」
「はあ!?」
部長の顔は冗談を言っているようには見えない。
むしろ真剣そのものだ。
「止むを得ない事態だ。遅刻したら、一緒に走るしかないな」
「……俺は嫌っすよ」
「なら、話を聞いてくれるか」
「それ、脅迫って言うんじゃない?」
「悪いがこっちも必死だ。うん、と言うまではここから出すつもりは無い」
「……」

なんて奴だ。
遅刻よりもこっちが重要って、あんたそれでも部長なの?

「そんなに不二先輩達に締められるのが、怖いんすか?」
呆れながら言うと、「何のことだ」と返される。
「奴らは関係無い。これは俺とお前の問題だ。
全て俺の意思でやっている」
「あ、そう……」

じゃあ、こんなに必死になっているのも、どうしても俺と話をしたいと思っていてくれてるから?
そう思ったら、さっきまで苛々していた気持ちがすっと消えていく。
部長が自分で決めて行動しているて言うのなら、
俺も少しはそれに応えてあげるべきだろう。

「今日の、放課後っすね」
「越前?」
「話、聞いてあげてもいいっすよ。部室に残っていればいいんすか?」
「あ、ああ」
突然承諾したことに戸惑っているのか、部長は半信半疑で俺のことを見ている。
仕方無いか。
さっきまであれだけ反抗していたんだから。
ここはきちんと説明しておこう。
「不二先輩に脅されて、俺の誤解を解こうとしているだけだったら、
聞くつもりは無かったよ。そうじゃないとわかったから、OKしただけっす」
「そうか」
「それより本当に遅刻しそうだけど、いいんすか?」
部長はハッと我に返って、俺の腕をそっと放した。
「まずい、急ぐぞ!」
「引き止めていたのは、あんたの方でしょ」
「すまない……」
笑いながら言うと、部長は困ったように眉を下げた。

またしても初めて見せた表情に、不覚にも目を奪われてしまう。
って、今はこんな場合じゃないんだって!



「手塚ー!時間だぞー!」

コートには当然、全員が集合していた。
危ない、ギリギリだ。
ダッシュで俺は列の中に滑り込む。
部長は大石先輩の隣に立った。
ふう。なんとかセーフ、かな。

「今まで二人きりだったんでしょ。どんな会話してたの?
是非聞かせて欲しいな」
「あ、俺も俺もー」
さっきまで近くにいなかったのに、さりげなく移動して来た不二先輩と菊丸先輩の間に挟まれてしまう。
この状況だと間に合ってもアウトかもと、黙って俯いた。


だけど、意外なことに二人にそれ以上付き纏われることは無かった。
てっきり放課後の練習の終わった後もなんだかんだと理由をつけて居残って、
俺達の会話に参加するかと思ったのに。

「お先に」
「まったねー!」
あっさりと帰って行った。
あれだけ詮索しておいて、この場を立ち去るなんて変としか思えない。
盗聴器でも仕掛けているんだろうか。
そう思って、部室の隅を覗いてみたりする。

「何をしている」
「あ、部長。……ちょっとね」
馬鹿なことを考えていたと思われていそうで、適当に誤魔化す。
「話するんだよね?いつでもいいっすよ」
もう誰も残っていない。
いつもは大石先輩が鍵当番をしているのだけれど、今日は代わってもらったと聞いている。
だから、もうここに誰かが入ってくることは無い。

「そうだな。まずはそこに座るか」
部長に促されて、俺達は横に並ぶ形でベンチに腰掛けた。

「それで、まずどこから話をすればいいんだ」
「どこからって、言いたいことから、言ってもらえればいいっすよ」
「そうか」
頷くと、部長はこっちを見た。
「昨日、俺が一年生だった時のことを聞いてきたな」
「はあ」
「その件を気にしていたようだったから、まず説明させて欲しい」
「……」


気にした、なんて普通に言われて顔が赤くなる。
まるで俺が部長の過去をものすごく知りたがっているいたいじゃないか。
そんな言い方しなくたって、いいのに。

「どうかしたか?」
自分の発言に問題があると思わず、部長が俺の目を覗いて来る。
無自覚にも程がある。

「なんでも無いっすよ」

もういい。
気になるのは本当なんだから、この際だ。
全部聞かせてもらおうじゃないか。

「それより、続きを話して下さい」
「わかった」





そうして彼は、二年前の出来事をゆっくりと語り始めた。


チフネ