チフネの日記
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2007年10月13日(土) 否定しないんだ 塚リョ

何となくあれから部長を避けるようになってしまった。
元々ほとんど会話を交わすことは無いのだから、不審に思われることは無い。
不二先輩とかはわからないけど……。
部長がこっちに来ようとしたら、すっと別の場所へ移動したり、目も合いそうになったら逸らす。
そうこうしているうちに部長にも俺の気持ちが伝わったらしく、何だか向こうでもこっちに寄って来なくなってしまった。
その方がありがたいはずなのに、何も言わないままでいる部長にもムカついている。

……俺はどうしたいのだろう。
近付いて来たら避けて、遠ざかったらイラつくなんて矛盾している。
わかっているけれど、どうしたら良いのかわからないんだ。

「ランキング戦のブロックを発表する!」

関東大会前に始まったランキング戦を前にしても、気持ちはちっとも高揚しない。
ブロックは、部長と別だ。
もしかしたら俺が避けている所為で別ブロックにしたんじゃないかと勘繰ってしまう。
いいや、さすがにそんな私情は持ち込まないだろう。
ネガティブに捉えるのは止めよう。これじゃ、いけない。
テニスに集中するべきだと軽く首を振る。
部長に気を取られたままでランキング戦を負けてレギュラー落ちしたら、シャレにならない。
試合に集中しよう。部長のことなんて考えない、と自分に暗示を掛ける。
そんな決意をしないとやっていられない位、部長のことを考えてしまう俺って何なんだ。
気持ちを知ってから、それからずっと心の中で部長のことを考える部分が大きくなっているような気がする。
例の件は、保留しているけど。

部長はどうなんだろ。
ふと、気になった。
ついうっかり自爆のノリで暴露した日から、気持ちに変化はないんだろうか?
もしかして薄れることだって、あるかも。
そうなったら、どうしよう。
俺が避けているのを見て、身を引こうとか考えていたりして。
それも本人に確認しないと、わからないか。
ああ、もうとにかく今は考えるのは止めよう。

ランキング戦に集中するって決めたんだ。
それぞれのブロックのメンバーを見て気持ちを切り替える。
柱候補としてレギュラー落ちしたら……。最悪だ。
まずは全勝を目標に、頑張ろう。





そうしてランキング戦に突入して、更に部長との距離が開いていった。
本当は試合も見たかったけど、また色々考えてテニスに集中出来なくなったら困る。
だから最初から近付かないでおこうと決めた。
そうでなくても何度と無く試合の時間が重なることが多かった為、変にこそこそとすることは無く、
ランキング戦を消化していくことが出来た。
これでいい。気持ちが落ち着くまでは接触を避けよう。
もともと保留にするって決めたんだから。


しかしそんな俺の気持ちを知らず、平穏をぶち壊してくれる人達に囲まれてしまう。
「ちょっと、どういうことなの」
「説明して欲しいにゃ」

大石先輩達との試合を終えて、このブロックでの全勝が確定した。
よし、今回もレギュラー入り確定だ。
ホッとしたのも束の間。
コートを出た所で、不二先輩と菊丸先輩に捕まってしまった。
最近大人しいと思っていたのに、結局それは試合が終わるまでの間だった。自分達の試合を消化した途端、俺に構って来る。
放っておいて欲しいのに、そうはさせてくれないようだ。
ずるずると俺のことを引き摺りながら、不二先輩が話し掛けて来る。

「ここの所、手塚のこと避けているみたいだけど何かあった?」
「何かって」
「例えばセクハラとか」
とんでもないことを言う不二先輩にぎょっとする。
菊丸先輩も「本当のことが言った方がいいよー」と続ける。
「もし無理矢理だたって言うのなら、きっちり手塚を締めてあげるから」
楽しそうに言う不二先輩に、「何言ってるんすか、そんなことあるはずないでしょ」と言った。
放っておくととんでもないことを言い続けそうなので、ここは強く言っておく。
「ふーん、じゃあ何で手塚の試合すらも見ようとしないの」
「……」
ここ数日の行動はすっかりばれているみたいだ。
「それは俺も試合があったから」
もごもごと言い訳をするが、二人は当然聞いていない。

「ほら、この試合だけでも見ておくべきだよ」
どん、と背中を押される。
前に出されてみれば、ちょうど部長と乾先輩の試合が始まる所だ。
フェンスのすぐ向こうには部長がいる。
特等席の位置だ。
この騒ぎに気付いたのか、部長がこちらを振り返る。
あ、目が合った。
けれどすぐに乾先輩が立っているコート中央へと移動していく。
俺がいてもいなくても変わらないみたいだ。

なんか、つまらない。
試合前だから、動揺しないように平静を保っているのかもしれない。気持ちはわかるけれど。
もう少し反応があってもいいのにと、ぐっと奥歯を噛んだ。

「ねえ、今の見た?越前が来たのを見て、動揺していたよね」
「うんうん。こりゃ試合にも期待出来るかもよー。おチビがいるとわかったら、手塚も張り切るんじゃないかな?」

頭上で不二先輩と菊丸先輩が能天気な言葉を交わしている。
今のどこをどう見たら、そんな解釈が出て来るんだか。
ふざけているにも程がある。
なのに、会話はまだ続けられて行く。

「越前が応援したら、もっと本気になれるかも」
「おお、それはいいね」
「でしょ?部長、頑張ってーと叫んだらどうなるかな」
「頑張る前にコケて眼鏡踏ん付けて割ったりして」

これ以上馬鹿な話が続けられないようにと、俺はくるっと後ろを振り返った。
「試合、始まりますよ。もうおかしな話は止めて下さい」
「えー?真面目な話だよ?」
不二先輩が小首を傾げて笑う。
可愛く見せようたって、こっちは誤魔化されない。
「どこが。それにさっきの態度を見て、部長のどこが動揺していたんすか。
妄想は止めて下さい」
すると二人は顔を見合わせて、ぷっと笑い出した。
「いや、あれでも動揺しているんだよ。本当だって」
「うん、いつもと違っているの俺にもわかった」
「二年以上も一緒に居たからかな。無表情の中の変化もわかるようになっちゃった」
「……」
悪意の無い二人の笑顔に、フンっと顔を背ける。

どうせ俺は部長のこと、よく知らないよ。
一緒にいた時間も半年に満たない。
過去に誰かと付き合っていたことも知らないし、簡単なプロフィールだって知らない。

なんか、負けたような気分になるのはどうしてだろう。

気を取り直して、前を向く。
そんなことより、試合だ、試合。
折角、部長の試合が間近で見ることが出来るのだから、今はそっちに集中しよう。
次回リベンジする時の為に、弱点を探ってやるんだから。

フェンスにほとんどしがみ付く位の距離で、久し振りにじっくりと部長の姿を眺めた。







「手塚ゾーンか、面白い技だね……。いつの間に完成させていたんだ」
「んー、あれ攻略出来ると思う?」
「さあ。無理じゃないかな」
「とか言いつつ、破る気満々って顔しているぞ、不二ー」
不二先輩と菊丸先輩の会話を耳で聞き流しながら、
俺はぎゅっと両拳を握っていた。

今の技は、間違いない。
親父も時折使うあの技だ。
立った所から一歩も動かず、相手ボールを引き寄せる。ほとんど反則って位、無敵の技だ。
親父のあれを、俺はまだ破っていない。
なのに、部長がそれを使うなんて……。

(あれを破らなきゃ、あんたにも勝てないってこと?)
高架下の試合で、部長は手塚ゾーンを出さなかった。
まだ完成していなかったからだと信じたい。
あの時点で余力を残していたなんてわかったら、悶絶してしまいそうだ。
いや、全力だったよな……多分。
それでも十分強かったのにこんな技まで見に付けたら、ますます勝つのが難しくなるじゃないか。

でも、諦めないけどね、と呟く。
どんなに部長が強くなっても、絶対次は俺が勝つ。
けど、挑戦するのはもうちょっと先にしようかと考えてしまう。

「えーちーぜんっ」
「な、何!?」
突然、不二先輩に腕を掴まれる。
「ほら、何ぼさっとしているの」
「は?」
「試合が終わったんだから、手塚に何か言ってあげようよー」
反対側の手を、菊丸先輩に取られる。
「え、ちょっと、なんでそんなこと」
「いいから、いいから」
良くない!
叫びたかったが、さっきと同様、問答無用で二人に引き摺られてしまう。

そして、ちょうどコートから出て来た部長の前へと引っ張り出された。

「ほら、越前っ。言うべきことがあるでしょ、ね!」
どん、と背中を押される。ちょっと、痛いんだけど。
顔を顰めると、部長が「大丈夫か?」と声を掛けて来た。
「不二、菊丸。何をしている」
「えー?手塚の勝利に対して、ささやかなお祝いをあげようと思って」
「そうそう。ほんの気持ち」
ねー、と二人がそれぞれの手を合わせる。
しかし部長は眉間に皺を寄せ、「いい加減にしろ」と低い声を出した。
「越前に迷惑を掛けておいて、何が祝いだ。
どうやらよっぽど走りたいらしいな」
「またそういう事を言う。人の善意は素直に受け取るものだよ」
「そうだ、そうだ」
反論しつつ、二人は一瞬の間に逃げて行ってしまう。
その俊敏な動きに俺も部長も呆気に取られてしまった。

「あいつ等、逃げ足は異様に速いな……」
溜息をついて、部長は再びこっちを見た。
「大丈夫か、越前」
「はあ」
「あの二人が何か無茶なことを言い出したら、遠慮せず俺か大石に相談してくれ。
こちらで対処しておくから」
「っす」

部長と会話するのは久し振り。
なのに避け続けていたのが嘘みたい。普通に話している。
てっきりもっと気まずくなるかと思ったのに、
部長が今までのことは忘れているかのように振舞ってくれるから、こっちも素直に返してしまう。
……なんだ、良かった。


「あの、乾先輩との試合。勝ったよね」
「ああ」
「おめでとう、っす」

ぎこちなくそんな言葉を発すると、部長は一瞬驚いたように動きを止める。
そして「ありがとう」と小声で言った。


「まさかそんな言葉を貰えるとは思わなかったな」
「俺がそんなこと言うの、変すか?」
「いや」
首を振る。
「意外だったが、嬉しかった」
「……」
「どうした?」
「いや、ちょっと心臓に悪かったというか」


びっくりした。
部長の正直な言葉は、心に響き過ぎて体にも影響してしまう。
いつもは無表情な優等生なくせに。
こんなことを言ってくるなんて……何度俺を驚かせたら気が済むのだろう。


「お、俺ちょっと、水飲んで来ます!」
「越前?」

落ち着こうと、その場からダッシュする。
部長といると、逃げ出したくなる気持ちにばかりさせられる。
恥ずかしいような嬉しいような、……それでいて怖いような。

一気に駆け抜けて、目的地の水飲み場で蛇口を捻る。
勢い良く出る水で、ジャバジャバと顔を洗う。
そこで、気付いた。
タオルを置きっ放しにしたままだった。
まあ、いい。すぐ乾くだろうと顔をぶんぶんと横に振る。


「おい、ちゃんと拭いておけ」
「部長……」
俺の目の前に紺色のタオルが差し出される。
あれから、追って来てくれたらしい。
部長がすぐ横に立っていた。
「でも、これ部長の……」
「もう一枚持っているから心配するな。だから使っていい」
どうしようかと迷ったけど、
すぐ目の前で仁王立ちして早く拭けと無言でプレッシャーを掛けて来るから、借りることにした。
そっとタオルで水滴を押さえるようにして拭く。

「ありがとうっす」
「ああ」
部長はタオルを受け取っても、この場から去ろうとしない。
水を飲もうとしないし、やっぱり俺に用事があるのだろう。
避けていた理由を聞かれたりするのかもしれない。

沈黙に耐えられず、「何すか?」と俺の方から質問した。

「いや、俺も……なんて言ったらいいのかわからないんだ」
困ったように目を逸らす。

部長もこんな時は言葉が見付からないの?
好きな相手に、何て声を掛けたらわからない?
そんな気持ちに、なるんだろうか。

だけど、と俺は俯く。
噂が本当なら部長は一度、そんな経験を通っている。
俺よりは色々、知っているじゃないの?

そんなことを考えたらなんだかムカついて来て、ぐいっと顔を上げた。

「部長!」
「なんだ、越前」
「一つ聞きたいことがあります」
返事を聞くより前に、俺は質問をぶつけた。

「一年の頃に、ある先輩と付き合っていたって、本当?」

そこで、部長が「何を言っているんだ」とか、「馬鹿なことを言うんじゃない」と返事してくれるのを期待していた。
なんだやっぱりただの噂だって。
笑うつもりだったのに。

「何故、お前がその話を知ってる?」
僅かに震えた声で、言われた。
しまった、というような表情。
それだけで、十分だ。
やっぱり本当なんだと気付かされる。


「否定しないんだ」
「いや、それは」
「もういいっすよ。噂かどうか、わかったらスッキリしました」
スッと、部長の横を通って皆がいる所に戻ろうとする。
今はこれ以上、話をしていたくなかった。

「待て、越前!俺は……」
ぐっと腕を掴まれる。

すぐに、「離して下さい」とさっと払い退けた。
「もう聞くことは無いから」
「越前」
「じゃあね」

ゆっくり歩いて行くけど、追って来る気配は無い。

聞きたくないって言ったのは俺の方。
だから、しつこく話し掛けようとしないのだろう。

わかっている。
だけど、それでも苛々は収まらない。

少し前から続く矛盾だらけな自分の気持ちに、面倒だなと深く溜息をついた。


チフネ