チフネの日記
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| 2007年10月12日(金) |
好きな人がいるらしいよ 塚リョ |
翌日の全校集会で、都大会優勝したことが取り上げられた。
壇上に上った部長は改めて校長の手から優勝旗を受け取っている。 いつもの優等生の顔だ。
赤くなったり、焦ったり、落ち込んだりするなんて想像つかない位の澄まし顔。 何人が部長のあんな素顔を知っているのだろ。 不二先輩辺りにはとっくに知られていそうだけど、出来れば少ない方がいいなと思った。 だって素顔の部長からはいつもの近寄り難い雰囲気がないから、 遠巻きに見ている女子も積極的にアプローチして来るかもしれない。
……いや、べつに、部長に女子が近寄るのが嫌とかじゃなく、 練習の邪魔になるのを心配しているんだけど。
もういい。 考えていて、訳わかんなくなって来た。
もう一度、壇上に視線を移す。 ちょうど部長が降りてくるところだ。皆が拍手を送っている。 おざなりなものじゃなく、熱意の篭ったものに聞こえるのは気のせいなんかじゃない。 現に俺のすぐ隣に立っている女子も夢見るような目で部長に熱い拍手を送っている。 モテ過ぎるのも考えもんだと、軽く溜息をついた。
「それでさ、先輩達の試合すごかったんだぜ。さすが青学テニス部はレベル高いよな。 同じ部に所属している俺としても、鼻が高いぜ」 教室に入ると、早速自慢している堀尾の姿が目に入った。 お前、試合してないだろ。そう思ったが、放っておいた。 意外にも興味を示しているクラスメイト達がいて、堀尾を囲んで話を聞いている。 その大半が、女子だった。
「ねえねえ、不二先輩はどうだったの?試合は当然勝ったんでしょ? あー、私も部活が無かったら行きたかったなあ」 「大石先輩と菊丸先輩のダブルスってすごく強いんだってね。決勝ではどんな感じだった?」 「それより手塚先輩のこと聞かせてよ」 「私もー」 「ちょっと、待てって。質問は順番にしてくれよ」 女子の熱意を甘く見ていた堀尾は、徐々に壁際へと追い詰められていく。 オロオロしているが自業自得だ。自分で話を振ったのだから、仕方無い。
「ぶっ、部長の試合は大会では一度しか見られなかったんだって! ストレート勝ちで圧倒的だったけどな」 「一度だけ?それ、どうしてなのよ」 「仕方無いだろ!部長はシングルス1でその前に先輩達が勝っちゃうんだから」 「じゃあ、その試合をもっと詳しく教えなさいよ」 「そうよ、そうよ。圧倒的だったと言われても、何がどうなったのか、説明がなくっちゃね」 「そんな事言われても……そうだ、越前! お前も試合見ていたよな。頼むよ、助けてくれよ」 堀尾が情けない声を出す。 ったく、こっちに振って来んなと顔を顰める。
「さあ、いつもの半分も実力を出していないようだったから、どうとも思わなかったけど」 出来るだけ係わらないようにしよと、事務的に答えたけど、 何故かクラスの女子達はそんな一言にも食いついて来てしまう。 「えー、さすが越前君。そんなこともわかるんだ」 「ねえねえ。じゃあ、本気の手塚先輩の実力知っているの?」 「……」
答える気にもならず、俺は黙り込んだ。 だって、あの高架下の試合のことを誰にも話すつもりは無い。 それにどうせテニスのルールすら知らない連中に、何を言ったってわかるはずは無いんだから。 むっと黙ってやり過ごそうとしているのに、まだ勝手に話し掛けて来る。
「格好良いよね、手塚先輩。テニスしている姿もいいけど、生徒会長の時の厳しい感じもいいなあ」 「彼女とかいるのかな?」 「ねえ、越前君は知っている?」 案の定、低俗な話題に移って行く。 「さあ」と曖昧に答える。 馬鹿らしい。 始めから興味があるのはその件だったんじゃないの。テニスなんてまるで関係無いじゃないか。
俺の返事など聞いていないかのように、話題は続けられて行く。 「彼女はいないみたいじゃない?一度もそんな話聞いたこと無いよ」 「でも私、聞いちゃったんだ」 「え、何を?」 「手塚先輩の噂」 一人の女子が、勿体つけたように話し始める。 「何の噂?」 「好きな人がいるらしいよ」 「えー!?」 「嘘!それ本当なの?」 声のボリュームが上がった。うるさいと耳を塞ぎたくなる。 しかしまだ会話は終わらない。 「だから差し入れしても受け取らないんだって。 先輩達が話しているの聞いちゃった」 「相手は誰なのよ」 瞬間、ぎくっと体を強張らせる。 まさか、その相手が俺だってばれていないよな。 こんな所でばれたら袋叩きされかねない。 たらっと背中に冷や汗をかく俺を余所に、 「名前までは知らないけど」と、最初にこの話を始めた女子が人差し指を立てて頬に当てた。
「勿体つけてないで、詳しく教えてよ」 段々と核心に近付いてく会話に、首を縮める。 どうか上手くやり過ごせますようにと祈った。 が、それは予想外の方へと転がっていく。 「それが、もう卒業した人らしいよ?」 「え、じゃあ年上ってこと?」 「そうみたい。手塚先輩が一年の時に同じ生徒会で一緒だった人なんだって。 すごく綺麗で、人気もあったみたいよ」 「じゃあ、手塚先輩の片思い?」
いつの間にか俺もその話に耳を傾けていた。 だって、気になるじゃないか。 過去の話とはいえ、部長に好きな人がいたなんて。 正直、驚いた。 しかし驚くのはまだ早かった。
「それが片思いじゃなくって、付き合っていた時期もあったんだって」 「えー!」 一斉に声が上がる。 俺も思わず上げるところだった。危ない、危ない。 「本当に付き合っていたの?」 「だから詳しくはわからないよ。又聞きなんだから。 でも当時は有名だったらしいよ」 「へえー」 「なんか、ショック」 「私も……」 騒ぎはどんどん広がっていく。 と、そこへ授業開始のチャイムが鳴った。
「おいー、始まるぞ。皆席につけー」 いつも時間ぴったりに現れる数学教師の声に、固まっていた女子達も自分の席へと解散していく。 ちょっと、待て。部長の話はそれで終わり?続きは? 余計気になるだろうが。 何て、言えるはずもない。 俺も大人しく席に着いた。
部長の好きだった人、か。 しかも交際まで発展済み……。 なんかわからないけど、ショックだった。
「今日はやけに気にしているようだね。これで視線を送ったのは15回目かな。 何かあった?」 「……」 もやもやした気分のまま放課後の部活へ突入した。 ついついあの話が頭に過ぎって、気付くと部長を見てしまう。
だって部長が人気があるって言われる程綺麗な人とどうやって付き合ったのか、 どんなやり取りしていたか、気になるから。 告白したのは部長?その人から? 付き合いって、どの位の期間? 今はフリーっていうのなら、なんで別れたんだ。 色んなことを考えてしまう。
ちらちら部長のことを盗み見してたら、いつの間にか後ろに立っていた不二先輩に声を掛けられてしまった。 背後からって心臓に悪いから、本当に止めて欲しい。 それに目敏いにも程がある。15回って、数えていたのかよ。
「ほら、越前。黙っていたらわからないよ?」 「不二先輩、今部活中っすよ。怒られても俺は知らないから」 げんなりとしながら言うと、不二先輩は「怒られるかもねえ」と軽い口調で言った。 「でも僕は目先の面白いことの方が重要だから」 「俺を巻き込まないで下さい……」 どうしてくれようかと、不二先輩の顔をじっと睨む。 しかしいつもの様に涼しい笑みで俺のことを面白そうに観察しているだけだ。 にゃろう。 低く唸った所で、俺の頭にある考えが浮かんだ。
不二先輩なら、当時の部長のことを知っているはず。 噂になった位だ。 この人は全てを把握していたに違いない。 お願いすれば、もしかしたら教えてくれるかも……。 聞いて、みようか。
「どうかした?僕の顔をじっと見て。ようやく素直に話をしてくれる気になったのかな?」 「……」
慌てて首を振る。 やっぱり駄目だ。聞く相手が悪過ぎる。 後でとんでもない見返りを求めて来る可能性の方が高い。 ここは止めておこうと横を向いた。
「あ、ちょっとその態度は何?言いたいことがあるならハッキリ言いなよ」 「だったら言わせてもらうけど、俺に構うのは止めて下さい」 「それは無理」 「言っても無駄じゃないっすか!」 抗議しても不二先輩は平然としている。 むっとしてもっときつく言ってやろうかと口を開き掛けると、 「不二、越前、練習中だ。私語は慎め!」と部長に注意されてしまう。
「あー、手塚。いたの」 「いたのじゃない。暇なら走って来るか?」 「職権乱用するつもり?」 「真面目に練習している部員の邪魔は許さん。それだけだ」 「ハイハイ、真面目にやればいいんでしょ」 そう言って、不二先輩はコートの中へと入って行く。 上手く逃げたな。
残された俺は、どうすることも出来ずぼんやりと部長の顔を見た。 「どうした、越前。コートに入らないのか?」 先ほどとは違って少し柔らかい口調で、部長が話し掛けて来る。 不二先輩に一方的に絡まれていたって、ちゃんとわかってくれていたみたい。
「俺は……」 どうしたらいいか、わからない。 過去の話で、今は俺のこと好きだって言ってたんだから、 気にすることは無いのだろうけど。 「走って来ます」 「越前?別にお前が走る必要は、」 先を言わせず、俺は「走りたい気分なんで」と答えた。
「大丈夫、さぼったりなんかしないっすよ。 ただ、ちょっと頭冷やして来たいんで、行って来ます」 「……そうか」
そのまま振り返ることなく、グラウンドへ走って向かう。
なんだか、部長の顔を見ていたくなかった。 理由はわからないけど、心臓から胃に掛けて重しが乗っているみたいに気分が悪い。
今頃、乾先輩の汁に当たったのかと、首を捻った。
チフネ

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