チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2007年10月10日(水) ずるい人  塚リョ

山吹中はさすがにダブルスが強いと噂されているだけあった。
D2試合の結果はまさかの青学黒星スタート。
ゴールデンペアに続くダブルスの選手がいないので、仕方無いっちゃ仕方無いけど。
不二先輩が出ていて負けるなんて、試合はこれだからわからない。
皆もショックを受けているみたいだ。
そんな中、「負けちゃった。……ごめん」と言いながら不二先輩達が戻って来る。
河村先輩はかなり落ち込んでいるみたいで、ラケットを持っているのにバーニング状態じゃない。
すぐに菊丸先輩が「大丈夫っ、次は俺が勝つから!」とフォローを入れている。

部長は腕を組んだままだ。
すぐ前まで歩いて来た不二先輩に、「ちょっといいか」と声を掛ける。
「何?」
首を傾げて不二先輩が聞き返す。
部長は迷ったような顔を見せて、結局「お疲れ様」と言っただけだった。
そして河村先輩達がいる方へと行ってしまう。
なんだったんだ、一体。

変なの、と今のやり取りに目を瞬かせる。
言いたいことがありそうだったのに、飲み込んでしまったような。
そんな顔だった。

「あれ、きっと手抜きしたんじゃないかって聞くつもりだったんだよ」
「わあ!?」
「そんな驚かなくても」
何故か不二先輩はタオルで汗を拭きながら、俺の後ろに立っていた。
さっきまで、すぐ前にいた気がするんだけど……。
無視しよう。そう思っているのに、尚も話し掛けて来る。
「そりゃダブルス2つとS3を勝てば、S2の試合は行われないよね。
そうしたら、亜久津はきっと手塚に責任取れって言い出すに違いない。
越前との試合を阻止する為にも、その結果を望んでいたんだろうけど、
こっちだって手抜きして負けたんじゃないんだから」

ぺらぺら喋る不二先輩に、溜息をついた。
誰も手抜きしたなんて言ってないのに。
「そういう憶測は口に出さない方がいいっすよ」
とりあえず、止めに入る。
放っておくとどこまで喋るかわかったもんじゃない。
部長は今、大石先輩に話し掛けているから、聞いては無さそうだけど。
さっきのショックの所為か、大石先輩の顔色はまだ悪いままだ。
緊張しているのかもしれないけど、胃薬は効いているのかと心配になる。
これから試合始まるのに、大丈夫かなあ。

「だから憶測じゃなく、手塚は君のこと気に掛けているんだって」
「まだその話してるんすか」
いい加減にして欲しいと、背後にぺったり張り付く不二先輩に小声で注意をする。
ここはビシッと言ってやらねば。
試合前にも混乱するような話を二度とさせない為にも。
先輩だろうが、言ってやる。

「部長が他校生に絡まれたんだから、当然のことをしただけでしょ
部長としての義務を果たしてくれただけっす」
途端、不二先輩がふざけた声を出す。
「あれあれ?手塚が聞いたらまた落ち込んじゃうよ。いいのかなあ」
さすがに痛い所突いてくる。
でも先日きっぱりと部長に「保留だから」と言ったばかりだ。
この会話を聞かれても誤解するようなことは無い、はず。
「平気っすよ。俺は本当のことを言っただけっすから」
強い口調で言ってやった。

すると不二先輩はやれやれと肩を竦め、
「そう思うならいいんじゃないの」と返事して、離れて行った。

なんだよ。まるで俺が悪いみたいじゃないか。
大体部長のすることなすこと、変な風に考える方がどうかしているよ。
面白がっているとはいえ、ちょっと酷い。
部長は部長として、行動しているだけだ。
その言動にも他意は無い。
例えば桃先輩が亜久津にケンカを売られたとしても、同じように庇っていたんじゃないか。
俺の気を引きたくて、助けに入るとかそういう計算出来る人じゃないと思う。
たまたま部長の気持ちを知ってしまったけど、それでも今まで俺に接して来たこと全てが、
好きだからってそんな理由からじゃない。それ位わかるよ。
だってそうじゃなかったら、高架下での試合にあんな熱くなったりしない。
ただ真っ直ぐにぶつかって来た、だからこそ俺も全力を出して挑んだんだ。
する事全部が、好きだからってことじゃないだろう。
ムカついて、不二先輩の背中を睨む。

「それじゃ、行ってくんねー!」
青い顔したままの大石先輩を引っ張って、菊丸先輩がコートへと入って行く。
そろそろD1の試合が始まる。
ぼーっと見送っていると、大石先輩達から離れた部長がこちらを向いた。

目が、一瞬合う。
けど、すぐ逸らされてしまった。
「なんだよ」
思わず声が出てしまう。

また誤解しているってこと?
不二先輩の会話が聞こえて、その所為で?
保留したって言ったのに、もう忘れたのかよ。
俺の言うことがそんなに信じられない訳?
ムカつきながらも、わざと部長に近付いて行く。
こっちの行動に気付いて動揺しているのがわかったけど、
部長は逃げずにそのままコートの方を向いている。
それでやり過ごすつもりか。甘いな。
勿論、逃げていったところで追い掛けるけどね、と呟く。
試合前なんだから、こっちはさっさとスッキリしておきたいんだ。
そう思って、部長の横に立つ。
肩が揺れるのがわかったけど、構わず口を開く。

「何か、俺に聞きたいことがあるんすか」
すると部長は驚いたように、こちらを振り返る。
「いや、それはお前の方じゃないのか」
「俺が?なんで?」
「その、口出ししたことについて怒っているのかと思っていた」
「……はあ」
亜久津との会話に割って入って、その上勝手に変な約束したことは確かに怒っているよ。
片は俺が付けるって言ったのに、なんで部長が入ってくるんだって。
それは今も思っている。

「その件について謝罪はしない。
試合とはいえ、危険だ。出来ることならオーダー変更を今からでもしたい位だ」
「そんな無茶苦茶っすよ」
とんでも無い提案に、眉を寄せる。一体、何を言い出すんだ。
不二先輩との会話を聞いて、また心配になったんじゃなかったの。
話は予想と違う方向へ進んでいるみたいだ。
どうなってるんだと考え込んでいると、部長は「わかっている」と頷く。
「D2が負けた今、亜久津との試合は避けられない。
だが、越前。一つ言っておきたいことがある」

D1の試合開始の合図に、それぞれの学校が応援を始める。
皆の注意はコートに向けられている。
応援の声に紛れながら、部長が言う。

「もし奴がテニス以外のことでお前に危害を加えようとしたら、
試合中だろうが失格になろうが、止めに入るつもりだ。
二度とお前に手出しはさせない。いいな」
「え、ちょっと」
「俺の話は以上だ」

言いたいことだけ言って、部長はまたコートの方へ顔を向けてしまう。

ずるいじゃないっすか。
喉まで出掛かっている言葉を飲み込む。

部長のすぐ後ろに不二先輩が立っているのに気付いたからだ。
いつの前にその位置にいたんだ。神出鬼没にもほどがある。
今の会話も多分、聞かれていたんだろうなあ。

これ以上余計なことを聞かれないようにと、仕方なく口を噤む。

でも、もし不二先輩がいなかったら。
ここでその澄ましている部長の腕を引っ掴んで、問い詰めていたかもしれない。

「今のって、部長としてだけの言葉?それとも他に意味あるんすか!?」

俺に何の説明もしないで、目の前の試合を冷静に部長は眺めている。
残されたこっちは、聞きなれない言葉にどんな試合の時よりも、鼓動が早くなっているっていうのに。

やっぱり、ずるいと思った。


チフネ