チフネの日記
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| 2007年10月09日(火) |
素直じゃないんだから 塚リョ |
都大会、準決勝・決勝当日。 奇跡的に目覚ましが鳴るより前に起きることに成功した。 おかげで集合時間に遅刻することなく到着出来た。 やっぱり亜久津のことがどこか頭に引っ掛かっているのかもしれない。 準決勝に勝てば奴と試合出来る。 今大会でこんなに楽しみに思ったことはない。 今すぐにでも試合を始めたいと考えている位だ。 そうしたら、堂々と借りを返すことが出来る。
「おっはよー、おチビ。怖い顔してどうかしたのかにゃー?」
菊丸先輩がこっちに顔を向けたと思った瞬間、 飛びつくように抱きつかれる。 前から思っていたけど、この人の抱き付き癖を何とかして欲しい。 重いんだよね……。 文句を言ったら、「何を?」ってますます乗っかって来るのを知っているから、言えないけど。 大石先輩辺りがちゃんと注意してくれたら良いんだけどなあ。
「英二、越前が潰れちゃうよ」
意外な所から助けが入る。不二先輩だ。 一体どこから湧いて出たんだろ。さっきまで、すぐ近くにいなかったのに不思議だ。 すっと菊丸先輩の重みが消える。 不二先輩が間に入ってくれたからだ。 しかし俺にとっては有り難いものじゃない。 不二先輩に、昨日の出来事を全て見られていたかと思うと、妙なプレッシャーみたいなものが圧し掛かった気がする。 絶対、何か突っ込んで来るに違いない。 身構えていると、菊丸先輩が「何で邪魔すんのー?」と不満を訴えた。 間に入ったことが気に入らなかったみたいだ。 「だって後輩が困っていたら助けるのは当然でしょ」 ぬけぬけとそんなことを言う。 俺に絡んで来て困らせたことはどうなんだ。もう忘れたのか。 今更ながら、不二先輩と関わったことを後悔する。 「でもおチビに抱きつかないと、調子出ないんだよねー」 菊丸先輩はなんだか理由にならない事を言ってる……。 どんな調子だ。 俺意外にも抱きついているんだから、そっちに行ってろよ。 不二先輩は笑って、「でも、越前に抱きつくと後が怖いよ」と言った。
「え?なんで?」 「だって、越前は……ほら、ねえ?」 含みのある言い方。なんだ、もう。 菊丸先輩はすぐ察したらしく、ニッと笑う。 「えー、俺ハッキリ言わなきゃわかんないー」 「それはここでは、ちょっと」 ちらっと、不二先輩が部長を見る。 おいおい、こんな所で何言い出すつもりなんだ。 ぎょっとする俺を余所に、菊丸先輩も「そうだねー」と声を伸ばす。 「後で恨まれたりしたら大変だから、やっぱ止めておこっ」 「そうした方がいいね」 「あの、二人共、一体何を言っているんすか?」 幸いにも他の人に聞かれている様子は無い。 皆、試合を前にして聞き耳を立てている場合じゃないからだ。 良かった、と胸を撫で下ろしつつ、二人を睨み付ける。 「もう、おかしなことを言うの止めて下さい」 「それは出来ないなあ」 不二先輩が肩を竦める。 「手塚のあんな顔するなんて、初めて見たんだ。 ますます興味が沸いちゃった」 「えー、どんな顔?俺も見たかったなあ」 「そりゃもう、傑作だったよ」 「へえ……また見れるかな」 「多分、越前がいる限りまた見られると思う」 「じゃあ、期待して待っていよう」 とんでもない会話をする二人に、目を見開く。 何を言っても無駄なんだろうか。 この先もずっとからかわれ続けるのは嫌過ぎる。 けれど対処法なんて思い付くはずがなく、ただ不愉快に顔を歪める。
「そこの二人」 窮地を見透かしたかのように、部長の声が響く。 「ミーティングを始める、集合しろ」 ほっとして不二先輩達から離れようとする。 部長の前ではさすがに何も言えないだろう。 それこそ会場10周ものだ。 「今の絶対タイミングを狙って声を掛けたよね」 「俺らからおチビを引き離そうとしているのバレバレだっての」 後ろの二人がごちゃごちゃとうるさいが、無視しておく。 試合直前ということだけあって、集合してからは静かになったのが救いだった。
それから、大会が始まった。 ばあさんは最初の対戦相手に勝って弾みをつけるんだよ、とやたら気合を入れていた。 けれど。 「すみません、棄権します」 相手の学校は全員腹が痛いと理由をつけて、不戦勝が決まってしまった。
「なんだったと思う?あれ、不自然だったよね、絶対」
銀華中の棄権に、菊丸先輩が興奮したように声を上げる。 「たしかにあれは何か変だった。腹痛って言っている割には顔色は悪くないし、 切羽詰まった様子も無いここまで来て怖気付いたのか?」 「まさかー」 「そうだよな、そんなことあるはず無い」 大石先輩と菊丸先輩の会話に、(これ以上詮索されませんように)と祈る。 言える訳ない。 少し前に、銀華中の練習に偶然出くわして、奴らと勝負してボールを全部巻き上げたなんて。 部長にばれたら、グラウンドを走らされるだけじゃ済まない気がする。 黙っておこう。 そう決めていたのに、「ねえ、越前」と不二先輩がニヤニヤ笑いながら話し掛けて来る。 「君はどう思う?」 「どうって」 こういう時に限って、近付いて来るなんて。本当は全部どこかで見ていて、わざと言っているんじゃないかと邪推する。 「んー、なんかあの人達変じゃなかった?ちらちら君のこと見ていたし」 「そう、っすか」 「そうだよ」 まずい。どうやってやり過ごそう。 全く、なんて厄介な先輩なんだ。 どっかに行ってくれないかな、と苛々しながら横を向く。
「越前っ、おい、あれ!」 桃先輩が急に立ち止まって、大声を上げる。 不二先輩も何事だと振り返る。ナイスタイミングだ。 指差した方向を、皆が目で追う。 俺も同じようにそっちを見た。
「亜久津……」 会場でも臆することなくタバコを吸って、悠然と立っている。 不敵な笑みを浮かべている所を見ると、山吹は決勝進出を決めたようだ。 両手を広げて「よくここまで来たな、小僧」と亜久津は言った。 「これで少しは楽しめる。なあ?」 「亜久津、こんな所でケンカは」 「うるせえぞ、河村。てめえは黙ってろ」 この事態を止めようとした河村先輩を亜久津がジロッと睨む。 こいつの眼力は半端なもんじゃない。 普通ならビビッて声を出すことも出来ないだろう。 生憎俺は普通じゃないので、臆することな奴の正面に立ち、堂々と宣言した。 「あんたこそ逃げずにここまで来たんだね」 「小僧、俺を挑発してんのか」 「そうかもね」 クッ、と亜久津が笑う。 愉快そうなそれはおもちゃを見付けた顔のようだ。 負けるもんかと、睨み返す。 いくらケンカが強くても、これから始めるのはテニスだ。 殴り合う訳じゃない。 だったら勝算の行方はわからないと、強く睨み返す。
「そこまでだ」 「部長?」 亜久津との間にある火花を遮るかのように、部長が間に入って来た。 「何だ、てめえは」 部外者の乱入に、亜久津は気に入らないかのように顔を歪める。 「青学の部長だ。これ以上の揉め事は俺が許さない」 「俺に指図するつもりか?」 亜久津が指をボキッと鳴らす。 今にも殴り掛かりそうな不穏な空気が流れている。 皆の間に緊張が走るのが伝わった。 試合前に乱闘騒ぎになれば、両校共処分は免れない。 何で割って入って来たんだと、部長の横顔を見る。 亜久津にケンカを売られたのは俺なんだから、黙っていてくれたらいいのに。 後ろに下がって、と合図を送るが部長は気付きもしない。 しかもまた亜久津に向かって話し掛けた。
「コートの上なら、相手してやると言っているんだ。 それとも自信が無いから、ここで殴るつもりか?」 「てめえ……言ってくれるじゃねえか」 亜久津は一瞬瞳を険しくしたが、持っていたタバコを地面に放り投げて、靴で踏み潰した。 擦り付けるようにして、火が消える。 「そこまでこの俺にでかい口を叩いたんだ。もし小僧がつまらねえ試合をした時は、 お前が責任取れよ」 「わかった。その時は俺が相手になろう」 「ちょっと部長!?俺が売られたケンカに、何言ってるんすか!」 不満の声を上げるが、部長はこっちを見ようとしない。 亜久津にだけ目を向けていて、俺の言うことなんて聞こえていないみたいだ。
「その言葉、覚えておけよ」 ふん、と嫌味のように笑って、亜久津は俺達に背を向けて行ってしまった。 ……何か、とんでもない展開になった。 俺が負けたら、今度は部長が亜久津と試合する? 「何を言っているんだ、手塚」 それまで黙っていた大石先輩が声を上げる。 「あんな約束をしてもし何かあったら、青学は……全国は」 「うわー、大石!どうしたの!?」 「大丈夫だ。少し胃が痛くなってよろめいただけだ」 「試合前なのに大丈夫?やれるの?」 「ああ、薬を飲めばなんとか」 「し、心配だよ、それ!」 大石先輩の胃が、今の一幕で悪化したみたいだ。 菊丸先輩を中心に、皆心配そうに集まって行く。 薬が、水が、と大騒ぎだ。
俺が原因……なんだろうか、やっぱり。 でも部長が出て来るなんて予想してなかったからしょうがないんじゃないか。 そうだ、部長の所為だ!
「なんであんな事言ったんすか」 隣で突っ立っている部長に問い掛ける。 大石先輩の所に行かず、何やってんの。 こんな状況が悪くなるだけのこと、どうして部長が口出しして来たのか、わからない。 じっと見詰めると、ようやくこっちを向いた。
「今のやり取りに、問題があったか」 真顔で言われる。 問題ありまくりだろ!呆れて声も出ない。 この前、試合以外で亜久津に手を出すなと言ってなかったっけ? それなのに、この行動は矛盾がある。 自分がケンカ売るのはいいのかよ! 無言でいる俺に、部長は更に言葉を続けた。
「あいつと試合してもお前は負けない。 だから大丈夫だ。そうだろ?」 やけに自信たっぷりに言われて、ぽかんと口を開ける。
つまりそれって、俺の実力を信じてくれてるってこと? だからこの大会の後、部長が亜久津と試合することも無いって言いたいのか? 溜息を漏らす。信じてくれるのは嬉しいけど、挑発はまずいでしょ。
「手塚は越前のこと心配してあんなこと言ったんだよ」 「不二」 いつの間に近付いていたのか、部長の背後から不二先輩が顔を覗かせた。 「結果がどうであれ試合の後で亜久津がまた因縁を吹っ掛けてくるかもしれない。 そうなる前に自分へ注意を引きつけておこうと思ったんでしょ」 意外な見解に、目を見開く。 まさかそこまで考えて言ったなんて、信じられない。 そんなことしたら、自分の身だって危ういのに? 何考えているんだと、眉を寄せる。 すると、不二先輩が手を伸ばして来て、帽子のつばを指で弾いた。
「こら、そんな顔しないの。ここは素直に感謝しておく所でしょ」 「でも……」 ちらっと部長を見上げる。 その表情は固く、思考まで読み取れない。 「ねえ?手塚もなんとか言ってやりなよ」 「俺はそういうつもりで言ったんじゃない」 いきなりの全否定。 「部長として前に出るのは当然のことだ」 「手塚?」 「俺は山吹の試合の結果を確認して来る……先に移動していてくれ」 「ちょっと!」 不二先輩の制止の声に振り向くことなく、スタスタと部長は歩き出してしまう。 胃を押さえたままの大石先輩を放っておいていいのか。 一言、釈明していけばいいのに。
「逃げられちゃったみたい」 不二先輩が、そう呟く。 「全く素直じゃないんだから。ねえ、越前?」 「……」
聞かれても俺は答えることが出来なかった。 もし不二先輩の言ったことが真実なら、亜久津との試合に絶対勝たなくちゃいけない。 何がなんでも、だ。 ここで終わりにするんだ。
決意も新たに、ぐっと帽子を深く被り直した。
チフネ

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