チフネの日記
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2007年10月08日(月) 絶対言うもんか 塚リョ

不二先輩との一方的な約束も破棄出来ていない。
このまま負けたら、汁と暴露?
ありえない。そんなの認められない!

少し遅れて、俺もスピードを上げて走り始めた。

不二先輩のおかしな賭けは、結局引き分けになった。
あの汁を飲みたくない一心で全員同時のゴール。
ジョッキを持った乾先輩が、チッと舌打ちをする。
それ、どこから持って来たんだ……。

「同着じゃ、しょうがないね」
汗を拭きながら不二先輩が話し掛けて来た。
警戒しながら「もともと約束していないっす」と主張する。
あんな賭け、最初から無効だ。

「だったらこの先もずっと、越前は僕達に絡まれてもいいって言うんだね」
にこにこと笑いながら、脅すようなことを言う。
桃先輩が「不二先輩の扱いには気をつけろよ」と入部当初に忠告してくれたことを思い出す。ずっと前のことだったから、忘れていたけど。

「俺にちょっかい掛けるの止めて下さい。何も面白いことなんて無いっすよ」
抵抗を試みる俺に、不二先輩は首を振った。
「まさか。最高に面白そうな話題じゃないか。悪いけど見逃す訳にはいかないんだよね」
フフッと笑われて、眉を寄せる。
見掛けの爽やかさに反して、しつこい性格のようだ。
これは困ったぞ。
なんとか引き取ってもらわなきゃならない。どうしたら、いいんだろう。この先も絡まれるなんて絶対嫌だ。
そんな様子も不二先輩は可笑しそうに見ている。

「不二、越前。いつまで話している!」

睨み合う俺達を止めるかのように、部長の声が響く。
「二人共コートに入れ」
「「え?」」
俺と不二先輩の声が重なる。
「今からレギュラー同士で練習試合を行う。
最初はお前達からだ」
俺と不二先輩は顔を見合わせた。
早くも対決の機会が与えられたらしい。

「今度はこの試合で賭けをしない?」
当然のように、不二先輩が言う。
「僕が勝ったら、手塚との間に何があったか喋ってもらう。
でも君が勝ったら、手を引いてあげる。どう?悪くない条件でしょ」
「嫌って言ったら?」
「へー、自信ないんだ。意外だね」
馬鹿にしたような言い方に、カチンと来て言い返す。
「俺が勝っちゃってもいいんすね。手を引くって言ったの忘れないで下さいよ」
「勿論。でも簡単に勝てると思わない方がいいよ」
にやっと笑う不二先輩に、挑発に乗ってしまったことを知る。
口にしてしまったのはしょうがない。
勝てばいいんだと、コートに向かった。






さすがに余裕のある顔をしていただけあって、
不二先輩のテニスは上手いと思わせるものだ。
決め球をさらっと返す辺り、今までの相手よりも上を行っている。
勿論部長は別格だけど。
特にあのトラブルカウンターの一つ、羆落としは厄介だ。
スマッシュを全て無効化させられる。

‘破ってやる’

俺はラケットをぎゅっと握り締めた。
あれを破らなければ、多分この試合は負ける。
そうしたら強制的に部長との間にあったことを吐かされる。
阻止しなければ。
俺は使命に燃えていた。
誰にも言わないと決めていたのに、こんな事で暴露したら部長に申し訳無い。
羆だろうと虎だろうと、かかってきやがれ。
タイミングさえ掴めば、多分攻略出来る。絶対に。

ギリッと正面にいる不二先輩を睨み付ける。
やれるものならどうぞと、楽しそうに笑っている。
見てろよ。
次の攻撃に備えて、俺は体勢を整えた。



後、少しのはずだった。
羆落としを攻略して、これから反撃をするつもりでサーブを打とうとした。
「いい加減にしないか、お前達!」
どしゃぶりの雨と、ばあさんの乱入によって試合を止められてしまう。
たしかに雨は強く降っているが、それでもやれると思っていた。
不二先輩だってそうだ。
俺のツイストサーブを受けるつもりでいたのに。
ばあさんが止めに入った途端に、ラケットを下ろした。
さっきまで「逃げない」って言ってたくせに。なんだよ。

不満に頬を膨らませる俺に、不二先輩はコートの向こう側から寄って来る。
「4−3か、一応僕の勝ちかな」
「どこが!?あのまま続けていたら俺の勝ちっすよ」
必死でになって、先輩の勝ちを否定する。
こんな半端な状態で勝ちなんて、認められるはずがない。
ましてや部長の気持ちを教えるなんて、出来ない。
絶対言うもんかと、固く口を閉じる。
不二先輩はマジマジとこっちを見て、くすっと笑った。

「心配しなくても、大丈夫。中断されて、僕もなんか冷めちゃった。
あの賭けは無効ってことでいいよ、もう」
「本当っすか」
半信半疑に言うと、不二先輩は頷いた。
「それより越前は手塚に言うことがあるんじゃない?」
「え?」
「部活が始まる前、英二に言われたことに対して、
‘そんなことある訳ない’って言ったよね。あれ、手塚は聞かれてたよ。
それからずっと気にしている。
桃と試合しながらも、こっち見ていたの知ってる?あの顔は傑作だったなあ」
何であんたがそんなこと知っているんすかと、喉まで出掛かる。
こっちは必死こいて羆落としの攻略していたのに。どれだけ余裕あるんだよ。
悔しいと思ったが、今は置いておくことにする。
部長の誤解を解く方が先だ。

「ほら、部室に行ってタオルで体を拭いて来なよ。
僕は手塚を呼んで来るから、支度が出来たら外に出てね」
ぐいっと、不二先輩に背中を押される。
「不二先輩だってびしょ濡れじゃん。着替えなくていいの」
「僕は平気。ほら、急いで」
「はあ」
半ば無理矢理に押されて、俺は部室へと走った。
中に入ると、もうほとんどが着替えを終えて帰ったらしく、数人しか残っていなかった。
空いていてラッキーと思いながら、濡れた体をタオルで拭く。
それから制服へと着替える。
準備を整えた所で、外へと出た。


「部長?」
「……」
ちょうど外から走って来た部長と鉢合わせする。
不二先輩に呼ばれて、ここに来たのだろうか。
タイミングが良過ぎだろうと、なんか笑ってしまう。
勿論そんな場合じゃないから、ぐっと口元を引き締める。

「気をつけて……帰れよ」
目を合わせようとしないまま、部長は室内へと入ろうとする。
やっぱり誤解している。
その所為で傷付いて、避けているんだとしたら。
ここでちゃんと言っておかないと。
俺は部長の腕を引っ張った。

「越前?」
「あの、さっきのことなんだけど」
ぴくっと部長の頬が引き攣る。
「さっきとは何のことだ」
わかってるくせに。
惚けているのは立ち聞きしたのを知られたくないからか、
それとも俺の口からハッキリ言われるのを恐れているからか。
誤解を解くために、俺は部長の正面に回り込む。

まだこっちを見てくれない。
それでもいい。
ただ話を聞いて欲しいだけだから。

「一つ言っておくけど、菊丸先輩に言ったことは本心じゃないっす。
急にあんなこと言われて、なんとか誤魔化そうと焦っていて、つい出ただけで。
あの件はまだ保留って決めたよね。だから、まだ俺の中では答えが出ていないっす。
それだけ、言いたくて……」

どうしよう、上手く説明出来ない。
こんなんで誤解解けたかなと、ちらっと部長を見る。

「そう、か」

短くて、素っ気無くて、普段通りの返事。
けどその顔はホッとしたように笑ってた。

俺はそれを見て、誤解は解けたんだとわかった。
良かった。
これでまた、元通りのはずだ。うん。

で、この後どうしよう。
迷っていると、
「おーい、越前!雨も止んだし送って行ってやるぜー!」
桃先輩の声が響く。
いつの間にかあの雨は止んでいた。
これなら帰れそうだ。

俺は、部長の腕を掴んでいた手を離す。

「じゃ……部長、さよなら」
「ああ。気をつけて」
今度は目を合わせて、言ってくれた。
ほんの少し微妙な笑顔付きで。

何だか嬉しくなって、桃先輩の所へ軽い足取りで走って行く。
「……げ」
その途中、こっちを見て笑っている不二先輩を見付けて青くなる。
どうやら今の一部始終を見られていたようだ。


チフネ