チフネの日記
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2007年10月07日(日) 見ていたなんて知らなかった。  塚リョ

「最近、越前と手塚って仲が良いよね。これはどういうことだと思う?英二」
「あ、それ俺も思ったー。朝練前に二人で仲良くお話したりして、ずるいよなあ。
俺もおチビと仲良くしたいのに」

放課後の部活が始まって。
俺はまた新たな危機に直面していた。

「何か切っ掛けがあったとしか考えられない。今まで二人の間にそれらしい気配は無かったようだけどなあ」
「切っ掛け?不二っ。勿体つけていないで、教えて、教えて」
「これはただの推測だよ。やっぱり越前本人に聞くのが一番だと思う」
「そっか、そうだよね」
「という訳で、越前」
「おチビ」

不二先輩と菊丸先輩。テニス部の中でも人をおもちゃにすることに関して、天才的なコンビ。
菊丸先輩単体で絡まれることはあっても、不二先輩は今までほとんど俺に寄って来ることは無かったのに。
どうしてこんな事になっているんだろう。
部長と接点が出来たから?
でもそれは保留にしたのに、どっから嗅ぎ付けて来たんだか。

「「詳しく聞かせて」」
二人に詰め寄られて、俺は顔を引き攣らせた。
ピンチってもんじゃない。
誰か助けて、と周囲を見渡すが、皆触らぬ神は……状態で、こちらを見ようとしない。
自分で切り抜けるしか無さそうだ。

「一体、何の話っすか」
不自然にならないよう、精一杯冷静に答えたつもりだった。
しかし不二先輩はうっすら目を開けて、逃さないよ、という感じに距離を縮めて来る。
「ネタなら上がっているんだよ、越前。ここの所よく手塚のこと見ていたでしょ」
「そんなのたまたまじゃないっすか?」
「いーや、違うね。入部した時に比べると、見ている回数は五割り増し。
統計に基づいて言っているんだから、誤魔化されたりしないよ」

それ、何の統計だよ。心の中で呟く。
しかし驚いたのは、俺がそんな風に部長のことを無意識の内に見ていたってこと。
保留にしようと言っておいて、実はずっと心に引っ掛かったままだったのかな。

「おチビちゃんー、先輩に隠し事するなんて駄目だぞ」
今度は菊丸先輩だ。むぎゅっと抱きついて来る。
「手塚みたいな鉄仮面に、おチビはやれないのにゃー。
どうしてもって言うのなら、お兄さんの許可を取ってからだからな」
「いつ俺の兄になったんすか!?それより許可って?」
「えっ、おチビと手塚が付き合うことになったらのことだけど」
「そんなこと、ある訳無いっす!」

これ以上おかしなことを言われないようにと、少し大きい声を出す。
が、タイミングが悪かった。

「……時間だ。遊んでいないで集合しろ」
「あ、手塚。来ていたんだー」
「集合すればいいんでしょ。わかっているよ」
いつの間にかコートに部長が来ていた。しかも俺達の真後ろに立っていて……。
不二先輩達はさっさと集合場所へと行ってしまう。
逃げたな、と思った。

「越前、お前も早くしろ」
「……」

くるっと背を向けて、部長も歩き出してしまう。
今の会話、聞かれていたみたいだ。
一瞬、部長は傷付いた顔をしていた。
すぐ元に戻っていたけど、俺は見逃さなかった。
間違いない、あの会話を聞いて誤解したんだ。

どうしよう、と俺は額に手を当てた。
あれは違うんです、っていうのも何か言い訳しているみたいで変だ。
かといって、放置して良いのか迷う。
だって保留と決めたんだから、こんな所で答えを出す訳ないって……。
部長もわかってくれたらいいのに。

あんな傷付いた表情、初めて見た。

いつもの仏頂面と、赤くなった所と、笑った顔。
ここ数日で色んな顔を見たけれど、今のは出来れば知らないままが良かった。
そんな風に考えてしまう。

「越前!」

もたもたと歩いている俺に、部長が早く並べというように名前を呼ぶ。
けれど、目は逸らされたまま。
俺のことをまともに見ようとしない。
よっぽど、さっきのが堪えたのか。

やっぱり、誤解を解くべきかなと思った。
この状況が続くのは、俺にとっても良いとはいえないからだ。



「ねえ。手塚と何かあったんでしょ。そうだよね」

汁を賭けたランニングの直前。不二先輩がそんなことを囁いてきた。
菊丸先輩は桃先輩に絡んでいる。
不二先輩が単独で俺に話し掛けてくるなんて、本当に珍しい。
よっぽど俺と部長とのことに関心があるらしい。
その部長は、大石先輩と話し込んでいる。こちらには気付いていない。
ぷいっと横を向いて、「何も」と答える。

「可愛く無いなあ。後輩は素直が一番だよ」
「元々可愛くないんで」
「そうかなあ。君の事可愛いと思っている奴が、少なくともこの中に一人はいるんじゃない?」
ちらっと部長の方を見て、不二先輩は含み笑いする。
「何言っているのか、わからないっす」
これ以上絡まれたくないから、ハッキリと言ってやった。
この二人が余計なことを言うから、ややこやしいことになったのにもムカついている。
しかし不二先輩は俺の言葉など聞いていないかのように、更に話しかけて来た。

「大丈夫。僕は味方だから安心して。
君が知っている手塚の面白情報をちょっと教えてくれればいいから」
「そんな情報持っていません」
「越前……、意外と強情だね。
でもさっきも言ったでしょ。根拠に基づいて喋っているって」
「だから、その根拠って何すか」
言い返す。
すると不二先輩は自信たっぷりに答えた。
「手塚も君が入部してからずっと目で追っているけど、ここ数日は怪しい位ちらちら見ているんだよ。
何かあったと思うのは普通じゃない?」
不二先輩の言葉を聞いちゃいけないと思いつつ、顔を上げてしまう。
だって部長がそんなに頻繁に見ているって、一体いつどこで、と気になったから。

「部長がそんなに見ていたなんて知らなかった。気付かなかったけど」
「そりゃ君がコートに入っている時や後ろを向いている間だけ、視線を送っていたからね。
熱烈な片思いに見えても、仕方無いでしょ」
ね?と不二先輩の言葉に頷きそうになって、慌てて止める。

そんな風に見ていたなんて知らなかった。
俺が気付いていない間、ずっと視線が注がれていたなんて。
カッと顔が赤くなるのを感じる。

「あれあれ?越前ひょっとして、これは両想いってことかな」
面白そうに笑う不二先輩に、今度は部長に聞こえないよう、低く、でもしっかりと「違うっす」と言った。
「勝手なことをむやみに口に出さないで下さい」
「なんか構いたくなるんだよねー」
「迷惑っす」
心底嫌そうに言うと、不二先輩は「そうだ」と両手を叩いた。

「じゃあ、このランニングで君が僕より早くゴール出来たら、この件に関わるのは止めてあげよう」
「本当っすか」
「うん」と不二先輩は頷く。
「でも僕が勝ったら、全部話してね」
「え」
「約束したから」
「ちょっと!」

約束なんてしてないと掴みかかろうとするより前に、
「さあ、始めるぞ」と乾先輩がストップウォッチを取り出した。
「タイムに遅れたら、これだからな。自信作だぞ」
その手には、あの嫌な色の液体だ。
絶対飲みたくない特製汁。

「スタート!」

掛け声と同時に、皆走り出す。
「お先に」
当然、不二先輩も。
「あ、ちょっと!」

不二先輩との一方的な約束も破棄出来ていない。
このまま負けたら、汁と部長とのことを暴露?
ありえない。そんなの認められない!

少し遅れて、俺もスピードを上げて走り始めた。


チフネ