チフネの日記
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| 2007年10月06日(土) |
ちょっと……嬉しかった。 塚リョ |
生徒会の連絡ってやつを読み上げる部長の顔は、優等生そのものだ。 生まれながらの生徒会長って感じ。いや、生まれてから会長やっている人もいないけど。 選挙に担ぎ出されるのもわかる気がする。
でも俺は昨日見せた、ちょっと頼りない位の笑顔の方が良く見える。 人間っぽくって、親しみが持てるからだ。 でも部長って頂面のままでも二年生を中心に慕われているんだった。 じゃあおかしいのは俺の感覚か? わからないや、もう。
壇上にいる部長をじっと眺めると、ふっと視線がずらされてこっちを見た気がした。 こんな遠くからだから気のせいだと思いたいけど、目が合ったような……。まさかね。 俺はふいっと、視線を下げた。何だよ。 こっちがびくびくしてどうする。 例の件は保留になっているんだから、今まで通り、今まで通りと呪文みたいに心の中で唱える。 そうでないと、何か落ち着かなくって、この場から逃げ出したい気分になるからだ。
「以上です」
部長が壇上から去って行く音が聞こえる。それを合図に俺は顔を上げた。
全く。保留とかいって、結局振り回されている気がする。 大会も近いのに、これじゃまずい。後数日で都大会決勝なんだから、動揺なんてしている場合じゃないんだ。 全国に出て、もっと強い相手と戦うんだから。 部長のことは後回し、後回し。うん、これで良し。
大きく息を吸って吐いて、気持ちを落ち着かせた。
張り切って部活しようと、その日の放課後はいち早く教室を飛び出した。 他の部員が来るまでに自主練しよう。そう決めた。 思い切りボールを打って、つまらない動揺を追い出そう。 そうしようと思っていたのに……。
「お前が越前リョーマか」
誰、これ。カチローに絡んでいるこの男の制服、どこかで見たような。 うわ、タバコ吸っている。目つきも危ない。 って、こいつ石投げてきやがった!
誰だかわからない危ない男に返すつもりで、石をラケットでキャッチする。 すると奴は更に多くの石を掴んだ。 これだけの数を投げられたら、避けられない。こいつ、正気か!?
「リョーマ君!」
カチローの叫ぶ声。いいから、どこかに非難してくれよ。また狙われたらどうするんだ。 俺は咄嗟にラケットで体を庇ったけど、いくつか石が体に当たった。……痛い。 何だ、あいつ。 やる事だけやって、奴は帰って行こうとしている。最悪だ。 絶対このままで帰すもんか。 こっちも石でやり返したら、後々問題になりそうだ。ボールを一個掴んで、全力でサーブする。 当たれ。奴の後頭部にめり込む位に。 「ハハッ、この程度かよ」 奴は片手で楽々キャッチしやがった。チッ。仕損じた。 タバコも咥えままだ。余裕ってことか。 「都大会決勝まで上がって来い」 亜久津仁、と律儀に名乗って奴は去って行った。 おいおい。何堂々と身元明かしているんだ。 ただの馬鹿なのか、それとも俺がコートで決着つけることを選ぶことがわかっているのか。
「警察っ、警察呼ばねーと!」 正気に返ったのか尻餅ついている荒井先輩が騒ぎ出す。 あ、存在忘れていた。 「大丈夫っすか」 「ちょ、ちょっと口切った。越前、お前は」 「俺は平気っすよ」 じんじんと痛む顔面を我慢して答える。この位、どうってことない。 「だから、警察呼ぶのは待って下さい」 「へ?」
ぽかんと口を開けた荒井先輩を説得するのに、3分程必要とした。
最悪ってこういう事を言うんだと思う。
亜久津が帰った後、当然おばさんからも大石先輩からも誰にやられたんだと問い詰められた。 中体連に訴えれば、という意見は当然却下だ。 冗談じゃない。借りを返さないまま奴を引き渡したりしたら、俺の気はずっと晴れないままだ。 桃先輩は俺の気持ちをわかってくれたようで、大石先輩にも待ったを掛けてくれている。 ありがたいことだ。 英二先輩も援護に加わって、一旦は俺に預けてくれることになった。
その後、部活が終わり英二先輩達と今日の出来事なんかを話しながらハンバーガーを食べていたら、偶然タカさんの姿を見つけて、跡を付けたらまた亜久津と遭遇して。 なんだか波乱に満ちた一日だった。
しかしそれ以上の出来事が、翌朝待っていた。
「何の話か、わかっているのか」 「はあ」
朝練に参加しようとしたら、部長に拉致られた。 説明を聞くまで参加は認めんとコートの外に連れ出されて、そして部室までずるずると引き摺られた。 今まで見た中で一番眉を寄せた部長と二人きり。 これを最悪と言わず、なんて言うんだ。 正直、逃げ出したい。
「朝練始まるけど、いいんすか」 なんとか逃げ道を探そうとする俺に、「今日は大石に任せてある」ときっぱり言われてしまう。 「一体、どういうことだ。俺のいない間に何があった」 部長は俺の顔に貼った絆創膏をジロジロ見ている。 こんな時に怪我したことを怒っているんだろうか。 それとも他校生と揉め事起こしたこと? きっと両者だろうなと思いつつ、口を開く。
「何って、亜久津って奴が乗り込んで来て、カチロー達をぼこぼこしてたから、止めに入っただけっす。 奴が先に石をぶつけて来たから、怪我した。はい、説明終わり」 簡潔に言うと、「越前」と部長は何故か疲れたような声を出した。 「止める前に誰かを呼びに行こうとは思わなかったのか?」 「その間に、手遅れになったらまずいでしょ。荒井先輩なんて内臓破裂の危機もあったんだから」 「しかし奴はお前を狙っていたそうじゃないか。やはり出ていくべきじゃなかった」 「……そんな事知らない」
ぷいっと横を向く。 またこの展開か。部長は頑固だから引かないし、俺も譲らない。 ケンカしたい訳じゃないけどなあ。 どうしても衝突は避けられないらしい。お互いの性格の所為か。
ちらっと様子を伺うと、部長はなんだか項垂れている。 呆れているのだろうか。 どうしようかと出方を伺っていると、「越前」とやや立ち直った部長から声を掛けて来た。 「それで、どうするつもりだ」 「どうするって」 「大石も言っていただろう。中体連に訴えれば、奴の学校は出場停止は免れない。 本来なら、そうするべきだと思う」 部長の案に、焦ったように待ったを掛ける。 「ヤダ。それだと俺の手で決着をつけたことにならないっす。 あいつとはコートで勝負したい。決勝で待っているって言われたのに、こっちから降りてどうするんですか。 部長が反対しても、俺はあいつと試合するから……!」 もし出場停止になったら、学校に乗り込んで野試合でもなんでもいいから、テニスでぎゃふんと言わせるつもりだった。
「そう、か」
俺の決意を聞いて、部長は深い溜息をついた。 きっとこの後、反対意見が飛び出すんだろうな。 たしかに部長として中体連に訴えることを考えるのは、普通の感覚だ。 亜久津みたいな危ない奴、見過ごせないって思うのも。
なのに、飛び出したのは意外な言葉だった。
「奴に勝つ自信はあるのか」 「え?」 「どうなんだ、越前」 問われて、俺の方が驚いてしまう。 まさか、試合させてくれるんだろうか。 慎重に、答える。 「自信ならあるっす。テニスなら、俺は負けない」 それを聞いて、部長は頷いた。 「だったらやってみろ。お前の好きにすればいい」 「……」 「なんだ、その顔は」
いや、それこっちの台詞だって。 だってさっきまで厳しい目で見ていたくせに、今度は打って変わって優しい顔になっている。 変わり過ぎだろ、と内心で叫ぶ。 ギャップ狙って落とそうとしているんじゃないかと、疑いたくなって来た。
「あっさり認めてくれたから、驚いただけっす」 「どうやら反対しても無駄みたいだからな。 自信があるのならコートで決着をつければいい。余所で問題を起こされる方が迷惑だ」 要するに、中体連で解決したら俺が山吹に飛び出して行くことを見抜いていたらしい。 チャンスをやる限りに、決勝以外では手を出すなと釘を刺しているようだ。 その位の条件なら、構わない。試合さえ許してくれるのなら、もう無茶は言わない。 「了解っす。決勝できっちり片を付けるんで大丈夫っすよ」 「よし、じゃあこの話はこれで終わりだ。。練習に戻っていいぞ」 「っす」
終わってみればあっさりしたものだった。 絶対、説教タイムが始まると思っていたのに、理解を示してくれたのが意外というか。 そこはちょっと……嬉しかった。
「部長には最後まで反対されるかと覚悟してた」 一緒にコートへ戻る途中、部長にそんな言葉を投げ掛けると、 心外だと言わんばかりに顔を顰めた。 「俺のことを人の意見を聞かない奴だと思っているのか。 これでも一応部長だぞ。部員のことは第一に考えている。 何がベストの選択か、わかっているつもりだ」 「……すみません」
思わず素直に謝罪する。 少しばかり、部長のこをと見くびっていたようだ。 この人は頭ごなしに考えを押し付ける人じゃない。大石先輩の話から、それはわかっていたつもりだったのに、やっぱりわかっていなかった。 まだまだ、だね。
肩を落とす俺に、部長がもういい、と言うかのように帽子にそっと手を置いた。
「試合に勝って、俺の選択が間違っていないことを証明しろ。 それがお前に出来ることだ」 「部長……」
単純だけど、今の一言に燃えて来た。 絶対勝って、部長の期待に応えてやるって単純だけどやる気が出た。 「はい!」 「良い返事だ」 ぐいっと、帽子越しに撫でられる。 普段の俺なら「子供扱いみたいなことするな」と怒っているのに、 何故かそれが嫌じゃなかった。 どうしてだかは、わからなかったけど。
チフネ

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