チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2007年10月04日(木) 相性、悪いかもしれない。 塚リョ

何であの時部長からの告白を保留にしたのか、自分でもよくわからない。
けど部長はそれで納得していたし、今までと変わることが無いのなら、これで良かったのかもしれない。
現状維持。表向き俺達は告白前と変わることなく過ごしている。
朝練に遅刻したら容赦なくグラウンドを走らされて、挨拶以外は言葉を交わすこともない。
視線も合うことはほとんどない。
こっちが拍子抜けするほどだ。

部長の好きって、何だろう。
ふとした時に考えてしまう。
誰かをちゃんと好きになったことが無いから、さっぱりわからない。
けど、好きって気持ちになったらもっと相手に近付きたくなるものじゃないのか。
いや、寄られても困るけど。一般論として、だ。
なのに「忘れてくれ」と部長は俺に言った。
この先も告白するつもりは無かったんだろうか。
俺が余計なことを言った所為で暴露する形になったけど、そうじゃなかったら……。
心の奥にずっと仕舞いこんで、自分自身でも忘れてしまおうとか、願っていたのかもしれない。

もっと、大事にしてやればいいのに。
誰かを好きになったことのない俺にはわからないことだけど、好きって幸せな気持ちになることじゃないのか。
今よりもっと子供の頃、母さんがそんなことを話してくれたのを覚えている。
「誰かを好きになるって素敵なことなのよ」
あれは眠る前に読んでくれた絵本の内容がわからなくて、質問をぶつけた俺に答えてくれたんだっけ。
「もしこの先、リョーマに好きな子が出来たら、その人と自分の気持ちを大切にしてあげて。
幸せってそういうもので出来ているの」
質問の内容は忘れたけど、そんな風に語ってくれた母さんの顔は優しくて。
この時の言葉を忘れることが出来ず、今も心に残っている。
結局、テニスに励んでいたおかげで未だに恋愛に縁は無い。今のところ、それは役に立ってはいないのだけど。

部長の「忘れてくれ」の一言に、思ったんだ。
自分の気持ちを大切にすればいいって。
相手が俺っていうのが微妙な所だが、折角好きって気持ちを持ったのなら簡単に忘れるなんて、言わない方がいいのに。
なんだか部長がなんであんなことを言い出したのか気になり始めて、
ずっと理由を考えてまた少し眠れなかった



翌日。朝練は何事も無く終わったけれど、放課後はちょっとしたアクシデントが起こった。
日直の仕事で少し時間が遅くなった俺は、一人で部室で着替えていた。図書委員だけでも面倒なのに、勘弁してくれとぶつぶつ言いながら。
そこへまた一人誰かが入って来る。
「……部長」
まるであの日のようなタイミング。
何これ、仕組まれてる?と一瞬思ったが、そんなはずは無い。
部長はこの時間に俺が来ているとは知らないのだから。

「今からか」

ちらっとこちらを見て、部長がそう言った。
「日直で、遅れただけっす」
遅刻じゃないことをアピールするように少し大きな声で返す。
堀尾には遅れる理由言っておいてと頼んだのに、伝わってなかったのだろうか。

「聞いている」

また短く言われて、俺はゆっくり瞬きをした。
一体、これ何の会話?聞いているのなら、いちいち確認することは無いのに、何が言いたいんだ。
眉を顰めていると、部長は自分のロッカーから荷物を取り出し制服に着替え始める。
「俺は今からまた生徒会だ。呼び出しを受けてな」
「……はあ」
それしか言いようが無い。大体、部長がさぼって帰るなんて思ったりしない。
何言い訳しているんだろ。また眉が寄っていく。
駄目だ。
会話が噛み合わない。
力無く、俺は着替えを続けた。部長と会話するって、結構大変みたいだ。
告白されたから気まずい、とかじゃない。根本的に俺達の感覚はずれている気がする。
そう思っているのに、また部長は口を開く。

「多分、今日はこのまま戻れそうにない」

独り言とも取れる内容だったけど、この部室には二人きりで、明らかに部長は俺の方を向いて喋っている。
どうしようかと迷ったが、結局返事をすることにした。
だって、無視したとしても何かこっちが言うまでじっと待っていそうな気がする。
証拠に、今もずっと部長はこちらを見ている。顔を向けなくてもわかる。

「部長も会長もやっているなんて、大変っすね」
これが俺の精一杯だ。大体、これが会話と呼べるかどうかも怪しい。
返すのに難しい言葉投げやがって、と内心で悪態をつく。
とにかくこれで終わりにして欲しいと俺は祈ったが、部長はまた律儀にも答えてくれる。

「大会が重なる時期はさすがに面倒に思えることもある。
しかし選ばれたからには投げ出す訳にもいかなからな」
「ふーん、真面目っすね。俺だったらテニスをしていたいからって、断るかも」
「その気持ちはわかる。どうしてもと頼まれたから、断れなかった」
「ふ−ん。色々事情がありそうっすね」


ちょっと会話らしいものが続いてる?
すごいかも、と俺はなんか楽しい気持ちになった。
テニスでラリーが続く感覚が似てる。やれば出来るんだって、思うのはさすがに失礼かな?
でも部室に入って来た時よりはマシなことを言ってくれるから、俺も普通に返すことが出来る。
会話って、お互いの呼吸が大事だよねと柄にもないことが浮かぶ。
部長といると、なんか色んなことを考えてしまう。


「ところで、越前」
折角のラリーを遮るように、部長が声のトーンを下げて言う。
続いていたのに何だと、またちょっと不機嫌になり掛けながら一応「何すか」と返す。
「あれ以降、二年生から何か嫌がらせを受けることは無いか」
「え?」
「だから、この間みたいなこと、とか」
口篭りながら言う部長に、何のことか察する。
同じテニス部員が後輩を苛めているとは、さすがに部長も言い辛いらしい。
まあ、俺が応えてないんだから苛めの内にも入らないんだけど。
連中はあれきり俺を見るとこそこそと避けていく。きっと部長に言い付けられるのを恐れているんだろう。
本当小さい奴らだ。相手をする気にもならない。

「もう大丈夫っすよ」
俺がそう言うと、部長は少し安心したような顔になった。
そんなに心配しなくてもいいのに。
「前にも言ったけど、ああいうのは慣れてるから。何言われても平気っす」
「越前……」
部長が左手で額を抑える。
「平気とかいう問題じゃない。前にも言ったと思うが」
「もう、お説教はいらないっすよ。部長は心配し過ぎ」
少し強く言うと、部長は少し目を細めて言った。
「心配し過ぎということは無い。もし何かあったらどうするんだ」
「何かって?」
聞き返すと、部長は何故か目を逸らした。
「……上級生と下級生との間の諍いは何が起こるかわからない。
十分過ぎるくらい注意するべきだ」
「はいはい、わかりました。何かあったら、あんたに相談すればいいんでしょ」
妙に絡んでくる部長に、うざったくなってこんな言い方してしまう。

なんでだろう。
数分前までは、普通に会話出来たのに。
今は苛々する。何でこんな事になってんの。
心配なのはわかるけど、大丈夫だって言ってるんだから納得してくれればいいのに。
なんで引かないんだ。
俺だって、ここまで言うつもりは無かったのに。

「……そうだな」
なんだかしゅんとなってしまった部長を見ていられず、
俺はラケットを持って「それじゃ」と部室を出た。

俺達って、なんかこんなことばっかり繰り返している気がする。
相性、悪いかもしれない。


チフネ