チフネの日記
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リョーマは雨の日が嫌いだ。 理由は一つ。いたって単純。 テニスが出来ないから。 今日みたいに雨が降ったら不機嫌になる所だが、いつもとは様子が違う。 雨は嫌いだが、こんな時間を過ごすのは悪くない。 そう思うのも、不二がいるからなのか。
現在、不二の部屋にいて折りたたみテーブルを挟んで座ってる。 テーブルには飲物と教科書。 リョーマの宿題を教えてもらってる格好だ。
雨が降って部活が中止になった分、長くいられる。 それが嬉しい、と思うなんて。 二人きりの空間を意識しているのが恥ずかしくて、リョーマは平常の顔でいようと努め続けてる。
雨が降り出したのは、昼過ぎからだった。 止みそうに無い空に、今日の練習は中止じゃないかと思い、ふと気付く。 早く帰宅出来るのなら、いつもよりも長く不二と過ごせるんじゃないかって。 部活が終わった後ではもう辺りが暗く、 不二の家に上がってもあまりゆっくりすることが出来ない。 授業が終わってすぐなら、もっとのんびりとした会話も楽しめるだろう。
(あ、でも・・・どうしよう)
今日も一緒に帰る約束はしているが、 待ち合わせは部活が終わった後の時間でしかしていない。 この雨で部活は休みだと不二が察してくれて、早く来てくれるだろうか。 それとも、不二のいる教室まで伝えに行くべきか。 三年生の教室とは階が分かれている。 足を運んだことすらない場所だ。 大した用事じゃないから、余計に行き辛い。 「やっぱり部活は中止だってよー」 5時間目が終わった後、連絡が回って来ても、 リョーマは不二の所へ行けずにいた。
(どうしよう・・・)
だがその悩みはHRが終わって、すぐ解決されることになる。
「越前」 なんと、不二が直々にリョーマを訪ねて教室まで迎えに来たのだ。 自分の名前を呼ぶ声に、飛び上がりそうになってしまう。 不二は出入り口で手招きしている。 堀尾が「不二先輩?なんで来てるんだ?」の声も気にせずに、慌てて駆け寄る。
「どうしたんすか、こんな所まで」 リョーマの質問に、不二はちょっとだけ気まずい顔をする。 今の言い方が教室に来られて迷惑だと、取ったのかもしれない。 慌ててリョーマは「遠いのに、わざわざ来てくれたから驚いた」とよくわからないフォローをしてしまう。 しかしそれで不二は気を取り直したようだ。 こほんと小さく咳払いして、口を開く。 「えっとね、今日部活が休みだって知ってる?」 「はい」 「それで、今から一緒に帰ろうかって誘いに来たんだ。 教室から出ちゃったらすれ違うかもしれないから、どうしてもここで掴まえておきたかった」 ぱっとリョーマは顔を上げる。 不二は自分の言ったことが必死過ぎて恥ずかしいと思ったのか、照れ笑いをしている。 「待っててください。自分の荷物取ってくるから」 「越前?」 今度は一目散に自分の席へと戻り、鞄に教科書を詰め込む。その時間僅か3秒。 あっけにとられてる堀尾を見向きもせずに、不二の元へと戻る。
「そんなに急がなくても良かったのに・・・」 不二は全部見ていたので、機敏な動作に驚いているようだった。 でもすぐに表情を緩めて、「帰ろうか」と笑い掛ける。 「ういっす」
雨が降ったおかげで、少し早めの帰宅時間。 テニスが出来ないのは残念だが、不二と一緒にいられるならそれもまた嬉しいことだ。
「良かった。桃に確認した甲斐があったな」 連れ立って歩く途中、不二が呟いた言葉に反応する。 「桃先輩?なんで?」 わざわざ?と疑問に思うリョーマに、 不二は少し迷いながらもさっきの行動を打ち明けてくる。 「雨が降ったから、休みになるかって聞きに行ったんだ。 もしかして室内トレーニングってこともあるだろう? でも休みなら、待ち合わせ時間が変更になるから。 桃が連絡のためにあちこち動いてたおかげで、ギリギリにしか確認出来なかったんだけどね・・・」 でも会えて良かったと笑う不二と、その言葉に、リョーマの頬がぽっと染まる。
雨が降ったとき、不二も自分と同じことを考えてたらしい。 3−6へ行く勇気が出せなかった自分と違い、 桃城に確かめ1年生の教室まで迎えに来てくれた不二。 素直に行動にも口に出せる、この人が好きだとまた思った。
「あのさ、先輩」 「何?」 ドキドキさせられっぱなしというのも、悔しい。 自分だってちゃんと不二のことが好きだ。 ちゃんと伝えたい。
「俺、雨ってテニスが出来なくなるから嫌いだけど。 先輩といつもより長く過ごせることは、嬉しいって思う。本当だよ?」 「越前」
不二が、あの嬉しくてたまらないといった笑顔を見せる。 こっちまで幸せになるようなほわんとした表情。
「・・・惜しいな」 「何が?」 「ここが学校じゃなく、せめて誰もいなかったら。 君のこと抱きしめていたのに」 「え!?」
声を上げて驚くリョーマに、不二は慌てて否定する。 「冗談・・・だよ」 「・・・・・・」 「ごめん、驚かせたね」 「ううん」
冗談だとは言ったけど、今のは本気の言葉に聞こえた。 付き合いをこのまま続けたら、そういうことだってあるだろう。 キスとか、もっと先の展開だって。 好き合ってる者同士なら、普通のこと。
(うわ・・・)
想像して、リョーマは口に手を当てる。
「どうしたの?」 「なんでもない」 下手な冗談を言った所為で怒ったのか。 ひたすら心配しているような不二に、リョーマは「なんでもない」と繰り返す。 「そ、そう?」 「早く、先輩の家行こう?」 「うん。・・・?」
(何かすごくまずい想像した気がする)
外を歩く間も、リョーマは傘で顔を隠していた。 不二の顔がまともに見れない。 触れられるとか、キスとか。 一瞬想像したけど、嫌じゃないと思ってしまった。 相手が不二なら、してもいいとまでも。
(変だよ、絶対)
わざと足早に歩くリョーマに、不二はやっぱり怒っているのだろうかと、 悲しげに小さな背中を見詰めていた。
不二の部屋に入った回数は、片手とちょっと位だ。 いつ来ても自分の部屋とは違い綺麗に片付いている。
「適当にくつろいでて。今、お茶を入れるからね」 「うん」
最初に入った時も少し緊張はしたが、 今日ほどじゃない気がする。 つい、先程の不二に言われた言葉を考えてしまう。 今は家の中で、不二の部屋で二人きり。 抱きしめるには絶好のチャンス。
(ダメだ・・・)
考えまいと、リョーマは小さく首を振る。 不二は特に意識するような態度を取っていない。 部屋に入っても、普段通りだ。 お茶を運んだ後も、宿題でも見てあげようかと提案を出し、 変わらぬ態度で手伝ってくれている。
(俺ばっかり意識しても、しょうがないじゃん)
バカみたいと、鉛筆を強く握り締める。 「越前。どこかわからないところがある?」 「あ・・・」 顔を近づけてきた不二に驚き、さっと体を引いてしまう。 「・・・・・・」 リョーマの態度に、当然傷付いた表情を覗かせる。 だがすぐに不二は、優しい笑顔を向けてくれるのだ。 「少し疲れたかな。お代わり持って来ようか」 気まずくならないようにしてくれてるのがわかる。 まだ触れるには早いんだ、と納得してるに違いない。
(でも・・・何かヤダ) 席を立とうとする不二を、リョーマは引止めに掛かった。 くいっと、ズボンの裾を引っ張る。 「どうかした?」 瞬きしている不二に、「座って下さい」とお願いする。 リョーマの言葉に、不二は逆らうことなく隣へと腰掛けた。
「あのさ。嫌だなんて、思ってないよ」 どう切り出したら良いかわからず、それでもたどたどしく自分の意思を伝える。 「誰かいる場所は、たしかにちょっと困るけど。 今はいないから・・・さっき言ったことしていいよ」 「越前」
不二の目が開かれる。 かなりびっくりしてる様子だ。 誘うようなことを言ったことが恥ずかしくて、リョーマは目を伏せる。 だが不二の手が顔に手を掛かり、上を向かされてしまう。
「僕に気を使っているんだったら、別にそんな事言わなくてもいいんだよ。 もっと好きになってもらうまで、待つから」 穏やかに笑うこの人は、いつまでも待ってくれるだろう。 だけど、リョーマは小さく首を振る。 「待たなくてもいい。俺も、先輩のこと好きなんだから」 さあ、来いというように両手を広げる。 いささか情緒無いやり方かもしれないけど、リョーマはどうしたら良いのかわからないのだ。 その様子を見て、不二はぷっと笑う。
「な、何」 「ううん。遠慮なく、抱きしめさせてもらいます」 「うん」
たかがハグじゃん、とリョーマは思っていた。 アメリカでも友人に抱きつかれたことは、ある。 スキンシップ好きな母や、菜々子にもよくぎゅっと抱きしめられる。 慣れてる、どうってこと無いと構えていたのに。
(何だろ。すごく気持ち良い)
誰かに抱きしめられた感覚と、全く違う。 「越前・・・」 耳元で名前を呼ばれる。 それだけで、背中がゾクッと反応してしまう。
(不二先輩って、こんな力強かったっけ?それに思っていたより、筋肉ついてる・・・?) 見掛けと違い抱きしめてくる腕の力は、強い。 テニスしてる姿を見ていて、ひ弱では無いのは知っていたけれど。 他の先輩に比べると、どうしても小柄な部類に入る。 だけど抱きしめてる腕も密着している体も、 自分とは違いちゃんと発育した男のものだ。 (隣歩いて薄々思ったけど、引退してから背も伸びてるような) 綺麗で優しいだけの先輩を、急に男性だと意識して、 いたたまれず体をもぞもぞと動かしてしまう。 それに気付いた不二は、すぐに拘束していた腕を解いてゆっくりと体を離した。
「ごめん。苦しかった?」 「ううん。別にっ」 なんでもないと、無理に強気な顔を作ってみせる。 動揺してるなんて、出来れば知られたく無い。 不二は特に追求することはせずに、「そうだ」と声を上げる。 「越前。一つ約束して欲しいんだ」 「何を?」 真剣な様子に、リョーマも表情を引き締める。
「僕以外と、こんなことしないで。お願い」 何かと思ったら、そんなことを真顔で告げられる。 「・・・・・・・・・・・・」 きょとんとした後、リョーマは笑い出してしまう。 「する訳ないじゃん。何真面目に言ってるの」 「大事なことだよ。 他の人が君を抱きしめるなんて、嫌だって本当に思ったから。 独占欲の強い僕は、嫌?」 しゅん、となってしまう不二も、可愛い。 耳を伏せた犬、みたい。 そんな事を考えながら、リョーマは膝の上にある不二の手を掴む。 「嫌いじゃないよ。それだけ、俺のこと好きなんだよね?」 「うん。すごく好き」 「じゃあ、約束する。他の人とはしない。 だから先輩も俺にしたのと同じこと、他の人としないで。 約束出来る?」 嬉しい、と不二はまた抱きついてくる。
「うん、約束する」 急に抱きつかれたので、リョーマは体勢を崩してしまう。 不二の胸に倒れる格好だ。 (わ・・・) どうしたらよいかわからず、体を預ける格好のまま、 不二がぎゅうっとでも優しく力を込めてくる。 「ありがとう、越前」 摺り寄せられる頬の感触が心地良い。
やっぱり不二に触れられるのは、悪く無い。 むしろ少しでも長く、こうしていたい位だ。
暖かい体温にうっとりとして、リョーマは両目を閉じた。
チフネ

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