チフネの日記
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2006年01月05日(木) Vanilla 5 


リョーマは雨の日が嫌いだ。
理由は一つ。いたって単純。
テニスが出来ないから。
今日みたいに雨が降ったら不機嫌になる所だが、いつもとは様子が違う。
雨は嫌いだが、こんな時間を過ごすのは悪くない。
そう思うのも、不二がいるからなのか。

現在、不二の部屋にいて折りたたみテーブルを挟んで座ってる。
テーブルには飲物と教科書。
リョーマの宿題を教えてもらってる格好だ。

雨が降って部活が中止になった分、長くいられる。
それが嬉しい、と思うなんて。
二人きりの空間を意識しているのが恥ずかしくて、リョーマは平常の顔でいようと努め続けてる。




雨が降り出したのは、昼過ぎからだった。
止みそうに無い空に、今日の練習は中止じゃないかと思い、ふと気付く。
早く帰宅出来るのなら、いつもよりも長く不二と過ごせるんじゃないかって。
部活が終わった後ではもう辺りが暗く、
不二の家に上がってもあまりゆっくりすることが出来ない。
授業が終わってすぐなら、もっとのんびりとした会話も楽しめるだろう。

(あ、でも・・・どうしよう)

今日も一緒に帰る約束はしているが、
待ち合わせは部活が終わった後の時間でしかしていない。
この雨で部活は休みだと不二が察してくれて、早く来てくれるだろうか。
それとも、不二のいる教室まで伝えに行くべきか。
三年生の教室とは階が分かれている。
足を運んだことすらない場所だ。
大した用事じゃないから、余計に行き辛い。
「やっぱり部活は中止だってよー」
5時間目が終わった後、連絡が回って来ても、
リョーマは不二の所へ行けずにいた。

(どうしよう・・・)

だがその悩みはHRが終わって、すぐ解決されることになる。

「越前」
なんと、不二が直々にリョーマを訪ねて教室まで迎えに来たのだ。
自分の名前を呼ぶ声に、飛び上がりそうになってしまう。
不二は出入り口で手招きしている。
堀尾が「不二先輩?なんで来てるんだ?」の声も気にせずに、慌てて駆け寄る。

「どうしたんすか、こんな所まで」
リョーマの質問に、不二はちょっとだけ気まずい顔をする。
今の言い方が教室に来られて迷惑だと、取ったのかもしれない。
慌ててリョーマは「遠いのに、わざわざ来てくれたから驚いた」とよくわからないフォローをしてしまう。
しかしそれで不二は気を取り直したようだ。
こほんと小さく咳払いして、口を開く。
「えっとね、今日部活が休みだって知ってる?」
「はい」
「それで、今から一緒に帰ろうかって誘いに来たんだ。
教室から出ちゃったらすれ違うかもしれないから、どうしてもここで掴まえておきたかった」
ぱっとリョーマは顔を上げる。
不二は自分の言ったことが必死過ぎて恥ずかしいと思ったのか、照れ笑いをしている。
「待っててください。自分の荷物取ってくるから」
「越前?」
今度は一目散に自分の席へと戻り、鞄に教科書を詰め込む。その時間僅か3秒。
あっけにとられてる堀尾を見向きもせずに、不二の元へと戻る。

「そんなに急がなくても良かったのに・・・」
不二は全部見ていたので、機敏な動作に驚いているようだった。
でもすぐに表情を緩めて、「帰ろうか」と笑い掛ける。
「ういっす」

雨が降ったおかげで、少し早めの帰宅時間。
テニスが出来ないのは残念だが、不二と一緒にいられるならそれもまた嬉しいことだ。

「良かった。桃に確認した甲斐があったな」
連れ立って歩く途中、不二が呟いた言葉に反応する。
「桃先輩?なんで?」
わざわざ?と疑問に思うリョーマに、
不二は少し迷いながらもさっきの行動を打ち明けてくる。
「雨が降ったから、休みになるかって聞きに行ったんだ。
もしかして室内トレーニングってこともあるだろう?
でも休みなら、待ち合わせ時間が変更になるから。
桃が連絡のためにあちこち動いてたおかげで、ギリギリにしか確認出来なかったんだけどね・・・」
でも会えて良かったと笑う不二と、その言葉に、リョーマの頬がぽっと染まる。

雨が降ったとき、不二も自分と同じことを考えてたらしい。
3−6へ行く勇気が出せなかった自分と違い、
桃城に確かめ1年生の教室まで迎えに来てくれた不二。
素直に行動にも口に出せる、この人が好きだとまた思った。

「あのさ、先輩」
「何?」
ドキドキさせられっぱなしというのも、悔しい。
自分だってちゃんと不二のことが好きだ。
ちゃんと伝えたい。

「俺、雨ってテニスが出来なくなるから嫌いだけど。
先輩といつもより長く過ごせることは、嬉しいって思う。本当だよ?」
「越前」

不二が、あの嬉しくてたまらないといった笑顔を見せる。
こっちまで幸せになるようなほわんとした表情。

「・・・惜しいな」
「何が?」
「ここが学校じゃなく、せめて誰もいなかったら。
君のこと抱きしめていたのに」
「え!?」

声を上げて驚くリョーマに、不二は慌てて否定する。
「冗談・・・だよ」
「・・・・・・」
「ごめん、驚かせたね」
「ううん」

冗談だとは言ったけど、今のは本気の言葉に聞こえた。
付き合いをこのまま続けたら、そういうことだってあるだろう。
キスとか、もっと先の展開だって。
好き合ってる者同士なら、普通のこと。

(うわ・・・)

想像して、リョーマは口に手を当てる。

「どうしたの?」
「なんでもない」
下手な冗談を言った所為で怒ったのか。
ひたすら心配しているような不二に、リョーマは「なんでもない」と繰り返す。
「そ、そう?」
「早く、先輩の家行こう?」
「うん。・・・?」

(何かすごくまずい想像した気がする)

外を歩く間も、リョーマは傘で顔を隠していた。
不二の顔がまともに見れない。
触れられるとか、キスとか。
一瞬想像したけど、嫌じゃないと思ってしまった。
相手が不二なら、してもいいとまでも。

(変だよ、絶対)

わざと足早に歩くリョーマに、不二はやっぱり怒っているのだろうかと、
悲しげに小さな背中を見詰めていた。





不二の部屋に入った回数は、片手とちょっと位だ。
いつ来ても自分の部屋とは違い綺麗に片付いている。

「適当にくつろいでて。今、お茶を入れるからね」
「うん」

最初に入った時も少し緊張はしたが、
今日ほどじゃない気がする。
つい、先程の不二に言われた言葉を考えてしまう。
今は家の中で、不二の部屋で二人きり。
抱きしめるには絶好のチャンス。

(ダメだ・・・)

考えまいと、リョーマは小さく首を振る。
不二は特に意識するような態度を取っていない。
部屋に入っても、普段通りだ。
お茶を運んだ後も、宿題でも見てあげようかと提案を出し、
変わらぬ態度で手伝ってくれている。

(俺ばっかり意識しても、しょうがないじゃん)

バカみたいと、鉛筆を強く握り締める。
「越前。どこかわからないところがある?」
「あ・・・」
顔を近づけてきた不二に驚き、さっと体を引いてしまう。
「・・・・・・」
リョーマの態度に、当然傷付いた表情を覗かせる。
だがすぐに不二は、優しい笑顔を向けてくれるのだ。
「少し疲れたかな。お代わり持って来ようか」
気まずくならないようにしてくれてるのがわかる。
まだ触れるには早いんだ、と納得してるに違いない。

(でも・・・何かヤダ)
席を立とうとする不二を、リョーマは引止めに掛かった。
くいっと、ズボンの裾を引っ張る。
「どうかした?」
瞬きしている不二に、「座って下さい」とお願いする。
リョーマの言葉に、不二は逆らうことなく隣へと腰掛けた。

「あのさ。嫌だなんて、思ってないよ」
どう切り出したら良いかわからず、それでもたどたどしく自分の意思を伝える。
「誰かいる場所は、たしかにちょっと困るけど。
今はいないから・・・さっき言ったことしていいよ」
「越前」

不二の目が開かれる。
かなりびっくりしてる様子だ。
誘うようなことを言ったことが恥ずかしくて、リョーマは目を伏せる。
だが不二の手が顔に手を掛かり、上を向かされてしまう。

「僕に気を使っているんだったら、別にそんな事言わなくてもいいんだよ。
もっと好きになってもらうまで、待つから」
穏やかに笑うこの人は、いつまでも待ってくれるだろう。
だけど、リョーマは小さく首を振る。
「待たなくてもいい。俺も、先輩のこと好きなんだから」
さあ、来いというように両手を広げる。
いささか情緒無いやり方かもしれないけど、リョーマはどうしたら良いのかわからないのだ。
その様子を見て、不二はぷっと笑う。

「な、何」
「ううん。遠慮なく、抱きしめさせてもらいます」
「うん」

たかがハグじゃん、とリョーマは思っていた。
アメリカでも友人に抱きつかれたことは、ある。
スキンシップ好きな母や、菜々子にもよくぎゅっと抱きしめられる。
慣れてる、どうってこと無いと構えていたのに。

(何だろ。すごく気持ち良い)

誰かに抱きしめられた感覚と、全く違う。
「越前・・・」
耳元で名前を呼ばれる。
それだけで、背中がゾクッと反応してしまう。

(不二先輩って、こんな力強かったっけ?それに思っていたより、筋肉ついてる・・・?)
見掛けと違い抱きしめてくる腕の力は、強い。
テニスしてる姿を見ていて、ひ弱では無いのは知っていたけれど。
他の先輩に比べると、どうしても小柄な部類に入る。
だけど抱きしめてる腕も密着している体も、
自分とは違いちゃんと発育した男のものだ。
(隣歩いて薄々思ったけど、引退してから背も伸びてるような)
綺麗で優しいだけの先輩を、急に男性だと意識して、
いたたまれず体をもぞもぞと動かしてしまう。
それに気付いた不二は、すぐに拘束していた腕を解いてゆっくりと体を離した。

「ごめん。苦しかった?」
「ううん。別にっ」
なんでもないと、無理に強気な顔を作ってみせる。
動揺してるなんて、出来れば知られたく無い。
不二は特に追求することはせずに、「そうだ」と声を上げる。
「越前。一つ約束して欲しいんだ」
「何を?」
真剣な様子に、リョーマも表情を引き締める。

「僕以外と、こんなことしないで。お願い」
何かと思ったら、そんなことを真顔で告げられる。
「・・・・・・・・・・・・」
きょとんとした後、リョーマは笑い出してしまう。
「する訳ないじゃん。何真面目に言ってるの」
「大事なことだよ。
他の人が君を抱きしめるなんて、嫌だって本当に思ったから。
独占欲の強い僕は、嫌?」
しゅん、となってしまう不二も、可愛い。
耳を伏せた犬、みたい。
そんな事を考えながら、リョーマは膝の上にある不二の手を掴む。
「嫌いじゃないよ。それだけ、俺のこと好きなんだよね?」
「うん。すごく好き」
「じゃあ、約束する。他の人とはしない。
だから先輩も俺にしたのと同じこと、他の人としないで。
約束出来る?」
嬉しい、と不二はまた抱きついてくる。

「うん、約束する」
急に抱きつかれたので、リョーマは体勢を崩してしまう。
不二の胸に倒れる格好だ。
(わ・・・)
どうしたらよいかわからず、体を預ける格好のまま、
不二がぎゅうっとでも優しく力を込めてくる。
「ありがとう、越前」
摺り寄せられる頬の感触が心地良い。

やっぱり不二に触れられるのは、悪く無い。
むしろ少しでも長く、こうしていたい位だ。

暖かい体温にうっとりとして、リョーマは両目を閉じた。


チフネ