チフネの日記
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2006年01月03日(火) Vanilla 3


ボタンと留めることすら、もどかしい。
慌しく、リョーマは着替えを終えた。

「お疲れっす」
「おー、越前。何にか急いでるのか?」
「まあね」

桃城の声にも振り返らず、返事する。
不二が待ってると思うと、もたもたしていられないからだ。

「お先っす!」

部室を飛び出し、一目散に指定場所へと向かう。

コート近くの水飲み場で待ち合わせしよう?
部活が終わるまで、宿題でもして待ってるから。

今朝、したばかりの不二との約束。


こんな時間まで待っててくれた。
これ以上、待たせる訳にはいかないという気持ちが、リョーマを走らせる。



「越前」

校内に残っていても、不二は特にやることは無い。
やはり先に来て待っている。

リョーマの姿を見つけ、嬉しそうに声を上げるその姿。

(やっぱり・・・なんていうか。主人を待ってる犬っぽい)

今までのイメージとは違うんだよな、と思いつつ不二の元へと駆け寄る。


「お待たせっす」
「お疲れ様。・・・あれ、越前?」

じっと不二が胸元を見詰める。
なんだろう?と見下ろすと、
「ボタンの留める位置がずれてるよ」と言われてしまう。

慌てて確かめると、たしかに一番下のボタンを掛け忘れ、そのまま留めてる。
上まできちんと閉めていたら気付いたかもしれないが、慌てていた為外して来た。

しまったと、思った瞬間、

「直してあげる」

不二の手が制服へと伸びてくる。


自分でやるからいい、と言うよりも先に、
長くきれいな不二の指に目を奪われる。
テニスしてるとは思えない、細く長い指。

それがリョーマの学ランのボタンを一つ一つ外していく。

「慌てて着替えなくても、良かったのに」

下からボタンを留めていく不二が、くすっと笑う。

なんだか急いでやって来たことが、恥ずかしくなってしまう。

‘そんなんじゃない、たまたまだ’と言い訳しようと口を開きかけるが、
「嬉しいな」という呟きに閉じてしまう。

「越前が急いで来てくれたおかげで、数秒でも長く一緒にいられることが出来る。
ありがとう」
「いえ・・・そんな」

全部ボタンを留め終えて、不二は屈んでいた体勢から上へと起こす。
顔には嬉しくて仕方ない表情を浮かべている。

違うんだといわなくて良かったとお、リョーマは内心でほっとした。

たしかに不二の為に急いだのは、本当。
ただそれを素直に認めるのは恥ずかしくもあり、何か悔しいから認めるつもりは無かった。

けれど不二があんまりにも素直に、嬉しいなとにこにこしているのを見ると、
変なプライドの所為で否定する気持ちが無くなってしまう。

(だって。たったこんなこと位で・・・不二先輩があんなに嬉しそうにしてるから)

君と居れることが嬉しいと、不二は態度と目で語っている。

悪い気分じゃない。

リョーマも、不二と居れることが嬉しいと思い始めていた。

「じゃあ、帰ろうか」
「うん」

歩幅を合わせて、二人は歩き出す。





リョーマの家を覚えたいと不二が主張するので、
今日は最後まで送ってもらうことに決まった。
不二の家とリョーマの家は離れている。
途中でそれぞれ別れた方が、早く帰宅できるのだが、
不二は絶対最後まで送ると譲らない。

「今日は譲りますけど、次は俺が先輩を送って行くからね」
「いいよ。僕の家までの行き方も、覚えてもらいたいし」

時間があれば、寄って行ってもらいたいなと不二は言う。

きっといつお邪魔してもキレイに片付いているに違いない。
パジャマは脱ぎっぱなし、ゲーム機は散らかしっぱなしの自分の部屋と違って。
とてもじゃないけれど、今日寄って行ったら?なんて言えない。

こんなことなら掃除をしておけば良かったと、こっそり思う。

歩いている間も、不二は道のりを確認していく。
そして驚くほど、色々な質問をリョーマにぶつけてくる。

誕生日・血液型・好きな食べ物。休みはどんなことしているの?
好きなゲームのジャンルは何?そうだ、ゲーセンは行くの?今度一緒に行こうか。
動物なら何が好き?猫飼ってるんだ、どんな子?名前は?等など。

これが名前も知らない女の子に囲まれて質問されたのなら、不機嫌になる所だ。

不二は質問するたびに、「答えられる範囲でいいからね」と言う。
遠慮がちな目を向けて、だ。

(ずるい)

そんな顔されて、拒否できるものか。
元々隠すこともないような質問ばかりなので、不二に聞かれるまま全て答えてあげた。

そして考えた質問が一通り終わったのか、
不二は「こんな所かな」と小さく息を吐いた。

「越前からは?」
「え?」
「僕ばっかり聞いても、悪いと思って。
何か聞きたいことがあるなら、遠慮無く言ってみて」
「え・・・っと」

誕生日は聞いておこうか。
今の勢いだと、12月24日に不二は確実にプレゼントを持ってきそうだ。
間違いない。
おかえしにこちらも・・・となった時、不二の誕生日は知らないでは話にならない。

(あ、でもそれよりも)

「どうかした?」

黙ってしまったリョーマに、不二が顔を覗き込んでくる。

「あの、変な質問してもいいっすか?」
「なんでも、どうぞ」

どんなのでも答えるよといった顔している不二に、浮かんだ疑問を口に出す。

「不二先輩って、いつから俺を好きだったんですか?」
「え?」
「だって今までそんな素振り、みせたことなかったでしょ」

もし引退前に、今みたいな目で見詰められたら。
きっと不二の気持ちに気付いていた。
こんなあからさまな視線。わからないはずがない。

しかしリョーマには、全く覚えが無い。
不二も、ひょっとして昨日の告白は行き当たりばったりだったのでは。
そんな疑問がむくむくと大きくなって行く。

「正直に、話すよ?」
「うん」
「自分の気持ちに気付いたのは、実はそんな前じゃないんだ」

やっぱりかと肩を落としかけるが、不二の言葉は続いているのでちゃんと耳を傾ける。

「君のことはね、ただ可愛い後輩だと思っていた。
君がテニスしてる姿には心が高鳴ったけど、本当のことはわからなかった。
実力があって、目を引く選手だからって思い込んでた」
「・・・はあ」

まさかそんな風に言われるとは思わず、目を泳がしてしまう。

あの頃。まだ不二が引退する前。
リョーマも、不二がテニスしてる姿を綺麗だと思ったことはあった。
圧倒的なテニスをする手塚とは違うけれど、
美しい技術を持った人だって。
リョーマだって、不二のことは認めていた。

その不二に、自分のテニスを見て心が高鳴ると言われるとは。

(驚いた)

うわっ、とリョーマは口元に手を当てる。


「でもね、引退してからすぐに。
偶然図書室の窓から、コートにいる君が見えたんだ」


その時に、急に自覚したと不二は照れながらも告げる。

「いつもあの場所で会うことが出来たのに、今はこんなにも遠い。
何か理由が無くちゃ、君と会えないんだって。
そんなの嫌だって、強く思った」

でも困ったことに、と不二は苦笑する。

「ほら、新しい体制になってから練習も前より長くなって忙しくなっちゃったよね?
そんな時に、誘うことなんて出来ないなって。
なかなか勇気が持てなかったんだ」
「そうっすか」

急な思いつきで告白して来たんじゃなかった。
それがわかって、リョーマは頬を緩ませる。
引退してから、今まで想っていてくれたなんて。
意外だけど、すごく嬉しい。

「ずっと君のことを考えていた。
あれからよく行くようになった図書室で、こっそりコートを見ていたんだよ」
「全然知らなかった」
「そっちからだと、わかりにくいからね」

今度確認してみようと、リョーマは心の中で決めた。

「昨日、君と偶然会った時はすごく驚いたよ。
いつも遠かったのに、こんなに近くにいるって」
「そうは見えなかったけど?」
「動揺を隠すのに、本当は必死だった。
なのに思わず、好きだって言っちゃったから・・・やっぱり平静じゃなかった。
本当はもっと慎重に告白するつもりだったのに」

上手く行ったから良かったものの、ダメだったら落ち込んでいたとまで言われる。

「こんな所で、答えになってるかな?」
「っす」

こくんと、頷く。
不二の本当の気持ちを知ることが出来て、良かったと思う。

「あ。俺の家、ここっす」


話をしている間に、リョーマの家がすぐそこに見えている所まで来てしまった。

表札を指差すと、不二は「もう着いちゃったか」と残念そうに笑う。

「途中まで送るっすよ。まだ道完璧に覚えていないでしょ」

元来た道を引き返そうとしたリョーマに、
不二は「大丈夫」と制する。

「もう、覚えたよ。だから、家に入って」
「でも」
「今日はこのまま君が家に入ったのを見届けてから、帰りたい気分なんだ」

ね、お願い?と重ねて言われると、いや送るんだとは主張出来ない。

(というか、俺、不二先輩の言うこと全部断りきれてないんじゃないか?)

これじゃ不二のことを犬みたいとか、言えない。
自分だって、主人に従う姿は同じじゃないのか?


もっとこう、いつものそれがどうしたっていう態度が何故か出せない。

(だって不二先輩が、やけに素直に態度を取るから)
ひねくれる気も、失せてしまう。

また、さあ入ってと促す不二に、
リョーマは軽く息を吸って顔を上げる。

「不二先輩って」
「うん、何?」
「思っていたイメージと全然違うね。
一緒に部活やっていた時はもっと他人に無関心で、
恋愛に対しても素っ気無い人だと思い込んでた。
図書室の窓からそっと見ている先輩なんて、想像も出来ないんだけど」

一気に捲くし立てるリョーマに言葉に、不二は顔を強張らせる。
そして恐る恐るといったように、声を出す。

「がっかり、させちゃった?」
「ううん。その逆」

きっぱりと、即座にリョーマは否定してみせた。

「こんな面も持っていたんだって、思い込んでた印象が違ったんだってわかった。
むしろ今の不二先輩の方が、ずっと身近に感じられて・・・・」


ここで、一旦言葉を止める。
何かごく恥ずかしいことを言ってしまいそうで、口を閉じてしまった。

「えっと、その続きは?」

待ちきれなくなった不二が、先を言ってと催促する。

「身近に感じられて、そして?」
「それだけっす」
「だって、まだ何か言いたそうにしてたじゃない」
「気のせいっすよ」
「ま、待ってよ。越前!」

赤くなった頬を隠す為、門の中へと逃げる。

「気が向いたら、話してもいいけど」

背を向けたままの状態で、不二に告げた。
今は、これが精一杯。

「じゃあ、気が向くまで待ってるから。ずっと・・・待ってる」

だからそんなに期待しないでと、また恥ずかしくなる。

「じゃあ、不二先輩、今日はここで。送ってくれてありがとうっす」
「うん。また明日ね、越前」
「迷子にならないように気をつけて」
「気をつけるよ。ありがとう」

じゃあね、と不二が去るのと、リョーマが玄関に入るのは同時だった。


菜々子の「おかえり」の声に早口で「ただいま」と返事して階段を駆け上がる。

窓を開けて、不二の姿を確認すると、
ちゃんと行きと同じ角を曲がって行くのが見えた。

(また明日ね、不二先輩)

昨夜、この先どうなるんだろうと思い悩んでいるよりも、
ずっと良い感じの方向へ進んだ気がする。
もっと不二のことを知りたいと、思うくらいには。

(あ、結局誕生日がいつか聞いてない)

明日会ったら、今度はこっちからいっぱい質問してやろう。
まだ知らないこと、沢山ある。


不二の姿が見えなくなっても、リョーマは窓に乗り出したまま
幸せな想像を続けていた。


チフネ