チフネの日記
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2006年01月02日(月) vanilla 2



今朝のリョーマは寝不足だ。
あまり眠れなかった上に、随分早く目が覚めてしまった。

「あらリョーマ。もう行くの?」
「うん」

いつもよりずっと早く学校へ行こうとする息子に、母は首を傾げる。

(さっさと朝練行こ)

このまま家でぼーっとしていたら、寝てしまうかもしれない。
罰走させられるよりも、早く学校へ行った方が良い。

(あーあ・・・それもこれもあの人の所為だ)

昨日から、ずっと不二のことを考えている。
他に何も考えられない。


『好きだよ、越前』
突然の告白。
そして始まった交際。

全く大変な一日だった。

自分も不二と付き合うことをOKしたのだけれど。

(どうなるんだろ。これから)

先のことを考えば考える程、眠れなかった。


心の準備も無く交際を決めたけれど、
なんだかずっと前から不二のことを想っているみたいだ。


「おーっす、越前。今日は早いじゃねえか!」

一番に来ていた桃城が、部室に入って来たリョーマを見て声を上げる。

「・・・たまにはね」
「ほー。今日は雨でも降るのか?やべぇ、傘持って来て無いぞ」

ハハと笑う桃城を軽く睨み、リョーマは着替え始める。

「おい。折角早く来たんだから、皆が来る前に軽く打とうぜ」
「ういっす」

先行って準備しておくからなという桃城に、
「ういっす」と返事しておく。

テニスをすると考えただけで、浮ついた気持ちが収まっていく。

「よしっ」

手早く着替えて、リョーマは勢いよく外に出る。

今は悩み事など後回しにしておこう。





朝練は問題も無く通常と同じ授業の始まる20分前に、終了となった。

「これだけ練習してさー、体育の授業があると辛いよな」
「お昼前にあると、特にね」

無駄口を叩きながら片付けしている同級生達に、
早くしろよと思いつつ、リョーマは淡々と手を動かす。


「あれ、不二先輩がいるよ」
「あ、本当だ。何してるんだろ?」

皆の声に、リョーマは手を止めて振り返る。

「あ・・・」

朝からこんな所に用は無いはずの不二が、立っていた。

「越前!ちょっといい?」

手招きする不二に、まだ片付けの途中なのにどうしようかと目を彷徨わせる。

(なんだよ、一体・・・)

「行って来なよ、リョーマ君」

元レギュラーの不二に呼ばれたんだ、きっと大事な用があるんだと思ったのだろう。
側にいたカチローが、リョーマの持っていたボールの籠を奪う。

「早く行った方がいいよ。時間無いからね」
「・・・サンキュ」

礼を言ってから、走って不二の元へと向かう。


「どうしたんすか、不二先輩」

じっとリョーマが近くにやって来るのを見ていた不二は、
「うん、ちょっとね」と曖昧に返事をする。


「こっち来てくれる?」
「え、不二先輩?」

いきなり腕を掴まれたと、と同時に引っ張られて行く。
ものすごい勢いに逆らうことなく、リョーマは不二に連れられるまま走った。

部室の裏側まで回り、やっと不二は足を止めた。

「一体どうしたんすか?」

尋ねるリョーマに、不二は少し躊躇した後口を開く。

「おはよう、越前」
「は?」

何故、おはよう?

ぽかんと口を開けるリョーマに、
不二は慌てて「まだ挨拶してなかったから」と言い訳をする。

「やっぱり朝の挨拶は大事だからね」
「はあ・・・」

この場合、自分もおはようと返すべきか。
でもタイミングを逃してしまったような。
しかしこちらがしないというもの、なんだし。

「・・・・おはようっす」

口篭りながら出た挨拶にも、不二はにっこりと笑顔で「うん」と言ってくれた。

「それで、どうしたんすか?一体」

朝っぱらからやって来て、こんな所にまで来た理由を知りたい。

「ああ、うん。時間があまり無いから単刀直入に言うけど」

一旦言葉を止めて、不二は乾いた唇をぺろっと舐めた。
そして、続ける。

「昨日の件、だけど。夢じゃないよね?」
「えっ?」
「どうしても確認しておきたいんだ。
その・・・昨日君は慌てて行っちゃったから」

耳が垂れ下がった犬みたいな表情で言う不二に、
リョーマは目を丸くする。


あの不二が。
試合の途中で視力を失っても弱気な表情を決して見せなかった、天才と呼ばれる不二が。

(嘘、でしょ)

こんなにオタオタしてるなんて。

(同一人物か?)
何度も目を瞬かせるが、どうみても不二だ。


「どう、なの?」

何も答えないリョーマに不安になったのか、
小さな声で不二は再び尋ねる。

「あ・・・うん、夢じゃないっすよ。俺もちゃんと覚えてます」
「良かった」

昨日以上に、不二はほっとした表情を浮かべている。

「でもなんで夢って?」

自分の記憶に自信を失くしたのかと思い、聞いてみる。

「うん。実はあれから、君が部活終わるまで待っていたんだ」
「えっ」

あれから練習が終わるまで二時間はあったはずだ。
それなのに、不二は待っていたのか。

「折角だから一緒に帰ろうと思って、校門のところで出てくるのを待っていたんだ。
でも、すぐ行っちゃったから・・・」
「・・・・・・・・・」

まさか不二が待ってるなんて知らず、昨日は当たり前のように桃城の自転車の後ろに乗って帰った。
呼び掛ける余裕も無く、立ってるすぐ側を抜けて行ったに違いない。

その後一人で帰った不二を想像して、
なんだか申し訳なくなってしまう。

「ごめん、俺」
「あ、いいんだよ。僕が勝手に待っていたんだから」

気にしないで、と不二は微笑む。

「だからっ。今日は先に約束しようと思って。
待ってても、いいかな?」
「部活あるから、時間遅いけど・・・」
「そんなの構わない。終わったら迎えに行くから、ね」

必死な不二に、リョーマは頷くことで返事する。

(変、なの)

弱気になったり、こんなこと位でムキになったりと。
全く、思っていた不二のイメージとは違う。

だけど、こんな不二の姿は嫌いじゃない。
どちらかというと、ほっとする。
好きだって気に掛けてくれるのがわかりやすくて、
心地良い。

「「あ」」

予鈴の音に、二人は顔を見合わせる。

「越前!急いで着替えなくちゃ、遅刻しちゃうよ」
「うん」


鍵を持ってる桃城か海堂も待ってるに違いない。
何してたんだと、怒鳴られるのはもうわかってる。

走ろうとするリョーマの手を、不二の手が掴む。

「そこまでは、繋いでも・・・いいかな?」

不二の手は練習の後でも無いのに、
しっとりと汗ばんでいる。

(緊張、してる?)

返事の代わりに、ぎゅっと握り返す。

「ありがとう」

リョーマのその行動に、
不二は嬉しそうに笑う。

そんな表情を見て、くすぐったいのと恥ずかしいのとで鼓動が早くなっていく。


(授業が始まられなければ、もっと長く手を繋いでいられるのに)

伝わる不二の体温が心地良い。
この手にならば、どこかに連れて行かれたっていい。


好きだって言われたのは、昨日のことなのに。

もうこんなにも不二に心を持って行かれてることを、
嫌でも自覚してしまう。


(たった、一日でこんなにも)



リョーマの取り巻く世界は確かに変わってしまった。


チフネ