チフネの日記
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今朝のリョーマは寝不足だ。 あまり眠れなかった上に、随分早く目が覚めてしまった。
「あらリョーマ。もう行くの?」 「うん」
いつもよりずっと早く学校へ行こうとする息子に、母は首を傾げる。
(さっさと朝練行こ)
このまま家でぼーっとしていたら、寝てしまうかもしれない。 罰走させられるよりも、早く学校へ行った方が良い。
(あーあ・・・それもこれもあの人の所為だ)
昨日から、ずっと不二のことを考えている。 他に何も考えられない。
『好きだよ、越前』 突然の告白。 そして始まった交際。
全く大変な一日だった。
自分も不二と付き合うことをOKしたのだけれど。
(どうなるんだろ。これから)
先のことを考えば考える程、眠れなかった。
心の準備も無く交際を決めたけれど、 なんだかずっと前から不二のことを想っているみたいだ。
「おーっす、越前。今日は早いじゃねえか!」
一番に来ていた桃城が、部室に入って来たリョーマを見て声を上げる。
「・・・たまにはね」 「ほー。今日は雨でも降るのか?やべぇ、傘持って来て無いぞ」
ハハと笑う桃城を軽く睨み、リョーマは着替え始める。
「おい。折角早く来たんだから、皆が来る前に軽く打とうぜ」 「ういっす」
先行って準備しておくからなという桃城に、 「ういっす」と返事しておく。
テニスをすると考えただけで、浮ついた気持ちが収まっていく。
「よしっ」
手早く着替えて、リョーマは勢いよく外に出る。
今は悩み事など後回しにしておこう。
朝練は問題も無く通常と同じ授業の始まる20分前に、終了となった。
「これだけ練習してさー、体育の授業があると辛いよな」 「お昼前にあると、特にね」
無駄口を叩きながら片付けしている同級生達に、 早くしろよと思いつつ、リョーマは淡々と手を動かす。
「あれ、不二先輩がいるよ」 「あ、本当だ。何してるんだろ?」
皆の声に、リョーマは手を止めて振り返る。
「あ・・・」
朝からこんな所に用は無いはずの不二が、立っていた。
「越前!ちょっといい?」
手招きする不二に、まだ片付けの途中なのにどうしようかと目を彷徨わせる。
(なんだよ、一体・・・)
「行って来なよ、リョーマ君」
元レギュラーの不二に呼ばれたんだ、きっと大事な用があるんだと思ったのだろう。 側にいたカチローが、リョーマの持っていたボールの籠を奪う。
「早く行った方がいいよ。時間無いからね」 「・・・サンキュ」
礼を言ってから、走って不二の元へと向かう。
「どうしたんすか、不二先輩」
じっとリョーマが近くにやって来るのを見ていた不二は、 「うん、ちょっとね」と曖昧に返事をする。
「こっち来てくれる?」 「え、不二先輩?」
いきなり腕を掴まれたと、と同時に引っ張られて行く。 ものすごい勢いに逆らうことなく、リョーマは不二に連れられるまま走った。
部室の裏側まで回り、やっと不二は足を止めた。
「一体どうしたんすか?」
尋ねるリョーマに、不二は少し躊躇した後口を開く。
「おはよう、越前」 「は?」
何故、おはよう?
ぽかんと口を開けるリョーマに、 不二は慌てて「まだ挨拶してなかったから」と言い訳をする。
「やっぱり朝の挨拶は大事だからね」 「はあ・・・」
この場合、自分もおはようと返すべきか。 でもタイミングを逃してしまったような。 しかしこちらがしないというもの、なんだし。
「・・・・おはようっす」
口篭りながら出た挨拶にも、不二はにっこりと笑顔で「うん」と言ってくれた。
「それで、どうしたんすか?一体」
朝っぱらからやって来て、こんな所にまで来た理由を知りたい。
「ああ、うん。時間があまり無いから単刀直入に言うけど」
一旦言葉を止めて、不二は乾いた唇をぺろっと舐めた。 そして、続ける。
「昨日の件、だけど。夢じゃないよね?」 「えっ?」 「どうしても確認しておきたいんだ。 その・・・昨日君は慌てて行っちゃったから」
耳が垂れ下がった犬みたいな表情で言う不二に、 リョーマは目を丸くする。
あの不二が。 試合の途中で視力を失っても弱気な表情を決して見せなかった、天才と呼ばれる不二が。
(嘘、でしょ)
こんなにオタオタしてるなんて。
(同一人物か?) 何度も目を瞬かせるが、どうみても不二だ。
「どう、なの?」
何も答えないリョーマに不安になったのか、 小さな声で不二は再び尋ねる。
「あ・・・うん、夢じゃないっすよ。俺もちゃんと覚えてます」 「良かった」
昨日以上に、不二はほっとした表情を浮かべている。
「でもなんで夢って?」
自分の記憶に自信を失くしたのかと思い、聞いてみる。
「うん。実はあれから、君が部活終わるまで待っていたんだ」 「えっ」
あれから練習が終わるまで二時間はあったはずだ。 それなのに、不二は待っていたのか。
「折角だから一緒に帰ろうと思って、校門のところで出てくるのを待っていたんだ。 でも、すぐ行っちゃったから・・・」 「・・・・・・・・・」
まさか不二が待ってるなんて知らず、昨日は当たり前のように桃城の自転車の後ろに乗って帰った。 呼び掛ける余裕も無く、立ってるすぐ側を抜けて行ったに違いない。
その後一人で帰った不二を想像して、 なんだか申し訳なくなってしまう。
「ごめん、俺」 「あ、いいんだよ。僕が勝手に待っていたんだから」
気にしないで、と不二は微笑む。
「だからっ。今日は先に約束しようと思って。 待ってても、いいかな?」 「部活あるから、時間遅いけど・・・」 「そんなの構わない。終わったら迎えに行くから、ね」
必死な不二に、リョーマは頷くことで返事する。
(変、なの)
弱気になったり、こんなこと位でムキになったりと。 全く、思っていた不二のイメージとは違う。
だけど、こんな不二の姿は嫌いじゃない。 どちらかというと、ほっとする。 好きだって気に掛けてくれるのがわかりやすくて、 心地良い。
「「あ」」
予鈴の音に、二人は顔を見合わせる。
「越前!急いで着替えなくちゃ、遅刻しちゃうよ」 「うん」
鍵を持ってる桃城か海堂も待ってるに違いない。 何してたんだと、怒鳴られるのはもうわかってる。
走ろうとするリョーマの手を、不二の手が掴む。
「そこまでは、繋いでも・・・いいかな?」
不二の手は練習の後でも無いのに、 しっとりと汗ばんでいる。
(緊張、してる?)
返事の代わりに、ぎゅっと握り返す。
「ありがとう」
リョーマのその行動に、 不二は嬉しそうに笑う。
そんな表情を見て、くすぐったいのと恥ずかしいのとで鼓動が早くなっていく。
(授業が始まられなければ、もっと長く手を繋いでいられるのに)
伝わる不二の体温が心地良い。 この手にならば、どこかに連れて行かれたっていい。
好きだって言われたのは、昨日のことなのに。
もうこんなにも不二に心を持って行かれてることを、 嫌でも自覚してしまう。
(たった、一日でこんなにも)
リョーマの取り巻く世界は確かに変わってしまった。
チフネ

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