チフネの日記
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さっきから、数秒毎に振り返る。 そして言うことは、ただ一つ。
「ごーはーん」 「大人しくテレビ見て待っとき。今日はリョーマの好きな和食やからな」 「後5分で食べれなきゃ帰る」 「無茶言うな!」
越前リョーマが、俺の部屋を訪ねるようになってもう二ヶ月過ぎている。
親元を離れ、好き勝手やれるこの部屋に、何人もの女を招待したけれど。 こんなに時を楽しく過ごせる相手は、リョーマ以外思いつかない。
「まだー?」 「今、盛り付けするところや。皿、取ってくれるか?」 「うん」 新婚さんみたいなやり取りやなあ、と一人で照れる。 それが表に出たのか、リョーマに不審な目を向けられ、慌てて顔を引き締めた。
「いただきます」 「沢山、食べてな」 「うん」 言わなくても、リョーマが遠慮無く食べるのはわかっている。 すっかり馴染んだリョーマとの食卓風景。 誘った日は、絶対断られない。 リョーマの好きなものばかり作るせいもあるやろうけど。
けど、リョーマなりに俺を一人にさせないと気遣っているのやろう。 驚かされる位に、勘が働く子供だ。
そして、優しい所を持っている。
ほんまリョーマに気持を受け入れてもらえて、 幸せや。
関東大会で敗退した後、すぐにリョーマへアプローチを掛けた。 『好きになった。俺と付き合うて欲しい』 他校の、しかも勝敗を決定付けた選手になんてと非難があろうがなかろうが、 考えずに行動した。
『あんたのこと、よく知らないんだけど』 じっと、射抜くような視線で見詰めてくる。 知らないのなら、これから知ればええと言いくるめようとした時。 『いいよ、別に付き合っても』 『ほんまか?』 『ほんま・・・?って、何?』 どういう意味?と首を傾げるリョーマに脱力させられる。 『本当か?って意味や』 『へえ・・・・?』 『で?どうなんや』 『え?ああ、本当だけど』 あっさりリョーマは認める。 その態度に、遊びじゃないのか疑ってしまう。 告白されるのなんて当たり前で、 たまたま恋人がいなかったから、次が見付かるまでの繋ぎかもしれない。
『初めて会った時、俺のことじーっと見てたでしょ。 眼鏡まで外して。 得体を知れないモノを探るような視線だったから、顔は覚えていたんだよね』 そんな顔をさせるほど、何が見えたのか。 リョーマはリョーマなりに、俺に興味を持っていたのだと知らされるのは、付き合って一週間程経過してからだった。
探るような視線と言われ、ぎくっとする。 確かにあの時、リョーマを覆う光が何か知りたくて、不躾な視線を向けていた。
『一目惚れして、リョーマしか見えなかったんや』 誤魔化せるとは思わないが、慌てて言い訳をする。 『ふーん。そういうことにしてあげてもいいけど』
それ以上の詮索もなく、リョーマは話題を変えてきた。
秘密を抱えてることを、漠然と気付いているのか。 リョーマはその辺りに決して踏み込んで来ようとしない。 ほっとするような、そこまで関心が無いのかとがっかりするような。
‘お前が見える煙は、口に出さない方がええ’
伯父の言葉と、家族の俺への対応を思い出す。 母は一ヶ月に1度、必ず連絡をしてきたが、親父にも姉にも2年以上会っていなかった。 家にはきっともう帰れない。 俺は伯父のように居なかったことにされてる、存在やから。
もし、リョーマが俺の目のことを知ったら、やっぱり気味が悪いと思うか。 拒絶されるのが、何よりも怖い。
「侑士」 「ん?」 空っぽになったお茶碗を前に、リョーマが鋭い目を向けてくる。 「お代りか?」 「もうお腹いっぱいだから、いい」 「ほんならデザートか?」 「・・・・・・うん」
リョーマの視線を感じながら、背を向けて冷蔵庫へと向かう。 考え事をしていたのが、ばれているようだ。 でも、それは何か言うことは出来ない。
俺は、卑怯な奴や。
さっさとリョーマをモノにしたくせに。 真正面からぶつかることを怖がっている。
こんなことを考えると跡部にばれたら、きっと殴られるに違いない。
『面白いな、アイツ』 『あの生意気なガキが?さっさと負かしてやれば良かったのに』 『それじゃつまらないだろ。大舞台で倒した方が面白い。 手塚とも決着つけたいが・・・アイツとも当たってみたくなった』 『マジかよ!一年相手にバカじゃねーの?』 『それはお前の方だろ』 『ああ!?ケンカ売ってんのか?』 『・・・岳人、そのくらいでやめとき』
跡部がリョーマのことを気に入ってるのは、すぐにわかった。 もし先に跡部が行動していたのなら。 きっと今の自分達は無かったに違いない。
テニスにおいても、それ以外でも唯一認めた相手。 そして自分とは違って、何の秘密も抱えていない。
リョーマだって跡部のテニスの腕は認めている。 それが違う感情に変わらないなんて、わからへん。
跡部が先に近付いていたら。 違う未来があっただろう。
けれど・ リョーマだけは譲られへん。 光り輝く存在を、卑怯だと罵られても手放す気にはなれない。
「今日は泊まりの許可もらった」 「え、ほんまか?」 「うん。だからパジャマ出しておいて」 そうしてさっさと風呂に入り、誘って来たリョーマの手を振り解けるはずも無く。 ベッドへ雪崩れ込み、気付けば日付が超えていた。
「大丈夫か?」 「うん・・・」 汗に濡れた前髪を払ってやる。 返事をしているが、すぐにでもリョーマは眠りそうだった。 寝てる間に、体を拭いてやった方がええな。 それまでは一緒にいようと、リョーマの頬を撫でる。
なんでリョーマだけが特別なんやろ。
今までの相手とは、眼鏡無しでは床を一緒にすることは出来なかった。 性欲、と思われた煙は、実は自分に対する独占欲だと気付いて。 とてもじゃないけれど、正視できるものじゃなかった。吐き気もした。
いずれあれが纏わりついてくるかと思うと、ぞっとする。
向こうも遊びでない限り、相手にしないと決めたのもこの頃だった。
レンズ無しで向かい合いたいと思うのは、リョーマだけだった。 リョーマは誰とも違う。 気持悪いなんて思ったことない。 むしろ光で浮かび上がる白い身体に、何度も魅せられた。
どうしてこの子供だけが、他の人間と違って映るのだろう。
リョーマと身体を何度重ねても、答えは出て来ない。
「ねえ。侑士」 「何や」 ほとんど眠りそうな態勢で、リョーマはうつらうつらと言葉を紡ぐ。
「絶対、一人にしないから」 「リョーマ?」 「だからそんな顔しなくても大丈夫だよ。 侑士の側にずっといるって約束する」
無意識なのか、リョーマは布団の中から手を伸ばして来た。
言葉を失ったまま、小さな手を握る。
知ってるのか。 俺が、言えないものを抱えていること。
「大丈夫、大丈夫・・・」 繰り返すリョーマの目は閉じられていた。 半分、夢の中なのだろう。 わかっていて、問い掛ける。
「俺が人と違うても、側にいてくれるんか?」 「ずっと。いるよ」
俺は、その為にここにいる。
その言葉を最後に、リョーマは寝息を立て始めた。 完全に眠ってしまったらしい。 しかも握られた手はそのままで、タオルを取りに行く事も出来ない。
しゃあないか。
苦笑して、リョーマの隣で横になる。 そして額に、そっとキスを落とす。
抱えている秘密を、近い内リョーマに話してしまおう。
『絶対、一人にしないから』
その言葉を信じて。
もしかして、リョーマだけが他の人間と違って見えたのは、 孤独だった自分を光へと導く特別な存在だからだろうか。
勝手な解釈に頷き、目を閉じる。
起きた時も、隣にはリョーマがいる。 決して一人ぼっちじゃないと、教えてくれた。
それから時が流れて。
相変らず俺の部屋には、伯父から眼鏡が送られてくる。
「侑士、誰からの小包?」 「俺の恩人、やな」 「ふうん?」
隣には、変らずリョーマがおる。 秘密を知っても、恐れることなく俺と共に。
『光はお前と共にある。大事にしろ』
一緒に同封されたメモに苦笑する。 相変らず全部わかっているようだ。
「いつか会いに行かへん?リョーマにも紹介したいんや」 「いいよ」
笑って頷くリョーマに、「約束」と小指を繋ぐ。
「一緒に行こうな」 「一緒に、ね」
きゅっと結ばれる指先。
そう。光は共にある。
いつでも、ここに。
終わり
チフネ

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