チフネの日記
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2004年11月06日(土) 盲目の王子様  after2


「やっと帰りやがった……」

疲れたように、跡部はげっそりと溜息をついた。

4人でのテニスは、結局夕方まで続いてしまった。
まさか夕飯まで食べて行くのかと疑ったが、さすがにそこまでは図々しいと思ったのだろうか。
三人は大人しく帰って行った。

「おい、越前。俺達も屋敷に戻るぞ。
風呂に入って汗流したいだろ?」
リョーマは本日お泊りすることが決まっている。
今日は土曜だ。明日の朝、また奴らがやって来るまでは二人きり。
ようやくこの時間が訪れた、と感動に体が震える。
「何やってんだ。早く行こうぜ」
「あ、ちょっと待って」

リョーマは跡部と目を合わさず、ベンチで靴紐を結んでいる。
さっきから様子がおかしい。
折角二人きりなのに、この愛想の無さはどうしたことだろう。

(ジロー達とは普通に和やかに会話していたじゃねえか)

苛立ってわざと顔を向かせる為に正面に立って、手を掴んだ。
ようやくリョーマが顔を上げる。

「何してんの」
「何って、お前が全然こっち向かないからだろうが」
「紐結んでるのが見えないの」
「……けど、ちょっと位こっち向いてくれたっていいじゃねえか」
ふう、とリョーマはわざとらしく溜息をつく。
「なんだよ。言いたいことあるなら、はっきり言えよ」
段々と堪えきれなくなってそんな風に言うと、じろっと睨まれてしまった。

「別に俺のことなんてどうでも良さそうだと思っていたのに、
今頃そんな風に言うんだ」
「はあ!?どうでもいいなんて、なんでそんな言い方するんだ」
「手塚さん達とは楽しそうに話してたじゃん。
なのに俺を見てくれようともしなかった。俺ばっかり、バカみたいっ」

立ち上がり、リョーマは上着を掴んでコートから出て行こうとする。
「おい、越前。何怒ってるんだよ!」
慌ててその後ろを追い掛ける。
リョーマの言っている意味がわからない。

手塚達と楽しそうに話していた……?
どちらかというと殺伐としたものだったのに、どこをどう見てそんな事を言っているのだろう。
理解不能だ。

「お前こそ、ジロー達とばっかり喋っていただろ!
俺には話し掛けて来なかったくせに!」
思わず声を上げると、リョーマはぴたっと足を止めて振り向く。
「話し掛けようとしても、侑士と手塚さんと仲良く喋っているから、入れなかっただけ!
その時も俺のことなんて気付きもしなかったのに、なんだよ」
「あいつらなんて無視して近付いてくれればいいじゃねえか。
なんだよ……なんでそんな遠慮するんだ」
「するよ」

ぽつっと、リョーマが呟く。

「好きな人の邪魔しちゃ悪いって、普通、思うもんじゃないんすか?」
「越前」

思いもよらないリョーマの気遣いに、じんわりとしたものが胸に込み上げる。
(でも、それかなり勘違いしているんだけどな)
あいつらと仲良くなんて、絶対絶対ありえない。

「悪かった」
「跡部さん」
リョーマに近付いて、そっと背中に手を回して引き寄せる。
「ちょっと俺も余裕無くて、お前のことちゃんと見ててやれなかった。
八つ当たりみたいなこと言って、ごめんな」
「いや、それは俺も同じだから。ごめんなさい」

消えるような声で言うリョーマが愛おしくて、可愛くて。
暴れそうになる気持ちを抑える為に、まず深呼吸をする。

「お前は別に悪くねえよ。
俺が、ちょっとつまらないこと考えた所為で、嫌な思いさせたな」
「つまらないことって?」
何、と聞いてくるリョーマに、誤魔化すのも良くないかと思って、
跡部は思っていたことを口に出した。

「俺なんかより、あいつらの方がお前に合ってるんじゃないかって」
「はあ!?本気で言ってんの?」
「少しだけな」
認めなくないことだけれど、事実だから。
跡部は驚いているリョーマに、ゆっくりと語った。

「俺はお前が思っているよりも良い奴じゃない。
出会った頃はお前に酷いこといっぱい言っただろ?でもそれ以上に酷いことだってして来た。
自分を中心に世界が回ってるとまで考えていたくらいだからな……。
でも、あいつらは違うだろ。少なくとも俺以上に人のことを考えてやれる連中だ。
だからお前に相応しいのは、俺じゃないんじゃないかってそんなこと考えてた」

出来ることなら、以前リョーマに対して取った冷たい自分を全部消してしまいたい。
何も知らないくせに、よく偉そうなことを言えたものだ。
そんな自分が、一緒にいて良いのだろうか。
手塚や忍足と一緒にいる所を見る度に、そんな思いが膨らんで行く。
今まで傲慢だった自分に気付かない程の、バカが。
リョーマといる資格なんて本当は無いんじゃないか。

「えっ」

ぺちっと、頬に小さな痛みが走る。
リョーマの手だと気付いて、目を見開く。


「ふざけんな」
黒い大きな瞳が怒り燃えている。
「相応しいとかって、何?
あんたバカじゃないの?
一緒にいるって、俺が決めたことだ。
それにあんたの性格が悪いなんて、とっくに知ってるよ。
最初は大嫌いだったんだから。
でも、今は……」

ぐいっと耳を引っ張られる。
そこにリョーマは口を近づけて、大きな声を出して言った。

「好きになったから、しょうがないじゃん!」

大声にキーンと、耳が痛む。
けど、跡部の心に確実に届いた。
リョーマの想い。
怒っているような、悲しんでいるような顔が全てを物語っていて、
また自分はバカなことを言ったんだと悟った。

「目、覚ました?」
むっとしたように言うリョーマに、跡部は「ああ」と答えた。

「今のはかなり効いた。
俺の考えてることなんて、つまらないことなんだって思い知らされた」
「なら、いいけど……」
ぷいっとリョーマは横を向く。

「俺だって、そんな風に言われたら不安になるよ。
もう目が見えるようになったんだから、手を繋ぐ必要ないって放り出すつもりなのかと思った」
「はあ?そんな訳ないだろ。
こっちこそ、俺の手なんて必要ないって思ったからこそ別の奴の所に行くんじゃないかと思ったんだぜ」
「………」
「………」

お互いのつまらないすれ違いに気付いて、
ぷっと吹き出した後、顔を見合わせて笑う。

そうだ。
こんな風に本音を曝け出して話をするって、必要だったんだ。
今日、また新しいことに跡部は気付いた。
人と人とが繋がっていくのは難しい。けれど、諦めたくも無い。

「なあ、越前」
「ん?」
こちらを見上げた越前に、跡部はまた思ったことを素直に口に出した。
「俺がまたさっきみたいなバカなことを言ったら、今と同じように窘めてくれないか。
多分俺は、今日のように何度も鬱陶しいこと言い出すと思う。
簡単に悟りを開けるほど、出来た奴じゃないって自分でもよくわかった。
けどお前がいれば、なんとかなりそうな気がする。
だから俺が間違ったことを言い出したら、今みたいに叱ってくれ」

そんなこと当然ながら、他人に頼んだことは無い。
リョーマに会ってから、随分変わったと思う。
以前は自分の生き方に間違いなんて欠片も無いと疑うことすらなかった。
それが、今の自分はどうだ。
焦ったり、迷ったり、苛立ったり。
なんてザマだと、昔の自分がみたら笑う所だろう。

でも、あの頃には戻りたくない。

(そこには、お前がいない)

じたばたしている姿はみっともなくて格好悪くて、
以前の自分のスタイルとはどんなにかけ離れていても、
こっちの道を歩んで行きたい。
越前リョーマがいる人生の方がずっと、いい。

跡部の真剣な懇願に、リョーマはちょっと笑ってから、
「いいよ」と答えた。

「あんたが迷った時は、俺が引っ張ってやる。
離すつもりが無いのは、お互い様だから」
「そうか」
「その代わり、俺が間違っている時はあんたが叱ってよ」
「お前が間違うことなんて、あるのかよ」

少し首を傾げて問うと、リョーマは「あるよ」と憮然として言った。

「俺は誰かの手を借りるの大嫌いなんだ。
例え家族でさえもね」
「ああ」

わかってる、と跡部は頷く。
弱音を吐かずに独りで歩こうとしてた姿は、何度も見て来た。
強がるなと言っても、リョーマは決して聞こうとしない。
相当な頑固者だ。

「だけどあの時……杖を取り上げられて、それでもなんとかして帰るんだって壁伝いで歩いていてさ。
そんな俺に跡部さんが声掛けて来たじゃん。
何言ってんのって反発したけど、あんたはそれを許さないって感じで車に乗って行けって命令口調で言って。
不思議なんだけど、素直に聞こうって思ったのはあれが初めてなんだよ。
俺のこと嫌いなはずのこの人が、何故か怒りながら気を使って送り届けようとしている。
変なのって思いながらも、気付いたら頷いていた」

言いながら、リョーマがぎゅっと跡部のシャツを握り締めて来る。

「多分、俺がこの先も弱みを見せることが出来るのは、跡部さんしかいないと思う。
それでも強がるようなバカなことすると思うから、
あの時みたいに、心配掛けるからとかそんなつまらないこと考えんなって言ってよ」
「……ああ」

優しくその手を上から包み込む。
そうすると、リョーマの手から緊張が抜けて行くのがわかった。
安心させるよう、跡部は笑い掛けて答える。

「わかってる。
お前は俺にとって、ただの他人じゃない。
幸せにも笑顔にもしてやりたいと、いつも願っている。そういう位置にいるって前にも言ったよな?
苦しい時にもわかり合いたい。だから、何度だって独りじゃないって教えてやるよ」
「うん」

ありがとう、とリョーマが小さく言う。
跡部もありがとうと返す。

出会えたこと、自分を選んでくれたこと、ここに居てくれること。
全ての感謝を込めた言葉だった。

「じゃあ、そろそろ戻ろうぜ。汗を流さないと風邪を引く。
またあいつらに何言われるかわかったもんじゃないからな」
「うん」


そして手を握ったまま、また歩き始める。

「お前と会えて、同じ道を歩けて良かった。
つまらねえことでまたぐちゃぐちゃ言うんだろうけど、
やっぱり俺のあるべき道はここにあるって思うんだろうな」
跡部の言葉にリョーマも頷く。
「そうだね。俺も別の道を歩くことは考えられないや。
ねえ、どうせなら二人で見たことの無い所まで行ってみたいね。
跡部さんともっと、色んな所見に行きたいよ」
「二人でか……。それ、いいな」


まだ見ぬ世界に、二人で。

それはそれは幸せな道になるだろう。
二人なら、どこへだって行ける。
きっと、何も怖くない。



終わり


チフネ