チフネの日記
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2004年11月04日(木) 盲目の王子様 94 跡部

長かった全国大会が終わった。

氷帝は関東の決勝で一度立海に敗れた。
さすが去年の優勝校。簡単には勝たせてもらえない。
しかしその試合が全員により高い目標を目指す刺激になった。
青学との試合で負傷した樺地も戻った所で、もう一度個々のレベルを引き上げて、
以前よりも強くなった状態で全国大会へ挑んだ。
くじの結果で青学とはブロックが別れてしまった。
これではお互い決勝まで残らなければ実現出来なくなる。
手塚は「必ず行くから、待ってろ」と言ったのだが、王者立海もそちらのブロックに入っていた為、
結局リベンジは叶うことは無かった。
「後は任せたぞ」
試合を見学していた跡部に。手塚はすれ違いざま一言だけ発して去って行く。
任せた、という言葉に「必ず優勝しろ」と意味が込められたように跡部は受け取った。
奴の為という訳じゃないが、心により強く打倒立海の気持ちが高まった一言だった。

決勝は再び立海と氷帝とが戦うことことが決定した。
お互い出せる力を尽くして、戦いほぼ互角で進んで行った。
S1で跡部はずっと入院していた部長の幸村と対戦して、彼のテニスに苦しめられた。
試合中に五感を奪うテニス。それが神の子と言われる幸村のテニスだった。
視覚も聴覚も失われた中、それでも跡部はテニスをしようとコートの中でもがいていた。

(ずっとテニスを出来なかったあいつに比べたら、俺の苦しみなんて一瞬に過ぎない。
だから負けてたまるかよ……!)

リョーマに途中でテニスが辛くなったから負けたなんて、そんな結果言えるはずが無い。
倒れたって、何度でも立ち上がって勝つまで挑戦し続けてやる。
その気持ちが跡部に奇跡を起こした。
失われたはずの五感が、蘇って来る。

驚く幸村に、跡部は不敵に笑ってみせた。

「何度やっても同じことだ。俺は諦めたりしない。テニスを嫌になることも無い。
この程度で弱音を吐いてたら、あいつの前に立つ資格なんてないからな…!」

呆然としている幸村に、跡部は懇親のサーブを打ち込む。
そこから流れが変わっていく。

ゲームが終了して、本年度の優勝校は氷帝学園に決まった。







「暑いな……」

聞こえる蝉の声に、跡部はうっとうしそうに眉を寄せた。
全国大会は終わったが、まだ夏は続いている。
それでも、今日位は涼しければいいのにと思う。
彼が退院する日だけでも、外を歩いても平気な気温にして欲しい。
これだけ暑いと病院から出てすぐ倒れてしまうんじゃないかと、心配になる。

今日はリョーマの退院日だ。
包帯は昨日、取れたらしい。
らしいというのは、昨日はその全国大会決勝で終わった時にはとっくに見舞いの時間が過ぎていたからだ。
延長戦もあったから仕方無いのだが、大事な日に行けないなんてかなり不満だ。
しかも祝賀会には出るようにと榊から念を押された為、こっそり忍び込む計画も未遂に終わった。
案外榊は病院から報告を受けていて、跡部達を行かせない為に釘を刺したんじゃないかと疑いたくなる。
不満そうな顔をする跡部に、榊は今日のことを「ご苦労だった」と言って、そして大事なことを教えてくれた。

『越前の様子だが、無事に包帯が取れたそうだ。
明日、退院らしい』
『じゃあ、目は……』
『心配しなくても、もう回復しているそうだ』
『見えるんですね?あいつの目は、見えるようになったんですね?』
『ああ』

くどい程念押しする跡部に、榊は笑いながら言った。

『明日、彼の退院祝いをするようだ。
お前達にも家に来て欲しいと、家族からの伝言だ。忍足達にも連絡してやって欲しい』
『はい!』
『良かったな、本当に』
『……ええ』

一瞬見せた榊の嬉しそうな顔に、意外だと思ったが跡部は素直に頷いた。
榊もリョーマの回復を心から祈っていた一人だ。
いつもは厳しい監督だが、それだけじゃない。
リョーマを通して、榊の新たな一面を跡部はたしかに理解していた。



(退院祝いか……。またジローや忍足、手塚も騒ぐんだろうな)

忍足は最近妙に手塚と仲が良い。
今日の退院祝いの件も「じゃあ、俺から手塚に連絡しとくわ」と言ったのでびっくりした。
連絡先なんて、いつ交わしたのだろう。
元々跡部も手塚を呼ぶつもりだったので、助かったが。
手塚もリョーマの退院を一緒に祝いたいはずだ。
この場に呼ぶのが筋だと考えている。

(それでも一番に祝うのは、俺だけどな)

退院祝いは越前家で11時からとなっている。
それぞれお祝いの品を持って、直接家の前で待ち合わせをしようという話になっていたが、
跡部はお祝いの品を車で運ばせて、一人でリョーマの入院先の病院の前でじっと出て来るのを随分前から待っていた。

告白する、為だ。

だからこそ誰よりも先に会いたかった。
そんな我侭な気持ちが、跡部を動かして今ここにいる。

暑い中、バカみたいに立ち尽くしてひたすらリョーマが通り掛るのを待っている。
折角シャワーを浴びて髪も洗って、気合いを入れたのに、
これだけ汗をかいていると意味が無かったなあとぼんやり考えていると、自動ドアの所に新たな人影を発見した。

(来た……!)

やっと出て来たリョーマを見て、跡部はブロック塀に凭れてた体を起こす。
リョーマの後ろからは母と菜々子が笑いながら付いて来る。南次郎はその後ろから欠伸しながら、歩いている。
無事リョーマが退院したのが嬉しいのだろう。
リョーマの家族達は力を抜いた笑顔や表情を浮かべている。

当の本人は、久しぶりの日差しが珍しいのだろうか。
眩しそうに太陽を見上げたり、むわっと暑いだけの周囲を楽しそうに見渡している。
目に映る、それだけで喜びを味わっているみたいだ。
と、視線がこちらに向いた所でパチッと目が合ってしまう。

こんな中、独りで立っている怪しい男を見て変だなと思ってるのかもしれない。
じっとリョーマがこちらを見てくる。
跡部も、そのまま目が離せなくなってしまう。

少し前までは、焦点が合っていないたよりない目線だったのに。
こんなにもはっきり意思を持った強い瞳なのかと、うろたえてしまいそうだ。

(ばれている、訳無いよな)

リョーマは跡部の顔を知らないはずだ。
今日まではずっと包帯越しに対応していた。一度も顔は見られていない。
それにしては、やけにこちらを見ている。と思った瞬間、リョーマが駆け出して来た。

「跡部さん!」
はっきりと名前を呼んで、リョーマは真っ直ぐ跡部の元へとやって来た。
「お前……なんで、俺のことわかるんだ!?」
「やっぱりその声は跡部さんだね」
しまった、と口を塞ぐがもう遅い。
得意げな顔をしているリョーマに、渋々跡部は自分の正体を認めた。

「けど、本当にどうしてわかった。お前の家族が教えたのかよ?」
ぽかんと、取り残されたリョーマの家族達がこちらを向いている。
彼らは跡部の顔を知っている。だから小声で跡部が来ていることを知らせたのだろうと思った。
「ううん、違うよ」
しかりリョーマはあっさり首を横に振った。
「でも、跡部さんだと思った」
「だから、どうして」
確信したのかがわからない。
唸る跡部に、リョーマはどこか可笑しそうに口を開く。

「前に言ってたじゃん。自分でせっかちな方だって。
そんな人が家で大人しく待ってるように思えなかったんだよね。
後、目が合った瞬間なんとなくわかった。
こんなに強い視線送ってくるのは、跡部さんじゃないかって、この人がそうだって俺の直感が告げたんだ」
「そう、かよ」

自信に満ちたリョーマの口調に、なんだか恥かしくなって目を逸らす。
たしかに家で待っていられなかったのは事実だ。
だからこんな暑い中、通り掛るのをじっと待っていた。
完全に読まれていたらしい。

「おーい、リョーマ!
暑いんだから早く車に乗れよー。跡部君も一緒に乗っていくか?」
南次郎の声に、リョーマは「俺、歩いて行く!」と大きい声を出して返事をする。
「歩いて!?お前、このくそ暑いのに何考えてるんだ!」
「ゆっくり景色みて帰りたいんだよ。親父達は先に帰ってて!
俺は跡部さんと後で行くから!」
「けっ、しょうがねえなあ。母さん、菜々子さん行くぞ、もう」
「リョーマさん、気をつけて来て下さいね」
「ちゃんと帰って来るのよ」
跡部に一礼をして、先に歩いて行く南次郎に続いて菜々子達も車へと向かって行く。
どうやらリョーマの意向を汲んで、跡部と一緒に居させることを許可したようだ。

「いいのかよ。こんなに暑いのに、車で帰った方が良くないか?」
リョーマの体を気遣って言ったのだが、何故か不満げに返される。
「いいの。久しぶりの外を、ゆっくり見たいから。
それとも跡部さんも車に乗って行きたかった?」
「いや、俺は……」

お前と一緒の方が、いい。
咄嗟に口から出そうになり堪える。
それより前に、言うべき言葉があるはずだ。
間違えるな、まず言わなくては。
ずっと、お前のことが好きだったって。
今なら誰もいない。
告白するべきだろう。

緊張しながら口を開きかける跡部に、先にリョーマが声を出してしまう。

「俺は、好きな人と初めて見る景色を一緒に見たかったから、
歩いて行きたいと思ったんだけど」
「……何?」

告白しようとした瞬間、
衝撃的なことを聞かされて、跡部の頭の中が真っ白になる。

好きな人。
リョーマはたしかにそう言った。
間違っていなければ、その相手は一人しかいない。


「それは、おい、どういう」
動転して、口が上手く動かない。
そんな跡部と反対に、リョーマはきっぱりと言う。
「跡部さんのこと、好きだよ。これで、言ってる意味伝わった?」
「はあ……」
「そういうことだから」

顔を赤くした後、リョーマはゆっくり外へ向かって歩き出す。
数秒の間、跡部はぽかんとしていたが、すぐその後を追う。

「おい、越前っ」
呼ばれてもリョーマは前を向いたまま歩き続けている。

「いきなり言われてびっくりしてると思うけど、取り消すつもりは無いんで。
退院したら絶対言おうと思ってたことって、この件だよ。驚いた?」
「こっち見て話せよ。なんでそっぽ向いたままなんだ」
「恥かしいからに決まってるからだよ。何言わせんの」
「でも、ちゃんと俺の方向いてくれないか。
俺だってお前と目を合わせて、好きだって伝えたいのにさせないつもりか」
「えっ」

リョーマが足を止める。
ぽかんとした表情に、さっきの自分を重ね合わせる。
同じ反応しているなとちょっと笑って、そしてやっと言いたかった気持ちを伝える。

今日まで長かった。
結局お互いに色々考えてこの日まで黙っていたのかと思うと、滑稽だ。
その日々にピリオドを打つ為に、隠していた心をリョーマに曝け出す。

「好きだ、越前。多分お前よりずっと前から好きだった」
「……」

大きく目を見開くリョーマに、跡部は少し笑ってぎゅっとその小さな体を抱きしめる。
少し順番は違ってしまったが、構わなかった。

跡部はリョーマのことが好きで、
リョーマは跡部のことが好きで。
お互い同じ気持ちだとわかったのだから、もういい。
それだけで十分だ。
幸せに順番なんて関係ない。

「……じゃない」
「どうした、越前」
腕の中のリョーマが何か小さく呟いたのが聞こえて、跡部は聞き返した。

「跡部さんが先なんじゃない。俺の方がずっと前に好きになった。そこだけは言っておく」
ムキになって言い返すリョーマに、思わず笑ってしまう。
何か彼なりに拘っているものがあるみたいだ。

「こんなことで張り合ってどうするんだよ」
「先に言い出したのはあんたじゃん。俺だって、好きなのに」
「じゃあ、お互い同時にっていうのはどうだ。これなら文句無いだろ」
「なんか上手く言い包められた気がするけど……」

まあ、いいや。と、リョーマも笑う。

「両想いで良かった。そう思うことにする」
「そうだな。俺も告白するまで、どうなるか眠れなかった位だった」
「本当に?自信あったんじゃないの?俺の気持ちなんてとっくにわかっていたとか」
「わかる訳無いだろ。先に言われてびっくりしたんだからな」
「あー、退院したら絶対言おうと焦ってたから、驚かせてごめん」
「別に謝ることじゃないだろ。俺達は今日から恋人、なんだからな」
「うん……」
「ほら、手出せよ」
「えっ、と」
「一緒に景色見ながら行くんだろ?」


そして、手を繋いで歩き出す。
今までとは違う意味で触れる手に、お互い少し固くなっているのがわかって、
顔を見合わせて照れくさそうにまた笑う。

笑いながら、また歩いて行く。

初めて見る景色を、好きな人と一緒にと言ったリョーマの願いを叶える為に。
少しでも長く見れるようにと、ゆっくりとした足取りで進んで行く。

幸せ過ぎるこの時間に、思わず跡部は本音を漏らした。

「このまま二人でどこか行きたい位だな……。
また抜け駆けしたとジロー達が騒ぐだろうから、家へ行く前から疲れるのが目に見える」
なんで手を繋いでいるか激しく突っ込まれて、そして引き離される。
そんな展開まで読めてしまう。

「でも、皆折角集まってくれてるんだから…このまま放って行く訳にも行かないよ」
「わかってる。今日の所は諦める。でも、」

握っている手に力を込める。

「今度は二人きりで出掛けような。
あの道の向こうへ行こうぜ。約束しただろ?」
いつかのことを口に出すと、リョーマは大きく頷いた。
「うん、二人で行こう。行き先はどこでもいいよ。任せる」
「ああ」

はにかみながら、リョーマは何度も跡部の横顔を確認して来る。
まるで跡部と、その景色をその前に焼き付けようとするように。
跡部も同じことを考えていた。

今日のこの気持ちと、リョーマの笑顔を忘れないように。
彼の目が自分を見詰めている、その幸せがいつまでも続きますように。

小さな手を握り締めたまま、また一歩ずつ前へと進んで行った。


チフネ