チフネの日記
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2004年11月02日(火) 盲目の王子様 92 跡部 

「やったな、跡部」
「跡部、すげえじゃん!さすが俺達の部長だな」
「すげえ、すげえ。あの手塚に勝っちゃったよ!」
皆からの賞賛の言葉を受けながら、跡部は少し照れたように笑って流れる汗をタオルで拭いた。

「さすがだな、跡部」
「監督」

それまでベンチに座っていた榊が立ち上がる。

「よくやった。手塚君に勝てるのは大変だっただろうが、お前なら乗り越えられると信じてた。
頑張ったな」
ふっと表情を和らげる榊に、跡部はぴっと背筋を伸ばして一礼をした。
「いえ、自分の好きにやらせてくれて感謝してます」
長期戦を狙え、と榊に言われたらさすがに逆らうことは出来なかっただろう。
大事な試合だろうに、自主判断に委ねてくれた榊には感謝するばかりだ。

「判断を間違えなくて良かったようだな。
さあ、整列だ。行って来い」
「はい!」

皆と一緒にコートへと集合していく。

無意識に青学のレギュラー達を確認すると、
大石が手塚の腕を心配そうに触れているのが見える。
隣にいる不二がこっちを向いて、慌てて目を逸らしたが。

(ひょっとして、腕が痛むのか……?)

今になって酷く心配になって来た。
礼を終えた後、跡部はすぐに手塚に話し掛けてみることにした。

「手塚、腕は大丈夫なのか?」
「跡部」
きょとんとした顔で、手塚が振り向く。
「いや、大したことは無い。念の為、後で病院に行くが多分大丈夫だ」
「そうか」
「手塚の心配をしているの?どういう風の吹き回しかな?」
不意に手塚の背後から、不二が顔を覗かせる。
いきなり出て来るなと、注意しそうになるのを堪えて、
「どういうも何も、気になったから尋ねただけだ」と返す。
「へえ、気になるんだ」
「当たり前だろ。俺との試合の所為で怪我したなんてことになったら、さすが後味が悪い」
「ふーん……」
跡部の顔をじっくり眺めた後、不二は首を傾げる。

「どうやら本心みたいだね。
試合もまさか君が堂々とぶつかってくるとは思わなかったから、驚かされたよ」
「悪いか」
「ううん。君達の試合を見ていて、僕ものんびりしていられないかなあと思わされた。
良いものを見せてもらったよ、ありがとう」
「……お前に礼を言われるとはな」
「たまには、ね」

ふふっと笑って、不二はまた仲間達の元へと戻って行く。
黒いオーラが無かったことにほっとしつつ、跡部はまた手塚に話し掛けた。

「手塚。これから手術の結果を聞きに、越前の所に行くんだろ?」
「ああ。どうなるのか、気になっているからな」
「俺達はこれから車で向かうつもりだ。一緒に乗って行かないか?」

ごく自然に、そんな言葉が口から出る。
昔の自分なら、気に入ったものに近付こうとするものは徹底的に排除したはずだ。
けれど、今は違う。
リョーマを想う気持ちが同じだとわかるからこそ、早く結果を伝えてやりたい。そんな気にさせられる。

「いいのか?」
「ああ。一人も二人も一緒だ」
「跡部、俺らは」
心配そうに後ろから声を出す忍足に、跡部は「バカか」と笑ってみせる。

「俺達、って言っただろ。お前らも一緒に越前の所に行くんだ。
そうだろ?そして全員であいつの成功を祝ってやろうぜ」
「……信じてるんだね、跡部は」
ジローがそんな風に言って、嬉しそうに笑う。
「リョーマの手術が成功しているって、信じているんだよね」
「当たり前だろ」
ジローの髪をぐしゃっとかき回して、きっぱりと言う。
「この俺が信じてるんだ。成功するに決まっている。
だから、皆で行こうって言ってるだろうが」
「うん!俺もお祝いしたいC。行こう、行こう」
「ほら、手塚も。ぼさっとしてないで、行くぞ!」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。大石達に一言断っておくから」

慌てながら大石の所へ行く手塚に、「早くしろよー」と声を上げる。

試合は終わった。
後は、リョーマの手術の無事を確認するだけ。
四人全員で、リョーマのいる病院へと向かった。








「手術が終わった所ですから、長い時間の滞在は困りますからね。
大声を出すのも原因。わかりましたか?」


病室に入る前、跡部達はまず婦長から注意を受けた。
すっかり目を付けられてしまったと、跡部は溜息を漏らす。
これで無断で入ってきたことが、ばれていたらと考えると恐ろしい。見付からなくて良かったと、しみじみ思う。
そして事情のわかっていない手塚は、何故怒られているのかわからず困惑している様子だ。

注意を受けた後、いよいよリョーマの病室へと入ることが出来る。
ノックをすると、中から女性の声で「はい」と返事がある。

「あら、皆さん。来て下さったんですね」
中にいたのは菜々子だった。
ベッドに横たわっているリョーマのすぐ隣に椅子を置いて、腰掛けている。
「試合が終わったんですか?お疲れ様です」
立ち上がって頭を下げる菜々子に、皆も慌ててお辞儀をする。

「リョーマさん。跡部さんと忍足さんと芥川さん、そして手塚さんが来て下さいましたよ」
「……うん」
ゆっくりと、リョーマは起き上がる。
「こんな格好でごめん。今はちょっと立ち上がるのも大変で」
「何言ってるんだ。そのままにしてろよ」
「そうだよ、リョーマ。無理しないで」
跡部とジローと二人掛りで、ベッドから降りようとするリョーマを止める。
点滴している腕が、痛々しい。
リョーマの目にもぐるっと包帯を巻かれていて、あの大きな目は隠れてしまっている。
普段と違う様子の彼に、大丈夫なのかと心が痛む。

「手術は、終わったのか?」
一番気になることを尋ねると、リョーマはこくんと頷く。
「結果、聞きたい?」
「当たり前だろうが……」
「リョーマ、焦らさんといてな。こっちの心臓がもたへんわ」
大袈裟に言う忍足に、リョーマは「ごめん」と笑ってそして告げる。

「成功したって。多分一ヶ月しない内に包帯も取れるよ」
「本当か」
「うん。本当」
「やったね、リョーマ!」
「おおお、良かった。ほんまに良かった。今俺の目から喜びの流れ星が流れた所や」
「越前、信じていたぞ。俺の祈りが届いたようだな。何度も祈っていたからな」
ポエムと天然が何か言っている。
変なこと言うなよと跡部は思ったが、リョーマは純粋に「ありがとう」と笑顔を返している。

「リョーマさん。皆さんとゆっくりお話していて下さい。
私はちょっと買い物に行ってますから」
気を利かせて、菜々子が席を立って外へと出て行ってしまう。
止めようかと皆は顔を見合わせたが、菜々子の明るい笑顔に結局甘えることにした。


「試合、終わったんだよね?皆、お疲れ様」
リョーマの一言に、ジローがぎゅっと足元に寝転がるようにして抱きつく。
「リョーマー!俺、負けちゃったよ!不二と当たったんだけど強過ぎて参っちゃった。
もっと強くなんなきゃ駄目だよねー」
「おい、こら。ジロー。騒いだら駄目だろうが」
「いやー、リョーマ」
病人に抱きつくなと、ジローの肩を揺さぶる。
その隙に、今度は忍足がリョーマの手を握って話し掛ける。
「俺な、今日の試合駄目かと思うたけど、勝ったで。
あんなに苦労した試合は初めてや。俺ももっと頑張なあかんな。
岳人がへばっても余裕でフォロー出来るようなる位にはな」

笑って言ってるが、忍足の表情に真剣さが見られる。
勝ったものの、今日の試合に不満が残ったようだ。

「うん、侑士なら出来ると思う。次の試合はきっと納得出来る結果を残せるって、思う。
ジローもね。俺も応援してるからさ」
「リョーマ〜、ありがと!」
「次はリョーマに満足出来るような試合やったって報告出来るよう、頑張るからな」
ジローも、忍足も。
青学の試合を経験して、もっと強くなるだろうと跡部は確信した。
全国大会に向けて、きっと氷帝の戦力は上がるだろう。

「次は、俺が話してもいいだろうか」
忍足の横から、今度は手塚がリョーマに接近する。
「あー、まあ、ええわ。順番な、順番」
渋々忍足はリョーマの側から離れる。
順番なんていつ決まったんだよ、と跡部は眉を寄せた。

「越前。今日の試合、俺は敗北した。
出来ればお前と試合するまで誰にも負けたくないと思っていたから、その点で残念に思ってる」
「そんなに気負うこと無いよ」
リョーマは小さく首を振った。
「俺も負けるのが怖かったけど、でもだからって自分のテニスがそこで終わる訳じゃない。
そう思ったら、少し気楽になれたんだ。
だから、その」
もどかしげに口をもごもごと動かすリョーマに、手塚はわかっているというように頷いた。

「ああ。俺は今日の敗北も無駄にはしない。
もっと強くなって、そしてまた挑戦する。全国でも、強敵が待っている。
その為にも立ち止まってはいられないからな」
手塚の目が、跡部を取られる。
次に試合する時は、同じ結果にはならない。そう訴えているようだ。
跡部も目を逸らさず、黙ったまま瞳で応える。
今回勝てたからといって、これでいい気になっている訳じゃない。
次は今以上の力をつけて来て、叩きのめしてやる位でやってやる。

お互い軽く火花を散らした所で、手塚がそっとリョーマから離れる。
次はお前の番だ、というような行動に、いいのか?と少し戸惑いつつも、歩み寄って行く。

「越前。勝ったぞ。今日の試合は、俺達の勝ちだ」
「おめでとう、跡部さん」
にこっと、リョーマが笑う。
「お疲れ様。昨日まで色々迷っていたみたいだけど、その声からすると跡部さんらしいテニスが出来たみたいだね。
良かった。声が暗かったから、ちょっと心配してた」
「……それは、変なこと言って悪かった」
「ううん。吹っ切れたならいい。……本当に良かった」

はあ、とリョーマが安堵の息を吐く。
手術を前にして不安だったろうに、余計な心配をさせてしまったかと頭を掻く。
本当ならここで自分の不甲斐無さを叱咤しなければいけない所だが、
リョーマが気に掛けてくれたことに嬉しさを感じてしまうから困る。
好きな人が、自分のことを考えてくれる。
それがこんなに幸せなものなのかと、今更ながら驚いてしまう。


「越前…」
もっと話をしようと口を開きかけた所で、がらっとドアが開けられる。

「越前君、検温の時間ですよ」
婦長では無いが、別の看護士が入って来る。
「悪いけど、ちょっとそこ通してもらえますか」
「あ、……はい」

想像だが、多分跡部達が騒いでいないか見張りに来たという所だろうか。
看護士が入って来たことによって、ジローも忍足も緊張したように体を強張らせる。
唯一手塚だけが通常と変わらない表情で、皆に声を掛ける。
「俺達もそろそろ失礼した方がいいんじゃないだろうか。
長居しないようにと注意されたことだしな」
「あー、えっと」
「そうしようかー」
「……仕方無えな」

このまま居座って、迷惑を掛ける訳にもいかない。
帰ることを告げると、リョーマはあからさまに残念そうな顔をした。
「え、今来たばかりなのに」
「越前君、今日はゆっくり休まないと駄目よ」
「……はい」
注意されて、リョーマは肩を落としつつ頷く。

「また来るから、そんな顔すんな」
「リョーマ、明日も来るからね」
「夢で会えるようにするから、心配せんでもええって」
「一日も早く回復するよう、祈っておくからな」

四人は部屋からそっと出て行く。
最後に出た跡部は、リョーマの寂しそうな姿勢を見てぐっと唇を噛み締める。

(やっぱり、もう一度だけ声を掛けておきたい)

そう思うと、このまま帰る訳にはいかない気持ちが強くなってくる。
廊下を半分ほど歩いたところで、跡部は足を止めた。

検温が終わったら、少しだけリョーマと話してもいいんじゃないか。
婦長に止められたら3分だけでもいいと言って、わかってくれるまで頼み込もう。
このままじゃ、やっぱり帰ることは出来ない。

ぴたっと足を止めた跡部に、皆が不思議そうに振り返る。

「悪い、忘れ物をした。取って来るから先に帰っててくれ」
早口でそう言って、跡部はくるっと回れ右をしてもう一度リョーマの病室へと向かう。

「すぐ戻って来るのなら待っていた方が良くないか?」
不思議そうな顔をする手塚に、忍足は苦笑してその肩を押すようにして前へと進んで行く。
「あー、多分時間掛かると思うから、先に帰っていようや」
「そうそう。跡部のことは放っておいて先に行こうー」
ジローも明るい声を出して、一緒に手塚を連れ出そうとする。
「しかし、このまま放っておく訳にも……」
手塚の発言に、ジローと忍足は顔を見合す。
わかっていない。
そんな天然発言に苦笑しつつ、忍足はまた手塚のジャージを引っ張りつつ声を掛ける。

「手塚君とは、色々共通点ありそうやし一度ゆっくり話してみたいと思うてたんや。
どうや、ちょっと今後の対策とか決めへんか?」
「今後の対策??」
「そう。打倒、跡部や!俺もまだまだ諦めるつもりは無いからな!」
「うわー、忍足格好いい。それに面白そうー。俺も混ぜて混ぜて」
「すまん、話が見えないのだが」
「いいから、とりあえず出ようや。
後は……跡部に任せて、な?」

納得いかない顔をする手塚を二人掛りで外に押し出し、
そしてどこに行こうかと話ながら歩き出す。


(一個貸しにしといたるわ。今日の試合、一番の功績者やからな。
邪魔者は退散ちゅうことで)

内心で呟き、ちょっと負け惜しみかなと笑う。

跡部が戻ったら、きっとリョーマは驚いてそして嬉しそうな顔を見せるのだろう。
自分には出来ないことだ。
リョーマを笑顔にさせる跡部が羨ましい。

(幸せになれよ、リョーマ)

けれど、まだまだこちらも諦める気は無い。
隣を歩いている手塚も同じ気持ちだろう。

この先の長い人生、何が起こるかなんてわからない。そう、チャンスが無くなったなんて誰にもわかりはしない。
だから。
今だけは譲っておいてやる。


忍足の小さな呟きは、病室の前に立っている跡部には聞こえない。

(落ち着け。もう一度、越前に会うだけだ。何を緊張してやがる)

勢いで入ったさっきと違った気持ちで、ゆっくりとドアをノックした。


チフネ