チフネの日記
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2004年11月01日(月) 盲目の王子様 91 跡部 


手塚とは一度も試合をしたことが無い。
都大会で氷帝と青学が当たったことはあった。
しかし組み合わせが悪く、それぞれ別の相手と試合をした。
その後、関東大会で当たることもなく青学が途中で負けたことから、そのまま公式戦で顔を合わすことなく今に至る。

(よりによって、こんな時に試合することになるなんて皮肉なもんだな)

テニスに関してだけじゃない。
越前リョーマを挟んだ、恋のライバルでもある。
だからこそこいつにだけは負けられない。
一年前よりもずっと、その気持ちは強くなっている。

けど、今は私情を抜きにしてこの試合に集中するべきだろう。
他に気を取られていて、勝てる相手じゃない。
僅かな隙間も無いよう全力で行かなければ、最悪敗北することだって考えられる。

(越前の件は後でじっくり片をつけてやる。手術さえ終われば、俺も堂々と告白出来る。
そうしたら、お前と同じスタートラインに立てるからな!)

現在3−3と拮抗したまま、試合は進んでいる。
辛うじてサービスゲームをキープしているけれど、手塚がサーブする時にポイントが取れないのは痛い。
不利なのは自分の方だと、跡部自身よくわかっていた。

どうしても、手塚ゾーンが破れない。
この時まで取っておいた決め技のンホイザーサーブが決まっている内はまだいい。
もしミスをしたら?あるいはこの試合の途中に手塚が攻略してくる可能性だって十分有りえる。
そうなったら、勝ち目は無くなってしまう。

(最悪の状況だな。でも俺もまだ諦めたりはしない。最後までやってやる。
自分らしい勝ち方でな……!)

長期戦に持ち込んで、弱点である腕が弱った所を突くやり方は捨てた。
勝率は上がるだろうが、試合が終った時……自分はどんな顔をしているだろうか。
想像して、やはり止めようと決意した。
リョーマも言っていた。
後悔しないように、自分の思うまま行動してみろと。

例え分が悪くなったとしても真っ向から勝負を着けるべきだ。
勝っても負けても、この先も胸を張って行く為にも。
迷いに迷って、正面から手塚を破る方法を選んだ。


(おかげで苦労する羽目になったが……。
それでも楽しいなんて思うなんて、おかしいだろうか。
有利とはいえないのに、心が躍る。こんな感覚は久しぶりだな)


まるで初めてラケットを握った頃みたいだ。
少し大きかったラケットを得意げになって、一日中飽きることなく振っていた子供のように。
毎日が楽しかった、テニスしているだけで幸せだと感じた時と今同じ感情を持っている。

(やっぱりお前は、俺にとっての倒すべき最大のライバルだったんだな)

ゾーンを繰り出す手塚に、跡部は苦戦しつつも不敵な笑みを浮かべた。

今日の試合を経て、きっとまた強くなれる。
この経験は、全国大会で上を目指す為の糧になるはずだ。
だからこそ、ここで手塚に勝っておきたい。どんどんその気持ちが強くなっていく。

(奴の一挙一動を見逃すな。何か弱点があるはずだ。
インサイトで見抜くんだ。この俺に出来ないことなんて無いだろ!)

自分に言い聞かせながら、目を見張って手塚の隙をつこうと必死でラケットを振る。
手塚ゾーンはたしかに厄介なものだ。自分の決め技が、全て手塚の手元に戻って返される。
が、リターンされたボールを冷静に処理していけばまだなんとかなる。
手塚が甘い球を返すことは無いが、そこは全国区の実力を持つ跡部だ。
腕や手の動きを見極めながら、なんとかラリーが続き始める。
しかし前後や左右に揺さぶられると、さすがに跡部の方でも隙を生じて死角を手塚に狙われてしまう。
攻防が続いたままカウントは跡部のサーブが決まって現在5−4。
次のゲームを取れば勝つことが出来る。
手塚ゾーンを攻略すれば、きっとなんとかなる。
ようやっと跡部もタイミングを掴み始めて来た所だ。

(全てその位置に返るよう回転を掛けているのなら、俺もその更に上へ行く回転を掛けてゾーンを狂わせてやる。ここまで掛かったけど、大体掴めて来た。
いつまでもそこに立っていられると思うなよ、手塚!)

しかしこちらの体力も、消耗している。
ゾーンの攻略にかかり過ぎて、手塚のリターンに翻弄されて疲れてしまった。
手塚の腕の負担と、こちらの体力と。
どちらが尽きるのが先なのだろう。


コートチェンジの際、ベンチでずっと黙ったままの榊に顔を向けると、
静かに頷いて指をいつものように前へ出す。
思うようにやればいい、と後押しをされた気がして跡部はラケットをぎゅっと握り締めた。
そして再び足を進める。

「跡部」
手塚も同じようにこちら側を通って、反対コートへと向かおうと歩いて来る。
「お前なら長期試合に持ち込んで勝つ方法もあったはずだ。
何故、そうしない。全力で来い。俺はそれでも構わない」
「……」
「跡部!」

声を掛けて来た手塚に、跡部は無言のまま軽く右手を挙げて通り過ぎる。

(お前だったら、そんな方法最初から取らなかっただろ。
バーカ。俺だって気持ちよく勝つ方法を選びたいさ。
……怖い奴が、そっちに控えているからじゃねえぞ)

フェンスの向こう側では視線を鋭くした不二がこちらを睨んでいる。
昨日の忠告を守っているのかと、見張っているという所か。
そんなことしなくても、大事な部長の腕を壊すような真似はしない。
ただ、自分らしく勝ちたいだけだ。

だから、真っ向から……叩いてやる。
次のゲームは手塚からのサーブで、圧倒的に不利なのもわかっている。
おそらく手塚はサーブからもゾーンを展開してくるに違いない。
だがここで回転を掛けて微妙にゾーンの外へと押せば、奴も驚くはずだ。
少しずつ効いているのは、今まで対戦していた手塚の足元を見てわかっている。


(このゲームで決着を付けるからな!)

サーブと同時に、跡部もリターンで回転を掛けようと体勢を整える。
(頼む、上手くいってくれ)
祈るようにして、ボールに逆回転を加えて手塚のいるコートへと叩き込む。

「手塚ゾーンになっていない!?」
青学の面々から驚きの声が上がる。
ゾーンから大きく外れた訳じゃないが、それでも効果はあったらしい。
それまでほぼ同じ位置に立っていた手塚が動き、ボールを返す為に僅かに前へと出る。

「この時を待っていたぞ、手塚!」
跡部も返したことだけに浮かれていた訳じゃない。
リターンされたボールを冷静に見極め、右足を前に踏み出しジャックナイフで応戦する。
手塚の横をすり抜けて、ボールはコート隅ぎりぎりに突き刺さった。

「よしっ」

ガッツポーズをする跡部に氷帝の間からコールが起こる。
それに励まされるように、また手塚へと向き直る。

「良いリターンだ。しかし次は抜けさせない」
サーブの位置まで下がった手塚が、そんな風に言って目を鋭くする。
今までの中、一番真剣な表情にぞくりと背筋に汗が伝わる。
しかし気迫でこちらも負ける訳にはいかない。こっちも真剣だ。

「来い、手塚!次も決めてやる」
「それはどうかな」


ひゅっ、と黄色いボールが弧を描いていく。
この先は1ポイントを取ることがもっと難しくだろうけれど、諦めたりしない。
今のゾーンを攻略し掛けたことで、跡部に勢いがついて来た。

が、手塚もここまで無敗で来た選手だ。
お互い一歩も譲らないまま、このゲームは攻防を続けけながらデュースへ突入していく。

しかし二人共、惜しみなく全力を出している為1ポイントがなかなか取れない。
決着がつかないまま、何度目かのデュースが続いてしまう。

(長期戦にするつもりは無いって言ってるだろ!くそっ、早く決まれ!)

決め技のサーブも打つのが苦しくなって来た。
手塚も苦しくなって来たらしく、ゾーンにも切れが無くなり始めている。

腕は大丈夫なのかとちらっと見てしまい、慌てて跡部は首を振った。
今はそんな場合じゃない。
手塚の心配よりも、試合に集中するべきだ。
大体、手塚にも失礼に当たる。
奴を楽にしてやりたいと思うのなら、ここでポイントを取って試合を終わらせてやればいい。

懇親のサーブを打つ。
今までの中で一番の出来だ。
手塚はバウンドした直後を狙って打とうとしたが、ボールは地を張ったまま後ろにあるフェンスへと突き刺さる。

(後、1ポイントだ。今度こそしくじるなよ!)

手塚がサーブを打った後、跡部もまたゾーン対策に逆回転しようと腕に力を込める。
が、汗で滑っていたグリップの所為で上手く処理出来なかったようだ。
ボールは再び手塚がいる位置へと戻っていく。

(手塚ゾーンか、いや、あれは……零式ドロップか?)

手塚の必殺技と呼ばれる零式ドロップショット。もしコートに入れば、確実に決められてしまう。
腕の不調で試合では使っていなかったが、この場面で放つとは向こうも勝負を掛けて来たようだ。

(くそっ、でも決めさせねえ!)



手塚がドロップショットを打つ体勢を取ると同時に、
跡部は前へと飛び出した。
間に合えと、もうほとんど言うことを聞かない足を動かしてボールの行方を追う。

(このままだと、落下する前には追い付かねえ。駄目だ、ここでコートに落とす訳には行かねえんだよ!)

咄嗟に体を滑らせて、腕を伸ばして飛び込んで行く。

これだけ必死になった試合が今まであっただろうか。
怪我をするかもしれない、そんな考えさえ頭の中から消えていた。
必死にコートに落ちようとするボールに、ラケットを当てることだけに集中する。

一瞬の判断だったが、間違いでは無かった。
手塚も相当疲労していたのだろう。
零式ならば戻って、取れないところを跡部は辛うじてラケットの面に当てる。
そのまま跳ね返ったボールは、手塚のコートのすぐ内側に落ちた。

会場中の人々が、静まり返る中、のろのろと跡部は起き上がる。
そして、審判からのコールが響く。
跡部の勝利を告げる声に、固まったままだった氷帝の応援席が途端に沸き上がる。

「勝った、のか」

まだ実感が湧かないまま、跡部はぼんやりとした視点で向こう側のコートに目を向ける。

荒く息を吐いていた手塚がこちらを振り返って、そして笑顔になったのが見えた。


チフネ