チフネの日記
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2004年10月28日(木) 盲目の王子様 88 跡部


試合当日の今日は、晴れ渡っていて今から暑くなりそうな太陽が地上を照らしている。


氷帝の集合場所にはジローと、迎えに行った樺地以外が既に揃っていた。
「ジローはまだ寝てるのかよ?しょうがねえなあ」
「あいつの睡眠欲は今にも始まったことじゃないだろ」
「でも試合の時くらい、起きようって思わないのかあ?俺なんてわくわくして1時間前に目が覚めたつうのに」
「遠足前の子供かよ」
向日と宍戸が好き勝手なことを喋っているのを聞こえる。
大体、樺地に任せておけばさすがのジローも遅刻するはずがない。だからその点では全く心配していない。
跡部は無意識にフェンスの向こう側にいる青学のレギュラー達へと目を向けた。


相変わらず嫌味な位落ち着き払った様子で、手塚は腕を組んで他のメンバー達に囲まれている。
よく見ると副部長の大石が側にいない。
まさかあの真面目そうな大石に限って遅刻なんて有り得ないだろうが、不測な事態でも起きたかもしれない。
珍しく不二も深刻な顔している。
本当に何かあったかもしれない。
さっさと連絡取れよ、と人事ながらそんな心配をしてしまう。


「青学、どうやらゴールデンペアの片割れが来てないみたいやなあ」
「忍足……」
すぐ真横に立った忍足も、青学の様子に気付いたらしく溜息を漏らす。
「何かあったんやろか」
「だとしたら、嬉しいか?」
青学の戦力がダウンすれば、氷帝の勝率は高くなる。
しかし忍足は「まさか」と首を横に振った。
「どうせなら相手も万全な状態で戦いたいわ。アクシデントに付け入って勝っても、嬉しくないしなあ」
「ふん、そうかよ」
即答する忍足になんだかムカついて、跡部は顔を背ける。

(お前ならさくっと正面からぶつかることを選ぶって訳か。
散々悩んでいる俺がバカみたいだ)

黙ったままでいると、忍足は不思議そうに顔を覗き込んで来た。

「なんや。えらい複雑そうな顔してるけど、試合前に緊張しとるんか?」
「うるせえ。そういうお前はいつでも試合出来る位落ち着いているのかよ」
「いやー、そう見えるか?心臓はもうバクバク言うてるんやけど」
ハハッと軽く笑って、忍足は軽く胸を張る。
「ここまで来たら、後はぶつかって行くだけや。
俺にもどうなるかわからん。けど、一生懸命頑張ろうと思うてる。
試合が終わったら、リョーマにちゃんと頑張った自分を報告したいからな」
「……そうだな」
「昨日、ちゃんとリョーマと会うたか?」
「ああ。会えたぜ」

今もこの瞬間、きっと緊張しているであろうリョーマのことを考える。
手術を前にして、不安でいっぱいに違いない。

(それでも立ち向かおうと、あいつも頑張っている。
俺も負けていられないな)

リョーマのことを考えると、揺らいでいた心が安定していくのがわかる。
強くなれる気がする。
そういう力を湧けてくれたリョーマの為にも、今から挫けてなんていられない。

「おはよー、跡部ー」
のんびりした声に、跡部と忍足は同時に振り向いた。
「今頃来たのか、ジロー」
「うん、眠いー」
大きな欠伸しながらジローがこちらに歩いて来る。隣には樺地も一緒だ。
途中でジローが眠ったりしないよう、ずっと見張っていたのだろう。
ご苦労だったな、と樺地に声を掛けると「ウス」と相変わらずの声が返って来る。

「試合は?もう始まった?」
「寝ぼけてるのか。整列もまだだろ」
「あー、そっか」
「お前、そんな状態で試合やれるのか?相手は青学なんだぞ?」
「大丈夫。試合の時には目を覚ますから。俺も頑張るってリョーマに約束したC」
ごしごし目を擦りながら言うジローに、本当かよ…と跡部は心配になってくる。
相手は今まで通りとはいかない。
しかしこれ以上何を言っても、今のジローには聞こえないだろう。
もう少し頭が起きるまで、説教は後回しにしようと溜息をつく。

「で、試合の相手はどこ?」
「だから整列はまだだって言ってるだろ……」
「んーじゃあ、整列する」
「おい、こら!勝手にコートに入るな」
こいつ、水でもぶっ掛けてやろうか。
眉を寄せる跡部を見て、忍足が声を上げて笑う。
「あーあ、部長さんは大変やなあ。部員の面倒も仕事の内やからな」
「てめえ、楽しんでないでジローを押さえろよ」
「いや、部長さんの邪魔しちゃ悪いから止めておくわ」
「忍足、てめえ」
睨みつけた所で、何か忍足のすぐ後ろから影が迫って来るのが見える。
「侑士っ!何やってんだよ。ウォーミングアップは終わったのか?俺は絶好調だぜ!」
影は大きくジャンプした向日だった。
そのまま背中に圧し掛かった所為で、忍足は「ぐぇ」という潰れた声を出した。
「絶好調なのはわかったから、はよ背中から退きや。重い……」
「はあ?この程度が重いって、侑士のパワー落ちているんじゃねえの?」
「いいから退けって、こら!」
「忍足、いい格好だな。あーん?お前も自分の相方をしっかり抑えておけよ」
「無理や!俺、もう無理やから」

向日の「そりゃ俺の華麗なジャンプを抑えるのは無理だな」と得意そうな声に、
忍足はがっくりと項垂れる。
「試合なんだから、少し抑えておけよ……頼むから」
ジローのジャージを捉まえたまま、跡部も疲れたように声を出した。




結局、整列時間になっても大石は姿を現さないままだった。
ゴールデンペア不在のままで試合を始めるのかと、跡部の探るような視線にも手塚は動じることなくいつも通りの無表情のまま立っている。
何も考えていないだけかもしれないが。

そんなこんなで、なんだか波乱な予感がするD2が始まる。

「おい、忍足。相手がゴールデンペアじゃないからって、手を抜くなよ」
ガットの状態を確かめている忍足に向かって、跡部は声を掛けた。
青学はなんらかの事情で来られない大石に代わって、
D2は菊丸と二年の桃城の即席ペアだ。
氷帝相手にろくに試合経験の無いペアで勝てるのかよと思うが、油断は禁物だ。
桃城は結構パワーのある選手だと記憶している。
その点を指摘すると、忍足は「わかった」と素直に頷く。

「勿論手も抜かへん。ゴールデンペアやないのは残念やけどな。
けど、面白そうな試合になりそうやん。楽しんでくるわ」
「楽しみ過ぎて、勝つことは忘れるなよ」
「はいはい。岳人も抑えなあかんからな。苦労するわあ。けど、俺もマジで行くからな」

軽くラケットを振って、忍足がコートに向かって歩いて行く。
勝てよ、と跡部はその背中に呟く。
勝って、次に繋げる為にも。
今日だけじゃない。この先に進む為にも。

(お前も、あいつに報告したいんだろうが。
『今日の試合、勝った』
その一言を伝える為に。
そして、あいつの笑顔をお前だって、見たいはずだろ)

都大会、三回戦。
氷帝と青学との試合が、今始まる。


チフネ